湊友希那誕生パーティは自宅リビングにて開催された。
すでに午後で、照明は室内中央のテーブルもそのテーブルの上に並ぶ料理のことも均等に照らしている。五人の女性はそれぞれグラスを持ち、自由に会話に花を咲かせている。
友希那を含む彼女たち五人は同じバンドのメンバーで全員がプロの音楽家だった。
強い絆で結ばれた五人はこれまでいくつかの壁に衝突したがその度に未来を切り拓いてきた。その歩みこそが友希那たちの音楽であり、それはこれからも続いてゆく。
この一年、友希那はまたそのように実感した。自分を信じてくれるこの仲間たちのことが愛おしい。皆が笑顔で、何も冷たくなかった。このパーティ会場はより明るい雰囲気に満ちて続いてゆく。最後に場にケーキが出現し、友希那はグラスを置いてフォークを取った。自分に向けて切り分けられたケーキを食べた。
「おいしい……」
生クリームの優しい味、それからスポンジの少し湿った甘味が触れる。場の雰囲気の影響か、何か精神的な作用さえ友希那は感じ、それらを全て飲み込んだ。
それから当たり前のようにまたフォークをケーキへ進めると、ふと、異音が響いた。
「あら……」
手を止め、友希那は自分のスマートフォンを持ち出した。液晶画面でいくつか操作をし、顔を上げると仲間たちが注目している。
「少し、席を外すわ」
友希那はひとつ言葉を置き席を立った。リビング出入り口扉を開き、すると廊下が広がっている。
「すぐに戻るわ」
あの華やかな室内から一転、狭く薄暗い廊下を友希那は歩く。一歩、一歩と進む度、あのリビングが温かいのだと思い知る。
やがて友希那はひとつの部屋の前に到着した。手をかけ、内部を覗くとそこにも闇がある。
その闇とは室内の闇のことだった。どうやらこの部屋、彼の自室には照明がひとつも灯っていないいないようだった。
友希那が室内に一歩を進めるより先に室内奥から湿った声がする。
「友希那……」
そうして友希那はすぐさま、胸部、腹部、胴体そのものに軽い衝撃を受ける。
「友希那、友希那……」
後ろ手で扉を閉じる間も彼は友希那に抱き着いて止まらない。何か友希那の身体の中の友希那も知らない埋め込まれた餌に向かってゆくような、一心不乱で躊躇がない。
友希那もまた彼の身体に腕を伸ばし、二人、まるでしっかり示し合わせたかのように速やかに抱擁する。
「まだ、パーティの途中なのに……」
「ごめん。でも……」
そんな言葉を口にしているが、友希那から視て彼の中に罪悪があるとは思えない。
だが彼が面白半分で、パーティ参加途中の恋人を自室に呼び出し、何か下劣に嗤っているとも思えない。
友希那は彼の胸の中で目元を逸らし、「まったく……」と小さくなる。
こんな彼のことだから、きっと壁越しに聞こえる声や物音にいちいち興奮していたに違いない。
そうして一人で盛り上がり、己を慰めていたに違いない。
だが不思議なこととして、現在、室内を見渡してもそれらしい残骸はみつからない。素早く鼻呼吸をしてみても何も香らない。
「恋しかった……」
呟き、彼は友希那の胸元に顔を埋めて擦ってくる。
よく、飼い犬は飼い主がトイレに入るだけで何か寂しげに目元を潤ませると聞くが彼がまさしくそれだった。
今、こうして全身で抱き止めていなければ私は、きっと押し倒されてしまう。そうしてそのまま衣類を捲られ、彼は肌色をみつけるとさらに調子をよくして、自身のものも取り出す。狙うは膣、その一直線のみであり、彼の豪胆が胎内にまで敷かれることになる。
この彼という男はつまり、湊友希那という女性のフェロモンを継続的に摂取しなければ人として意識を保つことが困難になる。
そんなこと、当の本人である友希那はもう知っているし、とっくに慣れたことだった。
「さっき、ケーキを食べたの」
「ケーキ?」
「ええ。生クリームのものよ」
「おいしかった?」
「とても。きっと、有名なお店なのだと思うわ。舌触りが違ったし、味もしっかりしていたから」
「じゃあ、僕も食べてみたいな」
彼の声が湿り気を帯びてゆく。腕が引き締まり女体をさらに抱き寄せる。友希那は彼の胸板に乗り上げるように収まっていた。灰色のワンピースに包まれた肩幅が縮み、彼はそれを撫でている。
額を上げ、友希那は口を開いた。両瞼を閉じたのは無意識のことで、彼はその熱の中に鼻先を差し込んだ。男の両足はそれと共に開いてゆき、股を女体に押し付けるように寄りかかる。
