「起きて、ほら、起きなさい……」
何か揺さぶられて彼は意識を持ち上げた。
しかし彼の視界はすぐに機能しなかった。瞼が重たく上手く持ち上がってくれない。なんだか煙い、気怠いものが頭の中に、それから肢体のあちこちに溜まって唸って、彼はまず欠伸をした。
そんな態度の横で愛らしい声が続いた。
「もう朝よ。いい加減、目を覚まして」
「うあ、うぅ」
目元を拭う彼の近くに立つ女性はもちろん彼がよく知る人だった。早朝だというのにその服装はすでに白色の長袖に、その上から黒いキャミワンピースで整えている。
「ほら――」
彼は友希那という自分だけの『ママ』に軽く介抱されながらベッドの上で身体を起こした。
「目……」
「目?」
彼のとろけた声に友希那も訊き返す。この寝具の上、彼がひとつ不快に意識することとは自分の右目で、目ヤニかなんなのか、わからないが瞼が上手く開いてくれない。
「仕方ないわね……」
目元について苦労しているとママが頼もしい声を出す。まだベッドの上から動かない彼に向かって身体を前に倒し、長袖の両腕が左右の頬をそれぞれ抱き締め唇が近づいてくる。
「ん……」
やがて彼は朝一番に、まだ開眼前の右瞼へ愛する者からの接吻を受け取った。それは愛を確かめるだとか、ちょっとした恋人の触れ合いというものではなかった。強かな母親が我が儘な男児の世話をする。この接吻にはそういった業務じみた趣向が漂う。両手で彼を支える友希那は真正面から男児の目元を唇で這っている。最初はその輪郭を撫でるような動きだったが次第に唇が開き、眼球の形にぽっこり突き出たその箇所をのものを、頬張るように包んでくれる。
目ヤニなのかなんなのか、それは友希那にだってきっとわからない。しかし母親として、息子の不備な箇所は何としてでも拭いたい。
そのような徹底した勢いで友希那は彼の瞼を隅から隅まで舐めていた。皮膚を唾液でふやかして汚れを溶かし、啜り、満足に仕上がると最後に左目付近にも口づけをしてから立ち上がった。
「お、はよ……」
「おはよう。よく眠れたみたいね。よかったわ」
「うん……」
右目だけねっとり守られては不平等、それ故に左目にも湿り気を与えてくれたわけだが、そんな心遣いが嬉しい。
彼は両目で友希那をみつめて、それからまた欠伸をした。だが何となく、大きな口を開けている瞬間を友希那に視られたくないため下向きに、なるべく素早く終えた。
「着替えの前に、歯磨きをしましょうか」
「うん……」彼は自分で毛布を捲り、ベッドの外へ急ごうとしたところで手を止め友希那を視た。「ねぇママ……」
「何かしら」
「だっこ……」
彼が額を上げたその先で友希那は眉の部分を濁らせる。
ああ可愛い。紫色の美学が薄っすらと歪んでいる。朝からなんて眼福だ。
「抱っこ。ママ抱っこ。はやく……」
普段、日常的な部分でこのように一方的な要求を彼は出さない。それは彼の勝手なこだわりで、解放する時は必ず友希那の意思を汲み取るのだが、今はそんなこと知らない。だって今日はそういう一日だから。そういうことがなんでもかんでも、どんなことでも許される最高の唯一の日、それが今日であり、彼という男児は母親である友希那に対し、当たり前の対応を気兼ねなく求めているだけだった。
そんな状況のなんと幸福なことか。
彼はさっそく満ち足りた心地を体験し、そしてママは、友希那は彼のそういう部分をさらにくすぐってくれる。
「本当に、寝ぼけているのね」
友希那は腕を組み彼をじとりと上から睨んでいる。髪型はそのままで、自由な毛先や肩にかかるいくつかの束がやはり愛おしい。
しかしその表情には打って変わって、ひとつ厳しい色が浮いている。
そしてその質感は、まだベッドに籠城する彼へ向いている。
「私とあなたの身長差で、私が、あなたのことを運べるわけがないわ」
「うう、でも……」
「でも、なんてないわ。無理なものは無理よ」
友希那は厳しく首を軽く振った。彼は「んー……」と口元を食いしばり、鼻の部分から潰れた音を出してみる。男児特有の我が儘の恰好で、すると友希那は腕をほどき、ため息と共に片手を突き出してくる。
「これで我慢してちょうだい」
彼はその、小さな小さな、真白い素手を頼りにようやくベッドから足を降ろした。
彼は友希那に手を引かれて洗面台に向かった。
鏡の中に二人並んで映るように立ち、それから歯磨きを開始した。とはいえ友希那はもう済ませてあるため、歯ブラシを酷使するのは彼だけだった。
歯磨き粉を垂らして口の内部を一周する。眠気が残る彼の手つきには少々隙があり、だが彼は、その眠気が故にそれを自覚できていなかった。
「貸して」
何か中途半端なまま歯磨きを終えようとしている彼の手を止め、友希那は彼の口を覗き込む。
彼の指から歯ブラシを抜き取る友希那はそれから彼に身体の向きを変えるよう指示した。
彼はもちろんそれに従った。二人で共に鏡に向かっていた体勢からくるりと九十度、右方向に肩を揺らすと友希那と目と目が合う。
ああ、こうしてただ向かい合うだけでも、友希那の細身がよく窺える。彼の輪郭が落とす影、その黒色にすっぽりと収まるほど狭くって、また背丈に関しても、薄紫の頭頂部が胸板の位置にようやく差し掛かる程度で終わってしまう。
「じっとしているのよ……」
そんな友希那が、今日はママの役割を担い、今まさに歯磨きをしてくれる。
自分より背の高い、体躯の大きい異性について男児だと認め、守らなければ、世話をしなければと意識を途絶えない。
彼はただ直立のまま口を半開きにして内部を友希那に任せている。きっと寝起きで、口腔内部の乾燥した環境はひと筋縄ではいかないだろう。しかし友希那はそんな険しさなどひとつも顔に映さぬまま男の暗い奥底に取り掛かる。高い位置の棚からものを引っ張り出すように、身体そのものを少し斜め上に引き伸ばして覗き込む。左手を彼の頬に添え、右手で持つ歯ブラシを彼の中で繊細に揺らしている。
それは自分で行うものとはやはり違うものだった。
何か、優しい。
やはり、それが自分の口腔ではないことによる遠慮なのか、それとももっと単純に、他者に歯磨きをするという慣れない行為のせいなのか、友希那が差し込み、歯列に触れるこのブラシには最低限の力しかない。その、歯の一本一本を真剣に撫でてくれるような、けれどちょっとした、そよ風程度の力が細かく全体に広がって、間もなくブラシは口から去ってゆく。
それから友希那は何も喋らずコップを手に取り彼に渡した。彼はそれを両手で受け取り少量の水を含んだ。
「しっかり濯ぐのよ」
「んん!」
「真面目にやって」
「んー」
彼は軽く頷きながら冷水を口で一周させて洗面台に向かった。冷水を吐き、また持ち上がると友希那を視た。
「みせて」
短く命じられて彼は開口した。すぐに友希那の両手が伸び頬を左右から掴まれる。どこかへ逃げてしまわないように、動かないように、という意図なのだろうがその素手は少々力んでおり、そうした少し強引な部分に真の母親らしさを彼は感じ、じっと佇んだ。
軽く前に、首そのものを引き出されて友希那の顔も近づいて、彼は口腔内部を観察される。
「磨き残しは、ないみたいね」
鼻より近い位置に真剣な眼差しが迫っている。友希那はその位置で軽く首をひねり、様々な角度から彼の口腔内部を視た。奥の喉の様子さえ観察しているような時間が数秒過ぎ、それから頬の熱が去った。
「いいわ。よく磨けている。……それじゃあ、朝食にしましょう」
友希那は自ら彼の右手を取り、引きながらリビングに歩いた。
彼はその、優しく揺れる長髪と香るにおいを追った。
今日の彼は友希那をママとする正真正銘の男児だった。
そして男児の朝食、というより食事といえばそれは哺乳瓶に入れられたミルクしかありえない。さらにそのミルクの出どころについてだって、男児が勝手に用意するなんてありえない。ママ、つまり友希那がもちろん全て用意してくれる。
「少し、待っていてちょうだい。すぐにできるから」
普段、何か奥ゆかしいというか、余裕のある友希那であってもキッチンに立てば忙しなく動く。
キッチンという特別な空間には魔法が施されている。母親という役割を背負った以上、歌姫だとかプロ音楽家などという身分は通用せず、ただ友希那は、我が子のために素早く無駄なく、しかし愛情たっぷりに仕事を続けることが使命になる。
「楽しみだな……」
なんて彼は、呟いてみる。それで友希那の所作が急くことはなく、母親はただ淡々と、粉を哺乳瓶に居れたり熱湯を注いだり作業を続けている。友希那の背、というより、動きに合わせて大きくうねる長い髪のことを彼はリビングの位置から眺めていた。
彼は今、リビングの床で朝食完成を待っている。
この床には、普段予備として管理している布団を二枚、きっちり並べて敷いてある。
それは今日という一日における彼の特等席で、状況に応じてすぐさま友希那が寄り添うことができるように、という理由で二枚をわざわざ引っ張り出した。
現在時刻はすでに十時を過ぎており、彼は布団の上に居る。目元を遠く、キッチンに向けるとそこに友希那の後ろ姿がある。彼はそれを目で追い、また股間もそこに賛成してくる。
このリビングは広かった。ソファーと、それに応じた低いテーブル、テレビが設置されているだけではなく、食事のためのダイニングテーブルも向こうに揃えてある。
彼の布団は今回、ソファーを少し移動させて造った場に敷いたものであり全ての移動は彼が前日に行った。
ママという役割を真剣に演じてほしい。けれどよくあるママのように甘やかすのではなく、性格はあくまで湊友希那そのままがいい。
「ありのままでママだなんて……」
彼は胸中で呟いて少しほほ笑んだ。そして目元をまた友希那に戻す。ちょうど瓶の蓋、やがて彼が口を触れさせるであろう重要な箇所がついに、瓶そのものに被さったことを視る。
彼は、この友希那を本当に一日、自分の専属にできることを想う。
普段、たとえば昨日だとしたら、今の十時という時間だと友希那はもう家に居ない。音楽事務所か収録の現場か、とにかく仕事のほうに向かって家には彼だけになる。その瞬間に彼は、この広い家が空洞になってしまったことを背中で知る。
だが今日は異なっている。
彼はそういう事実を、今日を意識するだけで口角がぬちゃりと上擦ることを意識する。
普段、友希那が家を出る時間を過ぎても友希那は目の前に居る。こうして彼に対し尻を振り、毛先をみせつけ、彼のためのミルクを組み立てている。
彼はそこに満足と、それから安心を得ていた。本当に一日、一緒に過ごせるのだなと幸福に感じていた。またこの僅かな時間が、愛おしく切なく感じることもあった。
それから友希那は完成した哺乳瓶を持って彼に向かった。布団に座ると彼もすぐさま移動し、その太腿に顔を預けて脱力した。上向くと、友希那は哺乳瓶を彼から遠ざける。
「まだよ。人肌にまで、冷まさないと」
それでもと駄々をこねてみると友希那の右腕が胸元まで降りてきて、その人差し指が男児の大きな口元に差し込まれてゆく。
「ごぼしたりすると危ないの。手持ち無沙汰なら、私の指を舐めていていいから」
彼は両手で友希那の右手を握り、緩く伸びる人差し指をもちろん咥え込んだ。ああその途端、彼の急いていた気性の部分に一斉に安らぎに満ちてゆく。
「いい子ね……」
さらに友希那の落ち着いた声も手伝って、彼はすっかりその太腿の上という位置に馴染んでゆく。なんとも収まりがいい心地で、口元、友希那の指もより深く咥え込んで啜ってみる。唇を窄め、窮屈な口腔内、舌の上で指の形だけがくっきり浮き彫りになる。
そうして頭上、哺乳瓶を睨む友希那の独り言が流れてくる。「少し、熱いわね……」と呟き、それから「まだかしら……」と囁いて調節を繰り返す。「これは、微妙ね……」と目元を細めている。妙に凝って、真剣そうに調節するそのやり方が友希那らしくて愛らしく、そうした様子を彼は舌先で応援してみる。
やがて数度の調節を終えた友希那はその顔に満足げなものを浮かばせて彼を視る。
「出来たわよ」
同時に口から友希那の指が抜けてゆく。ちゅぽり、と音を鳴らしたその後に彼は哺乳瓶を視る。瓶を持つ友希那はまず彼に与えるのではなく自らの口に差し込んでいた。ちゅう、と彼に教えるようにひとつ吸って、それから瓶を離すと何やら頬が膨らんでいる。
「ん、ん……」
どうやら友希那は、この出来立てのミルクを一度、自分の口で安全かどうか、確かめる意味も含めて味見しているらしい。
友希那の口腔に保たれたミルクは当然友希那の要領で廻される。きっとそこには唾液が多大に混ざり、また熱気が練り込まれてゆく。そうして数秒、念には念を、という具合で何度も混ぜ込んだ後、ついに友希那は彼へ目元で合図を送る。彼は顎先を友希那に差し出した。すぐに友希那が口で向かってきてくれる。母親の太腿に寝そべる男児、体勢を変えぬまま、ただ友希那だけが身体を折りたたむように下ってくる。
そうして二人、重なるように口づけをして、繋がった口腔にてミルクがやり取りされる。
彼にミルクを任せ、それから友希那は毛先を引き連れ顔を上げた。まるで夜明けのように陽光が差して彼はミルクを嚥下した。何か感想を述べる間もなく次に哺乳瓶が差し出され、彼はそこに飛びついた。
「ほら、召し上がれ」
いかにも幼児を気遣っているようなゴム製のそれはしかし成人男性に当てられる。
最初に一度、友希那が口に含んでいるため、彼女の体温で濡れている。そのため彼でも安全に咥えることができる。さらに瓶そのものは友希那が片手で保持し、彼はそこに吸い付くだけでいい。ただ、この特殊な先端は彼自身が積極的に吸引の運動をしなければ上手く中身が流れてこない。
「哺乳瓶での食事なんて、はじめて視たけれど……」口元を揺らすように動き、それを続ける彼を友希那は覗き込む。「ずっと吸い付いているものなのね」
そうしないと飲めないから、と彼は一瞬だけ口を離して説明してみる。
そういうものなのね、と友希那は顎を引き、懐の中の彼をみつめている。彼は哺乳瓶に口を戻した。友希那の視線は変わらず続く。なんだか、このまま永遠にミルクを飲み、このまま永遠に友希那から視線を貰い、このまま永遠に陽光を浴び、それから二人、眠るように溶けてみたい。
