※この作品はR-18です。

その配信画面の裏側で、女神が愛に狂うとき。   作:あやりゆるゆれ

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――「悪魔」が嗤う。



収穫.永遠の豊穣

 

 

 

どこまでが床で、どこからが壁なのか、その境界は曖昧だった。

 

世界は脈動していた。

 

生々しい肉色が、胆汁をぶちまけたような濁った黄色と、腐敗を思わせる黒ずんだ茶色の斑(まだら)に侵されている。

 

ぬるりとした粘液が、天井とも地面ともつかない起伏を覆い、どこからか差し込む光を鈍く反射していた。

 

人の腕より遥かに太い肉柱が、林のように天を衝いているのか、あるいは地から生えているのか。

 

その表面を、血管じみたものが絶えず浮かび上がっては、みみずのように蠢きながら消えていく。

 

その中心。

 

ひときわ大きく盛り上がった肉の玉座に、この世のものとは思えぬほど美しい女が、不釣り合いに腰かけていた。

 

陶器のように白い肌。豊満すぎる乳房と腰の曲線。

 

悪魔アムリタは、指先で弄ぶ淡い光の球体――刈り取ったばかりの魂――を眺め、満足げに紅い唇から吐息を漏らした。

 

「あー…、今月もいい仕事したわぁ…!」

 

彼女の吐息に呼応するように、空気がじっとりと生暖かく揺れた。

 

噎(む)せ返るような甘い芳香。

 

熟れすぎた果実が腐敗する寸前の、蜜とムスクが混じりあった濃密な官能が鼻腔を焼く。

 

鉄の錆びたような微かな気配が、その奥に潜んでいた。

 

遠くで、くちゅ、くちゅ、と粘着質な水音が響いている。

 

「凡庸な善意や理性なんて退屈だわ。人間はやっぱり、醜く歪むほど欲望に溺れてこそ、美しいのよ」

 

アムリタの生業(なりわい)。

 

それは、欲望の濃い、自分好みの人間を見つけること。

 

その渇望を影から静かに煽り、醜悪なまでに増幅させ、悦楽の坩堝(るつぼ)へと堕としていく。

 

そして、その欲望と快楽が最大に達し、魂が極上の果実のように芳醇に熟れきった瞬間を、刈り取る。

 

刈り取られた魂は、この彼女の領域――『人間牧場』へと送られる。

 

ここで新たな肉体を与えられ、死ぬことも、精神(こころ)が壊れることも許されず、永遠に未来永劫、ただ快楽だけを与えられ続けるのだ。

 

彼女の領域を満たす、この生温かい精気の生産ラインとして。

 

アムリタは玉座の傍らに立つ一本、ひときわ太く脈打つ肉柱を、愛おしそうにそっと撫でた。

 

「ビクンッ!」

 

人間の痙攣のように激しく震えた肉柱は、その先端からねっとりとした白濁の「精気」を、快感のままにほとばしらせた。

 

「これが私の可愛い家畜たち。私の領域(ここ)では、魂が最後のひとかけらまで擦り切れるまで、永遠に“幸せ”でいられるのよ?」

 

アムリタがくすくすと笑う。

 

その声に合わせるように、圧し殺されたような微かな嬌声が、空間のあちこちから木霊した。

 

アムリタは玉座に深く座り直し、収穫したばかりの魂を飲み込むと、退屈そうに指を振った。

 

目の前の空間が、粘液の水面のようにぐにゃりと歪み、やがて「割れ目」となって別の光景を映し出す。

 

眩い光。

 

この生温かい肉の洞窟とは対極にある、清潔で、穏やかな夜景。

 

超高層マンションの一室。

 

結城悠斗。そして、彼に寄り添う天堂梨花。

 

八周年記念配信を終えた後、二人は「旦那様」と呼ばれた悠斗の、完全な安寧の中にいた。

 

アムリタの目が、愉悦に見開かれた。

 

梨花の瞳。

 

そこに宿るのは、かつての狂気的な執着が昇華された、「完全な所有」と「絶対的な依存」。

 

