アマチュア作家として書き続けた十数年だった。
だが彼は書き果てた。書き過ぎたのではない。己の内側にある執筆という渦の中に飲み込まれ、ありえない世界に到達してしまった
筆の速度が落ち、完全に停止し、すると脳も、なんだか小説の書き方など、一切忘れた、というより最初から、そんなものなど知らなかったように考え方を放棄する。
それはアマチュアとはいえ小説家として危惧すべき事態だった。いわゆる死活問題というもので、何か自分の役割を剥奪されたような心地がある。けれどそうした焦燥感で立ち上がることさえもう不可能だった。生まれる作品なんて常に無数に傍にあった。けれど思考が衰えている。細胞が朽ち、執筆が遠のいている。
かつての勢いは衰え、やがて完全停止に至った時、彼はようやく腰を上げた。
「名前は、なんて言うの?」
「湊友希那」
「みなと、ゆきな……」彼は右手側に走る川に目を落として思考した。「みなとは、港、いや奏でるの湊かな」
水面から目を外し、隣に歩く小さな彼女を彼は眺める。
「ゆきなはなんだろう。いっぱいあるよね」
「ええ」
短い返事が返ってくる。彼はそれだけで嬉しくなる。彼女の横顔、幼いような、けれど目元は静謐な容姿を十分に視る。
「優樹菜、由紀奈、雪奈、ゆきな、ユキナ、うーん」
どれも似合っている気がするし、どれもまだ彼女に見合うほど洗練されていないような気がする。
「友人の友、希望の希、那須の那」
「ナスノナ?」
「那須町。地名よ」
「ああ、あれか!」
彼は声を少し跳ね上げた。那須、というとサファリパークがあることを彼は知っている。幼少の頃、両親が連れて行ってくれた。
「それで、あなたの名前は?」
友希那のひと言により彼は古い記憶から現実世界に呼び戻される。けれど苦しくはなかった。だって今、まさしく絶世の美女という存在をついに発見し、そういう彼女と晴れた遊歩道を歩いている。
彼は空を見上げた。青色の中に風が桃色を導いている。
「僕は――」
友希那を視て彼は名乗った。それから互いの身分も共有し、二人は糸がほどけるように別れた。彼は独り、また空を視た。けれど空より桜よりも、友希那の揺れる薄紫が綺麗だった。
「友希那……」
帰ろう、と彼は思っていた。
友希那の胸元を最初に目にした時、率直に、穏やかだな、なんて思った。
多くの男連中がよく口にする巨乳とも、貧乳とも違うような気がする。いうならば友希那乳であり、これは主観だが、そこには他にない色香があるように思える。
スカートを着た際に引き締まるトップスによって視えてくる胸元の輪郭が素晴らしい。
いつでも抱き着いてみたくなるし、いわゆる下乳、乳房の頂点から腹部へ伸びる布の坂のあの部分を頬や鼻先で歪ませてみたい。
友希那と出会ってから彼の筆は少しだけ快調になっていた。
男は恋をしている時こそ筆が進む、などという話をどこかで読んだがまさにその通りだと彼は実感した。それまでの重苦しいものがまるで他人の苦行であるかのようにわからなくなる。それでいて自分の内側から自分の文章だけが次々と出てくる。
天使に会った、などと簡単な一文を考え、悪くないな、とさらに想ってみる。これはいい心地だ、とさらになんだか納得し、またそれとは別のところで、友希那に対する感情が高まってゆく。
「うーむ……」
彼はノートパソコンを閉じてベッドに背を落とした。身体そのものが陥没する心地で、深い息が漏れ出て消える。枕の近くの位置にスマートフォンが置かれており彼はそこに手を伸ばした。
彼の指先はしかし彼をインターネットの世界に誘わない。彼が真っ先に開いたものとはメッセージのやり取りを行うためのアプリで、今、彼がそういう意味で繋がっている相手とは友希那だけだった。
友希那に愛の告白をしてすでに三日が経過していた。
少し考えさせてほしい。つまり保留、というのがその場での友希那の対応であり彼はそれを尊重した。それから三日、二人はまだ電子的な部分でしか話していないし、その会話の中でも告白についての話題なんて、まるで最初からなかったかのように持ち上がらない。
「友希那……」
彼は液晶画面の中で友希那との一対一の画面を開きその記録を遡ってみる。
友希那は最初は他人行儀な口ぶりだった。いいやそれは当たり前のことで、彼もまた何かよそよそしい雰囲気がある。だがそんなものは時間によって溶けてゆく。日付が進めば進むほどひとつ段階が進んでゆくという具合で、やがて角張った態度は消滅する。彼は、そんなちょっとした歴史を今、スマートフォン液晶画面を前に口元が緩む。
「友希那……」
彼は液晶画面をさらにみつめた。具体的には液晶画面を介して友希那をみつめている。折り重なる会話文が歯車のように思えてくる。
この文章を友希那は自ら考え打ち込み、それで僕に送信してくれた。
そんなことでももちろん嬉しいし、何よりその様子、文章を考えている友希那が愛おしい……。
スマートフォン、というより電子機器全般に疎いらしい友希那が液晶画面と睨み合い、慣れない操作で文字を打つ。
「ゆきなっ……」
ベッドに座ったまま彼は急いでズボンを脱いだ。パンツは膨張している。彼はその合間から股間を導き出し根本を握った。
「ううっ」
スマートフォンを握る左手に熱気が籠る。細く突き出る視線が画面の中、メッセージに集中し、彼はその向こう側の友希那に己の欲望をぶちまけた。
射精と同時にあの熱気が遠ざかってゆく。
緩い波に攫われているような心地で、快感と共に一抹の虚しさが彼の胸を埋め尽くした。
友希那を借りて独り慰めることは何度もある。男が想い人のことを性的に求めることなんて当たり前のことで、その感情はより猛烈に育つばかり。何か爆発してしまう前に処理しなければ日常が成立しないため、彼は自分と同じ速度で自分の前を進む背を負うように己を酷使する。
「ふぅ……」
そうして雄としてひと段落し、何か身体の力が抜けてゆく心地に突入する。視界が機能していない。この室内という風景が乾燥し、彼はどこも視ぬまま息を吸う。
何か、間違ってしまったのか。
自慰行為により熱気を喪失した彼は冷静に思考した。
彼は男女の関係におけるあらゆる観点で友希那を考察していた。初対面から交流、そして愛の告白をするまでのその全てのやり取りについて彼は脳裡で想起した。だがどの部分にも不備はなかった。少なくとも彼の感覚ではそのように思えた。そしてそんな主観は頼りにならないことを彼は知っていた。
だって、告白からもう三日も経過している。
それでなんの反応もないのなら、自分たちはもう、終わってしまうのだろうか。
彼は次にそのように落ち込んだ。そしてまた次に、ソレハイヤダと猛烈に突っ撥ねた。
それから少しの放心状態の後、彼は自分の肢体の使い方を思い出したかのように左手を持ち上げた。素手の中にスマートフォンがある。親指で触れてみると薄暗い画面が起床し、友希那との会話が目に入る。
彼はまた発芽したものたちを眺めるような心地でそれらを視ていった。
友希那は口調は変わりがないが個人的なことを喋ってくれるようになった。
彼はですます調を失くし、より距離が近い文体で、けれど友希那の内心にずどんと迫ることはしてない。
「ふむ……」
あの瞳はすでに男の全裸を視たことがあるのだろうか。
あの鼻は、すでに男のにおいを嗅いだことがあるのだろうか、あの口はすでに男の味を知っているのだろうか。
あの首筋を誰か男が嗅いだことがあるのだろうか、あの胸元に誰か男が突っ伏した経験はあるのだろうか、肩を抱き締め、腹部を擦り、臀部を握って太腿を撫でたことは、それから何より、股間の茂みと友希那だけの蜜を体験したことはあるのだろうか。
友希那、誰か男の手により花開いたことがあるのだろうか。
そんなこと、少しもないのか。それともひと通り、あの歌姫は知っているのか。
もちろん、友希那がすでに性的な楽しみについて十分に走りはじめており、その奥深い荒波の彼方へ、知らない誰かと到達したことがあるのなら悔しい。
