筆が止まった。
あの、就寝中に体験した夢から着想を得た彼は返り咲くように原稿に向かった。もう何年か、わからないほどの時間を執筆に費やした彼の筆は今までにない活力を発揮した。そうして物語を練り上げて、彼自身もまた精神的に快調だった。
何か晴れ渡る心地がある。憂鬱なものたちが、一気に払拭されて脳裡が澄んでいる。あらゆる障壁は消失し、極めて良好、とにかく漲って活動することができたのだが、そんな活発は長く続いてくれなかった。
「うーむ……」
別に問題が発生したわけではない。ただ筆が動かない。
つまり単純な燃料切れであり、彼の筆はさっさと失速してしまう。ああ何か、曇り空というか錆びている。どことなくどんより、重たいものがまた蔓延して動いてくれない。
「駄目だ」
文学的停滞、こんな妙なものを蹴飛ばして打開するため彼は特注のメイドを一人、楽しげに注文しようと意気込んだ。
彼の個室には机と椅子、それからベッド、最小限の収納には本が多く、何の変哲もない。
部屋の主たる彼としては、ただ毎日眺めて生活をしている部屋なので、特別な注意を向けることもほぼない室内なのだが、今からここに彩りが咲く。
「ご主人様、失礼いたします……」
「ああ」
静謐な声に彼も威厳のある声を演じて返答する。
室内、開かれた出入り口扉の前に立つ友希那はすっかりメイド衣装に身を包んでいた。
白と黒のみで彩られたその衣類は長袖、スカートもロングのもので、上質な布は確かに下半身を覆いつつ、けれど足腰の動きに敏感に反応して揺蕩う。
このメイド衣装は全て彼が用意したものだった。
別に今日、こういった趣向のために買ったわけではない。あくまで資料の一環として購入したのだが、そんな文句を真に受ける友希那ではない。しかし同時にこの女は、着ない、などと突き返してくるような人でもない。
似合っている、などという言葉は何度口にしても足りない。彼は着席したまま、迎え入れるように友希那を眺めて鷹揚にあった。
「ほら、こっちにおいで……」
「はい」
主の声に対し友希那はいちいち返事をしてくれる。軽い一礼もそこに付属しそれから優雅に歩いてくる。上品な様子でありながら表情はほぼ無機質、まるで下女ではない様相なのだが、しかしメイドは認めた男が造る大股の内側にするりと跪いてゆく。
「失礼します」
スカートを丁寧に巻き込みつつ膝を折って腰を下ろす。正座のような体勢が着席したままの彼のすぐ前に披露されており、その可愛い顔面が、ちょうど股間の位置にやってくる。彼はすぐに何か新しい熱気を感じた。それは友希那の頬であり、彼だけのメイドはもっこり膨らんだ急所へ取り掛かるのだが、まだ脱がすことはしない。
それより最初は自身で顔を傾けて、友希那は彼に対し右の頬を寄せる。
膨れ上がった股間と頬が触れ、友希那はそれからすぐに優しく動き出す。
「ご主人様、どうか、おやすみになってください」
普段、あんなに貫禄の詰まった声色が丁寧な言葉遣いに変貌し、彼を下方向から伺っている。両手はそれぞれ彼の太腿の上にあり、さらに顔そのものが股間に迫って熟れた部分に美しい頬が乗る。
「もし、それが難しいようでしたら、この友希那が、お手伝いをさせていただきます……」
真白い頬が男の股間の位置で潰れ、余った肉の部分が少しぷっくりせり上がっているのだが、それでも友希那はよく懐いた雌猫のように頬ずりを続ける。
あの権威ある歌姫が、まさかメイド服を着て男に向かって身を落とし、休息を懇願するなんて。
また、この時さらに愛おしいのは友希那の目つきの部分だった。
「お願いします、お願い、します。ご主人様……」
勃起し、それでも衣類の中で堪えている竿の部分を労いつつ、そこから上目遣いで主に懇願することで、彼が有する圧倒的な所有権とそれから、友希那自身に敷かれた支配の状況を体現している。
「あの、これでいいのかしら……」
そうして、ひと通りの台詞が終わった途端、友希那はパッと頬を離し表情を尖らせる。声色だって元通り、いつもの少し低いというか、濃厚な色味に収まって向く。
その落差が素晴らしい。
「最高だ……」
あんな媚びるような所作の後、それをすっかり止めていつもの態度も示しておくことで、媚びる所作が演技であることを強調する。すると男は、普段は淡々としている堅物のメイドにいかにも従者らしい対応を強要して煙たがられている、みたいな湿度を発見して勝手に燃え上がる。
彼は友希那のその右頬に指先を流してみる。掬い取るように長髪をいくつか手の中へ寄越し、眺めてから、愛おしい若鮎を、愛おしから池に還してやるようにするりと許してみる。それがひとつの合図のようになって、友希那はまた彼の股間に頬ずりをする。
これはいいメイドだ、友希那は、いいメイドだ、などと彼はすでに満足し、こんな、好みのメイドを前に遠慮をするわけがない。
彼はもちろん友希那へ下劣な目を寄越しているのだが、このメイドは徹底して知らない、視ていないふりをしている。
そんなふうに媚びてくれるのならこちらも相応に用意をしなければならない。彼は座ったまま股の間に友希那を置いたままズボンとパンツをいそいそと脱ぎ捨てた。
どこまでも貪欲にあり続けることがご主人様という生き物の鉄則なのだと彼は思う。
「それじゃあ、さっそくお願いしようかな」
「はい」
友希那の短い声色が嬉しい。そうして下衆な雇い主はついに、この世で一番可愛いメイドとの契約の証を受け取ることになる。
「んっ……」
竿の背面、そこに窄めた唇を押し付けて、支えるように保つ友希那はそれから両目を開いて男を視る。その雨の日の花弁のような、少しばかり垂れ下がる目元の様子に彼はまた底知れぬ背徳感を意識する。
けれどこちらも威厳を保たなければならない。ああそうだ、卑猥な質問をしてみよう。
屹立する股間に接吻する友希那を見下ろし、彼は少し逡巡して口元をにやけさせる。
「友希那、今日の下着の色は?」
「水色よ」
「ブラも?」
「ええ。同じものを着けているわ」
主が訊ねると友希那はもちろんすぐ回答してくれる。そんなこと、当然のことだった。だって友希那は今に限っては歌姫ではない。メイドという身分に己の意識を投影し男に平伏してくれている。連続する陰茎への接吻だって、それの証明で、彼は奉仕途中の友希那を邪魔するように質問を重ねる。
悪辣な主はいつでも美人メイドにちょっかいをかけて煙たがられたい。
「友希那、今日って、おしっこはしたの?」
「したわ」
「へぇ、したんだ……」
「当然よ」
自らの排尿事情さえ淡々と、食事のメニューをそうするように答えてくれる友希那が愛おしい。
「じゃあ、回数は?」
「わからないわ」冷静なメイドは一時的に主の竿から口を上げる。「そんなもの、数えていないもの」