友希那は細い腕で彼の背を包んでみた。落ち着いて、という意味だったが彼の呼吸は荒く逆立ってゆく。友希那は喉奥から温かい吐息を発動し、そこに乗る甘いにおいを彼へ注ぎ込んだ。
直立する友希那を抱き締める時に彼は股を軽く開いて向かった。
まず、両腕を友希那の背中にまで伸ばして包み込む。細い身体は男の懐の位置にすっぽり収まって、彼は自分にはない熱気を身体で体験する。
それは友希那の体温で、その熱が、ゆったり波のように素肌に染み込んでくる。臓物、そのものが友希那の熱により愛撫され芯から火照る。
「友希那、お願い……」
今まさに目の前で、友希那は口を閉じ、その中に溜まった適量の唾液を盛り立てる。飛沫同士が激突し、弾け、混ざり合う音が連続で響き、友希那の視線も何か気まずそうにあちこちに散る。
彼はその様子を全て観察し、ただ待った。そうして、友希那が顎先で軽く合図をすると、彼は己の口を差し出す。
「んれぇ……」
もちろん聖母はそんな男児に恵みを与える。
大口を開ける彼のすぐ上で、友希那もまた口を開いて唇を突き出す。その桃色の、少し尖った形を成す肉厚が向かう先とは彼の口だが、接吻ではない。今、舌の上には何かこんもりと体液が、つまり友希那の唾液が存分に溜まっており、それらは口の傾きと共に彼のほうに流れてゆく。
とろり、なんの迫力もなく、静まったまま少し太い糸を引き、友希那の唾液が彼の口へ落下する。たった数秒で今回の餌やりは完遂し、友希那が口を閉じると彼もまた顎を戻し、それから唾液を咀嚼する。
この瞬間、友希那はきっと、男の口の中で自らの唾液と男のものが混ざることを想像する。
「友希那、すき……」
「ええ、よくわかっているわ」
「友希那、ずっと傍に居て……」
「それは、少し難しいかもしれないわね」
そんなやり取りを交わしつつ、二人は真正面から接近し肌を重ねる。
しかし、ここで重ね合わせているものとは肌だけではなかった。互いのにおい、互いの熱も共にある。また彼は、この単純でわかりやすい『ハグ』という行為こそが、友希那の肉体に在る母性を最も堪能できる術なのだと思い知る。
友希那と出会ってそれなりに時間が経過している。その中で彼は友希那の身体を細い、細いと評価してきたが、こうして実際に擦ってみるとそれだけでは済まない。
たとえばこの、脇の部分から腕に続く少し筋張った造りだったり、反対側、肩そのものから流れてゆく肉付きに、小さいながらも逞しさを感じる時がある。
確かにこれなら歌姫として、あらゆる音を導くことができるだろう。
彼は鼻先で友希那に向かった。この室内、たったひとつも照明を寄越さぬまま、彼は友希那にしがみつき、それからまさしく男児のように口臭を嗅ぐ。
「んふ……」
甘い、甘い、友希那だけのにおい。女性らしい深みの中に確かに薄っすら甘味が香る。その絶妙な配合が、豊かな背景を生み出している。口臭を嗅ぐというただの変態的行為は、立派な嗜みの領域に至る。
今、抱き締めた友希那の口元へ進む彼はさらに身を揺らし、もう鼻先ではなく口元で、もっともっと友希那の味を嗜みたいと強く思う。
いいや、それだけではない。
だって男が、その程度で真に満ち足りるわけがない。愛する女性の体臭にはじまり、粘膜、唾液を堪能したとなると、次はやっぱり身体そのものを味わいたい。
彼はもう言葉など交わさずに前へ、口を突き出し友希那の柔らかいものと激突する。友希那は一瞬だけ驚いたらしく肩を弾くがすぐに落ち着き、次からはむしろ、そんな自分の態度を自ら悔いているかのように懸命に彼に向かって応答する。
薄暗いこの室内で、彼と友希那、男女二人は唇同士を結合しやがて舌先を繋げてゆく。
向こうの、あのパーティの喧騒だって、そこからこちらに少し伸びる照明の光だって届かない。相手が揺れれば、相手もそれに付き添って、二人は重なったまま身体を撫でて熱を高め合う。
「友希那、えっちしよ……」
口を離して数秒後、彼は懇願すると同時に下半身を前方向に押し付けた。腰はすぐに友希那の腹部に激突し、それでも内側に入りたい彼はぐいぐいと友希那を圧迫し主張する。
「す、少し、待って……」
明らかに動揺している声色がぬるい暗闇の中に伸びてゆく。
「どうして?」
「だって、まだ、皆が居るのよ、聞かれたらどうするの……」
「い、いいじゃん、それくらいさ……」
彼は明確に呟いた。そうだそうだ、別に構わないはずだ。むしろ一度、明確に知らしめることが必要とさえ彼は考える。