そういうことがしてみたい、というより、このぬるい情景はそういう現象さえ、なんだか事実として許してくれそうだ、なんて彼は考える。
そしてミルクの味を楽しんでいるのだが、彼は視線の部分でも、またひとつ楽しみをみつけていた。
この太腿の位置から友希那を見上げると、流石に無視できない絶景と目が合う。
まず、友希那の顔がある。太腿を許しているため当然その表情も緩んでおり、また現在の友希那ママであるため、頬や目元に優しい色香が付属している。他のどんな近しい場所でもない、最も密接した、友希那という人の懐の位置に彼は顔を伸ばし、友希那もまた、やってきた彼を寵愛してくれる。
そういう表情がただ一人、彼にのみ向き、それでも一緒に居てくれる。
しかし、それだけではない。彼から視て、手前の位置、友希那の顔より近い位置、鼻先の、すぐ近くに聳える友希那の膨らみがやっぱり愛おしい。
彼は真っ当な男として、まるでクラスのあの子に遠くから想いを馳せるみたいに友希那の胸元をいくつも考える。
友希那の胸は一般的によく語られる巨乳の部類には及んでいないが、その部分に全くの膨らみがないというものでもない。身体を見渡した時、そこばかりが気になることはないのだが、よく注視してみると普通ではないものが二つ、しっかり備えられている。
首元から続くなめらかな形から、それのちょっとした延長という様子で突き出して、けれど、それほど大きく弧を描かかぬまま終わる。
身体における特徴になっていない程度の膨らみ、ぎりぎり手に余らない、掴めば、全て掌握し堪能できる範疇の乳房、この、服装の形を変に崩さない程度のこの膨らみこそが彼にとって好ましく、またきっと、友希那としても扱いやすいのだな、なんて勝手に考える。
彼は、首を軽く垂らす友希那の肩から長髪が落下し、新しい影が実ることを眺めていた。薄紫、その長いものだけが重力に対し素直で、友希那の表情も奥まって視える。
なんだか、覗き込みたくなってくる。
実際にそうすると、向こうからも男の顔が遠くに視えているのか、表情の中にとろとろと、暮れのようなものがある。
「ふふ……」
友希那の右手が持ち上がり、その中の小指が彼の頬に触れる。それは撫でられているというよりは、むしろ指先にある温かいものを、気まぐれで我が子にも分け与えてくれているようなそういう動きで、けれど彼の頬には、別に優しいハンドクリームは塗られていなかった。
んえ、と彼は哺乳瓶を咥えたまま訊ねてみる。後頭部はすっかり歌姫の膝元に定住しその母親を見上げている。友希那は、人差し指に加えて薬指も持ち出し彼を擦る。
「なんだか、必死に吸い付くあなたが少しおかしくて……」
彼は朗らかに白状する友希那をみつめてヂュウヂュウとミルクを啜っていた。
「あなたさえよければ、もう少し、飲み終わるまで、みつめていてもいいかしら」
もちろん……。
彼が口で話さず、首肯でそのように応えると友希那は、一瞬だけ目元を強張らせ、それから右腕が、彼の中のもうひとつの赤子にそろそろと伸びてゆく。
全体ではなく一部分だけ、最も極まって最も弱々しい、先端部分をママは躊躇いなく狙い当て、そこを複数の指先で擦ってくれる。
「飲み終わったらここ、しっかり処理してあげるから。今は、お腹を満たすことに集中して」
少しだけ上に位置し、けれどけっして、遠いわけではないところで笑みを咲かせてみせてくれる。そんな友希那の余裕のある目元が、口ぶりが愛おしい。
空になった哺乳瓶をテーブルに置くとその途端に二人はただの親子ではなくなる。
何か周囲さえ静まり、二人の間に男女の香りが通う。言葉を交わすことはなく、まず友希那が脱衣を開始する。
この布団の上、胡坐を造る男に対し友希那は股を閉じたまま安全に、星座の形で存在している。何か寝具に埋まっているような様相にある尻の部分から、細く肢体が伸びて造られており、またそこには衣類がある。白色の長袖に黒色のキャミワンピース、けれど友希那はそれを捲り取り、やがて肌色は披露されてゆく。
彼はこの、友希那が上半身をはだけさせる瞬間が好きだった。
衣類を両手でぎゅっと握り、腕そのものが持ち上がる。すると全裸が視えてくるのだが、その様相は必ず少し上擦っている。
それは腕の動きが影響しているのだと彼は考察していた。着ていた服を上に追いやって脱衣をするため、身体そのものがその方向に軽く伸び、またそうなると、痩せている友希那の胴体に骨格らしき形が薄っすら香る。
そんな様相はたった一瞬で、だが男とはいつでも、女子のその数秒を見逃すまいと構えているし、あらゆる場面で訓練を重ねている。
「そ、そんなにじっと視られると、流石に恥ずかしいのだけれど……」
そんなことをいわれたところで男は止まらない。むしろ視線をより高ぶらせ、彼は友希那の胸元に手を寄せてしまう。
今、服を脱いだ友希那の胸元にはブラジャーがある。
それはあの日、身勝手にも持ち出して楽しんだものと同じもの、黒色の花柄で、素手を添えるとシャツやワンピース、またショーツとも異なる質感と出会うことになる。
「美しい……」
やはり男を引き寄せ、男を魅了する真の衣類、彼はそういう外見を楽しむと同時に、ぜひその向こう側の様子を知りたくなってしまう。これはどうしようもない男のサガというもので、けれど慎重にならなければならない。
「脱ぐわ」
「いいや、まだこのままで」
「こ、このままでいいの?」
「ああ――」
彼は口元を緩め、友希那の乳房に顔面で向かった。顔、そのもので突撃している様相で友希那は少し揺らめくが、すかさず彼は両手を取り出し、友希那の肩の部分を握る。胸元、鼻先が触れてくすぐったいのか、友希那は身体を狭めて時おり、「んっ……」だとか「あっ……」と声を散らす。しかし彼だって止まらない。頬そのものを友希那に預け、薔薇の花びらを散らしてゆく。
「ああ、駄目……」
などと声色が、より威厳ある歌姫から遠ざかったところで彼は額を上げ、「恥ずかしい?」と訊ねてみる。
友希那は視線を逸らし、その先で頬さえ赤色に染める。
「普通、視えていないものだから……」
「でも、素敵だよ」
彼は本意から出た言葉をそのまま友希那に預けてみた。
「やっぱり、私が脱ぐわ」
「どうして?」
彼がまた訊ねると、その弱弱しい視線がようやく彼と出会う。
「どうしてって、だって今日は、私があなたのママなのよ……?」
萎んでゆく語気にほほ笑ましく思いつつ、けれど彼は宣言する。
「やんちゃな子は、ママの下着に興味がある」
「ちょっと――」
彼は呟いて乳房に戻った。まず頬で柔肉に向かっていくつか波を送り、それから肩の部分に添えた両手がするすると、友希那の細い背に向かう。
女体を匿うように捕らえるとその背面、次に指先が、ブラジャー金具を慣れた動きでパチンとほどいて、すると衣類がラクになり、胸元、彼はまた頬を揺らす。
「ああ……」
散りゆく薔薇に別れを告げて、彼は次に白桃に出会う。
ああ、やはりこの柔らかさは頬で回収ができる。
先ほど、食事中に眺めた山脈の正体を頬で撫ぜて感じる。そうして数回潜った後、彼はまた額を上げた。
「それで、これからどうす――」
「ママァ!」
友希那もまた顔を上げた瞬間、彼はそこに駆け込んでゆく。
んぶっ、という詰まった声と異なって、友希那は突き出された男児の口を受け止め、保ってくれている。二人は互いを圧し、揉み合いながらしっとり重なり、彼は友希那の唇で溺れるようなキスをする。だがその体勢もすぐに終わって、彼は友希那の左頬に口を差す。
「んっ、ん、友希那……」
「ちょっと……」
この真白い布団の上、押し倒された友希那へ彼が抱き着いて、それで唇で、柔らかい頬を執拗に這う。何度か、まさしく口づけという音を散らして少しずつ下って顎の輪郭を、それから首に至る。
「ちよっと、そんなところ、舐めないでっ……」
いいや、息子は母親の全てを知りたい。
「ママ……」
少し、しょっぱい。彼は唾液まみれの舌を垂らして友希那の首筋を舐めていた。汗の酸味が強いのだが、そこに女性らしい甘味もあり、そんな配合が男を夢中にさせる。
股間だってもう我慢が限界のところにある。
友希那の肩の部分を握り締め、友希那の首元を啜る彼はその中で、下着姿の母親に股間を擦り落とし細かく震えている。
「駄目っ……」
頭上から甘酸っぱい声が流れてくる。彼は鼻先をそちらに向け、より強く友希那へ流れる。
今、友希那という若い母親は布団の背を落としているのだが、特徴的な長い髪型も同時に周囲にぱさりと散っており、彼はその薄紫色の上にも、肌色の上にも肩幅で影を描く。
もう、我慢ができない。彼はいそいそとズボンに手をかけ、足で追いやると腰を落とした。友希那との距離が真に狭まり、彼女もまた下着を取り除いてくれる。
「友希那……」
彼女の胸元から欲しがりな目元を送ってみると、母親は背を擦ってくれる。それがひとつの合図というか、許諾で、この瞬間に彼は己そのもので友希那を貫いてみせた。
この布団の上、披露されている女は震え、そこに男が合流して混ざり合う。
だがそれは男が女へはねじ込んだ、だとか、押し拓いた、ということではなかった。彼は友希那に捕らえられている。なんだか、虐げたいという欲を持って友希那の内部に進入したのだが、友希那は他の何も許さぬほど、強い完成度で雄に密着してくる。しかし今、友希那の上を取り力強く入り込んだのは彼で、その熱が、友希那の内部を激しく犯すこともまた事実、二人は、互いに身を寄せ合うことになる。
「友希那、友希那……」
友希那に被さると彼は、子どもになった気持ちを前面に押し出してみる。乙女を確かに射止めたことが体感として伝わってくる。友希那もまた彼について、母親になった心地で抱き留めてくれる。
そんな関係性、というよりやり取りが、彼としては喜ばしい。
「いいわよ……」
若い恋人をママとし、そこに大きく突っ伏し、さらに奥の部分を突き崩す。細い飛沫が友希那へ上がり、また男を包む膣も何か窮屈に高揚する。二人で共に、揉み合いながら頂点へ駆け抜け、やがてまどろみへ落下する。
その一連の移ろいを彼は陰茎で、友希那は膣で体験し、互いの様子を熱気で確かめる。
最初に身体を持ち上げたのは彼で、下部を視てみるとそこに薔薇園を見出す。
一度、絶頂を受けた友希那の頬には甘い脂が浮いている。乱れた長髪にも湿り気が混ざり、肌色にまた別の色を起こしている。
「可愛い……」
彼はそんな友希那の首元に口を添え、その消耗した起伏に添って舐めてみる。やはり、肌色は少しだけしょっぱい。汗の味が最初に触れ、それでも何か啜るように求めると、奥から女の味が出迎えてくれる。
そんな様子に安心感さえ意識して、彼は友希那に呟く。
「ママ、可愛いよ……」
彼はあくまで息子という立場からこの歌姫を口説いてみる。
「可愛い。ママ、ママ可愛い」
「や、やめて……」
友希那から視て左側、頬の部分で囁いてみると友希那は首を揺らした。懸命に否定しているというか、何か逃れようとしている態度はさらに男を盛り上げるだけ。
「友希那、可愛いよ」
「もう……」
そんな色香は、彼の股間にさらに新しい意欲をもたらすことになる。母親の奥まった箇所に隠された男性は硬さを発揮し、自ら母の守りを穿つ。まさしく暴走であり、この坊やは一心不乱、下敷きの友希那に夢中になる。
男女として繋がる度、友希那は異なる姿を披露する。
それはお互いの調子や体位などで左右されることなのだが、そこに、いつか経験した日と同じ光景、というものは存在しない。
繋がる度、繋がる度に別の色、別の味、別の顔を友希那は造り、彼はそこに魅力をみつける。
どんな態度の友希那も愛らしい。友希那に惚れこんでいるからこそ彼はそのように思うのかもしれない。いいやそうでなくとも、この歌姫はどんな情景も感情も、我が物に着こなすことがきっとできる。
そうして毎回、違う花弁をベッドへ散らし、雄を滾らせ、また彼も雌として盛り上がる。結合する男女は互いを高めて最終のところまで到達し、二人で揃って落ちてゆく。
ああこれは、ライブと一緒ではないか。
音楽的な技術に、それだけでは予測できない熱狂、観客と演奏者の感情が重なり合い、混ざり合い、その場だけの大団円が発現する。
ただライブと性行為において異なる部分とは、その情熱的な取り組みに大勢があるのか、それとも男女だけなのか、というところで、後者の場合とは至極特別な境地になる。
つまり、許しがなければならない。
男が選び、女が許す。そうして二人の意識が統合され、次なる次元へ身を進める。そこには喜びがあり、安心があり、何より快感がある。
「好きだよ、友希那」
「ええ。……よく知っているわ」
身体を友希那へ押し付けている。乳房と胸板がびっしり逢っている。けれどそんな彼の下半身、その腰部分だけが激しく上下に駆動し続ける。いいややっぱり、そんな独裁も短期間で、彼はまたすぐに母性に、友希那に埋もれることになる。
性行為とライブ、この二つはよく似ている。けれど、そんなことを友希那が聞けば、きっと気まずい顔をする。彼としては、そういう友希那も愛でることができるなと、自信をいくらでも持ち直せるのだが、ライブと濡れ事を同一に語ってみせるなんて、それは友希那にとって行き過ぎた冒涜だと思うし、確かに酷だなとも思う。
「ううっ……!」
まるで泣きつくかのように、彼は頭部を友希那の胸元に差し出している。友希那の両手が持ち上がり、男の背と頭部をそれぞれ守ってくれている。
こうして収容され、彼はその中でまた果てる。互いの動きが緩やかに集結し、後には痺れた熱のみが引く。
そうして汗を混ぜ合った後、彼は少しだけ友希那の内側でまどろんだ。
体力を使い果たし、もうどうすることもできなかった。身体を預けることは友希那にとって負担になるかと危惧したが、それでも腰を退かすことはできない。また友希那も、彼のことを抱擁で受け入れてくれている。
彼が動きを止めてから、友希那は彼の背を撫でている。汗ばんだ背の上の、彼も知らない不思議な砂をかき寄せるような友希那の動きが続き、するとふと、彼は自らの身体に力が戻ってゆくことを意識する。