「三回だよ」
「え?」
ここぞとばかりに教えてやると、メイドは口と手を止めて、目を丸めて硬くなる。
彼はそうした友希那をさらに困惑の渦に手招いてやる。
「だから、三回。今日の友希那がおトイレでおしっこした回数は、三回」
「……数えていたの?」
「トウゼンヨ」
意気揚々とふざけてみると友希那の竿を握る素手の力が強まって迫る。
ああこれだ、これこそが楽しい。というか、これこそが醍醐味なのだ。
メイドにとって極めて個人的な部分にだって主だからずけずけと入り込み、蹴散らし、知り尽くす。メイドはそうした関係性になんの苦情も発することができない。主が聞けば、知られたくないだとか、いいたくないなんて通用しない。
メイド自身が個人的な尊厳をどれだけ持っていたとしても関係ない。
立場や地位が全てであり、心の底から恥ずかしくても、憎くても、メイドは主の質問に答えなければいけないし、知られることを拒んではいけない。
さらにさらに、奉仕も続けなければいけない。
つい先ほど、そういう遊びとして結ばれた主従関係の影響で友希那は彼に対しその二つを強いられており、だがこの優秀なメイドは完璧に継続してくれる。
竿の表面に肉厚が触れるというのは男の自尊心を十分にくすぐるものだった。
その柔肉こそが気持ちいい、というより、好きな人が股間に接吻してくれることこそが嬉しい。
特徴的な柔らかいものが窄みながら接近し竿の全ての箇所を潤いで網羅してくれているのだが、この間、男はというと何もしていない。ただ、愛する者の前で股間を露出しているだけであり、この勃起だって、友希那を前にしているのだから彼としては当たり前の現象でしかない。
つまり彼は友希那に対して何か誘惑したり強要もしていない。
それでも友希那は自らの口を彼に差し出している。
両手でぎゅっと竿を持ち、亀頭を中心に女の唇が陰茎のあちこちに飛び交っている。その柔らかい唇は竿にぶつかり身勝手に潰れ、時に不格好に視えるのだが友希那はそれこそ気にしない。一瞬だけ目と目が合い、だがすぐに友希那は竿に向かって沈んでゆく。口はすぐ外れ、けれどまた違う箇所に触れて吸い付き、音を残して外れてまた沈む。
何度も触れて離れて湿り気が散ると調子がよくなる。それも触れ合う箇所が陰茎の、さらに敏感な亀頭部分ともなるとやっぱり、友希那からの熱い忠誠心を感じる。
今、彼と友希那の間で一時的とはいえ完璧な主従関係が決定している。彼は背もたれに対し脱力し、その手元に流れてくる女の額を、猫をそうするように撫でて楽しんだ。すると友希那と目が合う。
男に尽くす友希那だが、そんな状況でも目元だけは高潔な歌姫のまま、
けれど下女で、今は男のシモを取っている。
そういうものにも満足感を得ていると友希那の額が持ち上がってくる。
重たく花開くように瞼が上がって、艶やかなまつ毛が美しい。
「ご主人様、私からも、質問をしていいかしら」
ほう、流石に友希那だ、なんて嬉々と思いつつ、彼は「許可する」などと大きく答えてみる。
するとこの下女の語気は唐突に鋭く、下から主を刺してくる。
「……今朝、私が脱いだバジャマであなた、何をしていたの?」
「何のことかな」
「とぼけないで。かごに入れておいたものと、実際に干されているもの、数が合っていなかったり、色の違うものだったり、ちぐはぐしているわ」
「それは、大変だねぇ」
「あなた、抜き取ったわね?」
おお、まずい。これはどのようにやり過ごせばいいのか。
「思い出した。友希那の寝汗がべっとり染み込んだ極上のパジャマなら」
「なによそれ……」
「パジャマなら、僕がちゃあんと回収して、味わっておいたから」
それならもう白状するしかない、これからきっと叱ってもらえるんだ、なんてにやけているとメイドは竿を握ったまま、主に向けるべきではない目を続ける。
「何回出したの?」
「三回だよ。こういうのは女の子に合わせるんだ」
つまり、友希那が便所の中で排尿した回数と射精の回数を合わせておくという取り組み。これこそがイマドキ、世間で騒がれているレディファーストというものなのだが、友希那という芳醇な妃の前でそんな妙な事情は通用しないらしい。
「そんなに出したのなら、もう私がしてあげる必要もないわね」
「え、うそ」
椅子の上で飛び跳ねると同時、今までしっとり保護されていた竿から友希那の両手が外れてしまう。
「待って……」
彼は背もたれから身体を起こし何か小さくなってゆく友希那を追いかけた。
「あなた、強情な主がやりたいのか、それともひ弱なマゾヒストのままがいいのか、どっちなのよ」
友希那の相手ならなんでもいい。彼は友希那の頭部に右手を伸ばし、そのさらさらとおとなしい様子をひと撫で。対する友希那はまずうなじが伸びて、肩口から少し髪が垂れ、口元は、両手で保持したそのイチモツに向かってゆく。
熱気が近づいてくるがそれは友希那の吐息であり、舌先は優しい潤いを持って男に語りかけてくる。
「口の中で、出してしまっても構わないから……」
そうしていよいよ、友希那はこの我が儘な主について本格的に取り掛かる。
「あむ……」
まずはのんびり十分な余裕を持って友希那の舌遣いが上がってくる。
竿の先端の部分、赤く膨らんだ亀頭だけを友希那は唇で抱え込み丸い輪郭を撫で廻す。わざとらしくへこんだ溝の箇所に舌が当たると流石に彼も肩を揺らし、背が反り、それでもメイドはほぼ無表情のまま股間に追従してくれる。
熱狂する音楽世界を生み出し続けるあの友希那が、その一番の商売道具を男に自ら差し出すなんて。
そんなこと、ああなんて、恐ろしいほど美味な光景だ。
だって、友希那は歌姫なんだ。
姫というのはつまり高い地位にある人のことで、王族の子。そんな友希那が誰か他の人に従うなんてありえない。
だって王族といったら、最初から相応の相手が定められているだとか、自らの意思に関係しない力により相手が設定されるだとか、そういう世界のことだろう。友希那もなんだかそうした習わしがある世界が似合っているような気がするのだが、今、現実世界の目の前で歌姫は男の下女になっている。
今の友希那はメイドになっている。姫ではなく、下女として、彼の股間の内側に入って見上げている。
男が自ら寄ってくる。だからこだわりにこだわりを重ねて、極限まで、自らの妥協を許さず相手を選定する。
それが許されるというか、自然とそうなるであろう友希那が、まさか自らへりくだった地位に立ち、男に仕えているなんて。
男に媚びる若い姫ほど、男が夢中になるものもない。けれどそれと同じくらい、普段、その身ひとつで音楽に燃える歌姫をメイドとして扱うことにだって真剣になる。
何か、より強烈なことがしたい。