歪ではあるが、一点の曇りもなく完成された『愛』。

 

「あらあら…これはこれは。ただの幸福じゃないわねぇ」

 

他の家畜(人間)たちとは比べ物にならない。その魂は、あまりにも濃密に、芳醇に、熟れ始めている。

 

アムリタは、無意識に舌なめずりをした。

 

「……んー? ちょっとぉ…」

 

アムリタは喉を鳴らす。

 

「早いけど、そろそろあの娘(こ)は収穫できそうねぇ?」

 

最高のデザートになりそうだわ、と。

 

彼女の紅い唇が、三日月のように吊り上がった。

 

 

 

───

 

 

 

生温かい肉の洞窟で、悪魔アムリタは嗤(わら)っていた。

 

目の前の空間の「割れ目」。

 

そこに映し出される光景は、音こそ届かないものの、この世の幸福を煮詰めたかのような濃密な熱を放っていた。

 

超高層マンションの一室。

 

結城悠斗。

 

そして、彼に寄り添う天堂梨花。

 

梨花が、愛おしそうに悠斗の指に嵌められた揃いの指輪を撫で、囁く。

 

『私の旦那様』

 

悠斗が、その言葉を全身で受け入れ、安らぎきった表情で目を閉じる。

 

完璧だった。

 

狂気的な執着が、長い年月を経て「完全な所有」と「絶対的な依存」という名の『愛』へと昇華された瞬間。

 

アムリタは、その歪(いびつ)な成就から放たれる、芳醇な魂の“匂い”にうっとりと目を細めた。

 

「完璧ね。これ以上熟したら、腐っちゃうわ」

 

最高のデザートを前に、アムリタはゆっくりと、陶器のように白い指を上げた。

 

割れ目の向こう側。

 

梨花は、満ち足りた幸福感のまま、愛する悠斗に微笑みかけた。彼のために、新しい飲み物でも取ろうと、ソファから腰を浮かせかけた、その瞬間。

 

パチン。

 

アムリタが、肉の領域で指を鳴らした。

 

梨花の動きが、不自然に停止した。

 

糸が切れた操り人形のように。

 

微笑みは顔に張り付いたまま、瞳からだけ光が急速に失われていく。

 

苦しむ暇も、何が起きたかを理解する暇もなかった。

 

彼女の「完璧な世界」は、音もなく停止した。

 

体は重力に従ってゆっくりと横に傾ぎ、テーブルの硬い角に側頭部を打ち付けた。

 

置かれていたワイングラスが倒れ、甲高い音を立てて割れる。

 

赤い液体が、彼女の黒髪を濡らした。

 

割れ目の向こうで、何かが起きたことを察した悠斗が、目を見開き、絶叫する。

 

その口が「りか」と動くのが見えた。

 

彼は床に崩れた梨花の体を必死に揺さぶる。

 

だが、彼女が応えることはない。

 

悠斗の絶叫が響くその傍らで。

 

倒れた梨花の肉体から、ズルリ、と。

 

この世のものとは思えぬほど眩(まばゆ)く、濃密な黄金色の光の塊が抜け出した。

 

先ほどアムリタが弄んだ魂など霞んで見えるほどの、極上の輝き。

 

それが、天堂梨花の魂だった。

 

アムリタが、空間の割れ目に向かって、そっと手を差し出す。

 

魂は、愛する者の絶叫を背に、一瞬だけ抵抗するように揺らめいた。

 

だが、抗うことは許されない。

 

黄金の光は、音もなくアムリタの領域へと吸い寄せられ、その小さな掌(てのひら)の上に、大人しく収まった。

 

「……んふふ」

 

アムリタは満足げに、その極上の魂を唇に寄せた。

 

それと、同時。

 

牧場の片隅、ぬめった粘液に覆われた冷たい肉の寝台(スラブ)に、一体の「器」が横たわっていた。

 

天堂梨花を模してはいるが、どこか肌理(きめ)が粗く、生気のない粘土細工のような肉人形。

 

アムリタは、捕らえたばかりの梨花の魂を、その人形の口へと容赦なく押し込んだ。

 