先日の愛の告白に対し、考えさせてほしいとひとまず置いたあの態度から、今は誰とも交際には至っていないのだろう。
だが、まだチャンスはある。
そのように考えてしまうこともまた男としてのサガなのか。
とにかく今、友希那の言葉から男の影は少しも香っていない。彼は友希那と行った直接的な会話も電子的な会話も全て記憶し、保存し、何度も何度も復習し考察しているが、それらしいものはない。
そんな事実が彼にとってチャンスだったし、彼にとって救いだった。
友希那の隣はまだ空いている。というより、まだ誰もそこに収まったことがない。それどころか、なんとなくだがあの友希那はまだまだ性的には広がりを持つ前段階にあるような気がする。
どうにも、香しい。彼という雄の目からして友希那なんて、実在を疑うほど極上の恵みなのだが、友希那自身はそこに自覚を持っていない。それどころか友希那は自らのそうした要素などどこかに捨てた、という粛々とした姿勢で簡潔にある。
実際のところ、友希那がセクシャルについてどのような価値観を持ち、どのように立ち位置を決めているのかなんてわからない。全ては推測、妄想の領域を脱しないが、彼の欲求だって変わらない。
友希那と会いたい。
誰か他に居るのなら、それでいい。
けれど居ないのなら、堂々とそこを独占するし、花開く前であるのなら、ぜひ僕の手で豪華に仕立ててやりたい。
「ゆきな……」
友希那のことが、もう頭から離れなくなっている。
それは彼にとって重大なことだった。友希那と出会って知りゆく中で、彼は自然と世界を友希那を介して視るようになっている。たとえば国内国外問わず、あらゆる観光地を視れば友希那が並んで旅行する光景を思うし、デパートなどで衣類を視ると必ず脳裡で友希那を用意し着せ替えがはじまる。この映画について友希那はどんな感想を喋るのだろう。この食事を味わう時に友希那はどんな所作をみせてくれるだろう。彼は今はたった独りの生活だったがそれは彼を外側から視た時の印象でしかなかった。脳裡には常に友希那が存在し、彼はすでに彼女との共同生活を続けている。
また、この男としての倒錯は彼が日常的に吐き出す種子たちにも影響している。
ティッシュや素手の中に散る粘ついた飛沫はあの友希那にきっと向っている。この種子たちは友希那の身体的な意味での内部に入り、巡り、床についてみたいと思っている。
その熱量は彼の股間から臓物、意識そのものを熱して世間から浮かばせる。
「友希那……」
彼女の背を追うような声だった。
友希那。
触り心地のいい名前だと思った。またその名を最初に耳にした時、彼は友希那の人間性をあまり知らなかった。
だが友希那といくつか会話を交わした時、彼はその漢字の並びについて大いに納得した。
どれだけ歩いても思いつきそうにない。若干の悔しささえ得るその並びに彼はまたうっとりとする。
那、というのもいいな。
友も希も、可愛い雰囲気がする。けれどこの那、これだけはおとなしいというか、奥ゆかしい女性という感想になる。
那だけが唐突に前の二つから浮いているという解釈もできるが、彼はそんなつまらないことで終いにはしない。友や希で可愛らしさを演じつつ、最後に那で成熟した雰囲気を演出する。友希那が友希那である理由にはそういう企みがあり、彼はそれにまんまと乗せられている。
もちろん彼女の両親がそんな意図で名付けたわけではないだろうが、妄想するなら個人の勝手で、彼はこういう妄想だけをしていたい。
「友希那っ……」
ベッドの上、彼はまたそそり立つ己に指をかけていた。自身で練り上げた熱気はすぐに許容を超え、彼は一気にぶちまける。
その迷いのない一直線が彼の欲深さを物語っている。
男はすぐに干上がり、けれど脳裡は友希那について思考を止めなかった。
高尚さと素直さを兼ね揃えた態度、節度を守り、だが自らが折れるようなこと、我を放棄することは考えない。
そんな友希那の佇まいについて、彼は男として、もう疼いてしまって仕方がない。また、そういった生活のすぐ横に男として立ち、時には必要とされ、また自分も友希那を欲したい。
ああ、友希那に会いたいな……。
自主的に性欲を処理し、それで次は爽快感と、ちょっとの、ぽっかり造られた穴のような虚無の時間に突入した彼はそれでも止まらず考える。
友希那は美しい女性だった。
小柄で髪が長く、白色に近い肌には若干の幼さも視えるが目元にはひとつ逞しいというか、動じない強かな質感が込められている。凛々しい表情には彼女に関する比喩にしばしば薔薇が持ち出される所以を感じ、けれど彼は友希那がまったく異なる明るい表情もみせることを知っている。
さらに彼はそういった友希那の容姿に関して美しい、という感想以外に安心する、という感想も向けていた。
時々みせてくれる優しい顔つき、その奥に、男が潜在的に求める母性があることを予感させてくれる。
とにかく視ていると安心する。眺めていると落ち着く。
彼にとって友希那の容姿とはそういう効果が強かった。それは彼自身正確に説明できるものではなかった。友希那の表情、それが姫君のように引き締まったものであれ、聖母のように朗らかに広がるものであれ、自分の居場所を探すように風景をみつめる横顔であれ、視ていると気持ちが安定する。自分の気性の部分が収まってゆくことを意識する。
だが不思議なことに下半身はそれに反している。
穏やかな気質を現す脳裡を彼の雄の部分が跳ね返す。むしろ何か気高く己を示すことも多かった。
もちろんそんなこと、今の彼女には絶対に喋ることができない。
けれど彼の性欲は燃え盛り続けている。何か竿の先端が常に友希那の方向を示している。
友希那という女性は美しい。その美貌は彼の精神だけでなく、下半身にもしっかり届いている。それでひと晩を越すことには十分で、このままだと、有り余る時間全てを彼女を想うことに使ってしまいそうになる。
友希那に対する想いがどんどん組み上がってゆく。
友希那のこれからの人生を奪ってみたい。友希那を支えたい。友希那をもっと知りたい。友希那の中でこれから続く生活の中に自分を紛れ込ませたい。友希那がいい。友希那でないといけない。
身体がそのように求めている。
精神がそのように欲している。
そういった欲求により彼は踊り狂う。せっかく漲った執筆への活力も全て友希那を想うことに使用する。
友希那とまた会いたい。
それはもはや彼の原始的な部分、根幹の位置に巡る最大の欲求だった。なんだか、これからどんな日々を過ごしても、友希那と会わなければ常に友希那と会いたいと熱望してしまうような気がする。
君のような子、あんな素敵な女の子にもう一度会うためには、隣に立つために僕は、どんな犠牲を払えばいいのだろう。
なんだっていい。悪魔の契約か、厳しい現実を目にすることなのか、なんでもいい。全てやり遂げるし、それでも君の、友希那の隣に居たいと叫んでみせる。
だから、友希那に会いたい。あの美貌と対面し、言葉を聞いてみたい。彼女の横に立ち、彼女と同じ風景を眺めたい。歩いてみたい。
「また、会ってみたい……」
彼はさらに、友希那も似たような気持ちで居てくれると嬉しい、などと期待する。彼女の色香について、もっともっと恋しくなる。
「友希那……」
ああ、なんていうか、この子の乳首は、乳首の色は何色なんだろう。
自宅に招く誘いをした時、彼は断られてしまうのだと思っていた。
それはある意味で妄想だった。そして男の妄想などというものに明確な理由はない。故にこの電子的なやり取りの中で友希那から二日後なら時間があると提示された時、脳内に駆け巡る喜びの感情は濃厚なものだった。
そうして自宅のあらゆる箇所を清掃し、また自らの身体についても清潔を保ち、当日を迎える。インターホンが鳴り、誘われるように扉を開くとそこに姫君が立っている。
「こ、こんにちは……」
落ち着いた色合いで整っており、だが頬には若干の高揚がある。
それに何より、視線が、普段は淡々と前を向く友希那の瞳が下向きに潜み、彼の案内に対してもどこか角張った表情が窺える。