彼はシモを愛撫されながら友希那に対しそう思っていた。気持ちが急いている。この貴重な女史をもっと、下僕っぽく扱ってみたい。
「ねぇあのさ――」
そうして彼は友希那に対し、竿ではなく睾丸を、手のひらで支えることについて提案した。
「そうするとね、精液が出やすくなるんだよ」
「ほ、本当に……?」
「うん」
精子は睾丸で造られているから、などと嘯くと友希那は視線を股間に引き戻す。
「そうなのね……」
そうして友希那は丁寧に右手を持ち上げてピンと張り、五つの指先は揃って平面になる。ちょうど指の付け根の部分と睾丸の最下部が触れ、その形を軽く押し退けて留まる。
まるで、睾丸が友希那の手の中に乗った、という様子になる。
「さすさすしてみて、さすさす」
「わ、わかっているわ……」
急かされて、友希那は震えた声を出す。だが素手は流石に几帳面で、彼に必要以上の刺激を与えない程度に動いてくれる。
なんだかおかしな光景なのだが、それでも友希那は続けてくれる。
垂れ下がる男の睾丸のすぐ下に、別の美しい人の素手がある。それは男のものを軽く擦ってみたり、また揉んでくれている。美しい人とはもちろん友希那のことで、彼女はこの睾丸揉みについて無知だった。今、自らの手を献上するように睾丸に向けているのは主による入れ知恵としての側面が大きいが、それがいい。
つまり、この友希那というメイドは主の要望をよく叶えてくれている。
主に対し、忠実で、よい意味でもそれ以外でも、命令をしっかり聞いてくれる。
竿ではなく、睾丸についても気にかけてくれるメイドなどこの世に実在するだろうか。
「あ、あの……」
無知なメイド友希那による睾丸揉みが十秒程度経過すると、まず友希那自身がそのその素っ頓狂なやり取りに不信感を意識する。
「どうしたの?」
彼を仰ぐその童顔に困った様子の瞳が浮いている。
「これは本当に有効なやり方なのかしら」
「そうだよ」彼は椅子の上、もちろん淀みなく応える。「だって今、すっごい興奮してるから」
「そういう、ものなのね……」
不思議、と呟いて友希那は奉仕に戻ってくれる。
今度、身体を起こしたのは彼だった。
椅子に座る彼は友希那の頭部に腕を伸ばした。友希那は彼を咥えたまま目元だけ上向かせて彼を視る。やがて彼の両手がそれぞれ、友希那の頭部を掴んで腰が軽く浮く。
「んぶっ……!」
友希那は唸り声を出すがそれさえ彼の弾頭で詰められてしまう。彼は耳にしていた。友希那の貴重な喉の部分に、自分の亀頭の形が拓いて押し入る際の喉の音、そのざらついたものたちを全て拝聴し、そのうえで腰を友希那へ狭めてゆく。
だって先ほどから、分泌されるカウパー汁が、もうどうしようもない。
これはなんだか手立てがないため、最後の手段として彼は、友希那の喉にそれを押し込み誤魔化すことを決行した。友希那が股間から逃げないようにしっかり両手で固定して腰を少し浮かばせる。友希那の口腔内、竿はより深い位置に入って包まれている。
友希那の喉、つまり歌姫として源の部分に彼の、雄の排泄の一部分が塗り込まれている。なんだか〆たというか、くしゃりと潰した。何か友希那の音楽、それそのものを今まさに姦通したような、そんな優越感がある。
「気持ちいい……」
音楽世界において誰より重要な君のことを僕は独り占めする。
それはまさしく破壊活動だった。もう今後の友希那の音楽がどのように歪んでしまっても彼としては構わない。
これから友希那が歌う歌が、どれだけ優れていても、どれだけ世界観が組み上がっていても、想いが乗っていても、それを紡ぎ、作品として成立させている部分に僕が居る。
そのことを喉、そのものに記憶しておきたい。
そのようにいくつかにたにた楽しんだ後、友希那を解放するとさっそく鋭い目つきが飛んでくる。
これもまた彼としては褒美でしかない。椅子の上、強情にある彼は大王にでもなったつもりで下女を視る。対する友希那は両手で竿を抱き留めて一度、ゴクリ、とひとつ固いものを嚥下した後、また戻ってゆく。
「まったく……」
何か不服そうな目つきなのだがそれでも奉仕を中断しない。舌先は彼の好みを忠実に再現し弱点だけを渡り歩く。そのように奉仕されると彼はまるで友希那を手駒にしているような心地に至るのだが、その優越感とはもう虚偽のものだった。
今まで友希那は見事というか、眺めている彼のほうが勝手に惚れ惚れするほど粛々とメイドだった。
だが、もう違う。
「友希那っ……」
最初は彼が竿をみせつけ、何か所望するように態度を揺らしていた。
ご主人様だの、メイドだの、そういう役割さえ設定し楽しんでいた。
だが友希那がそれに応答し、そういう気分に繰り上がると場は変化する。その瞬間、男の支配力などという脆弱な概念はすっかり機能しなくなってそれから、発熱を起こした女は男の欲望を搾り尽くすまで止まらない。
この雌猫は今、陰茎に関する弱点を唐突に思い出している。
そして彼は今、そんな雌猫に支配されている。
「ゆきなっ……!」
攻防戦だった。今度は友希那が攻めてくる。主たる男の両足に手を置き、ただ一輪、それでも誇らしい薔薇のような尊顔が一転、品のない御顔に成り育つ。
肉棒などとは無縁そうな、つまり清楚な、あるいは無垢な口元だった。唯一、歌唱にのみ本気であり、真剣で、唇も喉も、そのために正しく使用しているのだと思っていた。
歌姫の武器、そういうものが、男を前にして一瞬で、媚びる体勢に変形している。
ただ触れ合い程度に収まっていた口での愛撫は終了し今から正真正銘の奉仕に移行する。
友希那の口とは確かに歌を歌うため優れた造りになっているが、実のところ女としても熟知している。
着席している彼のすぐ下の位置、股間を咥えた友希那の頬は少しばかり角ばって筋もいくつか立っている。基本的に小ぶりなのだが、友希那はその頬肉を最大限引き伸ばして陰茎を頬張る。
それは明らかに不格好で、もはや無様なのだが友希那は気にせず肥えた陰茎に向かってくる。
やはり、実力のある歌手だからだろうか。
音楽に対して常にそうであるように、その、音楽というものと同じくらい、友希那は口腔粘膜の使い方について隙がない。
「んぶっ、ん――」
股間に向かって大きく沈んだと思った途端、次の瞬間に友希那は強く頭を上げる。もちろんそれはただの上下運動ではない。よぉく引き伸ばされた頬肉は肥大化した彼のものを抱き込んで、また友希那は口で大胆に啜ってくれる。ただでさえ前のめりな口元はより陰茎に貼り付いており、鼻の下が伸びたまま美しい唇がさらに雄を撫で上げる。
こんな形、男が喜ぶ以外の利点がない。今まで、生易しい舌によって丁寧に育てたものを、いざ収穫、といわんばかりに口に含んで友希那は離さない。