ごぼり、と音がした。

 

梨花の意識が、点滅した。

 

水底から引き上げられるような、強引な覚醒。

 

最後の記憶は、愛する悠斗の、安らぎに満ちた顔。

 

彼に微笑みかけた、はずだった。

 

なのに。

 

最初に感じたのは、強烈な違和感。

 

匂い。

 

噎(む)せ返るような、腐った蜜とムスクの甘い香り。

 

音。

 

くちゅ、くちゅ、と粘着質な水音。

 

遠くで響く、圧し殺されたような誰かの声。

 

肌。

 

じっとりと肌にまとわりつく、生温かい空気。

 

ここは、どこ?

 

あの清潔で、完璧だった私たちの部屋じゃない。

 

重い瞼(まぶた)をこじ開ける。

 

視界に飛び込んできたのは、見知らぬ天井だった。

 

脈打つ、生々しい肉の天井。

 

混乱のままに自分の体を見下ろす。

 

そこにあったのは、見慣れた自分の肌ではなかった。

 

生白(なまじろ)く、まるで蝋(ろう)細工のような質感の、知らない手足。

 

「悠斗さんは……っ!?」

 

叫ぼうとした。

 

だが、喉から漏れたのは、「あ゛……」という、乾いた空気の掠(かす)れる音だけだった。

 

「あら、お目覚め?」

 

声がした。

 

ゆっくりと首を動かすと、あのグロテスクな空間に不釣り合いな、完璧な美貌の女が立っていた。

 

アムリタが、梨花(の器)の顔を覗き込んでいた。

 

梨花は恐怖に口をパクパクと動かす。

 

声が出ない。

 

「ああ、喋れないわよね。その『器』は、まだあなたの魂に馴染んでないもの」

 

アムリタは楽しそうに、梨花の蝋のような頬を撫でた。

 

「楽しかったでしょう? 嬉しかったでしょう? あの完璧な幸福感。あの『愛』の完成」

 

梨花の瞳が、恐怖に見開かれた。

 

「あれ、ぜーんぶ、私がちょっとだけ『欲望(悠斗への執着)』を後押しして、最高に熟させてあげたのよ」

 

アムリタは囁く。

 

「私が与えてあげたんだから、そろそろ返済してちょうだいね?」

 

「あなたのその、極上に熟した魂で」

 

梨花は、声にならない悲鳴を上げ、後ずさろうとした。

 

だが、馴染まない肉人形の体は、ベッドの上で無様に痙攣するだけだ。

 

アムリタは、その無駄な抵抗を愉しげに眺めると、梨花の髪を無造作に掴み、寝台から引きずり起こした。

 

「さあ、あなたの新しい『お部屋』に案内してあげるわ」

 

床に引きずられながら、梨花は初めて、この領域の奥を見た。

 

そこには、林立する無数の肉柱。

 

その全てが、脈打ち、蠢き、何かを噴き上げていた。

 

人間だったものたちの、成れの果て。

 

梨花は、その光景に、息を呑んだ。

 

 

 

───

 

 

 

「あ゛…」

 

掠(かす)れた喉から、空気が漏れた。

 

髪を掴まれ、無様に引きずられていく。

 

アムリタの力は、この不慣れな「器」では到底抗(あらが)えるものではない。

 

地面は、硬くなかった。

 

ぐちゅり、と時折、足が沈む。

 

まるで生き物の巨大な内臓の上を這わされているような、おぞましい弾力。

 

ぬるついた粘液が、蝋(ろう)細工のような梨花の素足にまとわりついた。

 

匂い。

 

さきほど覚醒した時に感じた、あの腐った蜜とムスクの芳香が、ここでは千倍にも濃縮されていた。

 

肺が焼ける。

 

それだけではない。

 

鼻腔の奥にこびりつく、濃密な生臭さ。

 

精液の匂いだ。

 

そして、ツンとくるアンモニアの刺激臭が、それら全てと混じり合い、梨花の(まだ馴染まない)肉人形の脳を揺さぶった。

 

音。

 

