時系列:『木崎 杏(後)』
ネタバレ:本編終了程度
本話あらすじ
委員長の処女を犯したその夜、藤見の“生贄”という言葉に注目した浩太はどうして自分が”生贄”に選ばれたのかを考え始める。その結果思いついたのは思わぬ人物で――?
……ああ、今日は疲れたな。
委員長に“下剤”を投与してたっぷり辱め、帰り際に梓川に一発ぶち込み、夕食後には君恵さんとしっぽり決め込んで寝落ちさせてから、ようやくそれを自覚した。
流石にもうちんこも勃たない。わずかに感じるヒリヒリとした痛みが、今日一日を夢でないと示してくれている。
――どうして、“生贄”が、くら――
藤見の声が脳裏をよぎる。今朝のことだ、忘れるわけがない。あの瞬間に感じた絶望も、悲しみも、怒りも、まだ俺の胸にある。
あの言葉の真意を、俺は確認できていない。“生贄”が何に対する生贄なのかもわからない。
だが、どうして俺だったのか。山田や田中、佐藤ではダメな理由があったのか。女子を選べない理由があったのか。
わかりやすい理由を一つ挙げるとするなら、俺が
俺が伊那穂村に越してきてから、一年。俺は「
しかし藤見は委員長に「なんで」と尋ねていた。それはつまり、“生贄”に選ばれる基準は少なくとも藤見にはすぐに理解できるものではなかった可能性が高い、ということだ。俺より後に村に転入してきた人がいない以上、村への帰属期間の短さは“生贄”選出と関係ないという風に考えてもいいだろう。
ふつふつと湧き上がる怒りを何とか押しとどめる。――これが欺瞞だということを俺はきちんと理解して、一度棄却する。
そのほかいくつかの理由を考える。
正直なところ、俺はかなり目立つ存在だ。村の”外”出身というのが一番わかりやすいが、それ以外にも体格や交友関係なんかも男子の中では結構浮いていた。というか、村の男子は軒並みいがぐり頭で小柄の租チンだ。性癖ばっかり育って女子とまともな交友関係を築けているとは言い難かった。
俺が認識してるものもあるが、そうでないものもあっただろう。村の中でそういった俺が知らない”理由”が積み重なって”生贄”に選ばれた可能性は十分にある。
その場合、俺がそれを調べることは難しい。
行き止まりだ。少なくとも俺は”生贄”に選ばれた理由を解き明かすことはできない。
理由がわからないのであれば、その方向で”生贄”から脱することは難しいだろう。
……いや、待て。本当にそうか? 今考えたことに引っかかりを感じる。集合の問題で全てを数え切れていないような違和感。
――
ふっと、思いついただけだった。だが、何となく納得できる推論のように感じてしまった。
そうだ、俺が村の
俺が村で一年暮らす中で”生贄”に選ばれた理由ができたのではなく、俺が村に来る前から”生贄”になることが決まっていたのなら。
――両親のいない寂しさから、都会の喧噪の中、一人で生きるにはあまりに酷だった。だから俺は恩師の助けでやれる限りの手続きをして、父の故郷だという村――この
俺がこの村に来ることを差配できた人が、一人だけいる。
――モノをむやみに壊したらダメ! いーい? 壊したモノとおんなじモノを作っても、そのものに宿った思い出は、なくなってしまうんだからね!
いつだっただろうか、そう。俺が肘を壊してやさぐれていた頃、中三の頃恩師に言われた言葉だ。何を壊したのかはもう覚えていない。あの頃の俺は今と同じくらいかそれ以上に荒れていて、今以上にクソガキだった。
あの頃から体格もよく、暴力的だった俺に滾々と説教をし続けたのは両親と恩師くらいのもので、あの頃のことを思えばほんとうに頭が上がらない。俺に一番影響を与えた教師は誰かと聞かれたら、今でも恩師の名を答えるくらいには。
だが、そんな恩師が俺のことを”生贄”として伊那穂村に送り込んだ張本人だとしたら?