労うような舌の蠢きから時期をみて吸い付いて、それからすぐに竿の表面、唇を引きずりながら後退するのだけれど、亀頭にだけ吸い付いて、また一気に啜り上げてくれる。これはどういうことなのか。歌唱以外に関心のなさそうな、音楽以外をよしとしない風体の湊友希那の口元に、今はくっきり雌が浮かんでいる。ただ練度が高いだけではない。彼の股間専属のシンガーは彼を理解し、彼の趣味に添い、彼を喜ばせることに徹している。
まさか、こんなことまでしてくれるとは……。
彼が考えることとは、やはり世間で当たり前として流れる友希那のことだった。
それは鋼鉄だった。つまり油断や隙がなく、ただひたすら堅実に、鋭く邁進する姿、そうした、野心とも呼べる炎を宿す音楽家こそが友希那であり、それこそが世間が、人々が信じ、求め、憧れる友希那のはずだった。
何かの軍門に下る気配など少しもない。周囲の誰もが、むしろ自ら背を落とす。そうして眼前、大きな友希那を眺めていたい。人々はそれで満足し、それが正しい、それがいいのだと真意で思う。
けれど今、現実の中で友希那は彼へ下っている。
「うあっ……」
他の誰もこんな絶景に到達できない。
引き伸ばされたその頬肉は竿にしがみついており、唇は深い根本の位置に付きっきり。目つきだってなんだかいつもの真摯な態度というよりは、男という生き物を下のほうから窺う、調子よくすり寄るような質感に成り代わっている。
友希那が深く埋まる度に睾丸が重たくなる。唇が、舌が、竿に添って後退する度に何か引き抜かれるような心地に至る。
こんな友希那を目にして、堪能し、愛し合うことができるのは彼だけでありそれ以外はありえない。
きっと、この状況を誰に話したところで妄想だと見下される。尊厳、というものを守るため人々は下劣な欲を友希那に向けることを否定する。しかし今、彼の前で友希那は、そういう世間で語られる尊厳を自ら破壊している。
女として、男を喜ばせたいという意識を友希那だって持っている。そうして搾精について真面目に検討した結果、女として、あらゆる尊厳や神秘性を捨てることになるなんて、歌姫という肩書が泣いているだろうし、友希那を支持する全てのファンが絶望し、失望し、打ちひしがれるに違いない。
「んぶっ……」
巻き取るような吸引の後、窄められた口から竿が離れてゆく。もう音楽のことなど一旦置いて、ただ一心不乱、男に応えてくれている。唾液によって光沢を纏う肉棒はとっくに認められており、友希那は、それほど間を置かずまた向かってゆく。荒々しい鼻呼吸が続き、竿が呑み込まれると本当に捕食されているような気分になる。
こんなに、ふしだらな様子で男のものをしゃぶっているのだが、けれど友希那の頭の中は、たとえば作曲をする時のようにいつもと変わらない様子にある。あるいは次回のライブの会議をしている最中のように、慎ましいまま思考を巡らせている。
どこまでも真剣で余念のない思考が脳裡で今も展開されている。そうして彼について、射精までの時間を予測している。男の弱点についてだって、無数にあるそれのどこをどの順序で刺激するか、責めるべきか、そういう考慮を友希那はしゃぶりながら常に続けて動いている。
その抑揚により彼は自主的に発射することはもちろんできない。またそれだけではなく、我慢というものも彼は友希那に与えられて、それではじめて行うことになる。
友希那が用意した休憩時間に精巣をどうにか留め、するとまた友希那に弱点を刺激される。頬肉、というより喉そのものを使った搾精に彼はまた昇り詰めることになるが、最後、飛び出してしまいそうな瞬間にまたまた口の中で緩やかな愛撫がはじまる。
射精寸前であることを報告する必要はない。
なぜなら股間、男の調子が最も素直に反映される箇所が湿度高く占領されており、その友希那は反応を見逃さない。弱点を知り尽くしているからこそ友希那は彼の射精を管理できる。時にねっとり責め立てて、時に激しく搾り上げる。
「いく――」
男が射精した途端、女は今までの動きを忘れ、ぴたりと静かに徹する。
この瞬間に友希那は友希那という人ではなく、友希那という人の形をした便器へ移り変わり、彼はそこに好き勝手に排泄できる。
手の上ではなく、舌先の中で転がされている。この心地とはまさしく管理であり、またそこに彼はやっぱり、厳しい母性を感じる。
彼が求めるママとは、ただ甘やかしてほしいだけではない。
もちろん単純な厳しさというものも遠慮したいが、こうして意味のある厳しいというか、飴と鞭、という状況は好ましい。甘い部分も厳しい部分も、どちらも愛情が起源にあり、平等に発現する。そんな態度こそが真のママであり、友希那という人はそうした役職にとって適任なのだと彼は自慢したい。
今だって、ぴくり、ぴくりといくつも尖って蠢くと、歌姫の、その麗しい目つきが上向いて彼を射止めている。
彼はそれから、もはやこれまで、などと切羽詰まってから思い切り、友希那の喉奥にまたぶちまける。より猛々しく唸る口淫の技量にひれ伏し、また友希那の静観を受け、その口腔にて打ち上げ続けるしかない。
ああ、女性の背中という山脈はどうしてこれほど美しいのだろう。
口内射精を終えた二人はそこからさらに男女として跳ね上がる。まず友希那はわかりやすいメイド服を脱ぎ、男も他の衣類を捨てた。今回の舞台はベッドの上、それは彼が普段から就寝に使用している寝具であり、友希那は自主的に四つん這いに、彼はその後端に膝立ちをして眺めてみる。
すると彼は自分、が誰も知らない登山家としてこの山脈を一望しているのだと理解した。
つまり、友希那の背中が美しい。最初に目に触れるものとは肩の部分で、二つのその箇所は突出しており、けれどうなじから流れる背中の大部分、その肌肉に至ると薄く細く艶めかしい。
その落差が素晴らしい。肩を起点として造られる背筋は反り、男からするとなんとも嬉しいほど身が引き締まっているのだが、そこから続く臀部を視るとさらなる芳醇をみつけることになる。
女の下半身とは膨らみを持つ。
それはその部分で男からの種を受け取り子を宿すためであり、男もまた潜在的に、その臀部の発達具合に一喜一憂することがある。
そして、その膨らみという一種の才能は背中に宿る山脈に大きく影響することがある。
肩口による出っ張りから背筋は少し反るように造られ、その流れは臀部の柔肉に繋がっている。四つん這いに従わせた女を後方からみつめる男は、尻の出来栄えと背中の細さ、それから唐突に出っ張る肩の、起伏のよく効いた光景に触発されて誰でも登山家を名乗る。
だが世界のどんな登山家も、この絶景のことは知らない。
ただ彼は、彼だけがそこに到達できる。友希那という特異な山脈、この全体的な、つるりとした、だが温かそうな求めてみたい友希那にまずは手を置いてみる。めいっぱい広げた五指を友希那の尻肉に沈め、女の様子を視て揉んでみる。