あの告白について気にしているのは僕だけではない。
友希那をリビングに案内し、まずはお茶でも、と用意する彼は手元でひとつ希望をみつけていた。
「あなたは、ここで暮らしているの?」
珈琲より紅茶がいいわ、という注文通りにカップを出すと、友希那はそれを飲みながら訊ねてくる。
「うん」彼もまた同じものを啜りつつ返答する。「一人暮らし」
「それにしては、少し広いわね……」
座ったまま、このリビング室内を見渡す友希那の首筋に彼は注目する。それはたった数秒の時間だが、その際に肌色が細く際立ち、内から、筋のようなものが浮き出て魅せてくる。
「いい部屋ね」
「ああ、僕もそう思う」
彼がほほ笑むと友希那も口元を緩ませてカップを持ち上げる。彼はそういう友希那を追随するようにカップを上げ紅茶を啜った。
この部屋の様相と、君の雰囲気がよく合っている。
などと考え、友希那がカップを置く音を彼は同じ動作で追う。
それからまたいくつか会話をして食事に入った。
料理をするのはもちろん彼で、メニューについては友希那の要望にできるだけ対応した。我ながら手際がいい。それは調子がいい証拠なのかもしれない。などと考え、淡々と皿を出して席につく。
「いただきます」
挨拶を合わせ、彼と友希那は食事を開始した。
カトラリーを動かす中で彼が注目したものとはもちろん友希那の手つきだった。
落ち着きのある淑女はその手つきだって美しい。腕の動き、手首の角度に指先の流れ、その全てに艶美なものがあり、とてもみずみずしく、僕にふさわしい、などと彼は調子に乗る。
友希那を観察していると食事などあっという間だった。
「ごちそうさまでした」
二人で声を合わせて食事は終了した。
「美味しかったわ」と友希那の声が浮かび、「口に合ったのならよかった」と彼の声も溶けてゆく。そうして二人、ようやく食後の緩やかな時間に浸るのだが、すぐに彼は席を立つことになる。
「少し、お手洗いに……」
ああ、どのように切り出そうか。
便所に閉じ籠る彼は額を押えた。今日、友希那を家に呼んだ理由、本題とはもちろんあの愛の告白の返事を聞くためであり、そういう場では男がリードしたい。だがわからない。丁寧に紅茶など淹れ、食事をし、淡々と終えてしまったが心の底から欲している場面には少しも至っていない。
どうすればいいのだろう、などと考え、わからないな、と不思議に納得しながら、彼は別に何も排泄していないのに水を流してリビングへ戻った。
友希那は離席していた。
リビングの窓に寄り、そこから空を眺めている。現在、時間帯としては暮れであり、空にはちょうどいい哀愁がある。
「おかえりなさい」
何か自信を感じる口調で、彼はこのリビングで、なぜか足音を立てることがいけないことだと感じるようになる。友希那は席に戻ろうとするが、彼は素早く彼女の隣に立ち、共に空を視た。
重たい藍色の合間に橙色の光が伸びている。薄い雲もそこに混ざって、奥行きが、もはや恐ろしい。
そして、そういうものを硝子越しに眺める友希那が、やっぱり愛おしい。
ああ、せっかくだからもっと近づいて、彼女の目元も、長髪の流れも、もっと視ておきたい。
「私は――」
すると次に、友希那の頬が少し下って、何もない位置に声が咲く。
「ね、猫が好きなの……」
「猫……?」
「ええ。猫」
「それじゃあ……」彼は慎重に声を紡いだ。「今度、二人で猫カフェに行こうか」
「え、ええ。そうね。二人で……」
懸命な声色が続き、歌姫はすぐに狼狽える。彼を視たまま、「だから……」と震え、「その……」と肩を強張らせる。
表情が、いけないところまで赤く火照ったその瞬間、彼は友希那を抱き寄せた。
「好きだよ、友希那」
はっきり囁いてみると、友希那は身体を少し弾ませるがそこから抵抗しない。むしろ、彼がさりげなく示す男の懐へ転がり込んだまま。そうして彼は友希那の背の部分、肩口の部分に腕を廻して撫ぜてみる。
安心させてやる、なんて大層なものではないが、これでいくらか友希那の動きも柔らかくなる。さらに彼から視て嬉しいのは、こうして身体を抱き寄せても、友希那のほうから少しの拒絶も視えないということ。
愛の告白を受けたのだから、友希那だって、彼のことを男として検討したはず。
そのうえでこうして、抱き締められてそれでも身動きを取らないということは……。
もはや二人は、男女として次に進むための全ての手立てを完了した。後は二人が顔を見合わせ、揃って一歩を踏み出すだけ。
「あなたに好きだと言われた時、嬉しかった」
けれど、と友希那は額を上げ、身体がさらに縮まる。
「私は、誰かと付き合うなんて、したことがなくて……」
「僕もだよ。君がはじめて」
至近距離で囁いてみると、それから視界にすっかり潤んだ歌姫が映る。
「や、優しくしてくれると、ありがたいわ」
その言葉の次の瞬間に彼は友希那のことを奪ってみせる。
唇で唇を追いかけ、まずは肉同士でぶつかる。彼としてもはじめての感触だった。互いの柔らかいものを相手に教え、少し蠢いた後、最初に彼が口を開ける。
それにしても、小さい。友希那へ腕を廻してから、彼は改めてそのように思う。それは背丈だけのことではない。なんというか身体そのものが、こぢんまりとしていて、彼は抱き、さらに唇を、その奥を貪りたい。
友希那のそれを挟み込むように動き、誘い出すようにしてみる。少しして奥のほうから舌が伸びてくる。
この友希那は音楽家として、本物の音楽を世界に披露する歌姫なのだが、やっぱりこちらのほうは、まだまだ未開発というか、未経験の部分が多いらしい。
奥に潜んだまま、迷っているらしい舌先に彼は慎重に触れてみる。すると友希那は戸惑って、身体そのものがのけ反る。彼は今までのおあずけを取り戻すかのように熱烈に、友希那の口の中、その熱を唇で、舌で、頬で感じて少し飲み込む。友希那が喉元を通過して下って胃に溜まり、もっと、もっと欲しいと熱烈に這う。
実のところ、最初に出会った時から友希那とは口づけをしたいなと彼は求めていた。
彼はその度に己の理性を必死に鼓舞した。同意もなくそれをすることとは強襲と同義であり、わけがわからない。けれどその一方で、ただ横で歩いているだけで、電子的なメッセージでやり取りをしているだけでそのように情熱を感じるほど、友希那には魅力があるのだな、などと奇妙に納得し、だからこそ今、こうして真剣に気兼ねなく、接吻することに多大な喜びを感じている。
男など、少しも知らない友希那に彼は色を塗り込んでいる。
これは今から自分のものだ、なんて、誰にするわけでもなく主張してみる。
いいや、これは友希那への宣戦布告なのかもしれない。
もう、ただの友人だとか知り合いというものではない、正式な男女として、時に男が女を下し、女が男を支配する。
そういう関係が二人の間ではじまった。そういうことを友希那に報せて、もう逃さないぞと示しておく。
突き出てきたものを絡め取り、さらに狭まって啜った時、彼はようやくこの友希那を自分のものにしたのだと実感しはじめる。
それから彼は友希那を自室に連れ込んだ。
リビングから廊下へ、歩く友希那の表情を彼は視ていた。緊張をしているのだろうか、僕だけの歌姫は口を閉じ、何か頬の部分も際立っている。彼は友希那の手を包み込み、それから扉を開いて室内へ。ベッドに座り、友希那にも、そうするように促すと歌姫は手招かれたかのように左隣に腰を置く。
「ここが、あなたの部屋?」
「そうだよ」
普段、小説を書いたり寝起きしたり、それから独りで、己自身を慰める場所。
ああ、そうだ……。
入室した彼は少し立ち止まった。すぐ横の友希那が不思議そうに目元を持ち上げ、彼はまた歩いてベッドに腰を落とす。
そうだ、僕はここで友希那を思って自慰をしたんだ。
それもたった一度ではない。日常的に友希那を使って、友希那で己を慰めていた。
いつか、今日のような日がやってきてほしいなと願いつつ、けれどそんなもの、叶わないかもしれないと諦めて、だから僕この場でだけ、つまり脳内世界でのみ友希那と触れ合った。
