放課後の静けさを破るように、教室のスピーカーから軽やかなチャイムが響き渡った。それに続き、穏やかで事務的な女性の声が校舎全体に広がる。
「生徒の皆さんにお知らせします。本日午後5時より第一体育館にて部活動オリエンテーションを行います。参加を検討している新入生、また興味のある生徒は時間に遅れないよう集まってください。以上です。」
部活動か、と心の中でつぶやきながら、机の上に置いていた教科書をゆっくりと鞄にしまった。これまで、「部活」と呼ばれるものとは縁が遠かった。運動神経が特別優れているわけでもなければ、何かに打ち込むほどの情熱があるわけでもない。中学時代は放課後のチャイムと同時に校門を出る、いわゆる帰宅部の一員だった。
しかし、ここ東京都高度育成高等学校は普通ではない。全寮制、10万ポイントの支給、そして「実力主義」という言葉が飛び交う特殊な環境だ。マニュアルには書かれていない「何か」が、この学校の部活動の枠組みにも潜んでいるような気がした。
せっかく始まる新しい生活だしな、と内心言い聞かせる。3年間ただ寮に引きこもっているのは両親にも申し訳ない気がする。自分自身を変えるというほどの大それた決意ではないけれど、少しくらい新しい世界に足を踏み込んでもいいかもしれない。そんな漠然とした考えをまとまりかけたところで、胸ポケットにしまっていたスマホが振動した。
画面を確認すると、LIMEの通知と共に表示された送り主の名前に息を飲む。堀北鈴音――昨日あの衝撃的な出会いを果たし、今日昼食を共にした彼女からのメッセージだった。
「オリエンテーションには参加するの?」
その短い一文は単なる確認にも思えたが、どこか僕の動向を探る意図も感じられた。指先が微かに震えつつ、返信文を考える。必死な様子と思われるのも嫌だけれど、素っ気なさ過ぎても良くない気がする。
「ちょうど今、行ってみようかと考えてたところだよ。これまで帰宅部だったから、高校生活の思い出に何か新しいことを始めてみるのもいいかなって。堀北さんは参加する予定?もしよかったら一緒に見て回らない?」
送信ボタンを押して数秒後、「既読」の文字が画面に現れる。その速さから、おそらく彼女もスマホを手にしていたのだろう、と想像すると自然と口元が緩んだ。そして間を置かず新しいメッセージが届く。
「分かったわ。私もこの学校のシステムを理解するために、オリエンテーションには行くつもりだった。一人で回るよりは、暇つぶしに付き合う形でも悪くないわね。一緒に見て回りましょう。」
彼女らしい少し冷たい中にも鋭さがある返信だ。「暇つぶし」という言葉には苦笑せざるを得なかったが、その後に続く「一緒に」という言葉は今の僕には何よりも励ましとなり、胸を高鳴らせた。
昨日まで名前すら知らない間柄だった彼女と放課後の約束を取り付けられるなんて思ってもいなかった。バスでの奇妙な出来事、コンビニで交わした少しズレた会話、そして昼食時の柔らかな微笑み――堀北鈴音の多面的な魅力につい惹きこまれそうになっている自分に気づく。
さて、準備をしよう。鞄のストラップを肩に掛け直し、腰を上げた。時計を見ると、もうすぐ午後5時を指そうとしている。校門前での待ち合わせが頭をよぎり、足早に教室を後にした。廊下を抜ける春風には、ほんのりと桜の香りがまだ漂っている。
胸の内には期待とほんの少しの不安が混じり合う。この先、第一体育館という大きな箱の中で一体どんな出会いが待っているのだろうか。そして隣に立つ堀北さんは、そこでどんな表情を見せるのだろう。高鳴る胸の鼓動が、自然と体育館に向かう足取りを軽やかにしていた。
「正当なる実力社会――それか」
昨日耳にしたキャッチコピーが不意に頭をよぎる。その入口に、今まさに彼女と共に立とうとしているのだ。