そうして彼は頬を友希那の肌に預けたまま、その中で現状について考えた。
友希那に『ママ』としての役割を預けることを提示したのはもちろん彼で友希那は寛容だった。
完全に男を赤ちゃん扱いするのではなく、基本的には友希那のまま、しかしその心意気は、本当に男児を世話しているようなものにしてほしい。
そんな難解なシチュエーションを友希那は快諾し、こうして演じてくれている。今のところそれは完璧で、さらに彼として嬉しいこととは、そういう演技をしつつ、いつものように股の部分も許してくれているということ。
朝から、友希那とできるだなんて……。
友希那が母親として、僕の懐に降りてきてくれる、そういう部分に僕だって惹かれて、何より嬉しい。感謝を得ずにはいられない。
「あの、友希那……」
そうして顔を上げてみるともちろん友希那と目が合う。なんだか恥ずかしかったのは、今まで、友希那の乳房の上でまどろんでいたその様子をどうやらじっと観察されていたということ。
「あの、ありがとうね。いろいろ……」
「それを言うのは、まだはやいわ」
友希那の右手が背から流れ、彼は頬を助けられる。
「今日一日は、まだはじまったばかりよ。私はあなたのママになる。一度やると決めたのだから、徹底的にママになってあげる。覚悟して」
なんとも寛容な態度、彼は頬の中で、嬉しく頷くだけだった。
一日赤ちゃんチャレンジ、というふざけた文言に友希那は別に驚かなかった。
その内容とは文言の通りで、一日ずっと母親代わりをしてほしいというものだった。
母親、というより『ママ』とは性的な意味も含まれており、日中に発生するあらゆる出来事をママに一任し、世話だけをされていたい。彼はそのように自分の性癖を堂々と友希那へ説明し、友希那はそれを比較的簡単に受け入れていた。彼が母親代わりの役回りを求めることは今までも稀にあったし、それが一日という時間に延長されたところで動揺はなかった。一日を彼のママとして過ごすのだからあらゆる世話をしなければならない。そんなことも当然友希那は理解していたし、ママという役割に性的な意味が付随することもまた当たり前のことだと解釈した。
「これ、洗っておくわ」
「うん。あ、ありがと」
「ええ」
朝食後の戯れを終えて友希那は母親に戻った。早朝から着ていたワンピースではなく、新たに動きやすいシャツとデニムの長いものを着て食器洗いに務める。
流し台に瓶を置いて蛇口をひねり、冷水を出す。一度手放した哺乳瓶を取り上げ、分解して部品ひとつひとつを丁寧に、冷水で洗ってゆく。
普段、食事の作成や食器の清掃は彼の担当で、というより家事全般が彼の担当だった。故に友希那は正直なところ、こうしてキッチンに立ち何かを清掃することに慣れていない。今も、この哺乳瓶の洗い方について明快な自信がない。間違っていることはないだろうが、今より効率的な手段はないのだろうか、などと、知識もないのに考えてしまう。
それでも瓶程度ならすぐに清掃が終了し、友希那は拭いた後に棚に戻した。素手も清掃すると流し台の水けを取り、それから彼の、手間のかかる坊やの元に歩いて戻った。
「あら……」
布団の数歩前の位置で友希那は立ち尽くした。
先ほど、友希那が空の瓶を手に持つ瞬間の彼は布団の上で身体を起こしていた。性行為における消耗がまだまだ残り、身体には気怠いものが漂っていると話す。友希那はそんな彼の頬に口を落としてキッチンに向かったが、そうして戻ってきてみると今度、彼は仰向けに寝転んでいる。
先ほどの行為の時、友希那が背を落としていた箇所に今度は彼が身を落とし、だが竿のみが、上向きに張っている。
彼自身がどれだけ幼くなったとしても、この部分だけは変わらずに逞しい。
「あなた……」
布団に入り、膝をつく友希那の視線は彼の先端に夢中だった。彼はただ口元に悪戯っぽい笑みを浮かべている。
友希那という母親が、それほど間を置かず再び勃起した竿を前にどう動くのか。
この狡猾な男児はそうして友希那を試している。
「まったく……」
股という部位とは人などに意識的に開示する場所ではない。それについて議論することさえ異端だと友希那は思う。そこを晒すこととはおかしなことであり、何か人体において奥まった印象を持ち、意識を逸らすべきタブーのように思えてしまう。
だが目の前、彼は、友希那のそういった価値観を考慮したうえで己の秘部を披露している。男子、というより破廉恥な餓鬼のように、恥ずかしげもなくみせつけている。
猫が、信頼の証として腹をみせてくれるみたいに、彼も、友希那に向かって竿をみせつけている。雄のまま上向き、それで好みの女、つまり友希那の介抱を待っている。
「本当に、仕方のない人ね……」
「えへへ……」
友希那は布団に腰を下ろしたまま寄り添うように彼を握った。びくびくと震えている。それは根本から通う大きな痙攣で、敏感に育った彼の亀頭は友希那の素手の中、友希那に対してアピールを続けている。友希那は彼をみつめて素手を動かした。上下、上下と揺らしてみるとその輪郭が、何か洗練されてゆくように硬く上擦る。竿の形も、その熱も素手の中でどくどくはっきり活発で、友希那はその輪郭を五指で擦ってやる。
先ほど、友希那は彼が介抱を待っていると考えたがそれは具体的にはおそらく違う。この彼は注文している。己の雄を正当に用意し雌に示し、内側に入れとひとつ命じている。
また、屹立する竿の前で友希那が注目した箇所とは彼の恰好だった。
現在、彼は布団の上で仰向けになっている。股間を披露しているのだが、その体勢もまた卑猥に仕上がっている。特に下半身、股間を中心に左右に開けられた足はそれぞれ膝関節でかくんと曲がっている。
「この体勢、あなたが考えたの?」
訊かずにはいられない。友希那は彼を右手で握ったまま視線をするりと伸ばしてみる。対する彼は体勢をほぼ変えぬまま「そうだよ」と呟き、「ママのこと、驚かせたくて……」などと頬を赤くする。
そういう彼の体勢について、友希那はまるで蛙のようだとすぐに想起していた。
いつ視たのか知らないが、いつの間にか脳裡にある蛙のよくあるあの足の形、その光景と今、目の前で広がる彼の両足の形が見事に一致し、だが彼のほうはその中心で、びくびくと震えるものが向かってくる。
友希那は竿を軽く揉み、また彼の様子を視た。にやけ顔がさらに歪み、時おり腰を上擦らせてくる。握り続けるには少し邪魔だったため、「動かないで」と律してみるとさらにさらに笑顔が咲く。
友希那は右の長髪を耳に流してまた意識する。
どんな体勢が最も卑猥か、身体のどこを、どのように曲げてどのように張っておくか、という複雑な試行錯誤の末にこの体勢に決定し、彼は嬉々として母親の帰りを待っていた。
「それにこの位置、さっき、私が仰向けになった位置だわ」
囁き声で推理をすると、すかさず犯人が補足する。
「ママの寝汗、じゃないけど、汗がほしくて……」
「あなた、どこまでも特殊な趣味をしているのね……」
変態、という言葉が思い浮かんで、またすぐに、今さらね、なんて自分で自分に苦笑する。
「本当に、赤ちゃんみたいだわ」
母親を驚かせたいから、その理由ひとつで思考を極限まで加速させ、短時間で、最大の応えをその身に造る。その労力は普段の彼にも通ずるところがあるが、それで実現している体勢がこれほど卑猥だとため息も漏れる。
しかしそういう態度こそ、彼からするとご褒美に映る。彼と長い付き合いの友希那はもちろん、そんなことだって全て理解しており、それで竿をしごいていると、彼の顎がさらに持ち上がる。
「ね、どうだった? 驚いた?」
「そうね……」友希那は口元を緩くし、布団の上に広がる彼を見渡した。「びっくりしたわ」
「やった……!」
途端に彼は口元を、胸元を踊らせて目元が歪む。それでも友希那は手淫を続け、その中でふと、フフフとほほ笑んだ。
だって、哺乳瓶洗いをする音を聞き、それを終え、ひとつ仕事後の息を置きながらこの場に戻り、それから奇妙な体勢に驚く、などという光景を母親に期待した彼のことを脳裡で思い描いてみると流石に、この手淫にだって悪戯が浮く。
友希那はまず竿の根本を一周し、その後に先端を覆った。揉むように激しく動いてみると彼は喘ぎ、だが射精などさせない。
この健気で、けれど少し滑稽な竿を、ひとまず泣かせたい。
友希那はそのように画策し、彼の顔色をみつめながら五指を進めた。
「ええ、その件は、問題ないはずよ」
ソファーに座る友希那はテーブルの上のスマートフォンで応対を続けている。
「それで、次の楽曲についてなのだけれど……」
彼はそんな友希那の太腿の上、つまり膝枕を堪能しながら、それで自分の頭上、友希那のことを仰いでいた。
「そうね、来月までには……」
仕事、つまり音楽家として他に対応する友希那というものについても、彼は当然好んでいる。
その際の友希那には可愛げというより美しさが宿る。なんだか顔立ちが精悍で、目元に鋭い光が浮かぶ。彼からすると、そうした友希那とは少々珍しく、身近ではないような感覚になる。
別人、というほどではないのだが、それでも音楽家モードの友希那はなんだか手厳しいような気がして、ああけれど、そんな鋭利な湿度も愛おしくって……。
太腿の上、寝そべりながら恋人の仕事と私生活のギャップについて想う彼の、その脳裡など少しも知らずに友希那は仕事の通話を続けている。
「ええ。ええ。そうね、あなたがそうしたいのなら、ええ、そうしましょう」
回答をする度、友希那は声と共に軽く目元を動かしている。その動きはまず長い髪型に詳しく反映されている。長い、長い薄紫は肩に垂れていたり、胸元に流れていたり、胴や、背の形に添って落ち着いている。余裕のある様相で、ところどころにたるみが生まれることもあるのだが、だからこそ友希那の、ちょっとの顎の動きや腕の所作で簡単に跳ね上がり、歪み、けれどそういう様子だって、美しい歪みとして発現している。
美しさで名を馳せる海は世界にいくつ存在している。そういう海面に発生する波もまた美しいと喜ばれる。しかし彼は、この友希那の長髪が弾く可愛い揺れ動きに勝る波など、この世のどこにもないのだな、と友希那の懐の中で最初に確信できる。
「そうね。ええ。ふふ。相変わらずね……」
友希那がひとつ笑っている。彼はそれを下の位置から眺めるだけだった。
現在、確かに友希那の意識は彼にはない。太腿の部分を彼へ許し、そこを解放しているのだが、それは母親として構っているわけではない。意識はむしろテーブルの上、スマートフォンによる通話相手に向いており、そこでは重要な会議が行われている。
彼は、別に音楽に詳しくないし、そもそも何か人と議論することなんて苦手だった。
故に今、友希那が具体的にどんな状況にあるのかなんて推測不可能なのだが、そうした仕事中であっても友希那の右手は彼の口元にあり、指を自由にしてもいい。
現在、リビングのソファーの上で彼は友希那の太腿に仰向けにある。友希那はスマートフォンを通じて会議をしているが、その右手は彼の胸元に設置され、彼は手を取り、一方的に口元へ運んで嗜んでいる。
「ええ、確かそうだったと思うけれど。気になるかしら?」
両手で友希那の手を握り口に運んでみる。友希那からの抵抗などなく、まずは人差し指が唇に触れる。指の腹の部分に接吻をすると今度、友希那の素手が優しく立ち上がり、次に頭上、友希那の目元が一瞬だけこちらを視認する。
それから親指だけが特徴的に動き、その指の腹が彼の唇を撫ぜる。下唇を通過して頬に至り、友希那は撫ぜるように指で彼の輪郭を確かめる。それから、目元を覆うように撫ぜ、額にさえ手をかけてゆくとまた彼の手元に戻り、自由にしていいもと合図する。
会議に集中しているそのすぐ下、会議という真剣な場には露呈しない部分で、友希那はこちらに構ってくれている。
「大丈夫よ。まだ時間はあるはずだから」
友希那の太腿の上、彼はその真っ直ぐ自分を視ていない歌姫の目元をみつめながら人差し指を口に含んだ。口腔内で舌先を駆使し、指の形を撫ぜてみる。友希那も軽くだが内部で動き、頬を内側から撫ぜられる。
「そうね。ええ、私も確認してみるわ」
それから友希那は何か身体を起こした。座ったまま上体を少し前に進め、スマートフォンに左手を伸ばした。どうやら画面での操作があるらしく、いくつかタップとスワイプをする。彼は少し狭まった陣地の中で、友希那の人差し指をくっぷり全部頬張ってみる。
「あったわ。これね……」
左手のみで操作を終えた友希那は体勢を戻した。さらにそれと同時に左手が、基地に戻る飛行機のように彼の頭部にやってくる。
「そちらも確認できたようね。よかったわ」
友希那は左手で彼を撫でながら応対を続けている。彼は右手をより深く握り、人差し指から中指へ、中指から薬指、小指まで順番に舐めてみた。口から戻る指は当然男の唾液でぬめめっており、また表面は光沢を得ている。
天井の照明を受けて友希那の素手はぬるぬる目立っている。彼は己の成果物を確認するようにその様子をまじまじと視るが、そうしているとその右手は動きはじめた。それは友希那が意図して行う動きであり、彼は顎先を上げて友希那を視た。
「ええ。そのように聞いているけれど……」
友希那の視線はまだスマートフォンにあり、その視界には彼など少しも入っていない。
それでも友希那は彼に対して指を動かしている。表面に付着した唾液をこねるようにいくつか遊び、また左手は彼の頭部を周回している。それは明確に彼を撫ぜるというより何気なく動いているだけ、その動きに偶然、彼の頭部が触れているだけ、という程度のものだった。しかしそれがよかった。若干片手間で男を相手し、本意としては別のところにある、それはたとえば友人との会話かもしれないし、仕事の話かもしれない。彼としては、顔では真剣な決定や仕事として何か頼むすぐ下で、結局しっかり異性と楽しんでいる、という状況が楽しいし、居心地がいい。