友希那でさえ、自身の身体にそんな絶景が蔓延ることを実はよく知らない。愛する女の背中とは男だけが目撃できる秘境であり、彼はまったく魅力的なその肉厚を己の手の中に収めたい。次第に片手では満足できなくなり両腕、左右の五指がいよいよ触れ、沈み、友希那の強度を確かめる。形を撫で、柔らかさの中に少し指を押し込んでみる。すると何か友希那の中のいけない領域に触れたのか、女体の背筋が反り返り「あん」と鳴く。
「あ、大丈夫……?」
彼は顔を上げた。頭から流れ、けれどすぐに背中ではなくシーツへ落下している友希那の長髪がカーテンのように揺れている。
友希那の尻に夢中になるあまり、友希那の様子、その表情について考慮していなかった。
それほど友希那の尻が美しい、なんて戯言が脳裡に浮かぶ。
「いいから……」
四つん這いを敷き、それでも後端の男を気にする友希那の中には艶やかな赤色が浮かんでいる。
ああ、この後方から覗いてみると友希那の身体が大きく思える。
それはきっと、友希那が内包する魅力がいよいよ露呈してきた証しであり、彼だってもう、ただ揉むだけでは我慢ならない。
男は自身が勇猛な登山家であることを思い出し、友希那という山脈に挑戦したい。
「友希那っ……」
尻から素手を持ち上げて、身体そのものが前のめりに向かってゆく。両手は一気に全身して友希那の肩口を握る。それから腰が、友希那にとっての秘密の山頂に差し迫る。
男の先端がぬめめった女の箇所を押さえて彼は高みに至る。
「ああっ……」
膝立ちのなったまま、先んじた部分だけが彼女の内部にずっぷり浸る。
次に変化を現すのは友希那のほうで、このベッドの上、四つん這いのまま彼女は背を反らし「んん」と鳴く。しかしその気になった彼はもう友希那に余裕を与えない。
だって、彼は射止めている。もう何度も拓いて、根底まで沈んで堪能した、友希那という肉壺に今日だって変わらず入り込む。
硬く緊迫したものはより深く進み、友希那を広げてすっかり馴染んでいる。ベッドの上、四つ這いの女と膝立ちの男は全裸で肌色を重ね合う。
彼は肩口に置いた素手をするすると下ろし今度は腰部分を握ってみる。ああ握りやすい。彼は友希那の腰の造りについて少し驚いた。腰の窪みがちょうどいい。下半身の女性らしさを造る直前の、臀部の位置の急激な窪み、それは彼の掌握にぴったり触れてむしろ誘い込んでくれている。
もしかして友希那は、手の置き場として最適な形を最初から目指して成長してくれたのではないか。
彼はまたそのように考えた。
彼は友希那の尻を左右で固定し、挿入したまま、腰を上向きに主張してみる。友希那の尻が少し歪み、余った柔肉はせり上がる。胎内では猛り狂うものが最奥までみっちり圧迫されており、友希那の入り口と彼の排泄口はまるでお似合いの学生カップルのように結ばれている。
「好き、友希那好き。好きだよ……」
四つん這いにある友希那を追うように、彼もまた身体を前に倒して首を伸ばした。胸板と背筋が至近距離で逢っている。彼は友希那のうなじを呼吸でひとつ撫で、耳元でさらに好きだと囁いてみる。
友希那は首から先を力なくし、下向きに少し呻いている。その暴挙に長髪が追随し、吐息が漏れ、それでも彼は口先で頬を追う。
「大好きだよ、友希那、可愛い、好き、友希那すき……」
それはひとつのアピールだった。こんな美しい子が愛おしい。こんな華のある子をもっと堪能したい。故に彼は友希那に被さったままさらにさらに友希那へ迫る。
「知ってる……」
すると明瞭な声が帰ってくる。
「知ってるからっ、そんなこと、前からたくさん……」
なんて大胆な告白だろう。次の瞬間友希那は彼という力強いものを咥え込んだまま力尽きた。
下半身、足腰の状況をそのままに身体をベッドへ突っ伏した。背中に傾斜が造られ両手も顔も伏せている。結果として、尻だけを彼に対し突き出しているような形となり、まさしく猫だと彼は視た。
彼だって詳しくは知らないが、とにかく普通ではない感情を猫が現す時、こうして臀部のみを上向きに主張するらしい。彼はそんな形を大いに尊重し、だが逃げてゆくような友希那のこともまた許さぬよう、腰を動かしはじめる。
この密着した後背位について、彼は二つ思う。
このベッドの上、変形した女に男は上から取り掛かる。すると男は自らの身体の形の影を女の背中に落とすこととなり、女はその影から脱することなどできない。女はそんな状況で後端から常に突かれている。それは潰されてしまうという感覚で、膣を使われることになる。
友希那の身体を組み伏せて楽しむこの体勢とは、なんだか彼のほうに優位性が傾いているように思えるが、それだけではない。
一方で彼は自分の先ほどの心酔を思い出す。
自分に対し向けられた真白い尻とは友希那から与えられた餌であり、彼はそこに引き寄せられている。眼前のご褒美に男はもちらん我慢ができず、まずは指で楽しみ、やがて内部に入りたくなる。
つまり男が組み敷いたというのは建前で、実際は、彼が友希那の魅力に当てはまっただけのようにも思えてくる。
いったい、後背位における優位性とはどちらにどれほど与えられるものなのだろう。
今、まさに友希那の内部を突き進む彼にそんなことなど少しもわからない。けれど普段から、ママ、と世話を任せる友希那をこうして股間の位置にまで下ろし、それで膣を広げて楽しむことには嗜虐的な趣向がひとつ香る。ご主人様とそのメイド、というシチュエーションも相まって今はそのケが強く、二人は完全に上下に位置し、少なくとも今、上に居るのは彼だった。
「友希那……」
彼は捕らえた獲物の鮮度を確かめるように口で友希那の耳に触れた。下半身、腰をより友希那へ狭め、すると腕の中で女体が跳ねる。友希那が振り向き、彼はその弱った唇に顎先を流し込む。
「んむっ……」
首をひねるように動かし、口先を背後の男に合わせて塞ぐなんて。
きっと、今は友希那にとって少し厳しい体勢の接吻になっているがそんなこと知らない。なぜなら彼はこの雌の主であり、少しくらいメイドに苦行を強要したところで文句など、そんなものありえない。
「友希那、もう……」
口を離して宣言してみる。それは内部で果ててもいいか、という審議を求めるものではなかった。実際、その声と共に彼の腰にはさらに深々しい求愛が発現し、友希那もまた腰をくねらせてくれている。ひねった首が前に戻り、だらりと垂れる長髪がさらに煩く舞っている。
とても世界を歌う姫とは思えない声が連続し、けしからん、といわんばかりに彼は耳、それから首筋を啜って愛撫する。唾液を塗り込んでいるといよいよ保つことが困難となり、そのまま、倒れ込むように友希那へ己を放出する。