くちゅ、くちゅ、くちゅ……。

 

もう遠くではない。

 

すぐ足元から、すぐそばの壁から、その粘着質な水音は響いてくる。

 

何かが擦れ合い、蠢(うごめ)く音。

 

どれだけ引きずられただろうか。

 

不意に、乱暴に髪が離され、梨花はぬかるんだ地面に放り出された。

 

「さあ、よく見ておきなさい。あなたの新しい『お仲間』よ」

 

アムリタの声が、頭上から愉しげに降ってくる。

 

そこは、少しだけ開けた広間のような場所だった。

 

梨花は、震える手で地面を掴み、ゆっくりと顔を上げた。

 

そして、見た。

 

遠目に見た、あの「肉柱」の正体を。

 

それは、元は人間だったものたち。

 

男も、女も、その区別はもはや意味をなさなかった。

 

彼ら彼女らは、その下半身が脈動する地面や、粘液にまみれた壁と完全に「融合」させられ、まるで忌まわしい植物のように「植えられて」いた。

 

数十、いや、数百。

 

その全てが、妊婦のように異常に膨れ上がった腹部を、苦しげに波打たせている。

 

場所によっては、その腹の皮膚が薄く引き伸ばされ、半透明になっていた。

 

外からでも、はっきりと影が見える。

 

内部で、太い蛇のような何かが、のたうち、蠢き、その内壁を激しく擦(こす)っているのが。

 

梨花の視線が、すぐ目の前の一体に釘付けになった。

 

元は、男だったもの。

 

彼は虚空を見上げたまま白目を剥き、だらしなく開いた口からは、粘り気のある涎(よだれ)が糸を引いている。

 

喉の奥から、絶えず「あ、ぅ……」「……ぅう」という、快楽とも苦痛ともつかない、圧し殺された吐息が漏れ続けていた。

 

その男の体が、ビクンッ!と大きく弓なりに反った。

 

腹部の「蠢き」が、内側から突き破るかのように激しさを増す。

 

「あ……っ、あアアッ!」

 

短い獣のような叫び。

 

次の瞬間、彼のもはや原型を留めていない下腹部から、白濁した粘り気のある液体と、濁った尿が、壊れた蛇口のように「じょぼじょぼ」と垂れ流された。

 

それでも男は痙攣を続け、虚ろな瞳は快楽に焼けただれたままだった。

 

「ひっ……!」

 

梨花は息を呑んだ。

 

恐怖が全身を駆け巡り、ようやくこの肉人形の体を動かした。

 

悠斗。

 

悠斗さん。

 

逃げなければ。

 

こんな場所、一秒だっていられない。

 

梨花は四つん這いになり、必死に後ずさった。

 

だが、その背中が、ぬるりとした何かにぶつかって止まった。

 

「ぼこり」

 

何もなかったはずの地面が、盛り上がっている。

 

アムリタが、その光景を指さし、心底楽しそうに笑った。

 

「はい、あなたのお『部屋』よ。あなたのためだけにあつらえた、特別な場所」

 

地面が、生きている。

 

脈打ちながら盛り上がり、蠢き、まるで梨花の体のサイズに完璧に合わせたかのような、歪な「肉の壺」が、粘液と共にぬるりと「完成」していく。

 

それはまだ、生まれたての赤子のように温かく、ドクドクと脈打っていた。

 

自分専用の、地獄。

 

その意味を理解した瞬間、梨花の肉人形の喉が、初めてまともな音を絞り出した。

 

「いやっ……! やめてっ……! 悠斗さんっ…! 助けてっ!」

 

それは、かつての天使リリィの美しい声とは似ても似つかない、ひび割れ、掠(かす)れた絶望の叫びだった。

 

アムリタは、その悲鳴を聞いて、腹を抱えんばかりに笑った。

 

「あら、やっと声が出たの? 良かったわね、ちゃんと絶望を叫べるじゃない。でも、無駄よ」

 

「助けなんて来ないわ。あなたの愛したあの男も、今頃あなたの『死体』を抱いて泣き喚いてるころかしら?」

 