だが今、常に望んだその日がやってきた。
彼友希那の頬に右手を伸ばした。いつも自慰をし、精液をまき散らす部屋の中に友希那が居る。友希那は動いていなかった。長い毛先もまつ毛さえ震えていない。彼の三本の指先が最初に触れ、そこまでいくと友希那が、彼の手中に頬を預けてくれる。
「きれいだ……」
やはり、美しい。
隣で眺めているだけで、そんなことはよくわかることだった。だが今、こうして手中に収めたことでその魅力を再確認させられている。
また、彼はひとつ満足感を得ていた。思えば友希那と出会ってから、直接触れ合うという経験を今までしていない。こうして頬をいきなり触れることも、たとえば手を繋いだりすることもなかった。
そのせいなのか、彼は今、こうして友希那を直接撫でることに達成感を得ていた。
自分は男として駆け上がり、ようやく一人の女の頬に触れるところまで至った。そんなことでいちいち有頂天になるだなんて、と呆れる自分も居るが、この体験が自尊心をくすぐっていることも事実だった。
このまま満足いくまで揉んでみたいが、それもくどくどしい。故に彼は颯爽と頬から退散し、代わりに友希那そのものをしかと抱き寄せる。全身で友希那の表面を擦ってみる。すると友希那も腕を持ち上げ、二人の身体はより接近する。彼は友希那の奥から熱気が流れてくることを体験していた。それをもっと知りたくて、彼は自分の胸板の中に友希那を招いた。
強く抱き締めてみると友希那の背丈の小ささがよくわかる。
友希那の身体は確かに控えめだった。
乳房というものは男としてどうしても無視ができない。友希那のそれは凶悪というほどではなく、また背丈に関しても彼より低いものだった。
だがそれは、友希那の身体が女性としてみどころにかけるというわけではなかった。
たとえば腰の部分は年齢相応にすでに完成されているし、腹部にだって十分な張りがある。四肢の細さ、それから身長だって、まるでそのために育ったかのように彼にとって都合がいい。
これを今から、僕一人が全ていただく。
独特の緊張感に包まれて、彼は息を吐き、また吸い込んで友希那をみつめた。
「えっちなことは……」
「何……?」
「えっちなことは、知ってるの?」
「いいえ。知らないわ」
それなら、教えなければ。
友希那が無知だと知った途端、彼の脳裡、というより体躯の全てに熱が宿る。
友希那は淡々と回答してくる。それを知らないことそのものが、たったそれだけが男にとってどれだけ甘美か、というところさえ友希那は知らない。
二人はまた互いに倒れ込むように抱き合った。そうして少し体躯を揺らした後、自然と行き着いたかのように唇を交わす。最初は唇同士の交流で、友希那のその部分を彼は同じ部分で覆ってみる。友希那もそれに答えてくれる。より縮こまる彼女の肩を支えるように、左右で抱き締め、口元で友希那に被さって蠢く。
彼の口に射抜かれ、さらに溶けてゆく友希那は舌先を許し、二人はさらに深く絡まってゆく。
彼は彼女の細い腰を大胆に抱き寄せ、動きを教えてやるように舌先を廻してみる。友希那もようやく慣れてきたのか主張がみえてくる。顎先が浮き、背筋がより細く上擦って彼に向かってくれる。
そんなもの、もちろん尊重し味わいたい。
彼は姫君の肩口をそっと撫でつつ、たっぷり熱された友希那の舌を食んでみる。
また、そういった動きの中で彼が巻き取るものとは舌だけではなかった。
友希那の肢体は彼の腕の中に取られてゆく。左右の小さい肩のことを男がしっかり覆っているのだが、やがてその素手は女体の背筋を追体験し、大きく撫で廻す。
胸板のすぐ近く、細かく揺れるものとは友希那の毛髪で、そこから香る女性らしさに彼はまた夢中になる。
正直に打ち明けると、彼の中には少々焦りの心地がある。
友希那をはやく味わいたい。燃え盛る欲求が彼の勢いを後押ししているのだが、けれど頭の別の位置は冷静にある。この場で勢いに乗り込むことは得策ではない。彼は友希那を抱き締めたまま、その形を崩さぬように慎重に、努めながら進行したい。
「じゃあ……」友希那から上がり、今度はその耳元で彼は呼吸を湿らせる。「脱ごうか、服……」
男女のまぐわいにおいて男がはじめてかどうかという部分は考慮しなくていい。
重要なのは、貴重にすべきことは女性がはじめてかどうかというところだけであり、現状、友希那は性においてまったく無知にある。それならば、丁寧に手折らなければいけない。無垢な女性の部分を慎重に分け、なんの弊害も敵意もないまま貪欲の中へ突き落とす。それこそが彼に課せられた義務であり、彼は喜んでそこに努めたい。
けれどほぼ全ての場合、出来事はそのように巧みに進まない。そもそも彼だって男として初陣だし、雄と雌が交錯する瞬間、その結合の過程には野生的な痛みや窮屈さが必ず伴う。
故に男がすべきこととは、その痛みを相手の中で苦いものにしないこと、それだけで終わらせず、どうか彼女に、友希那に真っ当な快感を覚えてもらうこと。
自分に、できるだろうか。
ふと、彼は不安に浮き上がる。だがそれ以上に、挑戦してみたいと熱心に思う。
この荘厳な城をを丁寧に解きたい。活気に満ちた彼は、けれどそういう時こそ冷静さを忘れないように慎重に、友希那を籠絡させる手立てを用意する。お互い、相手の魅力へ上手く耽溺しより深く求めるようになることができればいいのだが、それほど期待するのは愚行と呼べる。とにかく彼はこの場で友希那に、比較的安全に壊れてほしいと願う。
そうして彼は寝具に座ったまま友希那に向き、いよいよその衣類に手を伸ばす。最初は白色の長袖のものだった。それは前の部分に一列ボタンが配置されており、また隙さえあればフリルが造られている。首元には同色のリボンが乗せられており、彼はそこに手刀を伸ばす。友希那のほうもひとつ呼応し、ボタンは上から、弾き飛ばされてゆくように解除される。
拓かれた門の先に彼は花壇を視た。
薄っすらと盛り上がる形の上に黒色の花たちが密集している。彼はその際立った箇所に両手を伸ばした。よぉく触れた。視ると、黒色の花の中に深い紫色の花も混ざっている。
彼はそれらの表面に指を進めて撫で廻し、友希那の反応に期待した。
「可愛いの、つけてるね」
「言わないで……」
彼が動く度、友希那の身体もまた角張った様子で反応してくれる。背にまで流れる長いものたちが機敏に揺れて、ベッドにその形の影が伸びる。
彼が毎晩、一日の最後の脱力し新しい朝を迎える香ばしい箇所に友希那の気配が染み渡る。
この夕暮れの中、彼はそういうものが楽しくて、より執拗に友希那へ指先を向かわせる。触り心地に満足した後、今度はその花々を一斉に摘み取ってみせる。
次の瞬間、友希那は露出した自分の乳房をサッと素手で隠した。
自分の身体のその部分が、男にとってひとつ卑猥だと潜在的に理解しているらしいその所作が彼からするとまず愛らしい。
けれど、隠されてしまっては彼も、もちろん友希那だって楽しめない。
故に彼は彼女が胸部に締め付ける腕に指先を通し、離すように軽く促してみる。
「あの……」
「大丈夫」
「でも……」
友希那はそれでも腕を下げてくれない。
まったく、歌姫の様子としては信じ難いくらい、友希那は艶やかに頬を染め上げる。次々と追い詰められ、あらゆる功績も尊厳も剥かれて、最後に残った少女の部分を問われている。
彼は嬉しい一方、その腕を取るのではなく擦るだけに切り替える。
やはり、恥ずかしいのか。それなら無理に進行するなんて、主義に合わない。
けれど最低限、彼は己の意欲に正直に向かう。
「視てみたいな、友希那の」
直球な単語を挙げようとして喉が止まった。
すると友希那は身をよじった。何か別の方向で危惧を意識しているらしく、いくつもの世界を歌った唇は間もなくして引きずられる。
「その、大きくて……」
「大きい?」
「にゅ、乳輪が――」
極小の声で告白する友希那に対し彼は目元を開いた。
具体的には、己の眉の部分が上向きに浮かぶことを彼は意識していた。
「そう、なんだ……」