実際、この瞬間に二人はベッドへ本格的に身体を落とし、互いにうつ伏せの体勢のまま重なって、股間はびったり溶けている。
「んん……」
そうした中で彼は、この寝具の上にばらけた長髪の合間を泳ぐように鼻先を進め、友希那の唇を迎えにゆく。
汗ばんだ首筋が曲がって二人は粘膜で逢瀬をし、その下、彼は腰をくいくいと押し付けている。
「友希那……」
射精したって、彼の至福の部分は終わらない。
挿入の状態を保ったまま、彼はほぼうつ伏せ、身体のすぐ下に友希那があり、放出したばかりの精液を、肉棒を使って友希那の奥へ馴染ませたい。
これgまた心地いい。
友希那という優秀な生き物の中に雄をよく練り込み、もう何があってもにおいも、その感覚も消えないようにする。そんな行動が愛おしくて、背徳的で止められそうにない。
彼はこの寝具の上、長い髪も、薄い身体も投げ飛ばしうつ伏せにある友希那の中の、唯一こんもりと育った尻に股間をくいくい押し付けて一滴だってこぼさない。全部全部、しっかり注ぎ込んで求愛する。
「友希那、友希那すき……」
恵まれた胎内で竿は精液を巻き込みながらそれでも射精を続けている。尿道が起き上るほど強張って友希那に逢いたい。彼の腰遣いによってかき混ぜられており、何度か小さく白く濁っている。
その熱烈な刻印に友希那の身体は正直に反応してくれている。臀部に張り付いた彼がその後端で弾ける度、友希那もまた背筋に波を生み、弾け、膣を造る肉ひだが渦巻いている。
友希那の膣の活動の熱は彼に対して竿を介して伝わっている。
彼は己の射精を完全に友希那だけで完結させたい。友希那の膣に注入するのではなく、爆ぜ続けるもので友希那の性器に栓をする。それで常に射精し、全てを流し込んでいるのだが彼は、それをしていたいというよりは、もうそれをしていないと落ち着かない。
つまり、彼の雄としての意識の部分が友希那の胎内を必須だと判断し、何が何でもその内部、入り口から奥深い神秘そのものにまで己の痕跡を残したい。
「あたたかい……」
口と口が離れた後、友希那は、彼から糸を引きながら呟いた。彼の射精は続いている。むしろ友希那との接吻を終えたため身体そのものを本格的に友希那に倒し、腰もまた押し進める。
たとえ彼が抜け出た後、友希那が彼の形や熱を忘れたとしても、友希那の内部の友希那の神秘はそれを記憶し、また独りでに求めてくる。
そうであってほしい、そうなってほしい、などと独りで盛り上がり、出来る限りの射精を友希那へ渡しておく。
「また、こんなに……」
荒れる頭髪の合間で友希那は息を漏らしていた。自身の背後にへばり付く彼のことを傍観し、だが膣で拒絶することもない。むしろ友希那の股間は彼の味をしっかりと記憶し、もっとください、などと穴を窄めて要求する。
それこそ、主と良好な信頼を築く下女の意気込みというものであり、彼はこのぬるついた山脈のもうひとつの頂点、今まで取っておいた、友希那の後頭部に鼻をねじ込んだ。
「好きだ、友希那……」
そして彼は、まるで友希那が愛されていないと不安がっているようなつもりで呟いた。
性における勝敗とはどういうものなのだろうか。
男が女を撫ぜ、高ぶらせ、頂に向かわせた時、男は女に性で勝ったといえるのか。
だが男は、そういう乱れた女を前に正気を保たない。その女が好みの女であればあるほど、その濡れた女体の中ですぐさま満ち足りたいと強く願う。故に股間、見知った場所を勢いよく通り、奥に向かい、中心にて果ててゆく。
そして女の内部で爆ぜた男は後は倒れ込むしかない。
その瞬間に男は間違いなく女に負けている。
それは憶測や考察というものではなかった。彼自身がもう何度も、そのような体験をしている。
だって友希那で絶頂した時、彼はその友希那の内部へ落下している。食べられている。飲み込まれて咀嚼され、もう戻れない、という位置にまで到達する。
しかし、その一方で女も、友希那だって力尽きている。
一度の絶頂を互いに経験した二人は現在、ベッドの敷地を存分に活用し身体を預けていた。二人は仰向けに寄り添っていなかった。今、友希那は横向きに寝そべっている。身体の右側を寝具に落とし、逆に左側のあらゆる部位を天井方向に向けて、彼はその背、あちこちに散る毛も、肌肉が造るうなじや肩甲骨の形を愛おしく、友希那に張り付いて休息していた。
友希那の髪型は今はよく乱れている。毛先があちこちに散って、けれど友希那はそれを気にしていなかった。男の飛沫を受け止めるこの女傑もまた、その絶頂の瞬間に己を開花させくたびれている。そこに戦場に独り立つ勇姿、などという印象は少しもない。絶頂し尽くした友希那に対し彼が感じるものとはやはり瀕死の様子、というもので、これもまた淫らに愛でてみたい。
もはや二人とも、してやった、などという気概はない。男も女も、ただ与えられた快楽の浸るだけの時間がベッドの上にて流れている。これは共倒れ、とでもいうべきなのか。そんな状況の審判は、きっと青い薔薇も、夜を知る月でさえ目を逸らす。
勝敗というものを決することこそが、実は一番、愚かなことなのかもしれない。
彼はそんな、ありきたりな思考に結局は落ち着いて、というよりもうそんなことは考えなくていい。
ただ、友希那としたい。
彼はこの荒波のような友希那の頭髪から顔を上げて背後から接近、可愛い小さい耳に口を添え、吐息で撫でてみる。ある程度呼吸を整えた友希那も首を上げ、二人は目を合わせる。
「まだ、するの……?」
「したい」
「お、お腹が……」
友希那は彼の眼前で、眉を歪ませる。
「お腹?」
「なんだか、とぷとぷするわ……」
精液を抱え込んだことによる重量が、友希那本人にはそのように知覚できるものなのだろうか。
「あなた、出し過ぎよ。それにあんなに、押し付けて……」
確かに発射したのは彼自身だが、出し過ぎと批判されることにはなんだか不服なものがある。
だって、男の精液とはその対象、つまり女の魅力によって量が決定する。よく、「キンタマがうずく」だとか「キンタマが精液を造りはじめている」という台詞を創作物で目にする、あるいは耳にすることがあるが、男からするとそれは真実で、魅力に溢れた、生きのいい女が前に出現していたり、そうした要素のある創作物を前にすると、どうしても、心ではなくまず睾丸がやる気を出す。
つまり、精液の量が多いという事実とは、友希那がそれほど魅力的で、その大量の魅力が全て、彼という男の感性によく効いた、ということになる。
大量射精は友希那のせいであり、だがそんな事実をこの女史は認めない。
「あ、あなたが変態趣味なだけよ」
何かきっぱり罵倒しているが、友希那は女で、彼の好みに合っている。好みの女から軽く罵倒される、それも人間性だとかそういう部分ではなく、変態かどうか、という部分で貶されるなんてむしろ、劣情が育つだけ。