しかし対する友希那は異なるようで、「駄目に決まっているでしょう」と少し厳しく声を出す。
そんな様子がまた、節度を理解した母親らしくて彼は盛り上がる。股間部分をさらに突き出し、友希那の中の雌の位置を掘り当てるように呼吸を窺い口を開く。
「ねぇ友希那……」
友希那は顎をクイと上げられたかのように視線を引きずり彼を視る。
彼はその様子にめいっぱいの欲望を試してみることにする。
「ママ、えっちしよ」
「ま、ママ……」
彼は今、意識をして友希那のことをママと呼ぶ。
そもそも、今の友希那は彼のことを無視することだってできたはず。
スマートフォンなど視なければいいだけの話だし、画面を確認してメッセージを読んだとしても、さっさと無視をするか、今は駄目、と送信して終えることだって可能だった。
そんなことは行わず、友希那は返信より先にまず席を立ち、この部屋に駆けつけてくれた。
その行動、それそのものが友希那から彼への応えであり、口や目元でどれだけ迷惑がったところで、むしろ彼の気を盛り上げるだけ。
「するのはパーティが終わってから、そういう決まりだったはずよね?」
「で、でも来てくれた……」
「恋人なのだから、優先的に相手をするのは当然よ」
なんだか手厳しい態度を示しているが、一方で彼は、普段から友希那の顔面を注視するように今は尻しか視ていない。
現在、彼が股間を披露しているように友希那もまた下半身に何も着ていない。
スカートを脱ぎ、ショーツも脱ぎ、けれど上半身の事情はそのままに、友希那は壁に手を置いて尻を突き出している。股は肩幅より少し大きい程度に開かれており、その両足はピンと真っ直ぐ、張り詰めている。
女性の股間なんて、スカートか、それでなくともズボンがあるし、その中にもショーツを着る。
そうして隠して、またそういう部分に男たちは妄想を走らせるものだが、今の友希那はむしろ下半身をみせつけて突き出している。
軽く反った背中、というより上半身は衣類に包まれている。だがそこから続くなめらかな尻、両足は素肌のままで、全体的にくの字に曲がったまま友希那はある。
それは、男と後背位で行うためには最適の形だった。だがそんなことをしているのに、友希那は目つきだけが精悍に継続している。
さっさと行為を済ませたい。そんか合理主義らしい意識が窺えるのだが、そうした積極性がむしろ、強烈な格好を組み上げている。
「時間がないの。だから、はやく済ませて」
仲間たちと一緒に居ても、なんの不自然さもないあの服装から一転、完全に交尾のための恰好に変わり果てる。体勢だって、男の挿入のやりやすさを優先している。するとこの室内、彼の自室は特別なライブステージに変化し、観客は彼しかいない、演者はもちろん友希那しかいない。
そういう状況を友希那が自ら用意している。
ああ、なんて破廉恥な。そんなおしとやかに、けれど確かに求愛されてしまうともう、男は耐えられない。
だってあの友希那が、歌姫、孤高、そういう音楽世界がよく似合う湊友希那が恋人のためとはいえ、こんな恰好を自ら進んで行い、行為についても、また自ら急かしているなんて。
自分自身のそんな様子について、今の友希那は認知をしているのだろうか。つまりわかっていて、こういう形を男に対し許しているだろうか。それなら相当な変態だし、女性として、少しくらい屈辱的な意識を持っていてほしい。けれど反対に、全く知らないでもいい。知らずにそういう雰囲気を、自ら身体に生み出しているのなら、それもなんだか可愛いじゃないか。
「まったく……」
そうして彼は友希那の腰を左右から掴み、青薔薇の乙女を割って埋まってみる。
友希那の恋人という身分にはいくつもの楽しみがあるが、性的な楽しみの中では、こういう瞬間が一番楽しい。
仲間たちの前でどれだけリーダーシップを発揮したところで、そんな気質は彼の指示ひとつで崩壊する。メッセージひとつで極上の歌姫を呼び出して、別にソロでライブをしてもらうわけではない。本人が登場したらさっそく口臭を堪能し、接吻、そのまま本番行為まで堪能させてもらう。
自分が主役かと思い違うパーティだった。
いいやもちろん、音楽の仲間たちとの交流だって素晴らしい。存分にやればいいし、交流が終わった後に友希那から、話を聞くことも楽しい。
恋人が楽しく続ける友人の話を聞いて、いつまでもにこやかに頷いていたい。幼馴染だの後輩だの、赴くままに交流を広げればいい。