沈黙はいけない。そのように思い彼は返答していた。だが喉の動きはなんともぎこちなく不自然だった。
なんだか意外だった。あの友希那から、慎ましく、いつでも自身の気品を尊重する友希那から直接的な単語が発音されている。けれど不快ではなかった。それもまた彼からすると当然のことだった。
「わ、私、胸は小さいほうでしょう? それで乳輪が大きいから、不格好で……」
「でも、視てみたい」
彼は友希那の素手を擦った。耳元に寄り、友希那の胸がほしい、とまた呟いてみる。
本当に、と友希那は首元を震わせる。そこにどんな種類の自信も浮かんでいなかった。彼は補助輪を外した娘の背に勇気を託すように友希那の素手に指先を絡めた。腕の中の姫君の力が抜けてゆく。乳房から影が抜け、その全貌が明らかになる。
「おお……」
トップスを退かし、ブラジャーも取り上げるといよいよ、友希那の上半身が出現する。
彼としては、友希那のこの小さな肩口も、そこから繋がる鎖骨の少し上擦った部分、薄い腹部だってよい光景なのだが、やっぱり最も目が引かれる部分と乳房なのだと思い知る。
乳房自体は確かに僅かな形で完結しており、注目すべき部分はその大きさなどではない。
「へ、変でしょう?」
広かった。
蕾を中心とし円形に広がる同色の領域、中心から末端に流れるまでに色彩は薄まって肌色に溶けている。
仄かな色合いは男の欲望を誘い、また蕾の存在を際立たせている。
「胸が小さいのに、乳輪だけ大きいなんて……」
乳輪の大きさとは母性の大きさ。
彼は友希那のそれを前にして、またひとつ母性について真実を見出した。
「いいや、問題ない」
まるで女性の乳房について知り尽くしているという態度だが、彼はその分野に明るくない。肉眼で乳房を視たことも今がはじめてだし、大きい小さいの程度などわからない。もちろん一定の興味関心はあり、熱く求めたい意識もある。
友希那の胸、という事実だけで彼はその乳房を大切にしたいと切望する。そんな彼からすると友希那の乳房はどういうものであれ巨大だった。それは物理的な大きさのことではなく精神的な部分のことで、さらに乳輪の広々とした極楽まで付属するとなると、もう愛おしい。
また今のように、友希那が恥じらいを捨て、胸元を披露してくれていることに居心地のよさを感じている。
股間の中、具体的には睾丸の内部で粘力が盛り上がってゆく。
「綺麗だ」
この二つの恵みを自分は味わい尽くせるのだろうか。男はよく女の胸を触りたがるが、それは自分の男としての技量が試されるひとつの儀式なのだと彼は理解し、けれどそんな思想にこだわりすぎないように慎重に、生の友希那と触れ合う。
「んっ……」
男の両手が胸元に着地するとそれだけで友希那は背筋を反らせる。もう、下着姿の時とは違う。確かな肌色とそこに香る熱気が二人の間で交差し、互いの内部を勢いよく駆け巡っている。
二つの膨らみに手をかけ、まずはその柔らかさを愉しんでみる。
友希那という女体には柔らそうな箇所が多いのだが、ただ揉んでいるだけで幸福感があるという部位はきっとこの乳房だけだろう。
そしてその中心、やはり目を引く二つの果実を彼はいよいよ擦ってみる。
友希那の感度はすでにある程度完成されており、ただ擦るだけ、たったそれだけの戯れで乙女は激しく踊り狂う。彼は基本的には友希那の形を尊重するように撫でていた。時おり自分を引き受ける卑猥な突起を咎めるように刺激を与えてみる。指の腹で摘み、指先で弾いてみる。
そういった変則的な愛撫に友希那はされるがままであり、彼の中でより仕上がってゆく。
個人的な部屋の中、ベッドに腰を降ろしたまま愛しい人が火照った様子で胸を揺らす。
そんなもの、もう堪らない。彼は乳房から手を離し肩口を握って口で向かう。
「あぁ……」
友希那の身体をその位置で固定したうえで、彼はその左乳房を頬張ってみる。乳輪のふち部分に唇を添え、つまりそこをひとつの目印として柔肉を詰め込む。
頬張るだけで楽しくなるし、それにこの位置がとてもいい。
現在、彼は女の懐の位置に忍び込んでいる。口元で胸に吸い付きつつ、それでちらりと上方向を視ると当然そこには友希那の顔があり、彼女は下向き、つまり彼のことを視ている。時おり目と目が真に合い、何かわかりあう。
それで彼の口元には柔らかいものがある。愛するものに見守られながら、その人の柔らかい部分を口で堪能するなんて。嬉しいのは、そうした様子を眺める友希那が次第に彼に寛容に示し、男の汗ばんだ頭を撫で、彼へ、さらに乳房を吸えと催促してくる。
ああ、と彼はさらに納得する。
きっとこの温かさは、友希那を知る全ての男が、一度は憧れる温かさ。
けれどこの世界のどの男も、結局は到達できなかった温かさ。
そこに最初に彼が忍び込み、もう誰にも渡さない。
そうした独占欲の開花を彼は己の中で意識し、友希那の乳房に吸い付いたままその身体を押し倒してしまう。
友希那に関する脱衣が再開する。現在、友希那の下半身はタイトな黒色の長いスカートに包まれており、彼は乳首の相手をしたままその金具を解き明かしてみる。パチン、と爆ぜるように金具は離れ離れになり、ベッドに敷かれた友希那も手伝ってショーツも一緒に退場してしまう。
ベッドの上、彼のテリトリーの中で全裸の友希那が完成した。彼もまた寝具に完全に乗り上げて、被さるように姫君を抱き締めてみる。
友希那は両腕をきゅっと締め、視線を適当な方向にずらしている。
それは羞恥の表情だった。
今まで、あの遊歩道で会う友希那にも当然表情の変化はあった。けれど現在、こうして個人的な場所で触れ合う友希那の顔つきには今まで以上の活溌というか、敏感にみせてくれるという信頼感さえ感じる。
彼は友希那が羞恥心に包まれた顔をみせてくれる度、必ず彼女の歌姫という身分を思い出す。
姫と聞くと誰でも立派な身振りを連想する。何事にも動揺せず、流されず、己を貫いてけれど上品に、少しだけ我が儘に道をゆく。姫とはそういうものでありそこに議論の余地はあまり窺えない。今、この友希那は姫でありながら彼のたったひと言で簡単にその表情を崩している。彼は、自分がまるで魔法使いになったかのように、友希那の表情を楽しんでいる。
その視線は友希那の顔だけでなく、首筋からまず胸元に降りてゆく。
なるほど、確かに詳しく観察してみると、乳房そのものの規模に比べて乳輪だけが、なんだか大きく主張している。
胸部から腹部、さらに腰に至るまで優しい輪郭は続いている。腰付きというものも乳房同様に突出した造りになっており、だがそこには胸のような柔らかさというよりは、弾むような少しの重圧を感じる。
それを視た雄は本能的に雌を嗅ぎ、自身の勃起をそこへ向かわせた。
股間部分には臀部の膨らみとは異なるくぼみのような造りが薄っすらと視える。その地点こそが友希那の入口であり、その卑猥な質感は布などでは誤魔化すことができてきていない。
なんということか、すっかりしっとり、だらだらと糸さえ引いている。
そうか、これはつまりあまりにも魅力的な、小ぶりな、甘い乳房に僕がかかりっきりのせいで、友希那の股間のほうがかまってちゃんを発動している。
「そんなのいけない……」
彼は胸の中で呟いた。友希那の恋人として、友希那にはあらゆる満足をしてほしい。乳房が満足しているだけでは駄目だ。全ての箇所が湿り、全ての箇所が満足する。それでこそ彼もまた男として満足し、友希那がより愛おしくなる。
彼は友希那の乳房から顔を上げ、いそいそと股の部分に向かってゆく。友希那もそれを拒むことはない。その柔らかい肉の入り口を、ちょいちょいと突いてみるとむしろ彼女の湿り気が絡みついてくる。
「何をするの……」
しかしその主、友希那の表情は怪訝にある。
彼は友希那の入り口に指を添えたまま、仰向けにある友希那に訊ねる。
「ここをいじったことってある?」
「あ、あまりないわ……」
「でも、一回もないわけじゃない?」
踏み込むようにまた訊ねると、友希那は無言で頷いた。