それにしても、あの友希那の口から「出し過ぎ」と話題にされるなんて喜ばしい。
男、というより雄として生きている身としては。「出し過ぎ」のほうが有能なわけで、そういう部分を友希那は無意識的だが褒めてくれている。さらに「変態趣味」という野次もおまけで付いてくるなんて、これはまた楽しまなければいけないな、と彼はにやける。
「そのまま寝てていいよ」
「ちょっと、どうするつもりなの……?」
肩を浮かせる友希那を彼は素手で止めた。
「駄目だよ。メイドはご主人様の命令、ちゃんと聞かないと」
現在、身体右側を寝具に落とす友希那の背後に彼は居る。つまり二人とも同じ体勢で、同じ向きに寝そべっているのだが、そのまま肩と肩の距離が狭まってゆく。それは下半身、股間についても同様であり、また彼は、そろり、そろりと左手を持ち出して、友希那を撫ぜ、向こう側、秘密の部分に指先で触れる。
すでに準備万端で、男を咥え込む余裕はありそうである。
「このまましちゃおうか」
彼は友希那に一応はっきり合図を囁いてから腰を進ませる。友希那から視たすぐ背後に雄が迫り、すでに開かれたみずみずしい膣口に彼の滾った期待がめり込んでゆく。
このベッドの上、彼も友希那も似たような体勢で横並びにあるのだが、そのうち彼の腰だけが友希那のほうへさらに突出し、友希那も状況に合わせて腰や足を揺らしてくれる。
流石に優秀なメイドというべきか、膣は彼という先端を撫でるように数度、蠢きながら挨拶をしてくれる。彼はというと、そうした友希那の気遣いにまた応えるように、いいやそうではない、ただ単純に快感をより求めて深まってゆく。
「友希那のナカ、また来ちゃった……」
寝そべったまま横から挿入するというのはなんだか腰を動かしやすい。
先ほどの後背位より密閉度も高く、またそれ以外のところで彼は、この体勢はなんだか独りよがりだなと思う。
互い、同じ右半身を寝具に預けて行為をする今、男女二人は目と目さえ合っていない。ただその下半身、特に腰は右足同士はぴったり触れ、ただ左足は、彼のものが友希那の上に重なって、時おり擦れ合ったり、ちょっと離れたり、けれど稀に、友希那のほうが変に上擦ることもある。
そうした中で彼のみが、友希那の後ろから肉棒を差し込み勝手に動いている。
女の穴を借りている、とでも称すべき状態に彼はある。ただし実際に今、友希那から行為を拒絶され、仕方なく股間だけ使っていい、などと彼はいい渡されていない。けれど思うだけ、妄想するだけなら自由で、そんな一方的な感覚もなんだか愛おしいなと思う。
たとえば、飼い主は作業で忙しいけれど、遊びたい盛りの子犬はそんなこと知らない。
仕方がないから飼い主は自らの片手を差し出して、舐めてもいいよ、だとか、スカートなら、噛み締めてもいいわ、だとか、ある程度の許容を子犬に与える。
そんなふうに、上手く回避されているような、対話のようで対話ではないシチュエーションも悪くないし、何より深い味がするのは、最初のご主人様とメイドという配役からその妄想を考えると、立場が完全に逆転している。
結局、男という性である以上、女性に飼われるしかない。
彼は今、純粋に納得していた。男性のご主人様など、結局のところ女性側が許容してはじめて成り立つ存在でしかない。本来、本能的なところでは常に女性のほうが主にふさわしいし、それになにより、彼としては友希那を飼うだとか、友希那に尽くしてもらうより、よっぽど友希那に飼われていたい。
友希那のほうが僕のご主人様に、飼い主に、いいややっぱり、ママになってほしい。
友希那はその蠱惑的な身体付きを彼の腰遣いに合わせてくれている。そうしてくねらせ、内部の熱波はすでに彼の欲望を飲み干す準備に取り掛かっている。彼もまた何か最終段階というか、そういう境地に触れて見境がない。
「友希那……」
彼が友希那の内側の一点を突くと友希那の肢体もまた萎むように力に満ちてゆく。その崩落寸前という汗ばんだ肌色や火照った頬に首元の起伏、そこに映る細いけれど、強かな女々しさ、そういうものたちに彼はあっさり吸い寄せられてしまって、ああ、もっと掘り起こしたい、まだまだ、みていたい、たくさん感じたい、なんて、動きが本能的に盛り上がる。
それは友希那の内部を駆け上がるというものであり、姫君の肉欲を攻略するということであり、後端、友希那に引っ付く彼の腰のそれは明確な『責め』へ昇華する。
「あぁっ――」
雄の動きは次第に横からではなく下部から彼女を突き上げるような運動になる。
またそれに呼応して、友希那のほうも身体を捻ることになる。背中が少し大胆に弧を描き、前方に軽く胸が張る。快活な彼もまた燃え上がり、友希那へ深くめり込んでゆく。そのうちに体勢が少し変化し、彼が仰向けで下に、友希那がその上で、また仰向けに広がってゆく。
「うう、これっ、あぁ――」
彼は下の位置から、友希那を貫いてちょっかいをかけることになる。二人の間には体格の差があるため、彼の胸元の中に友希那が収まったような印象に変化している。
それでもばら撒かれている長髪は大きな形を持ってあちこちに流れており、彼は、その色香を嗅ぐことになる。
「友希那、もう……」
雄の渇望が狙うものとはもちろん愛する友希那の最深部のみで、互いの肢体が互いの隙間のような箇所に染み込み、何か安心したまま二人は、二人だけの頂で花開く。
「いくっ……!」
押し込まれた彼の腰は友希那の肉厚を揉んでいる。挿し込まれた先端が大きく膨らみ、そこから自由な粘液が噴射し友希那を覆う。
この時、新しい熱気は友希那を内側から脅かしている。
また、それまでの活発を全て失った彼は身体そのものを手放した。それは今、彼の真上で披露されている友希那も同じで、彼女はそこに落下してきたかのように胸板に収まっている。
力尽きた女は愛する男の胸の中。彼の両腕が友希那を覆い、抱き締める、というよりしがみつくという様子で包んで、それから右向きに垂れてゆく。
そうしていると彼の竿、繋がった股間がまた盛り上がって少し深く友希那へ食い込む。その後、温かい最大限の愛はまた発生し、今度はしつこくゆったりと、子宮内部を満たしてゆく。
「友希那、気持ちよかった……」
「ええ……」
二人、吐息を重ねてじっとりと、重たいまま相手の意識へ定住している。
本当の意味で精神的に密接にある。それはもはや何か理論で説明ができることではなかった。彼の竿は友希那の孔を舐め、友希那の肉壁も彼の表面を舐めている。擦れる瞬間に二人は通じ合っている。つまり快楽の世界というもので、彼と友希那の二人、共に重なって感じ、ただそちらのほうへ、いよいよ踏み出し埋もれてゆく。
少しくらい、休まないと。