だが、忘れないでほしいとも思う。
君は僕の恋人で、最後には僕の隣に居なければならない。そして、僕の隣に帰ってきたのならその膣も、男を思い出さなければいけない。
今、有能な歌姫から都合のいい彼女に変貌した友希那のその全てを尊重し、姦通する。雄の力を発揮し、また友希那は、その体積の分だけ膣を開けてくれる。とはいえ緩いままというわけでもなく、彼のものが完璧に収納されると、雌はさっそく、締め付けることで男を認める。
「友希那、たくさん濡れてるね……」
「そ、そんなことはないわ」
喋ってみると、やはり友希那は自ら膣について否定する。だがその膣に、今は彼がずっぷり浸っている。そんな彼が濡れている、たくさん濡れている、なんて感想を口ずさんでしまえば、たとえ友希那が誤魔化そうとしても無駄になる。
「ちょっと興奮してるんでしょ」
「興奮って、別に……」
彼は腰を友希那へ落とし込みさらに呟く。細い友希那の背中、その上に乗る長い髪が滑るように落ち、宙ぶらりんに浮かんでそれで、この薄暗い室内の中、毛先が綺麗に揃っている。
「いいんだよ。だって、パーティ抜け出してこんなことしてるんだもん、興奮しないほうが、おかしいよ」
友希那の胎内は彼にとって理想的な道造りにある。
そして彼は、その秘密の楽園に唯一許された目覚めのいい男である。
膣壁に張り巡らされた無数の肉ひだが彼を襲う。それは男としてそれはたまらない刺激であり、友希那を堪能したくなる。竿が根元まで友希那へ食い込むとそれが合図で、男は女の腰を持ち、それから一気に突き崩す。
「すごい。とろとろまんこだよ、友希那」
「い、いいから、はやく出して……」
発言とは異なり、男を咥える膣はさらに湿度を高め、香ばしい粘液を真下に垂らしている。
あの壮大な観客席の、その誰もが望む蕾の部分は実はとっくに花開き、垂れ出る蜜も、妖しく散る様子も披露されている。
けれど誰も、それがすぐ近くの同志であっても、歌姫のもうひとつの可憐を知ることはできない。それでいて女体は、雌の部分はしっかりと、自分がどのように狂い咲くか、というところを記憶している。
その発火の原因には彼という男の湿度が潜んでおり、つまり友希那の女とは、彼という男からはじまった。彼は友希那と繋がる度にそのように実感し、腰の動きがねっちょり笑う。
彼は身体を狭めて腕を伸ばした。後方から伸びる二本の男の腕は友希那の脇の部分、腕の下の位置を通り抜けて胸元に到着する。
「ちょっと……!」
ひと言、大きく首を上げる友希那を無視して彼はこの可愛い乳房を揉んだ。形をなぞり、徐々に先端、乳房の、頂点とも呼べる箇所に指の腹を落として撫ぜてみる。その部分を軽く潰すようにしてみると友希那は、彼に股を許したまま少し飛び跳ねて、膣が温かくなる。
胸元への愛撫とそれから、腰同士で続く前後の運動は友希那のことをただの乙女に巻き戻す。
つまり、舞台に上がるバンドガールではなく、プロフェッショナル世界に咲き乱れる音楽家ではなく、彼の相手をするだけの、たった一人の女の子。
この自室、照明さえ起きていない薄暗い中で彼は、そんな友希那を頂へ誘い込む。
「友希那、出るよ……」
もう、そこにどんな他の存在もない。ただ二人きりの世界で、今は快感だけが流れている。
そんな中で彼はまた友希那を嗅いだ。
それは不思議なことではなかった。大好きな女が近くに居るというのにそのにおいまで意識しないなどむしろ失礼になる。
股間でみっちり繋がったまま、彼は鼻先で掬い取るように向こうまで流れ着き、それから吐息を、友希那の頬に届くように打ち上げる。
「んは、いいにおい……」
女性らしい色香を起源とする甘い風味、それから雌っぽい溌剌とした味わいが混ざることで完成する、友希那だけの魅力、そうした絶品の風味が彼にとっての最後のひと押しとなり、男児は友希那の最奥でゆき果てる。
「うううっ……!」
彼のか細い求愛と共に二人はついに決着する。全ての動きが一時的に停止し、友希那は彼を受け止めて震え、彼はその、切なそうな急所の部分に男をしかと詰め込んでやる。膣は射精されることに対してどこまでも弱い。結局のところ、友希那だってその中身はしっとりと女の子の造りになっている。
しかしそれは、このような湿り気のある場面だけでの話であり、やはり普段の友希那はきめ細かい。
魅力のようにも、理不尽のようにも、摂理のようにも思える友希那のその仕組みが、やっぱり大好きだ。