彼は友希那の手のひらを両手で握り、また指を舐めていった。今度は指と指の間、水かきのようになっている箇所にも舌を侵食させた。指と指の間という狭い箇所にはどうにも汗などが溜まっている。また彼は指以外の箇所も舐めた。たとえば指の第三関節、手の甲全体を見渡すと、少しぼこっと、骨格が窺える箇所を舌で撫ぜてみる。また、手の甲そのものについても、指から続く骨の形を追うように表面を舐めてみる。控えめな色白の肌に唾液が次々と垂れてゆく。たとえば親指の箇所から垂れる大きな唾液はそのまま手首に下り、裾に吸収されて終了した。
そんな洪水のような様子が素手全体で発生している。
彼が友希那の素手の全てを舐め尽くした後、素手は自ら浮かび上がる。
頭部にあった左手も離れ、どこに向かうのかと視るとソファーの隅に置かれた、白色のティッシュボックスを寄せている。二枚を取り、彼の唾液を拭うとまた戻ってくる。彼が注文せずともおかわりが前に出されている。彼は、それをありがたくしゃぶって楽しんだ。
「あれ、なんか大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。続けて」
「そう? じゃあ、ええっと――」
友希那は今、スマートフォンの通話機能で相手と意思疎通をしている。
つまり相手に伝わる情報とは音のみであり、実際、それ故に彼は友希那の指を舐めしゃぶることを許されている。
だが悪戯好きな男児は、さらにママの邪魔をしたい。
口元で友希那の指を味わいつつ、それで満足しない彼の両手は下から友希那の胸元に迫る。友希那もまさか、自らの懐に収まる坊やが謀反のように暴れ出すだなんて想定外だろう。きっと慌てて、けれどこの通話の中では、平常を保とうとする。
何でもないわ、なんて、通話相手に必死に伝えようとするだろう。
彼としてはぜひ、そんな普段にない友希那を視てみたい。
そういう何か変態親父のような素手はしかし母親の麓を鷲掴みにすることはなかった。
彼の右手は友希那の左腕が制し、また素手と素手は絡み合いながら落ちてしまう。ぎゅっと握られた内部で彼は蠢くが、強かな母親は男児を許さない。さらに友希那の右手、先ほどから彼の口と戯れを続ける指先に変化があった。それは動きだった。ただ男に舐めしゃぶられるだけだった歌姫の人差し指、それから親指がついに駆動し、彼の粘膜を擦ったり、舌を撫ぜて歯茎を探る。
オイタに対する罰なのか、だが好みの女に口腔をまさぐられて喜ばない男子はない。そうして満足していると、次の瞬間に今まで真っ直ぐ向かっていた友希那の目がちらりと下向き、つまり男の方向に伸びて触れ合う。
仕事はもう終わるから、少しの辛抱よ。
そんなふうに囁く友希那が瞬時に妄想できる。彼は友希那の素手をより強く握り、手の甲の部分にいかにも求婚のような口づけなんて落としてみる。
「ってのが、今、ちょっと悩んでるところなんだよねー」
「大変ね」
「いやー。やっぱり難しいよ。友希那、いつもこんなことしてたのー?」
「当然よ。小さな積み重ねがあってこそ、ようやく大きなものになるの」
それにしても、この幼馴染という女性と会話する友希那には柔らかさがある。
男女二人きり、甘い時間の中での友希那ともまた異なる表情で、なんというか、言葉が緩い。力が上手く抜けているというか、溶けている態度になっている。愛し合う男女の間にはない、同性で、よくわかり合っていて、でも無作法ではない。彼ではどうしても到達できない領域がそこにあり、だがその関係性と、彼という存在に優劣はきっとない。強いていうのなら、どちらも友希那にとって必要で、求められている。
そのように勝手に考察したり、友希那の素手を、その指先を玩具のように遊ぶ彼のことを友希那は右手で抱え、左手で撫でながら、鋭い目つきは液晶画面に向けていた。
このスマートフォン、通話機能で繋がっている相手とは幼馴染にして同じバンドメンバー、今井リサだった。今日、バンドの活動は休みだったがどうしても、と懇願されたため通話を繋げてやり取りをしていた。
「いやぁ、助かったよ友希那。ホントに、ありがとねー」
「ええ。構わないわ」
友希那としては、正直なところこの通話は邪魔だった。そもそも今日は休みで、さらにこの休日は彼に捧げている。こうして手元に寝かせ、指で遊ばせるだけで彼は満足してくれているが、もし彼がそれで許さないとなれば、いくら相手がリサであろうと通話を拒否していたかもしれない。
「それじゃあ、今日はもう――」
「あ、友希那さ、ちょっといいかな……」
「どうしたの?」
「いやあの、視えてるんだよ、ね……」
「えっ――」
スマートフォンの中から聞こえる声で彼は硬直した。一瞬で身体の複雑な部分がぎこちなくなり、表面から一斉に汗が浮き出てくる。
それは彼がスマートフォンからのひと言で全ての事実、スマートフォンを介した向こうの相手に何が視えているか、というところを理解したからだった。
「……視えている?」
だがこの場で唯一、のんびり質問する人が居る。
「リサ、それはどういうことかしら」
「いやほら、彼氏さん……」
「えっ……」
それで友希那もようやく気付いたらしく、彼の口元に添えられた指がピタリと硬直する。
「リサ、違うのこれは――」
「い、いやぁ。あの、うん。とっても仲良しみたいで、お、幼馴染としてはやっぱり嬉しい、かなー……」
それからなんとも乾いた声が数秒過ぎて、今井リサは去っていった。
「退いていたほうがよかったかな……」
通話終了後、彼は友希那を見上げたまま呟いた。流石に何かマズイというか、やってしまったという心地がある。もう過ぎた過去に対し、どうこう言及したところで無意味であることは理解しているが、それでも反省しないわけにはいかなかった。
「ごめん……」
「いいえ」
彼は次々と謝るが、友希那はそれだけは違うという様子で彼の額を撫でた。
「あなたが邪魔になることなんて、ありえないわ」
「でも、視られちゃったよ」
「それは、確かに……」友希那は彼の額を撫で、変わらない顔つきだった。「不覚だったわ」
その語気はいつもと変わらないものだった。
「けれど、構わないわ。私たちの関係はバンドのメンバー全員が知っている。今さらあの程度、なんともないはずよ」
彼は友希那の瞳をみつめた。そこには諦めだとか投げやりな態度より、何か前向きに据わった別の意思がある。
本当に破廉恥なことが映らなかったのは不幸中の幸いね、と友希那は続けた。破廉恥、という単語を彼は久々に耳にした。
いいや、それよりも。
「いいの? なんというか、印象とか変わらないかな?」
「あなたは、それが嫌なのかしら……」
「え、いや」
彼は友希那をみつめたまま固まった。そうして、彼女の表情が何か奥まってゆくというか、長い髪の内側に隠れて赤く染まっていることに気付いた。
「僕は、みせつけたいかな……」
それから彼は友希那の毛先の影をその身に受け取るだけでなく、それそのものが胸板などに垂れ、最も、柔らかいもので塞がれる体験した。
それから二人は昼食にした。
彼が食べる食事はミルクではない。あの哺乳瓶はもう出てこない。次に友希那がキッチン近くの棚から取り出すものとは離乳食で、専用のプラスチックスプーンを持って母親はソファーに帰ってくる。
「それじゃあ、ご飯にしましょう」
友希那は離乳食とスプーンをテーブルに置いて着席し彼に向かって口づけをした。それは食事開始の合図であり、男女は離れると親子になる。友希那はまだ慣れない手つきで離乳食を開封してスプーンでひとつ、掬い取って彼に向けた。
「ほら、あーん……」
彼は口を開けるだけでよかった。ただそれだけで友希那の素手が近づいてくる。スプーンが入港し咀嚼するだけでいい。スプーンが抜けてゆくことさえママの友希那がやってくれる。
「おいしいかしら」
「うんっ!」と彼は肩を揺らし、「もっと食べたい!」とにこやかに注文した。快活な声に友希那もほほ笑みスプーンを持ち上げるが、その瞬間、彼に異変が現れる。
「ねぇ、あのさ」
脳裡にぴきりと、ひとつ思惑が浮かんで試したくなる。
「……どうしたの?」
「いやあの、あのね」
「もしかして、食事が――」
「ああいや、そうじゃなくてさ……」
「ゆ、ママにね、あの」
ああ、なんだか唐突に、自分一人で食べる方法がわからなくなる。さらにさらに、なんだか友希那の唾液が塗布されていないと、あるいは混ざっていないと、その食べ物が安全だなんて思えない。
これはもう大きな問題だった。彼は不安だった。とにかくママに、友希那に特別にみてもらう必要があると急いていた。
「そんな――」
彼の我が儘を聞いた友希那は言葉に詰まった様子を示した。握っているスプーンの先端が下向き迷いを描いている。当たり前の反応だ、などと彼は冷静に考えた。しかしママはすぐに持ち直し「どうればいいの?」と訊ねてくる。
それこそが彼の狙いで、こうなれば母親はある意味で操り人形になる。
「じゃあ、口移しで……」
彼がめいっぱいの活力を込めてさらに所望すると友希那はため息を落とした。
「あなたって、いつもそんなふうに……」
「ママ、お願い」
「わかったわ。ちゃんとやってあげるから、暴れたりしないで」
別に、暴れてやろうなんて思っていないが、友希那にはどのように映っていたのだろうか。
とにかく彼は今、友希那との『食事中接吻』の権利を獲得し、友希那は準備に取り掛かる。離乳食を少量だけ掬い取り、まずは自らの口に含んでもごもご廻してくれる。大人の食事より柔らかい離乳食はきっと唾液とよく混ざる。というより、何か溶け合うような様相に変化してくれる。彼はそんなふうに妄想し、友希那は、若干泡立てながら離乳食を整えた。
「ん」
理路整然とした友希那も流石に口元が塞がれては命令さえぼやけてくる。
丸まった口を突き出し、彼にそこに添うよう目つきで命じる。彼は嬉々としてそれに参加し、二人は食事を置き去りにして唇を重ね置く。
「んふ……」
口と口が互い違いに触れ合っている。この際、二人の口の中の空気や湿気は高速でやり取りされており、さらに離乳食の受け渡しが行われている。友希那の舌が、彼の口のその奥へ、押し流している。彼はそれをかき混ぜながら回収し、ああやはり、大量の唾液が含まれており柔らかい、全て受け取って飲み込んだ後、彼はそれだけで離れず、友希那に向かって必要以上に舌をねじ込んでみる。
「んっ?!」
少し、驚かせてしまった。そのことについて反省し、それはそれとして彼は友希那の両肩を取った。この口づけを終わらせたくない。ママに逃げてほしくない。互いに引っ張り、引き止めるように相手を追う。そんな接吻が続き、また口腔内部の残った離乳食は何度もやり取りされている。彼は友希那の舌から唾液を啜るついでに離乳食を嚥下し、それも終えるとデザートとして友希那の歯列を舐め廻す。
二人の口移しはたった一度で終わらなかった。
彼が驚いたというか、いやむしろ嬉しく意外だと感じたのは、口移しの続行を友希那が自然と促したことだった。
「どうしたの?」
目の前で愛おしい母親は平然と彼を視る。それは動かない彼への疑心というより、口を開けない我が子へのちょっとした叱責だった。
「まだ、食事は続いているわ。はやく口を開けて、ママの唾液たっぷり離乳食、味わうのよ」
このまま知らないふりをして、察していない態度を続けるとより厳しく、開口を促してもらえるような気がする。
それもまたよいのだが彼は口を開けた。
「いい子ね……」
囁いてから離乳食を仕込み、友希那の頬が迫る。また重なって、歌姫の舌先は男の舌の上に離乳食をそっと置いてくれる。もちろんそれでさっさと帰す彼ではないし、友希那だって今度は驚かない。舌先同士で突き合うような接吻があり、その後に絡み合い、また密着した後、二人は糸を引いて離れた。
もう、離乳食を食べることなどオマケでしかなく、母と子の口づけは緩く続いた。
彼の食事が終わると次は友希那の食事だった。
友希那は普段通りの食事をするのだが、使用するカトラリーについてこれは彼が準備をした。
友希那が自分の料理を準備している間、彼は友希那が使用するカトラリーを全て取り出し、自分のパンツの中に入れて温めた。これは自発的に思い付いた新しい愛情表現であり、友希那の唾液を交えた食事をしたのだから、友希那にも自分の熱を感じながら食事をしてほしい、そんないかにも男児らしい思想を友希那は快諾し、この作戦は実行された。
洋食がテーブルの上に揃うまでの時間の中で、彼は友希那が使用する全てのカトラリーをパンツの中で温めた。また行為の熱気が残っており、それが鉄製に直接染み込んだためかなりの濃度だと彼も思った。
「できたよ、ママ」
「ありがとう。それじゃあいただくわ」
友希那は整然とカトラリーを持ち使用してくれる。彼は、そのひとつひとつの形をすっかり詳しく理解していた。だってつい先ほどまで、狭く熟れたパンツの中でカトラリーは睾丸と親密にあり、あのスプーンもフォークの形も馴染んでいる。流石にナイフについては危険なためパンツに入れなかったが、代わりとして吐息を全体に吹き掛け使用してもらっている。
きっと、カトラリーに付着した熱も体臭も、食事の味に薄く作用する。それでも友希那は平然と、上等なレストランでするような所作で食事をした。ぬるく、男のにおいがよく付着したものを友希那は両手に携えて、たとえばサラダを咀嚼したりスープを掬い取ったり、肉を切り分けて淡々と食べた。
「ごちそうさま」
最後に冷水を飲み干し、友希那は何もなくなった皿を見渡して額を上げた。
食事後の片付けについて、普段は彼が行っている。
二人でごちそうさまと手を合わせ、それから食器をまとめて流し台に持ち込み、すぐさま清掃作業を開始する。友希那はよく手伝いを申し出るが、家の外で活動をした姫にそんなことをさせるわけにはいかない。とはいえ彼としても、恋人二人で並んで食器洗い、というシチュエーションに羨望は持ち合わせている。そのため稀に、稀に頼んでみることもある。
だが現在の友希那は彼のママだった。
そして坊やがキッチンに立ち、てきぱきと食器洗いをするなんてありえない。そんなものは母親の仕事であり、今の彼の母親とは友希那だけだった。
友希那が音楽の世界で、どれだけ崇められていたとしても関係はない。友希那が正真正銘の歌姫だと、求められていたとしても意味はない。友希那こそが彼のママであり、ママの仕事を待つことが彼の仕事である。