「いやああああああっ!」

 

梨花は狂ったように叫び、向きを変え、ぬかるんだ地面を必死に這いずって逃げようとした。

 

だが、アムリタは無慈悲だった。

 

逃げようとする梨花の足首を掴むでもなく、ただ、その背中をハイヒールで無造作に蹴り倒した。

 

「あああっ!?」

 

無様(ぶざま)に転がった梨花は、そのまま、完成したばかりの肉の壺へと滑り落ちた。

 

生温かい粘液が、全身を包む。

 

落ちた、と思った瞬間。

 

壺の縁(ふち)から、ぬるりとした肉質の触手が何本も瞬時に伸びた。

 

それらは梨花の(肉人形の)両手首、両足首、そして腰に、まるで意志を持っているかのように絡みつき、抵抗する彼女を容赦なく締め上げた。

 

「放してっ…! いやっ!」

 

梨花は身をよじったが、触手はびくともしない。

 

彼女は、手足を開かされた無防備な姿で、肉の壺の底に仰向けに「固定」された。

 

目の前には、白目を剥いて痙攣を繰り返す、元人間たちの群れ。

 

そして、真上には、自分を覗き込む、愉悦に歪んだアムリタの完璧な顔。

 

絶望が、冷たい泥のように梨花の意識を塗りつぶしていく。

 

逃げられない。

 

声も、もう出なかった。

 

ただ、固定された梨花の視界の端で、アムリタが、壺の脇に生えていた、ひときわ赤黒くテラテラと光る「何か」を、楽しそうに手に取るのが見えた。

 

 

 

───

 

 

 

梨花は、手足を開かれたまま、生温かい肉の壺の底で喘《あえ》いだ。

 

拘束された手首と足首に、ぬるりとした肉の触手が食い込んでいる。

 

目の前では、白目を剥いた「家畜」たちが、痙攣(けいれん)しながら、壊れたように快楽の吐息を漏らし続けていた。

 

「ふふ、どう?」

 

真上から、アムリタの愉悦に歪んだ顔が覗き込む。

 

その白い指には、先ほど梨花の隣で「完成」したばかりの、ひときわ醜悪な「何か」が握られていた。

 

それは“道具”ではなかった。

 

この牧場の床から生えた、生きている肉触手。

 

人間の腕よりも太く、赤黒くテラテラと光り、その表面には歪(いびつ)な凹凸が血管のように蠢(うごめ)いている。

 

アムリタがそれを梨花の目の前に差し出すと、先端が「びくん、びくん」と意思があるかのように脈打ち、あの腐った蜜の匂いがする粘液を、ねっとりと滴らせた。

 

「これがあなたの最初のお相手よ」

 

アムリタは、痙攣する家畜たちを顎(あご)でしゃくった。

 

「あの子たちみたいに、あなたもこれで『豊穣』を祝うの。毎日、毎時間、毎秒、ずーっとね」

 

そのおぞましい太さと、生々しい蠢動を見て、梨花の(肉人形の)喉が、ひきつれた音を立てた。

 

「いや……むり……っ!」

 

必死に首を振り、拘束された腰を引こうともがく。

 

「そ、そんなの入れたら……こ、壊れちゃうっ! 死んじゃう……!」

 

その悲痛な叫びを聞いて、アムリタは、鈴を転がすように甲高く笑った。

 

「大丈夫よぉ、心配いらないわぁ!」

 

明るすぎる、場違いな声。

 

「この空間では、肉体も精神も、決して壊れずに、常に最適な状態でい続けられるように“調整”してるから♪」

 

梨花の動きが、止まった。

 

調整。

 

壊れない。

 

精神も。

 

じっとりとした生温かい空気が、肌にまとわりつく。

 

遠くで響く、くちゅ、くちゅ、という水音。

 

腐った蜜の匂い。

 

梨花は、その言葉の、本当の地獄を理解した。

 

死ぬことができない。

 

痛みで気を失うこともできない。

 

狂うことすら、許されない。

 

永遠に。

 