彼が湊友希那と交際をはじめたのは現在からちょうど一年前のことだった。
天使に出会った、精神的に疲弊していた当時の彼にとって、それは比喩表現の類ではなかった。友希那の出会いそのものが彼にとっての光芒であり導きであり、もはや遠慮をすることをしなかった。
彼の積極性により友希那の意識にも男女というものが浮かび、二人は紐と紐のように絡み合う。相手が、自分にとってなくてはならない存在になるまでそれほど長い時間はかからず、また彼のほうは特別に友希那に沈んでいった。
友希那はプロの音楽家として活動しいくつかの障壁を経て今に至る。
彼も現実との折り合いをつけつつ、友希那の恋人としてはなんの妥協もしない日々を過ごしていた。
二人が住むこの家は交際一年の男女にしては広いものだった。
二階建てのシンプルな造りで、周囲には特別な喧騒がない。リビングの開放感を友希那は気に入り、キッチンの充実した設備に彼は満足している。
日々の料理を担当する彼はその充実した器具と友希那への愛により元々高かった料理技術をより向上させた。
また、彼と友希那にそれぞれに個室があり、二人は基本的にはそこで寝起きしている。親しき仲にも礼儀ありというもので、最低限のプライバシーはお互いに確保しようというのが二人のやり方だった。
「もう、一年か……」
あっという間だった、と一度の射精を終えた彼は呟いた。いろいろなことがあった、とさらに呟く。この室内、知られざる行為が終わろうとも照明はなく、なんだか薄暗い。
そんな中で彼はベッドに腰を落し、友希那は、パーティに戻る支度を整えている。
上半身の事情をそのままに、ただ下半身だけが露出しているという友希那の姿はなんだか滑稽だった。
友希那はそんな自分の痴態から逃げるようにショーツを履いている。次にスカートを持ち上げ、あんなに愛し合った肌色が隠されてしまう。
いいや、違うな……。
衣類を完璧にして、それから頬や額の汗、髪型の乱れを手直しする友希那を前に彼は考えていた。
友希那はショーツを履いたことであの行為を否定したのではない。友希那は、行為終結後すぐにショーツを履き、スカートを着衣したことで、あの情熱的な絡み合いを自らの身体の内側に隠した。
これでリビング、パーティ会場に戻ったところで誰一人、友希那が密かに男と逢って行為に及んだなどとは思わない。ちょっと長いお手洗いだとか、家の用事が少しあった、という程度の解釈を勝手に行って、活気は戻ってゆく。
だが事実として、友希那は彼と逢っていた。
重ねた衣類のすぐ下に、歌姫ではない、女としての熱波が通い、身体は、男のことを覚えている。
それでいい、と彼は納得していた。
この行為のこと、というより友希那との関係そのものについて、誰も詳しく知らなくていい。ただ僕と友希那、二人だけで世界が続けばそれでいい。
「それじゃあ」
友希那は最後に視線で室内を一周し、彼にひと言を置いて扉に向かおうとする。
そんな彼女へ、愛しい人へ彼は立ち上がった。とっくに萎んで、下向きに垂れる竿を揺らして友希那に接近し、抱き留めてしまう。
室内に対し背を、扉に対し顔を向けたままの友希那は足を止め、自らの腹部に廻る男の上を擦る。
「戻らないと……」
「友希那」
彼は呟いた。鼻先で長髪を避け、友希那の左肩に口元を乗せる。
「行ってきますのちゅー、ほしいな」
「は……」
友希那の声色に重たいものが付属し顎先が揺らぐ。少しして頬が上向き、友希那は背後に引っ付く彼を睨む。
「あなた、本当に奇妙な趣味をしているのね」
それから少し強引に、友希那は身体を動かして振り返る。寂しがっている彼の口元は、やがてまだ熱気残る友希那のもので覆われる。
「全て終わったら、ちゃんと愛し合いましょう」
部屋に残る男と、光差す廊下に向かう女、二人の間に架かる透明な橋は脆く、ただ熱を、互いに残して溶けてゆく。
友希那という女性が魔性に満ちた人であることは周知の事実だと彼は思う。
まず童顔で、おとなしそうな様子にあるのだけれど目元が鋭い。そこは流石に歌姫というべきなのか、いいや、これはそのような架空の話ではない。プロ音楽家として豊富な経験と実績を重ねたから、己の道を信じ、歩み続けたから、それ故の確かな自信がその目に宿り、こちらを視ている。
相手が誰であれ、なんであれ、どっしりと真正面に構えて佇んでいる。
そんな様子を人は歌姫と呼び、崇めるのだなと、目を合わせているとよくわかる。