故に今だって、食後の彼は布団に戻って友希那の後ろ姿を眺めるだけだった。
リビングから視るとキッチンは少し遠く、何やらかちゃかちゃと音が連続している。
それは友希那がママとして冷静に、慎重に食器洗いを続けている証拠だった。彼はそんな音を、あるいは友希那の母親としての背中を眺めるだけでいい。そこに忙しない様子はあまりなかった。むしろ優雅というか、ひとつひとつの動きにしっかりと余裕がある。流し台の位置で食器を洗い、すぐ横のラックに乗せる。
そんな動きの中で彼がどうしても気になることとして、友希那が流し台からちらりと右を視る瞬間が美しい。そこにはラックがあり、ほぼ感情のない瞳がスペースを確認、際立ったまつ毛がぴくりと動いて腕が伸び、棚に本を入れるように一枚、一枚と皿を置いて戻ってゆく。
ああ、なんだか落ち着かない。目元における一瞬の艶美な湿度と、そこから続く端的な挙動が視ていて惚れ惚れするのだが、同時に何か、居ても立っても居られない。
「手伝うよ」
親子二人で食器洗いだなんて、それもまた趣があるじゃないか。
友希那が作業の手を止め、ひとつ瓶を睨んでいることを彼が発見したのはそれから数分後だった。
友希那が睨んでいる瓶とは離乳食の瓶だった。
小さな瓶に詰められたものを友希那に任せ、スプーンで掬って食べさせてもらった。友希那としては常に瓶を意識していたし、そもそも離乳食が気になるのかもしれない。
「それさ、成人済みの人専用のやつなんだって」
「専用……」
友希那はまるで店先で果実の鮮度を視る主婦のように瓶から離れない。
「それはその、どういった時に使うものなのかしら」
「プレイだよ」
「ぷ、プレイ……」
唐突な単語に驚いたのか、友希那は素早く視線を持ち上げる。彼はすっかり清掃したカトラリーを食器棚に戻す作業の傍らでその様子を可愛がり、説明を続けた。
「そうだよ、プレイ。赤ちゃんプレイのためのやつ」
「そ、そういうものものあるのね……」
「さっき使った、哺乳瓶もそのテのやつだよ。大人用の」
「大人用、そんなものが……」
何か愛の告白を受けたばかり淑女のような、慣れぬまま身をよじる友希那の姿に彼は勝手に満足した。
「不思議な世界ね……」
それから友希那は明らかに瓶を握る手つきが変わった。瓶が幼児の食事のためのものではなく、一般的な大人の世界のアダルトグッズに変貌したことが影響しているのだと彼はすぐに理解した。
それで避けるのではなく、むしろより詳しく、まじまじと細部まで確認しようと目配せする友希那の姿に、彼はまた愛おしさを意識した。
仕事を終え、二人どちらが提案したわけでもなくお茶を入れた。
友希那は紅茶だと決めていたが彼は少し迷った。真意としては珈琲が飲みたいが、友希那をママとする男児として生活しているのだから、それに準じた、たとえばジュースか、そうでなくとも甘いものを飲むべきだ、というこだわりが拭えない。
「別に、飲みたいものを飲めばいいと思うのだけれど……」
沸騰したお湯を視る友希那の意見は道理にかなっている。彼だって同じように考える。
「いいや」
彼はそこにひとつ捻りを加えた。まさに今、取り出したばかりの珈琲粉末を棚に戻し、友希那と同じ紅茶を準備する。
「あなたも、それを飲むの?」
「うん。……ママと同じやつ」
「そう」
母親の真似をして背伸びする。そんな息子もまた、この場によく似合っているような気がする。
友希那はそんなところに気付いているのだろうか。ふと、彼は気になって隣を視てみるが結局、彼が視たものとは美しい長髪と瞳で、やがてカップ二つに紅茶が注がれてゆく。
「ありがとう。ママ」
「どういたしまして」
感謝を交わし、着席する二人はそれぞれカップに指を伸ばした。友希那はすぐにカップを持ち上げて口を落とした。彼は自分のものにそうするのではなく、友希那が紅茶を飲む動作を横で眺めた。もちろん彼は友希那に見惚れていた。指先で摘まむようにカップを持ち、なめらかな動作で音も立てず紅茶を飲む友希那が好ましい。しかし彼はそういう意識とは別のところで、この紅茶について少し緊迫していた。
男児として背伸びをする、などという理由で選んだ紅茶だが、実際のところ彼はまともに紅茶を飲んだことがない。珈琲派で、それ故に紅茶というものについて何か要領を得ないというか、作法がわからない。味だって正直なところ不鮮明だし、どのように構えていればいいのかわからない。
「これは、甘いものなの」
カップから口を離した友希那は目元を彼に向けた。
「普段から珈琲ばかり飲んでいると、少し、甘すぎるかもしれないわ」
「へぇ、そうなんだ」
彼は納得しながら視線を水面に落とした。すぐに隣でカチャリと音が鳴る。見上げると、友希那がソーサーにカップを戻していた。
「それでも飲むよ」彼は何か複雑に考えていなかった。「だって、ママと同じやつがいいもん」
「……その奇妙なこだわり、もはや尊敬するわ」
友希那は語尾を滲ませ、またカップを持ち上げた。彼もそれに倣って腕を上げ、啜るように、けれど音は立てず飲んでみる。
確かに、甘い。どんな種類の紅茶なのか、彼は少しも詳しくないが、こうして友希那と、愛するママと同じものを共有することは何より温かい。
カップをソーサーに置き、彼は友希那に訊ねてみる。
「やっぱり、甘いほうが好きなの?」
すると友希那はすぐに答えてくれる。
「特別に意識しているわけではないわ、けれど、作曲の途中で糖分を取ることは多いし、それに、苦いものは得意ではなくて……」
最後の方は失速するように弱々しい語気だった。
「珈琲とか、駄目なんだっけ?」
「ええ。あなたはよく飲んでいるけれど、正直言って、その度に目を疑うわ」
きっと、砂糖も、ミルクさえ入れずに、つまり黒色のままぐびぐびと飲み干していることに驚愕しているのだろう。
確かに彼はいつも、できるだけなんの味付けもされていない無糖の珈琲を好む。友希那とは真逆の好みだが、それが二人の関係性に何か影響を及ぼすわけではない。
強いていうのなら接吻する時、においが残っていないかと気にする程度で、二人は互いの好みをそういうものだと尊重し、そのうえで彼は、友希那の好みの味も知りたい。
小さなカップの中、紅葉のような色をした水面を少し視て彼はまた口を触れさせる。あの友希那のように上品に、最低限の動きで紅茶を飲んでみる。
確かに甘い、けれどこれが、友希那の好む味なのか、などと思ってみるとほんのり、胸の部分が温かくなる。
「……美味しい」
ああこれが、母と子の健全で純粋な愛の育みなのか、などと関心していると、隣で友希那の態度が唐突に強張ってゆく。
「あの、ごめんなさい」
「どうしたの?」
彼がカップから顔を上げると友希那の表情がさらに苦いものになる。
「少し、お手洗いに……」
「ああ――」
と彼はすぐに了承した。こんなところで奇妙な好みを発揮し、妨害などをする彼ではない。友希那は「ごめんなさい、すぐに戻るわ」と断りをひとつ入れ、リビングから便所へ駆けてゆく。
彼はもちろんその後を追った。
とはいえすぐに追跡するとまた苦い顔をされてしまうため彼は慎重だった。友希那が席を立ち、歩きはじめて数秒間だけその背後を見守り、パタンと扉が閉じられた後に彼も動き出す。友希那がした時と同じように歩き、廊下を駆けて便所扉の前に到着する。何がというわけでもなく彼はその場にしゃがみ込み、扉に対し耳を接続し意識を研ぎ澄ます。
まさしくこの瞬間の彼は諜報員だった。敵ターゲットの重要機密情報の在り方について知り、それを探り出すことが任務である。密やかにしなければならない。自らの存在感、それをかき消すことが最優先事項であり、やがて扉の向こうから、何かシャーという鋭い音が鳴る。
それは友希那が排尿をしている音だった。
「素晴らしい……」
薄暗い廊下の中腹、扉の前で腰を低くする彼は静かに耽美だと盛り上がる。耳に意識を集中させたまま、そのままひとつ妄想をやってみる。
この扉の向こう側、狭い個室の中で友希那は便座に尻を下ろし、何か解放するというか、緩んだ心地のままシモを解き放つ。普段、彼が入念に指で擦ったり舐めてみたり、竿で堪能するあの股間は今は友希那の聖水で潤み、性行為とはまた異なる香ばしさを付属させる。
「最高じゃないか……」
彼は便所扉の前で頷いていた。音だけで友希那の尿が、便器の中で放物線を描き散っていることがよくわかる。
そうしていると彼は友希那がトイレットペーパーで股間を拭き、個室の中で立ち上がり、尿を流し扉を拓くことを知覚しなかった。
「あ――」
次の瞬間、彼は何も知らぬ友希那の顔を下から眺め、また股間の部分が彼女を穿つように屹立したことを示すばかりだった。
独りでおしっこができるようになるためにママを参考にしたかった。
そんないい訳なんてもちろんでっち上げであり、なんともふざけた台詞だな、と彼も思っていた。
ああ叱られてしまう、いいや、そんなこともまたいいじゃないか、などと持ち直し、廊下に突っ立って友希那の反応を待っていた。
「そう。それならこっちに来て」
「え、でも――」
便所から出ない友希那の腕が彼の腕を引き入れる。その顔つきには硬いものが浮かび、目元だって、すっかり厳しく盛んになっている。
「練習だからといって、手を抜くことは許さないわ」
ママのいうこと、聞けないのかしら?
などと誘われてしまっては今さら、台詞だの、ふざけてしまったと振り切れない。彼の発する適当な世界観に友希那は応答し、むしろその中で主導権を掌握する。そうなるともう男はお手上げで、引き返すことなどできない。
「ほら、ここに立って」
「こ、ここ?」
「しっかり構えて。動いては駄目よ。一滴も、こぼさないで」
「うん……」
密室となった便所の中、彼は友希那が使用したばかりの便器に竿を向けている。
それは彼が普段、この便所を使って排尿する際と変わらない体勢だった。関節はひとつも曲げず、ただ遠い位置に便器があって、そこに竿の先端を定める必要がある。
しかし今、彼は普段のように竿を素手で支えることをしていない。
「一人でおしっこできるように、やり方をしっかり覚えるのよ」
その役割は今、友希那が担ってくれている。
密室となった便所の中、友希那は彼の左隣に立ち、垂れ下がる彼のものを左手で、前方に向けてくれている。
彼の竿は非常事態に至っていなかった。つまり平時の、パンツの中に格納されている普段と変わらない状態で外に垂れている。そういったものを友希那が保持してくれているのだが、彼からするとそれは不思議なことだった。
普段、友希那が握る竿といえば力強いものばかりだった。女体を貫く生殖器として、完璧に組み上がって熱を充満させた肉棒、そういうものに友希那は指を乗せ、自らの股の内側に招いてくれる。圧倒的な大人の夜の世界であり、男女としてのやり取りがそこにある。
友希那は、特に機能していない彼のものに触れている。いいやそれは、握られたというより包まれたという具合で、その素手は若い股間を真面目に介助する。
「私がするところを視ていたのでしょう? それと同じようにやればいいのよ」
いいや、彼はあの時、友希那が排尿している時に覗きはしていない。彼がしていたこととは拝聴だけであり、確かに音としては、友希那の排尿がしっかり記憶されている。
だがこの友希那はどうやら、彼がすっかり悪戯小僧になって、自分が排尿する瞬間をばっちり視られていたと思っているらしい。
それが勘違いなのか、それとも彼が覗きをしていないと理解したうえで事実を捻じ曲げているのか彼には断定できなかった。
「ほら、しーしー出して」
男体は、友希那にしっとり占領されており、頬の近しい位置に友希那の額が差迫っている。便所なんて、誰か複数人と入る想定などされていないが彼は友希那と共にこの密室に詰め込まれている。横並びに立っているわけでもない。一か所に二人、どうにか密着して収まっているのだが、彼は何もしていない。ただ便器の前で突っ立っているだけであり、友希那に全て委託している。
「あの、友希那……」
そうした中で、彼はこの母親にさらなる手伝いを要求したい。
「頭のにおい、嗅がせてほしい」
「あ、頭?」
「うん。お願い……」
流石に予想外だったのか、友希那は肩身を震わせる。けれど彼だって引き下がりたくない。視線を友希那に集中させ、友希那の髪型や色ではなく頭皮そのものを想う。
「頭……」
そんな意識が通じたのか、友希那は彼を握ったまま、腰を腰へ寄せたまま視線を上擦らせる。
「それは、今の『練習』に必要なことなのかしら」
「うん」彼はすかさず答えた。「わかったわ」と友希那も素早く了承し、次に二人の距離が縮む。
彼の胸板の位置、その広い部分に友希那の頭部が接着する。長髪がいくつかぐしゃりと歪む。彼はその様子を眺めていた。普段からするする長くて、友希那の挙動にも、そよ風にも美しく応対する長髪が乱れている。
薔薇には嗅ぐものを惹きつける香りがある……。
さらに肩身が寄ってきて、両足共々近しくなる。頬に受ける熱に友希那の体臭がよく乗り、そちらに鼻で向かってみたくなる。
「んふ」
彼は首を伸ばし、鼻頭で友希那の頭部の適当な位置に埋まった。頭髪ではない、頭皮そのものから体臭を吸引し、細く、柔らかい友希那の素手が陰茎を包んでくれている。
瞬時に、なんだか怖いなと彼は思う。
排尿寸前のこの状況、彼は、あの小さな便器に今から自分で頭から落下してゆくという思い込みに至るのだが、それであっても溢れ出る尿はもう止まらない。友希那からの包容の心地とそれから、排尿を手伝ってもらっているという状況に感謝を向け、彼はいよいよ膀胱を起点として泡立ってゆく。
「あ、でるっ、しーしーでてるっ」
好きな子を腕の内に一人添え、その子に竿をしっかり支えてもらって極力ラクに排尿する。
彼は便器を視ていなかった。そもそも竿に触れていないため操縦など不可能だった。だが安心だった。なぜなら近くに友希那が居る。献身的な若い母親は彼が軽く身体を反り上げても変わらず竿をず握り締め、じょろじょろ飛び出すこの尿が、どこか別の箇所に血ってしまわないよう制御してくれている。