この、意識がはっきりとした「正常」なまま、この仕打ちを受け続けなければならない。

 

それが、アムリタの言う「調整」だった。

 

アムリタは、その梨花の瞳に浮かんだ、新たな、底なしの絶望の色を見て、最高に満足そうに目を細めた。

 

「さあ、あなたの魂の『返済』、第一回目。楽しんでちょうだいね?」

 

「やめて!」

 

梨花が叫ぶ、その間もなかった。

 

アムリタは、粘液でテラテラと光る触手の先端を、梨花の(肉人形の)硬く閉じられた肛門(あな)に、容赦なく押し当てた。

 

ひやり、とした粘液の冷たさと、おぞましい圧迫感。

 

梨花は恐怖で括約筋を必死に締めた。

 

だが、触手は止まらない。

 

それは生き物のように、その先端を「ねじ込む」ようにして、閉ざされた入口をこじ開け、侵入を開始した。

 

(痛い! 裂ける! 焼ける!)

 

梨花の脳が、絶叫した。

 

人間だったならば、間違いなく腸が破裂し、あまりの激痛に失神していたはずだ。

 

だが。

 

この「調整された」肉人形の体は、その信号を『痛み』として処理しなかった。

 

裂けるような激痛の感覚は、脳に届く寸前で、強制的に『変換』された。

 

脳天を直接焼き切るような、暴力的で、強烈な。

 

電撃的な『快楽』の奔流に。

 

それは、梨花が悠斗との「愛」の中で感じてきた、どんな幸福な絶頂とも比べ物にならない。

 

おぞましく、純粋で、抗うことのできない、ただの『快感』だった。

 

「あ、ぁアアアッ!?」

 

掠(かす)れた喉が、意味のない音を張り上げる。

 

「な、に、これ…っ、あ、あああっ! い、や、あああああーーーーっ!!」

 

拘束されたまま、梨花の(肉人形の)体が、快感に耐えきれず「ビクンッ! ビクンッ!」と激しく弓なりに反った。 恐怖と、そして制御不能な絶頂によって、涙と涎(よだれ)が垂れ流される。

 

最初の絶頂の波が、まだ引ききらないうちに。

 

梨花の肛門に捩じ込まれた触手は、止まらない。

 

それは、彼女の絶叫を無視して、さらに奥へ、腸壁を押し広げ、直腸からS字結腸へと、ゆっくりと、しかし確実に、その蠢(うごめ)きを進め始めた。

 

「ふふ、いい声……」

 

痙攣する梨花を見下ろし、アムリタがうっとりと囁いた。

 

「まだまだ、これからよ?」

 

 

 

───

 

 

 

最初の絶頂の波は、まだ引ききっていなかった。

 

だが、梨花の肛門(あな)をこじ開けた侵入者は、止まらない。

 

それは梨花の絶叫を養分にするかのように、さらに奥へ、直腸の壁をねっとりと擦りながら内臓を押し分け、S字結腸へと、その蠢(うごめ)きを進めていく。

 

「あ、あああっ! いや、やめて…!」

 

梨花(の魂)が叫ぶ。

 

だが、その「裂ける」感覚は、この調整された肉人形の体では、即座に脳を焼く快感へと変換されてしまう。

 

梨花は、拘束されたまま、自分の(器の)薄い腹部が変貌していく様を、ただ見ているしかなかった。

 

ボコ、と。

 

左の下腹部が、内側から歪(いびつ)に膨れ上がった。

 

その膨らみは、まるで巨大な蛇が皮膚の下を這うように、ゆっくりと鳩尾(みぞおち)の下を通り、右の脇腹へと移動していく。

 

その動きに合わせて、内壁が擦(こす)られる。

 

そのたびに、梨花の(器の)体は、ビクンッ、ビクンッ、と激しく弓なりに反った。

 

「やめ…て…! 出て、いって…! あああっ!」

 

意識が、快感の奔流で白く焼き切れそうになる。

 

だが、アムリタの「調整」は完璧だった。

 

梨花は、失神することも、狂うことも許されない。

 

「ふふ、一本じゃ寂しいでしょう?」

 