それを見送り、彼は友希那の股間に沈みゆく。つまり友希那の太腿と太腿の間に身体を隠すように向かって、口元は友希那の股間の近くに到着する。
「今からここを舐める」
宣言とほぼ同時に彼は開口し、伸ばした舌で入り口をなぞってみる。その瞬間に友希那の身体が寝具の上で飛び跳ね、だが彼は続ける。
この薄桃色の可愛げ、引き締まった入り口の部分は男を待ちかねているかのようにすでに湿っており、穴というより泉に思える。
彼はその渦中に対し慎重に、だがやはり我慢ならず取り組んでゆく。
「な、あなた……」
広げた舌がのれんのようにびったり膣口を覆い、それから蕾にむしゃぶりつく。
強烈な快感により友希那は寝具の上で身体を揺らすが、彼の両手が逃さない。腰部分を適当に握り、さらに深く啜り上げる。友希那は少しずつほぐれて溶けてやがて、湿ったものが舌先でよくわかるようになる。
「こんな、こんなの、知らない……」
友希那との間で発生するいくつかの種類別の接吻、その中のひとつ、男が口で、女が股間を差し出す口づけには性的な意味合いが大きい。
つまり男がこれから、相手を姦通するためにその穴を慣らしておく。
ある意味、今からお前をたっぷり楽しむぞ、という予告か、脅しのような行為とも取れるのだが、性的無知な友希那はそこまで考えない。今はひとまずさっきまで愛を囁いたり、普通に食事をしていた口が自分の股間にしがみつき、啜ることに驚くだけ。
「あ、あの、待って……」
彼は舌の動きを続けていた。
友希那の小さな背丈、それがくねりと震えている。彼はその影を追うようにさらにさらに友希那を撫でている。また、それと同時に彼の舌先は友希那専用に成長する。友希那を理解し、その旅に友希那を負かしてまた理解する。
その繰り返しの全ての時間の上に彼の技術は成立しており、また今回も、その増え続ける時間の全てを友希那に向かわせる。
ああ、これはライブと同じではないか、などと彼は考えた。だって自らで磨き上げた実力を示すこと、それは友希那が音楽家として行うライブに似ている。ただ異なる点もいくつかあり、たとえば彼のライブには練習など存在していない。いうならば常に実践であり、彼は実践の中でのみ成長する。そして、友希那のライブほど、彼は不特定多数を幸せにしない。
まさしく友希那専属、彼の舌先のその動き、それは友希那にのみ執行されて、まずは友希那だけを快感の果てに送り出す。
「あぁっ――」
声がまたひとつ上擦り、それから最奥にて育った熱量が一気に咲き誇る。
どんな男の人生も、ゴールはきっと、愛する女の全裸にある。
そういう意味で、彼は今まさにゴールに到達したといえるのだが、今、彼は友希那から歌姫という身分を見出すことができていない。
「友希那……」
このベッドの上にて友希那は裸体を披露している。
友希那は一度の絶頂により少し体力を消耗しており、肌の上には薄ら汗が浮いている。シーツへ投げ出された頭髪はそれから四方へ緩やかに、薄紫色の波が散っている。
友希那は生け捕りの状態であり、一方、彼はあらゆる衣服を脱ぎ捨てて、いよいよ愛しい人を見下ろしている。そういう中で、やっぱり、この友希那も年齢相応の少女なのだと思い知る。
ああ、これ以上の美しい景色が、この世界のどこにあるというのだろう。
そういうもののすぐ上に、巨大な男の影が伸びて覆う。
唇の上の透明なリップを拭い取るような口づけをしてから彼は、その耳元に口を伸ばす。
「僕が、気持ちよくしてあげるから……」
呟いて、それから彼は可笑しいなと思う。
気持ちよくしてあげる、だなんて、あれほど友希那を姫だと持ち上げたくせに偉そうだ。
けれども彼はその王子様のような態度を止めない。友希那の肩を懐に誘い込み、友希那もまたそこに流れ着く。そうして彼はその繊細な薔薇の秘密についに迫る。
「ゆきなっ……!」
耳元に口を添えたまま、彼は仰向けの友希那に入港する。
突き出た肉棒がまず柔らかい肉壁を広げ、その不思議な感触を圧し潰す。すると仰向けの女体、友希那の肌色の中に緊張が走り、それでも彼は乙女を狙って腰を遣う。
最奥の位置までずっぷり浸って、姫君の堅い股はついに左右に完全に拓かれる。
誰もが羨望を向ける静謐な表情は今まさに溶け落ちて、それから頬に、誰も知らない赤色が浮く。
だが、それだけでは終わらない。咲き乱れる女に向かって男の巨大な影が増す。そうして乙女は、友希那の純潔の部分はあの花弁のように流れ散る。細身の真上に男が台頭し、彼は友希那の強かな箇所も、弱い部分も愛撫したい。
「な、なにこれ……」
それから、十分ほどだろうか、彼は友希那の内部を竿でうろうろして、男というものにまず慣れてもらう。さらに陰茎の形そのものを膣壁に擦り付け、さっそく形を覚えてもらう。
友希那の股の中におけるちょうどいい位置を探り出し、友希那の女を掘り当てたい。
この間、女体ははじめての男に馴染むために一生懸命になっている。それは肉体的な話というだけではない。つまり精神的な、友希那の意識も彼という男を受け入れる準備に取り掛かっている。
友希那を女性として手元に置き、そしてこれから、その中の女を開花させてみせる。
姫君の手を引き駆け出して突き進む。
そんな構図を考えてみるが、実際は、この友希那を自分の趣味に從って自由に塗り替えてみたい。彼の煩悩はすぐさまあらゆる妄想を脳裡に発生させることとなり、またその熱気は今、友希那に浸る自慢の絵筆に凝縮される。
それは独りきりの行動ではなかった。
体躯の中、腰の部分を規則正しく決起させ、狙った女の内側を彼はなぞり上げている。その刺激に反応する友希那もまた、臀部を浮かせたり、首元をくねらせて彼を助長している。膣の具合は良好だった。先ほど、ある程度馴染むまで待ったことがここでよく効いている。たった少しでも動いたらその度、友希那も敏感に反応してくれる。腰を押せば、押すほど友希那は背中を反らし、逆に引いてみると、それだけで名残惜しそうに緩んでくれる。
その風味は彼の意識を高ぶらせるばかりだった。
腰、というより欲望そのものが、この開封済みの友希那へ向かっている。それは穏やかなものではなく、しかし凶暴ではない。他のどんなことにも考慮が届かない。ただ彼は、こんな友希那を組み敷いて膨張し続けている。大きな足を左右に広げ、このベッドの領域だってもう、めいっぱいに使用し友希那を追う。
彼は次に腕を伸ばした。現在、友希那の顔の左右に置いた五指が頭頂部を包み、それでも腰を入れ込んで向かう。シーツに向かって吐息が散って消えてゆく。たった数本の薄紫が頬の上にて汗ばんでいる。竿に負けている。今、彼はこの友希那だって女なのだと思い知る。
そうして友希那の手を引き、優しく、性の世界に繰り出してゆく。
彼はさらに腰を盛り上げるのだが、またその中で、友希那の首筋左側に吸い付いた。
「どうして、そんなところ……」
切羽詰まった友希那の声が上がり、彼も視線を友希那に向ける。
「じゃあ、どこにしてほしいの?」
「……虐めないで」
友希那のひと言を聞きつけて、彼は首筋を舐め上げる。
なぜ首元を舐めたのか、それは彼にさえよくわからないことだった。
身体が無意識に動いた。そして、彼はそれを止めはしない。むしろ何か急かされているかのように友希那へ突き進み、その、汗が多大に含まれた部分に舌を乗せて啜り取る。顎先が次第に上部に流れ、また二人は唇を重ねる。
友希那の口内にある何か甘美なものを必死に掬い取るように合わさって少し揺れる。
もう、どちらのものかもわからない唾液が友希那の唇、ふちの部分からだらだらと垂れている。舌と舌が絡まり、ほどけて、また結ばれて、粘膜同士で相手を撫でている。
この寝具の上、ほかほかの穴をまず射止め、それから首筋だったり、唇を覆ってそれでも動き続ける。
そうなると流石に、友希那の全てを捕えたような心地に至り股間の部分がより過激に成り上がる。
目覚ましい魅力を発揮する友希那の中で彼の思惑だけが伸び貫いている。