また、そうした雰囲気は何も目つきだけの話ではない。
性格に関しても、年齢にしては落ち着きがあり、聡明で、何かしっかり据わっているような安定感がある。
いくつもの決断を下し、その歩みを止めなかった。
人間としての背景として、そういうものを妄想せざるを得ない。そんな、意志に満ちた余裕を彼は友希那に常に感じている。
ただ、性に関しては全く無知らしい。
だが彼は、友希那から淫靡なものを時おり感じることがある。精神的に余裕があり、また他に対し理解、というより友希那は寛容だった。そんな豊かな態度というものが、彼からすると、母性として映る瞬間がある。
「友希那っ……」
彼は最愛の人に向かってまた呟いた。
口元、すぐ近くに友希那の吐息が盛り上がる。そこにはただの呼吸以上の熱量があり、唾液のにおいは彼を夢中にさせている。
二人は今、このリビングの中で折り重なっている。
彼が腰を下ろすこの椅子とは先ほどパーティにて友希那が座っていた席だった。今度は彼がそこに腰を落とし、友希那はそんな彼に座っているのだが、特徴的なこととして友希那は彼に顔を向けている。つまり二人は向かい合ったまま、彼は椅子に尻を、友希那は彼の股間に腰を置き、また歌姫の両足は彼のそれよりさらに外側の位置に左右それぞれ伸びている。
男体に跨るような体勢であり、この小さい椅子の上、彼と友希那は頬が擦れ合うほど至近距離に顔を置いている。
二人とも下半身の衣類を捨て、女は男に股を許している。
そうした事情のすぐ横、テーブルの上にはまだひとつも解決していないパーティの片付けがある。
だが友希那も、彼ももちろんそれを無視している。
そうして彼は溜まりに溜まった肉欲を、友希那は、友人たちとの交流では満たされない女の部分を満たしてもらう。
仲間たちから、誕生日をめいっぱい祝ってもらって、友希那自身も楽しんで、けれどそのすぐ後に、男の相手をするなんて。
彼は喜悦にあった。椅子に座る自分の手元、最も近い位置に友希那が居る。この小さな歌姫は歌うことも、音楽を説くこともひとまず休憩して痴情に浸っている。その太腿で男の腰をしっかり挟み、それが生命線であるかのように腕を、彼の両肩に廻して離れない。それで腰を少し落としたり、足をむしろ張り詰めて、男のことを漕いでいる。
彼もまたそんな友希那を手繰り寄せて股間を強く主張し、互いの要領に上手く噛み合っている。
あの密会とも呼べる行為も十分に愉快だったが、こうして全てが終わった後、大きくまぐわうことも美しい。
また、先ほどあの『呼び出し』の際と異なる点として、今の友希那は自ら衣類を脱いでいる。
パーティのための装い、友希那が朝から吟味し、決定し、丁寧に整えた全身の色どりを自らの手で分け、離し、剥く。衣類の下から当然肌色が覗き、やがてその面積が広がって、衣類は幕が開くように去って、そうして最後、あの黒い蝶の髪飾りを取ってしまうと友希那は女性になる。
そんな態度の転身に胸を躍らせない男などありえない。
「友希那……」
今、多くの人間が薔薇を形容詞として用いるその風格、それを彼は咀嚼している。もちろん実際に噛み付くだとかそういうことではなく、彼は己の雄の部分で友希那に染み渡る。友希那の表情には、その噛み跡のみが浮かぶ。
「ううっ!」
それは発射ではなかった。
その場、つまり友希那の腟内で彼は溶けただけだった。自身で何か意図的に炸裂するという気概さえあまりなく、彼はただ己の劣情を友希那に対し打ち明けている。
子宮が運動をしている。彼女の胎内はその放出される温かいものを飲み込んでいた。はやくしなければ誰かに精液を奪われてしまう、そういう独占欲を拗らせた友希那の身体は彼の遺伝子を一滴たりとも残さない。独特の熱波は腹部を中心に友希那の皮膚へ幸福感となって染み渡り、また彼と同様、関節を維持するだけの筋力を溶かしている。
ああ、友希那が果てた姿とはどうしてこれほど美しいのだろう。
友希那の細く小さな肉体を彼が内側から占領している。雄として、これ以上ない優越感に浸りつつ、彼は自らのものが射止めたその子を眺めてみる。
つい先ほどまで、まるで負かそうとしているかのように臀部を駆動させていた姫君は、その面影をすっかり失くし、今は男の胸板を枕にしている。
彼はその背、薄紫の長髪を避けながらゆったり撫でていた。この汗ばんだ上半身もそうなのだが、下半身、投げ出すように拓いたままの両足が香しい。