完全に消耗した彼の脳裡に、ふと、友希那の言葉が蘇る。
それは彼がまだ机に向かって、ウンウンと文学的に苦悩していた時のことだった。
たった数時間前だが、もう昔のことのように思える。
それを聞いた時、彼は自分には休息など不要と確信していた。それより予定をさらに詰め、狭め、自らを追い込むように作業を継続すべきだと考えていた。
しかし今、あらゆる行為が終結した後に振り返ると、その時の思考こそが窮屈だった。何か息が詰まっているというか、煙たい様子にある。もっと緩やかに、穏やかに考えたところで誰も文句はいわないのに、などと自ら苦笑してやりたいとさえ、今は思う。
つまり今、彼の中から不要な力がようやく抜けた。それまでの重たい風がどこかに流れ、今度、新たな涼しいものが吹いてくる。そこに煙たさはなく、程よく背中を押してくれる。これならきっと、筆だって、また動き出してくれる。
「書けそうだよ」
全ての行為が終わった後、彼と友希那はベッドの上で少しの間まどろんでいた。
互いに体力を使い果たしたのだが、それでも彼に気怠さはない。むしろ爽快感が身を包み、新鮮なエネルギーに満ちている。
「よかったわ」
右手側に寝そべる友希那ではなく、天井を、みつめるわけでもなく眺めていると、その横、まだ下着さえ戻していない友希那が寄り添う。
彼は天井などから顔を離し、腕を廻して女体を揉む。あれだけ触れて、中まで満たしたというのに触り足りないような気もしてくるのだから、友希那の背筋も、尻や太腿も不思議だなと思う。
「友希那の、おかげだよ」
「私は……」流れ着くように彼の胸元に頬を置く友希那は少し目を外す。「命令に従っただけよ」
鋭い言葉を出しているにしては、友希那は彼の胸板という位置からどこかへ去ることをしない。むしろ本格的にそこに体重を預けてなんだか軽く遊びはじめる。そろそろと伸びてきてた素手が乗り、指先で男体を擦ったり、突いたり、ただじっとみつめるだけというのもある。
彼はそんな友希那を眺めていた。頭部がそこにあるのだから、当然、薄紫色の長髪もいくらか引き連れているわけで、それらは適当なたるみを保ちつつ彼の体躯の表面に散乱している。長いものたちは首筋から背の方向に流れているのだが、友希那が持ち直すように頬を動かすとその度、絵を描く筆先のように揺らめいている。
彼がそうした友希那を眺めて肩口を擦っていると、その友希那はふと呟く。
「よかった……」
「えっちが?」
「違うわよ」
行為の感想を今になって呟いたのか、そんな冗談半分な訊き返しをすると友希那は一瞬語気を強くし、けれどまた沈んで頬ずりをする。
「書けなくなるなんて、本当に、悲しいことだから」
「悲しい、確かに、そうかもね」
「そうよ」友希那は真剣な眼差しで彼を視た。「作品を生み出すこと、それ自体も、もちろん素晴らしいことだけれど、それだけじゃない。作品を生み出すまでの、全ての喜びも、悩みも価値がある。それが全て、できなくなるなんて……」
悲しいわ、と友希那は最後、手の中で溶けてゆく雪のように呟いた。
そんな彼女を視て彼は唐突に笑みが浮かぶ。
「ふふ」
「何よ」
「いや、なんだかね」
真面目な話に笑ったことが気に障ったのか、友希那は少し目つきに影を含ませる。
彼はそれをなだめるように頭を撫で、表情をじっとり観察していた。
「愛おしいなぁ、ってね」
「……どういうこと?」
「友希那は可愛いってこと」
「答えになっていないわ」
友希那は不服そうだが、すぐにまた彼の胸板に寄り添った。その身はもちろん全裸なのだが、身体の至る箇所、たとえば首元、頬や額に、汗という色合いで行為の痕が残っている。
彼は、そんな様子であるのに真面目に作品造りについて語る友希那のことがなんだか可笑しくって、気持ちの部分がさらに穏やかになる。
あれだけ淫らに互いを確かめ合ったというのに、終われば、さっそく作品のことに話題が移るなんて、そんなところが、なんとも友希那らしいじゃないか。
きっとこの人は、求めればどんな助言もしてくれるし、叱責も、鼓舞することも全力で取り掛かる。
けれど、彼がそれを求めなければ、友希那もそれをしないだろう。
頬を預けたまま、小さく呟く友希那に対し、彼は思わず発音する。
「書けなくなってもいいか、とか思ってた」
友希那の額が少し浮き、それでも彼は続ける。
「書けそうで、けれど書けなくて、それで苦しいのならもう、筆なんて握れなくなればいいって……」
「それは……」
「あれは変な感覚だった」表情を歪ませる友希那に彼ははっきり発言する。「余裕がなかったし、今は書きたいと思ってる」
「それなら、しっかりやりなさい」
「うん」
明瞭に応えて、それで彼は、自らがようやく整ったことを実感した。よし、今すぐ机に向かおうか、なんて勇むのだがすぐに力を失くす。
だって、この友希那が愛おしい。
いいやそもそも、行為後の恋人なんていつでも愛おしいのだけれど、今回の友希那についてはなんだ可愛い。どうして、こんなに身体を自主的に寄せ、胸元を借りるといわんばかりに占領しているのだろう。そんなことをして、けれど自分は妙なことなどひとつもしていない、という平気な顔がまた可愛いし、指先で胸元を擦ったり、ちょっと突いたり、そんなことばかりするのだって可愛い。それに友希那は髪が長いから、頬が乗るとそれも乗る。童顔と共に、清らかなものたちがとても自由で美しいし、そこから視線を少しずらせば、肌色の山脈がまだ続いていることを知る。
汗ばみ、貪り合った肉欲は今は落ち着いた様子にある。足も腰も、適当な角度で収まっており、仰向けの彼に就いてくれている。
ああそれにしても。
彼の脳裡に次に、別の悩みがやってくる。それは今回、この行為をどのように呼称すべきか、という心底くだらないものだった。
だが確かに気になる。だって、休憩、というにはあまりにも熱烈だったし、気分転換というのもなんだか気に食わない。息抜き、という言葉も似合っていないような気がする。
ああ、やっぱりこれしかない――。
そうだ、最初からそうだった。男として、友希那に頼み込み、それで与えられるものなど最初から、母性だけ。男などよりよっぽど巨大で、底のない温かい許容に手を引かれ、緩くあやされて、淫らに、共に昇ってゆく。
僕は友希那からまた母性を貰った。
僕たち二人は最初から、そうしたやり取りでシーツをいくつも濡らしてきた。
「友希那、ありがとう」
だから、これでいい。他にどんな表現もいらない。ただ感謝を、愛する母親へ、愛する息子がそうするように、絶え間なく。
「ちゃんと、休めたよ」
そう、と短く、けれど次に、よかったわ、と温かく続いて、友希那はまだ、彼の胸板という居所を手放すつもりがないらしい。