あの頃の俺は全てを失って生きる意味を見失っていた。だから俺は恩師に言われるがまま、父さんの持ち家を頼って伊那穂村にやってきたのだ。
本当にそうだっただろうか。
どうして恩師は父さんの家が伊那穂村にあることを知っていたのだろうか。いや、遺産相続の書類を弁護士さんと一緒に手伝ってくれたはずだ。あそこで知ったに違いない。
どうして恩師は俺を伊那穂村に送り込んだのだろうか。確かに俺はあの家に帰ることを苦痛に思っていた。天涯孤独の身だ、どこにいても同じなら、田舎の村で暮らした方がいいと考えたのだろうか。本当に?
どうして恩師はあんなにも俺を助けてくれたのだろうか。お世辞にも出来のいい生徒ではなかった。『手のかかる
どうして……。
どうして俺は
「ぅ、おぇっ……」
その発想に至った瞬間、猛烈な吐き気を自覚した。枕元に用意された小さなゴミ箱を拾い、胃液ばかりの液体を吐き出す。喉奥の圧迫感と強烈な胃酸の香りに、条件反射的に涙がこぼれる。
どうしてあの人が。
どうして俺はあの人を。
こんな苦痛を味わわされなければならないんだ。
それでも俺は疑いたくない。
ぐるぐると頭の中を回る俺と俺の言い争いに、結末が出ないことはすぐに分かった。話を聞ける人はこの村にいないし、話を聞くためには現状を何とかしなければだめだから。
這う這うの体で洗面所に向かい、吐瀉物を捨ててからうがいをする。何も食べていなかったから、胃のムカムカは大したことはなかった。
鏡に映る赤く腫れてギラギラ光る瞳の方が、見ていて腹が立った。
「いずれ……」
「いずれ会いに行って、確かめてやらねえと、なァ……」
本編を読んでいたころからずっと温めていた疑惑をこうして小説という形で発表するのは、不思議な気持ちになりますね。
というわけで恩師黒幕説を初期から認識している世界線の浩太くんの話でした。そんな説原作にはないよ。
(以下『やえのづくし』編までのネタバレを含む)
香酉祭梨という女性は存在自体は『堂島 君恵(前)』から示唆されていて、非行に走る浩太を止めたり、失意に暮れる浩太の手助けをして伊那穂村へ送り出す手続きをした中学生教師として描かれていました。
浩太が転入前に関わりを持っていた人物は香酉祭梨を含めて七人(両親とナナお姉さん、および三人の彼女)が存在していて、その中でも両親と合わせて三人は肘を壊してから儀式によって壊れるまでの浩太にとって非常に大きい存在だったことがたびたび示唆されていました。
彼女の存在に重みがついたのは『特別な撫で撫で総集編4(やえの・花)』で苗字が明かされた瞬間で、「香酉」の名前に付いた酉の字は十二支で西を意味する漢字であるわけです。これまでに散々出てきた四方の一族(瀬戸南、東悠光、北見静、など)のうち、一度も存在が示唆されていない西を意味する名前は、彼女が四方の一族であることを示す傍証としては十分でしょう。
また、原作者Twitter(X)にて堂島君恵の同級生に香酉姓(のちに浩太が「恩師には妹がいる」旨の発言をしているため、恐らくその子)がいることも合わせれば間違いないでしょう。
では、伊那穂村に関係のある香酉祭梨という女性が浩太の身近に現れたのは偶然でしょうか。
彼女は浩太が中三の当時教育実習生であり、恐らく「適性試験」を潜り抜けた上で”外”に出てきています。四方の一族が村に有用な情報を収集する役目を担っていることを考えると、駆け落ちしたとはいえ久城・倉持の血を継ぐ浩太のことはかなり重要な情報であることは間違いありません。ある程度あたりをつけて近づいてきたとみて間違いないでしょう。
では、彼女は何の考えがあって浩太に近づいてきたのか?
その目的を本話では浩太が「悪意をもって接近し、油断した両親を暗殺したうえで”生贄”にするために浩太を伊那穂村に送り込んだ」と推測しています。
かなり悪意的な見解で、原作浩太の回想を見ても妥当性があるとは思い難い解釈ですが、それもあって時系列をかなり早い段階――”生贄”の単語を聞きながら浩太の精神状態が最も悪いであろうタイミング――に設定しています。
香酉祭梨がいかなる意図をもって倉持浩太に近づいたかはいずれ原作で明らかになる日が来ると思われますが、それまでは解釈の一つとして楽しんでいただければ幸いです。
楽しみだなあ……!