けれど。
彼は絶頂の余韻にある友希那を眺めてまた考えていた。性に溺れた後の友希那とは美しい。歌姫としての輝き、あるいは女性としての色香と別の雌の生き様がそこには漂う。ただ彼は、そういう友希那のみに価値がある、だなんて絶対に思えない。
様々な姿と香りをみせる湊友希那という姫の、ひとつの乱れた様子、それも含めて友希那であり、彼はもちろん全ての友希那の顔を愛したい。
「もっと……」
愛おしい、友希那の吐息が声を造る。椅子の上、歌姫は相応に消耗したはずだが、そんなこと、友希那が一番気にしていない。小ぶりな尻は彼に触れたまま、また揺れて、男を誘ってくる。
彼はそんな姫君の狭い女体を改めて抱き締めた。
「友希那……」
上質な衣類は汗で歪みながら肌に貼り付いており、彼は自らの左手を友希那の臀部の右側へ、右手を、臀部の左側に添えて努めた。先ほどのあの、性行為などさっさと済ませたい態度と大きく異なっている。この場のこの湿った空気感、雰囲気に浸り尽くしたい。そんな貪欲な意気込みが股間から聞こえてくる。
そして奇遇なことに彼も、なんだがこうしていつまでも、ねっちょり繋がっていたいなとやる気にある。
「もう一回、しようか……」
あくまで自分は威厳のある音楽家ということなのか、紫炎の薔薇は口ではなんにも応えてくれない。それならこの雌しべはどうだろう。彼は座ったまま、友希那の椅子に徹したまま、くいくいと調子を視る。汗ばむ両手で丁寧に、友希那の背中を撫でてみる。
そうした中で彼が最も敏感に受け取るものとは友希那の湿り気だった。
今、しかと結合している穴と棒には粘液が続いている。
「たくさん、湿っている」
「い、言わないで、そんなこと……」
友希那の態度に彼はまた惹かれてゆく。だがそれは、ただ単純に頬を染める彼女のことを、ああ愛おしいなと感じるだけの意識ではない。
赤面する友希那については、確かに愛らしい。けれど彼はそれよりも、そういう健全な羞恥心を顔で表しつつ、股間同士ではじっくり密着している、という複雑な事情そのものに夢中だった。
「恥ずかしいの?」
「当然よ……」
友希那は戸惑いながら彼の胸板の上に息を落とした。一度絶頂するところまで互いに狭まったことがよい効果をもたらしている。だって彼の腕の中、友希那は明らかに弱っており、彼に引っ付いている。
「可愛い」
密やかに打ち明けた途端、友希那の肌色の上、というよりその内側から仄かな熱が浮き出る。
体臭そのものを彼に必死に擦り付け、これは私のものよ、と主張するように友希那は腰を動かしている。
口元にはいつでも甘いものがある。吐息が重なり、そこからまた新しく口づけがはじまって、男女二人は溶けてゆく。
両手の中に別の汗が浮く。そして彼は、研ぎ澄まされた熱気の向こう側にたどり着くように、その場で快感に酔いしれる。
あれだけ柔らかかった友希那の体躯が、今一瞬、縮みながら硬直する。胸板にぶつかる息にまた新しい熱が膨らみ、彼はそんな、瀕死の友希那を労いとして抱き締めた。
「世界の全部が、友希那になっちゃえばいいのに」
肉体的な触れ合いが終わると、彼と友希那は現実に戻ってゆく。
現在、二度の絶頂の後にあるが友希那はそれを感じさせない。あの呼び出しの際も彼は感じたが、友希那はまったく、行為が終わると何か入れ替わったかのように静謐な表情を取り戻す。
それで淡々と、このリビング、つまりパーティ会場の片付けに努め、もちろん彼もそこに参戦する。
「そうしたらもっと、真面目に生きるのに」
「何よそれ」
街ですれ違う人も、テレビの中で視る人も、新聞も、インターネットの中でさえ、目が合う相手は友希那だけなんて、そんなものきっと楽園だ。
などと考えつつ、彼は片付けを続けていた。友希那と同じ、若い女性が使用した食器などをてきぱきと分別する。
同じく片付け作業にある友希那はそれから少しして口を開く。
「それよりあなた、一緒に居なくて、本当によかったの?」
「あ、もしかして、僕が居なくて寂しかった?」
「いえ、そういうわけではないけれど……」いくつかの皿を重ね、流し台に持って歩く友希那は素早く否定し額を上げた。「けれど皆、あなたのことを知りたがっていたわ」
「へぇ、それは意外かも」
「メンバーの誰も、恋人が居ないから。私たちのことを目新しく感じているのかもしれないわ」
というより、もっと単純で、あの友希那に恋人ができたこと、それそのものに注目しているのではないか。
