伊地知星歌と背徳の日々 作:背徳さん
それはただの出来心だったと思う。
ほのかに女の子の匂いが香る部屋。
俺が少し気になっている幼馴染の部屋。
俺以外誰も居なくなったその部屋で部屋主が居なくなった瞬間、何かしてもバレないのではないかという下心が思春期男子の脳を支配した。
行動を起こすならなるべく早い方がいい。
そう考えて今部屋から出ていったばかりの幼馴染の顔を思い浮かべて、バレた時のデメリットと天秤にかける。
きっと笑って許してくれるぜ。
いや、縁を切られて幼馴染の関係もバンドも解散だ。
そんな悪魔と天使がくるくると頭の周りに浮かんでいるような感覚を覚え、ぶんぶんと頭を振る。
やっぱりやめよう。
そう考えを改めた瞬間にガチャリと部屋のドアが空く。
良かった。行動に起こさなくて本当に良かった。
天使がガッツポーズをしたような幻を見た俺に、非情なのか好機なのか、幼馴染は衝撃的な言葉を口にする。
「ごめーん
「え、じゃあ俺も行こうか。」
「いやゆっくりしてて良いよ!ここの近くのお店らしいし。」
「そ、そう。」
「うん。ったくリョウったら打ち上げ行かないって言った癖に1人で寄り道しちゃうんだから……。」
そう愚痴を吐いた幼馴染、伊地知虹夏は鞄を持つと颯爽と俺を1人自身の部屋に置いたまま姿を消してしまう。
随分と警戒心がないなと困惑する。
普通思春期の女の子が男1人自身の部屋においたまま家を出るだろうか。
しかしそのせいで舞い戻ってきた。
先程負けた俺の中の悪魔が。
こんどこそチャンスじゃないのか?
ちょっと見るだけならバレないって。
そんな幻聴が聞こえるが、もう俺の中でやることは決まっていた。
俺はおもむろに立ち上がると部屋にあるタンスの引き出しに手をかけようと、その前に大の字で立つ。
目的はやはり
ではあればその中でも小さい引き出しこそ正解ではないか。
そんな予測を立てタンスの口に手をかける。
ごくりと喉を鳴らしながら、いざその引き出しを開けようとして違和感に気づいた。
何故か簡単に引けるはずなのに、まるで鉄の金庫を開けるかの如く手は震え、最後の関門のように俺の身体が動かない。
最後の最後で何をビビっている。
決めたなら最後まで行動しろ!
そんなジャンプ漫画のような気合を入れ、俺はとうとうその引き出しを開けることが出来た。
入っていたのは靴下だった。虹夏の好きな暖色のものがいくつかと制服用で白いのが沢山。
いや、これもいいがこれでは無い。
次、次と引き出しを開けるが次もハズレ。
小物用品がはいっているだけだった。
いや、待てここにあるものも使いようがあるのではないのだろうか。
例えばこのリップクリーム。
俺はそのリップクリームをプルプルと震えた手で構えるとそのキャップを外す。そこにはたしかに使った形跡のあるもので虹夏の部屋にあるということはそれは虹夏が使ったものであるということであるはずだ。
俺はそのままリップクリームを唇に付け、ゆっくりと塗ってゆく。
そんな緊張の中、ガチャリと部屋のドアが開いた。
「なぁ、暇だったら手伝って貰いたいことが……、」
「あ。」
「あ?」
ノックなどせず部屋に入ってきたのは虹夏の姉である伊地知星歌さんだった。
星歌さんは俺のしている行動を見ると途端に険しい顔をしてこちらを睨む。
ヒュッと冷気を吹きかけられたような寒気が身体を駆け抜ける。
見られた見られた見られた。
どうするどうするどうする。
「お前……、」
星歌さんが何か言おうとしたその時だった。
「ただいまー!」
虹夏のその声に反応してすぐさま持っていたリップクリームを引き出しに戻してそのまま閉め、元の位置へ戻って正座をする。
あまりの早業に星歌さんも見逃す速さだったのではないだろうか。……いやそんなことは無いけど。
「おう虹夏、どっか行ってたのか。」
「リョウがまた財布ないってさー。……あれ?なんか用だった?」
「……いや、灯理にちょっと手伝ってもらいたいことあったけどいいや。打ち上げするんだろ?」
「うんー。ほらーリョウ立ってー。」
「眠い。疲れた。」
「もー!ひとりで完結するなー!」
あれ、何も言わないのかと、星歌さんをポカンと見る。
星歌さんは横目で俺を見ながらも、虹夏とリョウの方を見ていつも通りに接している。
良かった……のか?全然良くはないが。
逆に怖い。何故、妹のタンスを漁るという変態行為を目撃して何も言わないのか。
ちなみに今日は虹夏と同じ幼馴染であるリョウと共に結成した結束バンドというバンドグルーブの初ライブの打ち上げである。
ドタキャンしたギターとドタ加入(仮)したギターは居ないが身内でお祝いにとピザなど
「お、俺も手伝うよ。」
「おーお願いー。おーもーいー!」
「乙女は重くない。」
「いーいーかーらー。」
そうやって何事も無かったかのように、自分を紛らわす為に玄関へ向かう。
しかし、俺が星歌さんをすれ違った瞬間、ボソッと何かを呟いた。
「明日、午後一でここに来い。」
俺は聞こえないふりをしながら、精一杯の虚勢をはりながら虹夏の元へ向かうのであった。