彼は友希那の手助けにより精液を排泄することはこれまで何度も経験したが尿ははじめてだった。
射精と排尿は発射の心地が明確に違う。粘ついた液体である精液に対し尿は完全に液状で、それが尿道を通う際、また放出する解放感も少しだけ異なる。陰茎を包む友希那にだって、そんな尿道の若干の起伏というか、排尿のための運動が伝わっている。どうなのだろう、射精を握る時と排尿を世話する時とでは、指先に触れる感触も異なるものなのだろうか。そんな真意は友希那にしかわからない。縮こまった竿のことも、その竿から何かみっともなくちろちろと垂らし続ける様子も友希那が視ている。そこには嘲笑や喜悦はなく、ただひとつの仕事として男の排尿を視てくれている。
そんな冷淡な彼女が愛おしいし、そういう顔つきでありながら右手はすっかり腰を抱き、男女二人で完全に密着している様子も居心地がいい。
「ママ、しーしー出てるよっ、ママ……」
「あ、あまり大きな声を出さないでちょうだい。それより、全て出し切ることを考えて」
「ああ、そんなこと言われたら……!」
彼は友希那の中でその身を不安にするしかなかった。何か持ち上がってゆく。握られた陰茎は排泄をすでに終了しており、だが先端部分にちょっぴり、残ったものが友希那の素手へ垂れている。
「あ、あなた……」
「ああぁっ」
彼はもう己を止めることができない。だってだって、こんなに、こんなに近く、友希那にぎゅっと保護されたままなんて、止められるわけがない。
「どうして硬くしているのよ……」
などと苦言を示すが友希那の素手は離れずに居てくれる。唐突にぐぐと巨大化した男にしっかりと指を対応させ、揉む、だとか包むという部分から握る、摩るという方向に改めてくれている。
「だ、だって、大好きな友希那におちんちん触ってもらって嬉しいから。ママだから」
「……あなた、本当に変態ね」
薄く睨む顔だったがそこに拒否はなく、友希那は速やかにその場で腰を下ろした。出入り口扉に対して尻を向け、逆に彼の股間に顔面を寄越すと両手を持ち出し、彼のズボンも、パンツだって勢いよく下げてしまう。
「ああっ、ママ……!」
またその際、彼は友希那の素手が何か流動体のような蠢きをみせて己に入ってくることを得た。
友希那は彼を脱がせたというより、彼を取り出したという様子だった。排尿の訓練のため、彼はズボンもパンツも下ろしていたが、それは最小限、ぎりぎり陰茎が露出する程度の位置に留まっていた。しかし今はもう違う。ズボンも、パンツも友希那がずるりと膝の下のまで追いやって、竿だけがその逆方向に先端を穿つ。
「こんなに、大きくして……」
整った真白い顔、幼さひとさじ、綺麗な御顔のすぐ傍に排尿したばかりの竿がある。
「おしっこの練習、と言っていたのは、いったい誰だったかしら……」
「うう、ごめんなさぁい」
なんだか、涼しい。友希那の手引きにより、彼は下半身の全てを披露している。便所の中とはいえ、今まで密閉されていた箇所が裸になると爽快感があり、彼としては、その後の一切の管理と行方さえ友希那に一任したい。
「まったく……」
その目は下から男児を睨んだまま、けれど口元が亀頭に近いため、喋る度に熱波が触れている。他の、どこでもない。友希那の口、そこから続いて造られている喉と、さらに肺などで正しく浄化された吐息だけが放出され、真っ先に亀頭に触れて乾燥を防いでくれている。薄桃色の先端部分へ友希那は口を軽く窄め、間もなく唇が乗り込んでくる。
互いの粘膜が触れた瞬間、彼は思わず腰を引いた。だが友希那がそこから外れることはなかった。唇は接続されたまま舌が伸び、まずは亀頭の形を一周する。
彼の竿は今しがた尿を放出したばかりだった。まさしく汚れている。そんなものを友希那は躊躇せず舐めている。
いいやこの様子、それどころか彼女は、付着している彼の尿を舌先で舐め取って味についてまで言及する。
尿で味付けをしておいて、ああよかった。
「確かにおしっこの練習は、しっかりできたみたいね……」
そんなことを呟きつつ、友希那は好物を前にしているかのように勢い付く。まず彼の陰茎、その首の部分を舌先で擦り、それから裏側の箇所に唾液を塗り付ける。定期的に、思い出したかのように鈴口部分に口づけを行い彼が乾燥してしまうことを防ぎ、とろり垂れ出る唾液を彼の上で舌でかき混ぜる。
亀頭を啜る度、奇妙な尖った音が鳴るのだがそれでも友希那は気にせずに、その丸っこい先端部分に集中してくれる。
「友希那、気持ちいい……」
「よかったわ」
男の汚れたものを前に、友希那は平時と変わらぬ態度で応答してくれる。
「それは、悪いけれど不可能ね」一拍あり、また瞳が持ち上がる。「歌が歌えないわ」
「うう、確かに……」
それから、友希那は彼の頬をちらりとみつめ、また額を股間に向かって戻してゆく。鮮やかな舌先が細かく這って、亀頭に付着したあらゆる汚れを舐め取っている。それは清掃に努めた徹底的な舌遣いだが、友希那は次第にイチモツをしゃぶるという行動に対し、意欲的に咲き誇る。
「んぶっ……」
その、ほっそりとした顎先がまず彼の股間に強く入港し、前のめりに口元が密着する。竿の全体は歌姫の口腔内に流れており、友希那という湿度に浸かった彼は低い息をひとつ吐く。
視線を下向きにすると常に友希那と目が合うのだが、彼がより注目したのはその頬の部分だった。
友希那の肌色の中に今、男の竿の輪郭が浮かんでしまっている。
それは彼女が陰茎を一気に咥え込んだことが原因で、口腔内、ただ勃起をしている彼の形は友希那を内側から穿つ。いくら肉厚で柔らかい友希那の頬も流石に彼の凶悪なものを隠すことは不可能で、彼の実力はなめらかな友希那の頬の形を否定するように発揮されている。
友希那の口の中、その愛する者の唾液と熱で股間が満足に保護されている。そんな体験を味わうだけでなんだか、彼は自らの男としての価値が繰り上がったかのような、友希那から特別に認められているような、そんな気持ちになってくる。
そしてその気持ちとは彼自身が描く妄想などではなく現実だった。
そういう部分についてもまた、友希那が示してくれるのだった。
「んーん」
友希那は彼をひたむきに見上げて右手を取り出した。何をするのかと和んでいると、友希那は右手人差し指で頬を示す。そこはちょうど、陰茎が突き抜けてぷっくり膨れている箇所だった。
友希那は頬肉越しに彼の頂点を指した。指の腹が肌に触れ、口の中に居座る彼の敏感な部分にも少し届く。友希那は指先を動かして亀頭部分を緩く撫でてくれる。
しゃぶるだとか啜っているというより、頬張っている、という様子を友希那のほうが指差し確認で主張していた。それから間もなく両手が持ち上がり、それぞれ、男体の腰の部分を握ると次に、素早い前後運動が彼をもてなしはじめる。
友希那は変形している。
友希那という歌姫は、その容姿や態度で男の股間を吊り上げることがよくある。彼だって結局はその一人で、ただ幸福なこととして、実際に友希那と二人きり、他ではありえない仲に到達している。姫君は彼という男をこうして口で受け入れてくれるのだが、その瞬間に、あの花々のような美しさを捨てている。
この便所の中で歌姫はしゃがんでいる。腰を落しているのだが、両足をおとなしく揃えるわけにもいかず、膝関節で折りたたまれた両足は大胆に左右に開いている。朝から着ていたあのワンピースはすでに着替えた後であり、今はデニムの長いもの、そのため、ふっくら盛り上がる尻の輪郭は後方によく突き出ている。
そんな不安定な足元を補完するかのように背筋は力んで両腕は男から外れない。
口もまた同様で、激しく動いているのだが陰茎から離れることはない。猛々と生い茂る男の股間に突っ伏し、頬張って啜って勢いよく離れ、また喉を突き出し搾り取る。濡れた粘膜同士が擦れ合い、緩やかな摩擦が雄を高めてくれている。
「ママ……」
彼が求めるように呟くと母はより濃厚に彼に喉を貸してくれる。
屹立した彼の竿を咥え込む友希那の表情には豹変した雌の色のみが宿っている。どこも、なんにも歌姫ではなく、女としての矜持より男を楽しませることを優先している。
これは彼が最も好む口淫の体勢だった。この世に存在するあらゆる口淫の体勢において、最も背徳的な美しさを持つ体勢だと彼は確信している。そんな体勢を友希那が演じてくれているなんて、相応のカネを積んでいるように思えるのだがなんと全ては同意の上であり、友希那の態度にも嫌悪感はない。むしろ彼女特有の、やるのなら全力で行う、という精神的な部分がよく視える。
「友希那――」
彼が叫ぶと友希那の両手が強まった。逃さない。絶対に射精させる。そういう戦意が腕力だけではなく、目頭が詰まった眼力でもよくわかる。瞳の中に搾精への宣言が凝縮されている。艶やかに色が浮く頬が次の瞬間飛沫の音と共にべっこりへこみ、彼は友希那の喉を擦ることになる。
「友希那っ、ああ」
股間の位置にて跪いた友希那はまず腕を立てた。彼の腰を握ったまま肘を突き出し、上体そのもので股間へ向かう。長髪の様子を無視し、狭めた口は彼のため。勢いよく豹変して友希那は駆け出してゆく。
ついにリハーサルが終了し、本番が開演する。友希那は右手を差し出して今度は頬ではなく彼の麓、睾丸に向かう。細い五指はすぐに睾丸を下から掬い、包み、適度にほぐしてくれるようになる。
「うわぁ……」
伸ばした口で竿に対応し、それで右手は睾丸を揉む。竿への刺激で射精がいよいよみえてくる。彼は友希那が自慢の商売道具で勝手に淫らに堕ちるその瞬間に興奮を覚えていた。上目遣いが彼をとにかく催促している。潤んだ唇が亀頭のみを覆い、歪み、指先が、精巣を囃し立てる。
こうなると、もう射精をするしかない。
それも、男が身勝手に女の口を汚すという排泄ではない。そこには支配があり、彼は徹底的に搾られるしかない。まさしく敗北なのだがそれがいい。彼としては友希那が、内側から満足するだけでいい。その化けて出てきた欲望が収まりを得るまで止まるまで、男は精を徴収される。
彼は、排尿の際に便器に向ける視線の角度と遜色のない角度で友希那を視ていた。
だって、あの歌姫が実際の便器の前で、便器と同じくらいの高さに頭を落とし、股を大きく開いて、眼前に登場する巨大な肉棒を口と舌のみで相手にしているなんて。股を広げるなど、そもそも肉体に機能として備わっていないような顔をする友希那が、自らそういう雰囲気を破壊するかのようにシモの相手をしてくれるなんて。
そんなもの、それはもう便器じゃないか。
「ああっ、友希那っ、友希那……」
彼は衝撃に身を萎縮させることになった。
主に腰、その部分に無視できない濁りが通う。電流というか、視えない素手により股間を握り込まれているような感覚で、彼は直立のまま両足を閉じてしまう。腰の部分が何か引きつって、どうしても内股になる。
そんな彼の様子を友希那がこじ開ける。唾液の弾ける音が鳴り響く。唾液でぬめりと光沢を飾る口が忙しなく彼を諭している。
便所特有の橙色の照明の中、そんな運動が連続し、女を侍らせていた彼の立場は瓦解してしまう。
「うう、友希那もう……」
「んふ」
一度だけ答え、それから友希那はまた彼の股間に潜ってゆく。獰猛な女豹は彼を逃がすことなくしゃぶり尽くす。搾り取られてゆく。男として、彼はいよいよ、精液を引っこ抜かれる。
「ああっ、イ――」
許された口の中、弱ってゆく彼を友希那はみつめ、それから最後の部分まで一気に一緒に、昇り果てる。
歌手としての生命線を男の世話などに費やしていいのだろうか。
精をすっかり漏らした彼はまるで他人事のように考えた。
世界一の歌姫の口に、どれほどの価値が付属するかなど彼でさえわからない。友希那にだって、正確な判断はできないのかもしれない。けれど貴重だ。この世でたったひとつだけで、他のものが代わるだとか、そういうことはありえない。
そんな貴重な部分に彼は堂々と進入し雄を吐露した。それはある人から視れば禁忌であり、またある人から視ればどうしようもない羨望の対象になる。
そして、彼はもちろんそんな自分に罪悪など感じていない。
友希那とは確かに世界一の歌姫で、友希那の口も舌も喉だって極上の部位である。友希那の男になったのなら、友希那の口を汚す権利くらいはある。
もちろんそれを真に容認する、受け入れるか否か、という部分を決定するのは友希那であり、すると友希那は何やら、むしろ彼を待っている様子にある。
歌姫の誘いを断ることなど、それこそ愚かしいというか、罰が当たるような気がする。そもそもそんな勘定をなくし、彼はただママの口の中で至高の射精に興じたい。
この便所個室の中で彼は友希那の喉奥、その最も深い部分で破裂した。いくつかの射精の後に友希那は頭の動きを止め、そのままぴったり、男の腰を抱擁してくれている。
彼がこの光景に抱くものとはやはり背徳感だけだった。
あの友希那の口元、小ぢんまりと整った部分に竿の事情を持ち込み、無理やりこちらに従わせる。頬はへこみ、唇は突き出して陰茎に添う。男が弱い時は優しくするか、あるいはむしろ厳しく責める。男が射精しそうになれば、さらに口だけで高ぶらせ、くすぐって、それも終わると今度は停止し、口腔内を自由に汚してもいいと目で訴える。
一度、大きな排泄の後に小さな破裂を繰り返し、彼はようやく完全に射精を終えた。
友希那は彼のそんな様子もまた察知している。今まで、喜びも苦悩も歌い続けた舌先は尿道に立ち会い、そこに残ったものたちについてもこのママが、丁寧に介助してくれる。
じゅるり、一度そのように啜ると友希那はゆっくり頭部を動かす。そこでもやはり舌先や、唇が竿を拭ってくれる。亀頭の部分まで唇が後退すると友希那はまた啜ってくれる。たった一滴の取りこぼしも許さない。友希那らしい態度で、口元は最後まで酷使されている。前のめりに変形したまま、けれど吸い付き、しつこく啜ってくれる。
なんだか、こうしていると母と子というよりは、愛犬と飼い主のような心地がしてくる。本来優勢に立ち、子供を導く立場の母がまさか雌っぽく男に下り、股間に取り掛かってくれる。ぢゅうぢゅうと唾液の音が鳴り、またこの間の友希那の眼光は彼の目にある。数秒の停止の後にようやく友希那は剥がれ、すっかり萎れた竿の先端は下に向く。