出来上がった亀頭で最奥、子宮の入り口の様子を意識している。肉壺を堪能する態度から一変、今度の彼は勇ましく、もう友希那の奥しか狙わない。そうしてその向こう側、子宮にたっぷり雄を詰め込みたい。やっぱり最初は、なんにも考えずそのまま出したい。
すると友希那の素手がするすると動き、間もなくして彼は背を擦ってもらう。
彼の素手は今、友希那の頭を撫で、口元も、首筋の形に添っている。
そうした中で友希那から、腕が伸び、彼そのものを肯定するように撫ぜられると嬉しくなる。
「友希那……」
彼と友希那は互いに順調に昇り、もはや果てる寸前にある。言葉は不要で、熱された急所は相手のために尽くしている。
「好きだ……」
射止めた女からの返事はなかった。ただ股間、男を咥える箇所のみがさらに熱く呼応し、また形が狭まったような感触を彼は受け取った。それは我慢崩壊寸前の彼にとって十分な刺激だった。全身に巡る熱気が一斉に股間の位置で震え、彼は告白で花束を渡してしまうように自らを友希那へ押し込んだ。
友希那もその瞬間に肢体をめいっぱい反らせている。
絡まる男女の四肢が緊迫し、二人はその先で墜落する。すでに絶頂後の余韻がはじまっていた。彼は自分が漂流してしまわないように、友希那の胸部か、腹部という適当な箇所をきゅっと抱き締めておく。友希那もまた男の首元に腕を廻し、硬いまま閉ざされてゆく。
はじめての性交で同時に絶頂することができた。
心から愛する友希那と、そんな体験に興じることができたこと、彼はまず、それそのものを大事な思い出としてひとつ愛でた。
そうして絶頂後、その余韻の中を二人でいくらか踊った後、彼は友希那から持ち上がろうとする。
いいや確かに、この絶品の女から離れるなんて名残惜しい。このままある程度、友希那の中に自分を刻み込んでから初夜を終えたいものだが、
限度がある。故に彼は自らの理性が完全に消えてしまう前に、ひとまず場を収めようと肩を揺らす。
何かクールぶった彼のことを惑わせる友希那の声は、そんな彼の耳にすぐに触れる。
「待って……」
身体を動かすその寸前、まだまだ火照った友希那の小声が彼の目を射る。
その瞬間に男は着飾った全てを喪失する。具体的には、そのような仮面を保つことができなくなる。残るものとはその人が生まれ持ち、育ててきた魅力、さらに相手に求める欲求だけ。
だって、ありえないだろう。この鋭く組み上がった表情に、豊潤なまま保たれた肉厚に、そのどこに冷静さなどみつければいいのだろう。今、彼の目の前に現れて、股も子宮も全てを許しているのは絶世の姫君、友希那は自身の花壇をより香ばしい湿り気で満たし、彼だけが招かれている。
それだけで彼の男性は祝福を受けたかのように促進する。そこになんの邪魔な存在もなかった。離れるなどありえなかった。彼はより強く腰を勇み、友希那の間の部分にまた突き進む。
二人きりのベッドの上で激しい運動が続いている。全身の筋肉が強張りながら凝縮して動き続ける。臓物たちがざわめき、心臓は鳴り止まない。精神的にも、何か高ぶるというか、気性が暴れまわっている。
それはまさに変身だった。彼はこの魅力的な友希那を前に人から獣へ変身している。複雑な、つまり人間的な思考なんてとっくに困難なものだった。ただ彼は目の前の雌、友希那に対し野性的な欲求を向けている。
友希那はというと、さらに逞しく示してくる彼に轢かれながら、何かそれが当然という顔つきで身体を手放している。
そんな寛容な様子が彼の調子をくすぐる。
たとえばにおいを嗅ぎ、そこが安全だと理解した動物のように彼は遠慮を忘れていた。実際、今の彼は友希那の首筋に鼻先を落として吸っている。流れ込んでくるのは友希那のにおいで、吐き出すものとは熱気だった。それらは友希那の耳元にまで流れ着き、彼女の痙攣をより確かなものへ助長する。
孤独の友希那の目の前に参上し、その身体に宿る可能性を教えてあげる。
そして実力をつけた雌に、自らも捕食される。そんな時、彼はきっと雄としての価値を自らに見出すことができる。
彼はそんな独占のまま、愛する者の中でまた絶頂する。友希那の腟内という秘境の所有権を、その友希那に向かって白く主張する。
友希那の胎内を隅々まで知り、味も形も、具合についてもよく理解し、さらに自らのものを注入した後に彼は身体を上げた。
流石に友希那も許してくれるらしい。すでに女豹として才気を発揮しているところに少しの恐ろしさと、けれどやっぱり強烈な喜悦を感じつつ、彼は己のものをついに胎内から引き取ることになる。
友希那は仰向けのまま、彼はその口元に横から向かって竿を示した。
「視て……」
今、友希那の左手側に彼は膝をついて、その顔面にまだまだ屹立するものを披露している。けれど彼はどうにも、この場が自分の普段の寝床だと思い切ることができていなかった。だって友希那が全裸で居るし、そんな歌姫は細い足を左右に放置して乱れている。さらにそんな綺麗な顔面に、彼自身が股間を向けている。
「お、大きいわね……」
友希那からすると、星空をそうするように男のものを見上げていることになる。
「触ってみる?」
彼は友希那の目を視て訊ねた。頬の部分から突き出て、鼻筋を横断し向こう側の頬肉にまで、陰茎の形の影が浮かんでいる。
「それじゃあ、失礼するわ……」
身体を起こす友希那は右手を差し出し、その五指は間もなく竿の根本部分を握る。現在、竿にはあらゆる粘液が集結しているためぬるぬると生意気で、全体は薄らと光沢に見舞われている。
そういうものを友希那は躊躇せず握り込む。
男として、自分のムスコなんて触り慣れているし、いい意味で雑なところもある。だがそれが異性の視点となるとなんだか勝手がわからないと思うし、それでなくとも敏感というか、慎重にならざるを得ない印象があるだろう。
右手を伸ばした友希那の動きはゆったり丁寧でその妙に律儀な佇まいが愛らしい。
頬を赤らめ口元は閉じ、眉にもなんだか、たどたどしいものが現れているのだがその視線は竿から絶対に離れない。自らを破壊したものだというのにまじまじとみつめ、稀にゴクリと喉を下したり、鼻息が少しだけ強張ることさえある。
瞳の中から、あの余裕そうな光が消え、今度は小さい細いものが集結する。
動揺と、それから興味関心が友希那の中で同時に燃え上がっている。全ては男の竿に向かい、彼は注目されてまた痙攣する。
「震えているわ……」
こうして改めて、友希那の前に陰茎を向けるとなんだか恥ずかしい。
妄想などでは補えない立体感がある。一人の時、あれだけ脳内で想った光景だが実際の質感はやはり異なっている。友希那は彼から完全に独立した個人であり、美しい女であり、そういう相手が自分のものに注目している。
「さっき、僕は友希那のおまんこにキスしたでしょう?」
「え、ええ」
彼は『おまんこ』という部分を押し出すように強調する。
「だから友希那にも、同じようなことをしてほしいんだ」
竿を握ったままの友希那は額を上げる。
「ど、どうすればいいのかしら……」
訊ねてきたところに彼はここぞとばかりに提案する。
「先っぽの部分に、してくれればいい」
そうして友希那は無言で了承し、握ったまま、その竿に向かって頭部を沈めてゆく。
ああ、彼は今まさにあらゆる人たちに謝りたい。
だって友希那が、世界の、その頂点に立つ友希那が一人の男の股間に向かって降りてくる。いいや、彼が引きずり下ろしたのか。それとも彼が、姫君の手を引きここまで導いたのか。
わからないが、とにかく彼自身の働きにより、友希那は自らが保つ清楚を自ら捨てて鈴口に接吻してくれる。
それにしても、友希那はこんなに小ぢんまりとした身体で歌姫をしているのか。
いいや、姫という二つ名から考えるとむしろ、この身体はふさわしいのかもしれない。
彼が気になるのは、その音楽の舞台というものだった。友希那は大勢の人々を前に、この身体ひとつで歌を披露したのだろうか。もちろんそこには他者、仲間たちの協力もある。だが彼からすると、それだって友希那が努力の果てに手にした栄光のひとつのように思える。