友希那はバンドにおいてリーダーの位置にあるし、今まで、そんな色恋沙汰が香るような人ではないことを彼は知っている。そんなかつての姿から現在を視ると、確かに相当な気持ちの変化だとか、あるいは運命の人と出会った、なんてことを誰でも予感するかもしれない。
「それに、恋人が近くに居ないというのは、少し寂しいわ」
「よくわかる」呼び出しを実行した彼からすると納得しかない。「でも今回は、これで正解だった」
「あなたがそう言うのなら、そうあるべきね。けれどいつか、メンバーにも紹介させてほしいわ」
「ああ、もちろん」
彼はこのテーブルの上、友希那の席について詳しく観察した。
丸皿の中には何もない。だがよく目を凝らしてみると、陶器には別の白色がある。
それはケーキのクリームだった。
丁寧な友希那が何か食べ残しをするわけがない。けれど、そういう器用さであってもショートケーキのクリームとは難しく、拭い取れていないものが少しある。
つまりそれは友希那の生物としての残り香だった。彼はそこからこの場の少し過去を想像した。
陶芸作品のようなケーキに友希那がフォークを入れ、細かく分けながら口に運んで味を楽しむ。たとえば口に少しクリームが付着した時があって、友希那はそれをできるだけ控えめな舌先の動作で拭う。嚥下の後は必ずひとつ息を置き、それからまた次の欠片を口に運ぶ。周囲ではケーキについての話題や味の感想が花開いており、友希那もその輪に参加する。
まさに姫君たちの花園といった光景で、彼はやはり、自分がそこに居ることを嫌悪した。
恋人であっても踏み込むべきではない部分というものは存在する。それに、友希那を前に別の女性と会話する、というのもなんだか自分で許せない。
それは彼の信条のようなもので、つまり勝手に考えていることだった。しかしそういった個人的な意識、こだわりというものが結果として友希那への誠実に繋がるものだと彼は確信していた。
彼は自分ではない仲間と深い交流にある友希那についてとても好ましく思っている。
彼という個人が、友希那という別の個人に対し、交流についてあれこれ進言するなどありえないことだった。それは二人の関係が恋人という濃厚な関係であっても当然の認識で、そのうえで彼は友希那に仲間、友人が多いことを嬉しく感じることが多かった。
様々な他者と触れ合い気付きを得る。自分も誰かの気付きとなり、そういった触れ合いはさらなる学びとなる。音楽に身を置く友希那にとって、その経験は重要で、たくさんの経験を踏まえた今の友希那を彼はもはや幸運だと感じている。
自分という存在もまた友希那の価値観の一部となる。そして男女として呼応する。そして、その道のりとは続いてゆく。というより、二人はまだまだ道中であり、離れることはありえない。
彼はそういった友希那との巡り会いについて十分な幸福を得ていた。
「友希那……」
そろそろ片付けも終盤、というより、残りは壁や天井などにある装飾だけで、そういうものは男がやるべきだと彼は思う。
だからもういい、というわけでもないが彼は友希那に抱き着き、長い髪で隠れる耳元を口で探し当てる。
「えっちなことは終わりにしたはずよ」
「それならまたはじめたい」
男の腕の中で妃は強かにある。
だが彼だって、ただ気まぐれで友希那としたいわけじゃない。燃え上がる欲望は空の脳からあらゆる部位に満ち足りて、すぐに友希那だけを求めはじめる。
「また嗅がせてよ」
「仕方ないわね……」
彼は割り込むように顔を少し落とした。すぐに姫の顔面が触れ、彼女は至近距離のまま喉元を整える。瞼が下り、それの代わりに口元が開いてゆく。何か喉の部分を彼に押し付けるような様相で、彼は鮮やかな赤色の粘膜、その奥の暗闇が溜まる喉の部分に鼻先を入れた。
友希那が慎重に、けれど音を立てながら息を漏らしてくれる。肺から湿ったものを吐き出す様相で、彼はその重たく溜まった甘いものをすかさず嗅ぎ取った。
「んんっ……」
瞬時に全身が硬直し、ただ一点に熱量が集中することを彼は意識する。友希那を抱き寄せる腕が引き締まる。友希那はまだ喉奥から温かい息を彼に当て、最後の仕上げに取り掛かる。
「これで、射精できるかしら」
パーティという情景がどんどん遠ざってゆく。卑しい熱を纏った女と、立ち上がった男が己の輪郭を誇張し相手を求め合う。
それで二人は、他の誰も知らないアンコールに向かってゆく。