「舌、みせてよ」
彼の注文に友希那は顔色を変えなかった。射精をしてから今まで事務作業でもするように淡々とした表情のままだった。唇を上向かせる。締められたそこが開口し、薄桃色の口腔の少し奥まった位置に異物が視える。
たった数秒前、あれほどしつこく練られた熱望が、粘液という形で友希那の舌の上にある。
「すごい……」
濁ったものたちは歌姫の口腔を占拠している。その様子を前にすると彼は流石に何か達成感というか、やりきった心地がじわりと背を温める。
眺めているとやがて友希那は舌をぬろぬろと動かしてくれる。精液は口の中で揺れ動き、薄く、しかし口腔全域に行き渡ると友希那はまた口を閉じた。
友希那はやはり母だった。母はいつでも寛容で、息子が自由気ままに吐き出したものさえ処理してくれる。
彼は友希那が精液を噛み締め、完全に飲み干す様子を前にしていた。その表情は平然を保っているが眉の部分に何かぎこちないものが通い、やがて自由になった口にはもう何もなかった。
それから彼が何か感想を述べたり、味について訊ねる間もなく友希那は彼のパンツを持ち上げた。
両足にかけられたままのパンツを両手で握りぐいと上げる。母親が男児に履かせる時の所作であり、股間にこびりついた友希那の唾液のにおいを友希那が閉じ込めてくれる。衣類は股間の形を浮かばせ、友希那はそのもっこりと造られた頂点の部分に口づけをする。彼が震え、友希那はそれを無視し今度はズボンを持ち上げた。先ほどと同じように両手でしっかり上げ彼に着せる。口での触れ合いがはじまる前、脱がした際の逆再生を行うように速やかにパンツは衣類に隠れ、友希那はその中心、チャックを摘まんで持ち上げる。
ジィー、と短い音が鳴る。友希那の指先はそれから金具に流れ、彼はズボンが引き締まることを感じる。
「ほら、できたわよ」
支度を整えた後、友希那は再び口づけを、お土産のように彼の懐に乗せてくれる。その一滴は彼の穏やかだったはずの心情を揺るがした。何か瓦解してゆくように奥底から熱が再発し、組み上がった新しい屹立はズボンの形を色濃く歪ませる。
「あなた……」
友希那もその異変にすぐに気付き、視線が下に向かってゆく。
一度射精したことなどさっさと忘れた彼は、友希那の右手を取り自分のものに乗せてみる。ここはデパートではない。友希那の素手は彼から退かず、その場で少し波打つように動いて肩幅が揺れる。
便所個室の中、直立する男のすぐ前でしゃがんだままの女が片手だけを持ち上げ、手のひらは股間に触れている。
「仕方がないわね、本当に」
「友希那――」
「でも、ここで続けるのはやめましょう。続きは、布団で……」
「うん」
彼が首肯してみると、友希那は彼から離れて背後、扉に向いた。その姿を追うように彼が「あっ……」と呟き、扉を開けた友希那の右手が彼の手首に伸びてくる。
「ほら、行くわよ」
彼は友希那に連れられて歩き出した。
友希那が彼に施した最初の口淫は巧みなものではなかった。
勃起した竿に向かって口を開いて咥え込み、後は何をするのかと思えばただ頭部を揺らすだけ。突き出された頬の粘膜が竿の表面を擦り、また口腔の湿度や唾液に包まれ揉み込まれてゆく。
初回の友希那はそれ以上のことをしなかった。
たとえば口の中で舌を動かしたり、稀に唇を押し付けて調子を窺うことだったり、唾液でぬるぬると調子いい竿を素手で撫でることをしなかった。友希那は彼が、男として舐めてもらいたい箇所を完全に無視し、そういう暗示にかけられているかのように頭を前後させるだけだった。
そういう運動を数回行った後、ふと友希那の顔が上がり視線が浮く。
「あの……」
表情と共に長髪が少し揺れ、頬の部分に少し歪みながら貼り付いている。鼻先に竿が聳えたままで、怪訝な色が瞳に溜まっている。
「どうしたの?」
「その、これは正しいのかしら」
「正しいって……」彼は少し目を逸らした後にまた友希那を視る。「気持ちいいよ」
「そう……」
自信をつけたのか、股間に戻る友希那のその単調な動きは盛り上がった。
だが友希那にしては珍しく、努力の方向を少し間違えているなと彼は思った。
いいやもちろん、愛する者が口を使いシモをしゃぶることだけで十分に幸福だった。生まれてはじめて女の口を知った彼はその快感に驚愕し、これは本当に前戯なのかと疑った。
幸福だった。確かに幸福なのだが、いいや、ただ粘膜を擦り付けるだけというのも味がないなと思ってしまう。
そして、そういう部分に彼はガッカリなんてしなかった。
それは当然のことだった。むしろ彼は、これはある意味で幸福なことだと解釈していた。だってそうだろう。彼としては淫らな手順はぜひ自分が教えてあげたい。誰か別の男に仕込まれた友希那も、卑猥な動画を常用しそこで覚えた友希那もなんとなく嫌だと彼は感じている。現実はどちらとも異なり、友希那は何も知らない。完全な無知であり、真っ白な自由が広がっている。
この歌姫は、自分が無知であること、口淫という行為は意外にも奥が深いことを知らない。
対する彼は、その余白を自分の色で塗り潰す権利を得ている。それが交際するということであり、いいやそれだけが恋人ではないのだが、友希那にとって特別な地位に彼は居る。
それに友希那であるのなら、より複雑な技術を習得できるような気がする。
それは彼が身勝手に友希那へ感じる印象のことだった。友希那には可能性がある。多くの音楽が友希那にそれを視たように、彼もまた男として、友希那の中に花開く前の色香を視ている。
歌うこと、それから茶を飲み、ものを食べることしか知らないところに、勢いよく雄を流し込む。
お前の口は僕のものだ。
などと意気込み、この無知で聡明な歌姫に、その可愛い唇と豊潤な喉に、性的な使い方もあるのだと教え込んでやる。
友希那にあらゆる意味で種付けをする。それで男を理解してもらう。彼はそんな今後を期待していた。そしてそんの階段は、長ければ長いほどいいのだと、存分に考えていた。
こんなもの、もはや猫などでは済まされない。
「うあ、ゆきなぁ……」
琴となった彼は友希那の喉部分でまた精液を打ち上げた。瞬時に股間に就く友希那の全ての運動が停止し、彼は男として敗北したことさえ舌先で肯定されてゆく。
現在、彼の竿の全域は友希那の口で愛されている。発射されたものたちについて、友希那はなんの毛嫌いもせず喉で回収してくれている。尿道の硬い、渋い運動に呼応して友希那の頬肉も柔らかく伸縮し、何か、奥へ奥へと誘われてゆく。
便所から帰還した後、友希那はまた彼の下半身から衣類を取った。それから布団中央で彼に膝立ちになれと命じた。彼がその通りに体勢を整えると友希那もまた脱衣をし、四つん這いで取り掛かる。すでに時間は昼過ぎで、このリビング窓から陽光が差し込んでいる。早朝のそれよりいくらか柔らかく、なんだか神々しいような気がする。光は室内の家具の輪郭を際立たせ、二人が居る布団も、その白色が温かみを帯びている。
そんな様子の渦中にて、男女二人はまた出会う。
足と、それから両手を布団に落として友希那は口だけを突き付けている。竿は若干上向いているが歌姫の口に簡単に収容され、長髪が揺らめく。
巨大な肉棒を唇が撫ぜ、その度に唾液が垂れ落ちる。彼も、母親の友希那もそれについて気にしなかった。むしろ友希那はその大量の唾液をさらに溢れさせ、たっぷり潤沢になった喉で彼を追い詰める。頭部の動きは徐々に激しく前後の間隔が狭まってゆく。その勢いに乗り、やがて布団から浮かぶ両手で友希那は彼の腰を握りさらに突っかかってくる。
彼が注目するのは自分の前に披露された友希那の背中だった。肌の上に自由に通う長髪は友希那の動きに耐えられない。外側、つまり身体の輪郭に近い部分からつるりと下り、その毛先は布団の白色の上に新しく絵を描く。
その薄紫もまた陽光に祝福され、歌姫の顎先が男に食い込んでくる。
「うあ、ゆきなぁ……」
そうして、出来立ての精をママは最後まで抽出し、彼はその内部で縮まることになる。
便所から出て、また勃起し射精ができるなんて。それは男として何より幸福なことであり、けれどそういうものももう終わる。
などと考えているのは彼のほうだけであり、一方、友希那は彼に口を接続させたまま舌を優しく浮き上がらせる。熱された口腔内、ぷるぷる震える彼のものを舌でこねくり廻し、彼が、ふくよかに再出発するまで立ち会ってくれる。
顔を上げた友希那は次に彼に胡坐を造るよう命じた。そこに何か意見する必要も男にはない。彼は布団の上で全裸のまま、尻を落とし、左右の足を独特の位置で組み合わせた。ああ、これはなんだか恥ずかしい、彼はすぐに目を逸らすことになった。だって今、この布団の上で堅牢に腰を落とすが、その懐の部分で竿だけが上向いている。それに裸だし、なんだかみっともないというか、違和感の伴う体勢が披露されている。
そんな彼の左隣から友希那が寄り添ってくる。最初に両手が股間に伸び、すぐに顔が、というより胸元そのものが懐に入り込み友希那は体勢をラクにする。
それは猫だった。
歌姫は寝そべったまま、足は布団へ適当に放置され、胴体も、また布団の上で怠惰に広がっているが、臀部だけが特別に形を保ったままよく視える。上半身は彼の太腿を擦りながらさらに流れ、頭が男の股間に突っ伏している。
長い、長い毛髪たちが背中の方向に流されており、自由に張り巡らされている。
友希那は彼のものを熱心に舐めていた。
体勢はなんだかだらけているように思えるのだが口元は意外にも勤勉だった。彼はそれを上から見守ることになる。友希那は彼の胡坐そのものを身体で掴み、口は竿を捕えて離さない。猫のように舌を大げさに動かし、竿のいうならば裏側の部分でさえ、大切に扱ってくれている。かと思えば唇を大胆に使って挟み込み、頬肉でしごいてくれる。
その先にあるものがただの射精だと感じさせない、そんな豪勢な口淫が友希那にはある。また彼女は、そんな行為に勝ち誇った心地を得ているらしい。
いったいこんな小さな口の、どこにそんな技術を隠しているのか。
友希那の口から寵愛を受ける度、彼はひとつ疑問に、また少しだけ可笑しく思う。けれどすぐに、そんな余計な思考を捨てることになる。
今はただ、この仔猫が可愛い。
彼はたまらず、もう嬉しくなって、さっそくこのゆさゆさ蠢く頭に手を伸ばしてみる。そうして触れ、優しく撫でてみる仔猫は一瞬だけ停止し、持ち上がった瞳に彼は射貫かれる。
仔猫は視て視ぬふりでもするかのように口へ戻った。右手指先が耳へ伸び、長髪をするりと引っ掛けると唇の動きが再開する。この生意気な仔猫は、自分の企みがどれほど相手を陥れているのか確認している。弱っている彼を視てからその鼻先は、また勢いを持ち股間に帰り、彼はたちまち射精する。
また発射の際に彼は、口元で完全に陰茎に寄り添いつつ、薄っすら目配せしてくる友希那を視た。
ああやっぱり、そういう友希那が特別愛おしい。
股間に付属しつつ、稀にそこから彼へ飛ばす目つきはいつでも満足げだった。
あの友希那も、男によく効く目つきというものを覚えたのだなと彼は思う。
友希那の最奥にて彼は果ててゆく。胡坐を造り、何か緩やかに奉仕を受けていた彼だったが流石に身を硬直させ、一点、股間に凝縮されたものを打ち上げることになる。被さる友希那の頬が軽く膨らみ、また両肘が軽く持ち上がってくる。少しして、鼻息の鋭い音が鳴ったかと思うと友希那の唇が彼の表面をさらに下ってゆく。
彼は浸るような心地でさらに精液した。最初の射精を追うような勢いで、それもまた仔猫が口で持ってくれる。
これこそまさしく愛の所業であり、また彼は、友希那の実力に驚く。
口の戯れだけで、これほど多彩なやり方を持つ。いいや教え込んだのは彼で、順調に変態性が染み込んでいるなと安心もしているのだが、それにしたってこの成長ぶりには圧倒的なものがある。
はじめて咥えてくれた時のことを思い出すと、むしろ彼が驚く成長ぶりだし、その根幹に自分という男があることを考えると嬉しくなる。
性を知らない友希那に対し、こういうものもあると、彼が教え、友希那が実践し、それで満たされてゆく。
やがて陰茎がひと通り収まると友希那は額を上げた。すぐに視えるのは長髪が耳からするりと抜け中を薄紫に一瞬染めることだった。粘っこい竿が湿った口から完全に離れ、下向くと同時に友希那は顎先を彼へ上げて開口する。
必死に捕えた獲物を仔猫はご主人様にみせてくれる。
彼もまたそれに満足し、飼い猫にしてやるように友希那の額に手をかけた。
友希那は口を閉じた。少しすると粒立った音が鳴る。それは友希那の口から鳴る音だった。具体的には、友希那の少し膨らんだ頬から唸る音、つまりこの仔猫は主の膝の上に駐在したまま、口角から透明な唾液のものがツーと垂れていることにさえ気遣わず精液をかき混ぜている。口の中ですり潰すように頬が揺れ、波のような音が連続し、それから間もなく男のものは、歌姫の喉奥にゴックンと流れ込んでゆく。
友希那の努力、音楽家としての努力とはきっと、全てあらゆる利益に還元されてきた。
それは生産性の高い努力だった。
けれど、今は違う。今の友希那の努力は全て、こんな男の、たった一瞬の発射により消化されている。そこに思いやりはなく、気遣いはなく、ただ男が吐き散らかしているだけ。さらに大いに問題なこととして、この男はすでに次の射精について思考しはじめている。
今度、友希那にどのような体勢を造ってもらおうか。
射精の後に、またすぐ次の射精を考える。
そんなものは不埒なことだった。何か、とっかえひっかえというか、次々に、目もくれず新しい刺激を求めるなんてどうだろう。今、その瞬間の己の身に流れるものをある意味で無視し、さっさと新しい別の刺激を求めるなんてなんだか虚しい。それが女性による奉仕だった場合、せっかく自分に尽くしてくれた相手にだって申し訳ない。どうにかもう少し、ひとつひとつの射精についてしかと想いを馳せてみたい。
などと思っていると、眼前にて、友希那と布団が擦れ合う音がする。