とにかく友希那は音楽、歌声、世界、というものを駆使し、自らの力で自らを切り開いた。そんなふうにふと意識してみると、なんだか身体が震えてくる。今このように後背位でまぐわうことこそが何か不純で、けれど価値の高い奇跡のように思える。
人々を相手に己の世界を示す、それに値する覚悟を友希那が持っていることは、友希那の目をみればすぐに理解できる。
けれどやはり、たとえば軍勢の視線だったり、精神衛生的によろしくない意見だったり、獣のような欲求さえ受け、それぞれ処理し、それでもまるで何もないという顔で、やはり己の音楽を描き続けるだなんて。
それは、いくら丈夫な志を持っていたとしても限度があるんじゃないか。
ベッドの上、仰向けで寄り添う形を彼は崩した。
右隣、まだ先ほどの熱気が尾を引く友希那に腕を伸ばして抱き寄せる。
「友希那……」
ああ、やはり細い。彼はそうして確かめるように、左腕を彼女の表面に流して続ける。胸元を擦り、腹を撫ぜて茂みに向かう。
人差し指も、中指も薬指もそこに触れた時、男に囲われた姫は肩幅を際立たせる。
「上手ね……」
「上手?」
などと訊ね返すと友希那は少し沈黙し、彼をちらりと視る。
具体的に口にしないが、きっと友希那は、性行為における彼の態度そのものについて言及している。
ベッドの上、彼に包まれたまま目元だけがいつものように鋭く発揮する友希那を可愛く視ていると、その歌姫は次にさらに鋭く唸る。
「まるで、やり方を知っていたみたい」
囁き声に彼はハッと、額を歪ませることになる。
まさかこの子は今、自らを徹底的に負かした男が実は百戦錬磨で、その背後に浮かぶ今までのオンナの影に嫉妬を向けているのだろうか。
予想を立てて視てみると、確かに、友希那の頬は少々不満げに際立っている。しかし彼からすると、そんな憶測は全て間違っており、疑っている友希那が可愛い。彼という男の歴史の中に無数の女性と親密になった事実などなく、正真正銘、友希那がはじめての人である。
彼はやんちゃな部分を再開する。友希那の肩口を握り女体を転がすように動かしてみる。友希那は彼に背を向けるような体勢となり二人は寝そべったままもう一度結合する。
「友希那、好きだ……」
背後から友希那の肩口に口元を乗せて呟いてみる。同時に彼の腰周りは完全に友希那に差し込まれ、また互いに息をつく。彼は友希那のうなじの位置に顔を埋め、乗り上げるように腰を盛り上げる。妙な疑いを向けた罰だ、などと一人で執行官にでもなったかのように責め続ける。
両腕を友希那の臀部にかけていたが、やがてその上に友希那の素手が乗り、彼はこの細い肢体をぎゅっと抱き締めてにおいを嗅ぐ。
友希那はその歩みで世界に対し、自身の音楽という薔薇を咲かせてみせた。
一方、彼は友希那のその中に、別の花を咲かせてみせた。
人として巡り合い、男女として密に隣り合う。そうして友希那という未発展の部分に男の手を加え、まずは慎重に理解し、また好みの形に育ててみる。友希希那の反応も素晴らしく、というか彼女も、彼と共に性に溺れてくれる。
友希那の具合、また反応、その末端にまで行き渡る初々しさを視て、彼はよかった、とひとつ安心していた。
音楽家としてどれだけ成長を歩んだところで、友希那は女性としての成長の速度から逃れることはできない。その部分で充実するためには、やはり男の手引きが必須であり、どうやら彼は間に合ったらしい。
この歌姫の中に眠る、未開の雌をさらにさらに誘い出したい。やがて広がった多機能を、たった一人で堪能したい。
友希那は群衆に向かって、世界に向かって歌声を届けるがその花芯の様子というものは、僕だけが視たい。
そんな状況こそが彼の、男としての誉れであり、どんな勲章や賞状より価値がある。これからもひたすら、そういう友希那を堪能したい。
友希那に、もっと性に溺れてほしい。
今まで、淡々と音楽の道を歩んできたように次は、性について踏み出してほしい。友希那にだって人生があり、その中で様々な物事を知り、様々な人に会い、気付き、変化し、進んでゆく。だが性において、その知見についてだけは、彼は我が物にしたい。
友希那の膣の使い方、友希那の身体の魅せ方、友希那の喘ぎ声の出し方、そして二人絡み合い、果てる様子、その秘境に友希那が向かう時、彼は常に傍に居たい。友希那の性において、他の誰もそこに居てほしくない。そんな競争には勝っておきたい。ただ自分が、男として友希那に深くこびり付いていたい。
よぉし、これからこの女体を、たくさん使ってしまおう。
友希那と二人で確かめ合いながら、愛を深めていこう。
そうして彼女の隅の隅まで、本当のセックスを染み込ませてやろう。
二人の前に出現したこの性の階段を、友希那と共に駆け上がりたい。二人きりでまぐわう時くらい、音楽さえ忘れて夢中になってほしい。
そのような求愛はすぐさま男体の腰に現れた。
より過激というか、何か突き上げるような運動は友希那から余裕を奪い、彼もまた切羽詰まってゆく。やがて堪えることが不可能となり、彼は倒れ込むように、友希那の最奥で飛沫を上げた。
「ううぅ……」
いくつかの熱線が友希那の内部で弾けている。その衝撃はすぐに終わり、だが次に、衝撃が友希那を駆け巡る。
彼を後方に据えたまま、歌姫は全身を突っ張らせた。引きつる唇から悲鳴にも似た声が続き、やがて終息してベッドにくたびれる。
「友希那……」
彼は股間を差し込んだまま顔を上げた。友希那を覗き込むとそこには、何か呆けているものがある。
彼が絶頂すると共に、どうやらこの友希那も狂い咲くことができたらしい。
彼はそれについて温かい喜びを感じ、それから、今まさに開花したという花芯に指で触れてみる。
友希那の素肌と巡り合ってからすでに一週間が経過している。
素晴らしい夜だった。
彼はその日の耽溺についていつでもそのように思い出せる。けれど、思い出と呼称できるほど古ぼけてもいないし、何か遠い出来事という感覚もあまりない。彼の中であの夜は、現在も生々しい感覚を持ち素手の中で生きている。
友希那をママにしたい。
それは彼が友希那と出会ってすぐ、彼女に知人以上の可能性を覗いた時から浮かぶ欲求だった。
それは彼にとって純粋で強烈な欲求であり、またそういうものだからこそ、彼はそれに対し何よりも真剣に検討し、明確に答えを出せずにいた。
友希那をママにしてもいいのだろうか。
だって、年下だろう。そういう人をまるで年上のように、いいやそれ以外の、何か最終的に縋る存在として認め、頼るなんて。
そんなこと、なんだか許されないような気がするし、もし二人の間で実現したら、戻れなくなってしまう気がする。
だがそのように考える一方で、彼は友希那の中に潜む母性に導かれている。
何か安全そうというか、任せられる気質のようなもの。やっぱり歌姫だからだろうか、彼は友希那に対し、そうした信頼感を無条件に意識する。ただその感性が今の悩みを練り上げていることも事実で、彼は混濁する。
しかし自分の嗅覚には逆らえないし、逆らいたくもない。
次に会えば、次にベッドに上がれば、その時はいよいよ我慢ができなくなるかもしれない。それはもちろん強引に襲うだなんてそういうことではなく、男女の関係として、彼は友希那にママを要求をしてしまうかもしれない。
だがそんな、まさしく劣情を友希那に押し付けていいものなのか。
しかし、あらゆる欲求や想いを隠したまま彼女の前に立ち、隣で歩くこともまた不誠実であるような気がする。
「いいや」
そうだ、簡単なことだ。
彼は切り替えた。こうして一人で悩むからいけないのだと思い直した。
友希那に直接、訊ねてみればいい。あの名前を聞いた時のように、彼女の懐に突入すればいい。
それで否定されてしまうのならそれまでで、引き下がろう。
けれどもし、友希那がそれ以外の何かを示してくれるのなら。
「一生、愛したい」
彼は自分自身にまず呟き、それから友希那とまた会う算段を考えはじめた。やはりはっきり訊ねてみる。それしかないような気がした。