「流石に、疲れているはずよ」
まだ滾る竿を前に、友希那はすぐに次の策略を練ってくれている。
その気遣いを彼はありがたく思い、従うしかなかった。布団の上で彼は身体を仰向けにし、友希那に明け渡す。
この瞬間に彼は友希那にとっての琴になった。
友希那は彼から視た右手側、まさに側面という部分に正座し、身体を倒すように股間に向かう。特徴的だったのは長髪で、友希那は自分のそれをまず全て右側に流した。そうして彼に突っ伏すと今度、その毛量が全て彼の両足の間に行き着く。
上空からロープを垂らしたあの光景によく似て、友希那の長髪は男の股の間でいくつか弧を描き流れている。
そして友希那は、また別の奏法を試してくる。
よく見知った男女であるのなら、男より、女のほうが男の弱点を熟知することもそれなりにある。
彼と友希那についても同様で、彼は自分が、友希那の舌先だけでこれほど反応するのかと驚くところも度々ある。一方で友希那はむしろ、彼がそんな反応をすることが当たり前という態度であり、やはりこの女には敵わない、などと彼は満足に思う。
ただ仰向けにあるだけの彼は友希那が何か由緒正しい様子で、和菓子でも食べる妃であるかのような口ぶりで竿を咥え、彼は、あっという間にその喉奥で白色の花を咲かせてみせる。
だが友希那はそれで許してくれなかった。
射精後、まどろんでいると友希那は唐突に動きを再開した。出したばかりの精液も唾液も、カウパー汁さえ混ぜ込んでさらにさらに搾り取ろうとする。流石にもう残弾がない。しかしたとえふにゃふにゃに弱っていたとしても、友希那は最大限の魅力でそれを助けてくれる
鼻息を散らす友希那は彼をあまり考慮せず再び走り出す。
こうなってしまっては、男はどうすることもできない。性に関して、そこに行き着くまでの主導権は確かに男にあるかもしれないが、物事がはじまると全て没収され、その後は女の権利のみになる。今回もそれで、母親らしく坊やの精力に呆れていた友希那は雌として一心不乱に搾り取る。彼は、尻穴さえひくつかせながらまた漏らすことしか覚えていない。
彼を負かす友希那はその度に精液を飲んでいた。まさしく直飲みであり、尿道が鋭く働くと友希那も喉を大きく唸らせている。他の、どんな要素もなく飛び出た精液は友希那の喉を通過する。そうして胃袋の底からたんまり溜まって、友希那を重たく満たしている。
「ん、ぐ……」
あの粘っこいものたちが今、閉じられた友希那の喉を通り下っている。その粘り気は力強く、きっと友希那の嚥下を邪魔して仕方がないだろう。それでも淑女は顔色を変えず、竿を咥えたまま、鼻先を男の茂みに埋め込んで続けてくれる。
今回のものでようやく満足したらしく、もう過激に喉を酷使することをしなかった。海藻のように生い茂る陰毛に頬を埋めたまま、くたびれてしまう竿を舌で見送ってくれている。
ただ少し、眉の部分にぎこちなさを走らせながら、また喉を動かす度、鼻息を深々と漏らしている。それで全て飲み干し、満足すると緩く引き上げる。
股の内側、くたりくたりと垂れていた長髪が少しずつ回収され、やがて毛先さえ、空中に帰ってゆく。
彼はそんな友希那に訊ねてみたくなる。
「美味しかった?」
すると友希那はすぐに口を開いてくれる。
「好ましい味ではないわ」
「じゃあ、やっぱり不味いの?」
「気になるのなら、あなたも一度、自分で飲んでみればいいんじゃないかしら」
「え、いやあ」
慇懃に佇む友希那を前に、あまり想像したくないなと彼は思う。言葉に詰まっていると、その様子を視た友希那がささやかに笑みを表してくる。
「冗談よ。あなたの精液は全て私が飲み干してあげるわ」
彼は、もはやこの歌姫のことが少し怖くなる。だってどうして、これほど男が満足する台詞をさらりと喋ってくれるのだろう。彼はそんな彼女により惹かれる胸中を意識した。もっと詳しく精液の味について訊ねてみたい。けれど、これ以上追求することは無粋だと察知し彼はさっさと止めておいた。
それより、今は友希那のぬくもりが欲しい。
「ママ、こっちきて……」
彼は仰向けのまま友希那をみつめて求愛してみる。竿のほうはすっかり落ち着いているが、そうなると今度、精神的な心細さがどうにも気になる。
そういう部分を友希那に撫でてもらいたい。
要求すると友希那は素早かった。少し髪を調節した後、その身体は陽光を潜り抜けて男に迫ってくる。彼の左手側に優しく寝そべり、胸元が、ちょうど彼の頭部の位置に流れ着く。
二人、絡み合うことはなかった。ただ友希那は身体を彼へ寄越し、腕が進み、指先が胸板に触れる。
彼は友希那の内側に入り込んでいる。彼の視界、その少し上向く位置に友希那の顔がある。彼は友希那に最も近いところ、その部分で全裸の身体をラクにし、友希那に様子を見守られている。
「ゆきな……」
「ふふ、近いわね」
「うん」彼は少し身体を揺らし、友希那の熱を求めてみる。「あったかい……」
「ふふ」
優しい顔つきで身体を擦る友希那の様子とはまさしく聖母のそれであり、そうなるとこの陽光も、彼女が導いた神聖な恵みのように思える。
その時、布団の上で落ち着く彼は自分が、この友希那の庇護対象に完全に収まったことを自覚する。
友希那の指先が自由に動いている。彼はそこに手を重ねた。どちらがどうした、というわけでもなく二人は指を混ぜ合い、やがて彼が友希那の人差し指を握ることに落ち着く。
友希那というママに、しっかりとあやされている。
彼はそんな、穏やかに息を整えてからふと、今までの数回の口淫について考えはじめる。何か、友希那に苦労をさせたような気がする。射精終了後の彼の脳裡は、一度そのテの思考をはじめるともう落ち着かない。陥没してゆくように感情が湿り、やがて彼は友希那の目を視る。
それにしても、どうして友希那はこれほどに、男の好みに真摯なのだろう。
すっきりしたからか、彼の脳裡にはそんな疑心が唐突に浮かんでくる。
だって現在、すぐ近くに横たわる友希那の女体は美しい。細く、だがその内部に豊潤な女性が巡っている。胸は穏やかだが腰の造りにはわかりやすい膨らみがあり、その先、丸い尻がついに備えられている。
そんな極上の女が、自分などに寄り寄り添ってくれている。それでこうして、恐ろしいほど好みの役を演じてくれている。
それは男として何より幸福なことだったが同時に彼は現実的に疑問を覚えていた。
「ねぇ、いいのかな」
いいやそんな思考、余計なことだとわかっている。けれど、それでも、止まらない。
すると友希那の顔だけが少し浮き、また彼が目を引かれたのはそのすぐ後方、長髪がたるみを持って揺れている。
「いいって、それは、どういう意味?」
「いやなんだか、頼りすぎている、というかさ」
「頼りすぎている……。あなたが、私に?」
彼は首肯した。
頼りすぎている、と彼は口で表現したがそれは適切ではなかった。実際は、迷惑じゃないか、だとか、疎ましくないか、というふうに訊ねたかった。しかし、それを真正面から肯定されることも嫌だった。
「ママとかさ、変じゃない?」
「私は、そうは思わないけれど……」
「ほ、本当に?」
彼は目を見開いた。年下の女性をママとすることが変ではないなんて、そんなことがあるのだろうか。友希那は少しの間だけ逡巡した様子をみせ、その後に思い立ったように額を上げた。
「少し、変だとは思うわ」
「やっぱり……」
「けれど、もう慣れたわ」
何かさっぱりとした語気だった。
彼を肯定する声に続き、友希那の左手が彼の頬に触れる。彼はまるで掬い取られてゆくように顎を持ち上げる。
そこにママが居る。
「私も不思議だとは思うけれど、自分の中で何か、目覚めたような感覚があるの」
「め、目覚めたなんて……」
なんだか妙に仰々しいというか、格好いい言葉が友希那らしくて安心する。いいやそれより、友希那が語る、目覚めた、というものはきっと本能的な母性の覚醒のことで、そういうものは友希那一人で完結しない。
そのすぐ傍には、彼という男が居る。
まさしく友希那から生まれた赤子であるかのように彼は振る舞い、平然と、友希那という女性に一方的に母親という役割を設定する。そうして彼女から母性的な愛情を受けることが当たり前という態度を続け、友希那の中に眠る母性に火を灯した。
この世の全ての女性とは母性を持って生まれる。
それなりに年齢を重ねた女性であっても、まだ世間を知らない女児であっても、ただ母性だけは平等に備わっている。問題としては、その母性がどの時期に覚醒し、どんな相手に執行されるかというところで、多くの場合にそれは女性が子を持った時に発生する。
自身の子を守るため、また育てるため女性は母親になる。それまで、母性とはほど遠い生き方をしてきた女性についてもここでいくつか和らぎ、柔軟で強かな気質を獲得する。
それは極めて健全な母性への目覚めなのだが、それとは別に、少々不健全なやり方もある。
友希那についてはまさしくこの、不健全なやり方が発現している。彼という男が強引に母親と認め、行為を重ねることにより友希那の身体に母性が発現した。彼が友希那の中のそういう扉をこじ開けたようにも思えるが、己の身に宿る母性について友希那は戸惑っていない。むしろ受け入れ、新たな魅力として執行してくれる。
つまり、友希那の中の母性とは何か成れの果てだったり、被害というものではない。これは友希那と、それから彼が丁寧に水をやり、肥料を与え、二人で共に咲かせた友希那の新たな領域のことだった。
「あなたが、その気にさせたのよ」
彼は今、この友希那の手元以外の場所が不安定な気がして仕方がない。
友希那は彼の前で狂い咲く。そこには誰もが知る湊友希那の勢いと共に誰も知らない湿度が巡っている。これを知る者、味わう男とは彼だけであり、彼は、友希那の温かい薔薇園を視る。
「友希那……」
彼はとろけた声を発し、すぐ近くに友希那に向かってゆく。友希那は少し動揺し、声が揺れたが抱擁はしてくれる。彼は、そのできるだけ奥の位置に顔を置くために友希那にしがみついた。
「甘えたがりなところ、再開しているわ」
彼はその中ですぐに乳房の感触を探し当て、今回の頬の位置をそこに決定する。
「やっぱりあなた、ママのおっぱいが好きなのね」
耳元にママの声がする。背中が支えられ、彼は友希那に倒れ込むように身体をふやけさせる。友希那の中から友希那を見上げてみる。
「照れなくてもいいのよ。母親として、あなたの面倒をみること、それが今の私の役割だから」
気にしないで、と友希那は囁く。
「これから先も、あなたの世話はしっかりみてあげるから」
友希那の声は少しずつ慎重さを帯びてゆく。彼は、自分が質のいい子守唄を聴いているものだと錯覚し、それから不安も消えてゆく。
いいや、友希那が拭ってくれている。
ああ、やはり凄い……。
彼はまどろみの中で関心していた。この友希那は本気で愛してくれている。彼は、そういう友希那の意識についてひどく落ち着いた。
やはり、女とは生まれながら母性を持っている。女とは皆、生まれた時すでに聖母なのだ。生まれた時から、他に無類の愛を与えることができるのだ。その恵みをどんな男が受け取るのか、それは女にさえわからない。
彼はその、遠いような近いような友希那をみつめた後、敗北するように欠伸を打った。
「大きいわね」
すかさず友希那がみつめてくる。
「ああ、ちょっと……」
疲れた、と彼は口にしなかった。まるで今までの触れ合いが労働のように思えてしまうためそれは避けたかった。だが身体は、数度の射精により確かに披露を得ておりそれは抗えないものだった。
「疲れているのね」
「そう、かな……」
「ええ、そうよ」
「うん……」
「だって、大変だったもの」
「うん……」
「あれだけたくさん射精したのだから」
「うん、そうかも……」
彼は、曖昧に答えていた。自分でも、口や喉がどのように動いているのかもはやわからない。なんだか浮かんでいるような気がする。けれど近くに友希那が居る気がする。友希那が居て、友希那にしがみついて、友希那に抱き寄せられているような気がする。
いっぱい、いっぱい搾り取ってもらったから、今度は疲れてしまうことも当たり前なのかもしれない。
そのようにまどろんでいると、友希那の素手が流れて頬を擦ってくれる。
「あなたが、はじめてなの」
彼は、そのひと言について最初は理解ができなかった。
だが友希那が、自身の交際経験について言及しているのだとすぐに理解し額を上げた。
それにしても自ら交際経験を告白するだけでなく、ハジメテ、という単語を意識して使ってくるだなんて可愛げがある。
「私が個人的に、いいなと思った男の人はあなただけ。実際、とてもいい人だった……」
そんな発言を終えてから気付いたのか、友希那はひとつ間を置いて視線を逸らす。その露骨な態度もまた愛らしい。
友希那ほどの人であるのなら、選ぶ側にさえ立てる。けれど、傍にどんな男も今まで置かなかったのは、眼の前に現れる男が誰であれ、いつでも音楽より価値がなかったからなのか。
だとすると、そんな目利きを突破し、というより認められたことがさらに嬉しく、誉れになる。
「あなたは、どうなのかしら……」
「どうって」
「つまり、前の人、というのは居たの?」
「いや、ない」
彼は即答した。
「友希那に会うまで、初恋もまだだったから」
「そう……」
友希那の顔つきの中に綻びが生まれ、色のある水滴のように頬へ溶けてゆく。
彼はそんな友希那のことを眺めていた。
愛した相手に別の人のにおいも影もない。それが嬉しいことは彼でも理解できる。だが個人的な感覚として、彼は別に友希那の過去に、どんな相手が居てもいい。
彼が貴重とすることはひとつで、自分が友希那の最後の男になりたい。
「ほら、もう寝ましょう」
ああなんだか、瞼と共に意識も落下してゆく。唐突に耐えられない重さを持って、どこか深い位置に流れて溶けてしまう。
でも、大丈夫――。
「あなたの中に、私以外が居なくてよかった」
きっと友希那が、夢の中まで付き添ってくれる。
彼はもう、自分でさえわからない声で友希那に愛を告げ、それからやっぱり友希那の中で、中心で、夢に向かってふいと落ちてゆく。