梨花が、絶え間なく続く絶頂に喘(あえ)ぎ、半開きになった口から涎(よだれ)を垂れ流しているのを見て、アムリタは満足そうに頷いた。

 

「ちゃんと、前も可愛がってあげるわ」

 

アムリタは、先ほどのものより少しだけ細く、先端が粘液でぬるぬると光る、別の肉触手を手に取った。

 

梨花が、次の痙攣(けいれん)の予感に喉を鳴らした、その隙。

 

アムリタは、その第二の触手を、梨花の(肉人形の)女陰(ほと)へと、容赦なく突き立てた。

 

「ひ……っ!?」

 

後方からの鈍い圧迫感とは違う。

 

鋭く、直接的で、抗(あらが)いようのない侵入の感覚。

 

梨花の(器の)鼠蹊部(そけいぶ)が、内側から押し上げられるように、ぷっくりと膨れ上がった。

 

触手は止まらない。

 

膣の最奥、硬く閉じられた子宮口に、その先端が突き当たる。

 

(ダメッ! そこは、ダメ!)

 

梨花(の魂)が、本能的な恐怖に絶叫した。

 

だが、触手は容赦しなかった。

 

その先端が、まるでドリルか楔(くさび)のように硬く変形し、閉ざされた「扉」を、ぐりぐりと、こじ開け始めた。

 

肉が引き裂かれるような、おぞましい感覚。

 

それが、またしても強烈な、脳髄を揺さぶる『絶頂』に変換された。

 

触手は、子宮内部へと侵入した。

 

だが、それは終わりではなかった。

 

触手の先端が、梨花の(肉人形の)子宮壁を、まるで生き物が巣穴を広げるように、内側からグイグイと『押し広げ』始めたのだ。

 

きゅう、むにゅ、と。

 

生温かいゴム風船を内側から膨らませるような、おぞましい感覚。

 

梨花の子宮全体が、その異物によって伸展し、満たされ、歪(いびつ)な形に変形していく。

 

その『広がる』感覚。

 

それは、これまでとは質の違う、より深く、全身の細胞を直接揺さぶるような、極限の『快感』を梨花にもたらした。

 

もう、無理だった。

 

「後方」からは、内臓を這い回る蛇の蠢(うごめ)き。

 

「前方」からは、子宮を内側から押し広げられる、おぞましい受胎の快感。

 

二重の、終わりなき凌辱(りょうじょく)が、梨花の(器の)理性を完全に粉砕した。

 

掠(かす)れた喉が、限界を超えて張り裂ける。

 

「あ゛、あ゛あ゛っ! むり、だめ、あああああーーーーっ! ゆう、とさ…! あ゛っ!」

 

もはや人間の悲鳴ではなかった。

 

愛する者の名を、意味もなく呼び続ける、ただの獣の喘(あえ)ぎだった。

 

アムリタは、その獣の様な嬌声(きょうせい)を、満足そうに、あるいは、うるさそうに聞きながら、ゆっくりと手を振った。

 

梨花が拘束されている『肉の壺』の縁《ふち》から、第三の、平たく粘液にまみれた「壺状の触手」が、ぬるりと伸び上がった。

 

それが、梨花の叫ぶ口を塞ぐように、顔面全体に、べチャリと『被さった』。

 

世界が、消えた。

 

あの腐った蜜の匂いが、今度は遮(さえぎ)るものなく、呼吸ごと鼻と口から直接流れ込んでくる。

 

梨花の声は、くぐもった「んぐ、んぐぅ…!」という湿った音に変わり、やがて、完全に『無音』へと戻された。

 

声(ひめい)という、最後の抵抗手段すら奪われた。

 

視界も、粘液にまみれた肉に覆われ、ぼんやりとしか見えない。

 

ただ、感覚だけが、異常なまでに鮮明だった。

 

声も出せないまま、二本の触手によって、もはや原型を留めず、内側から激しく「ボコボコ」と蠢(うごめ)き続ける腹部。

 

拘束された《器の》体は、ただ痙攣(けいれん)を繰り返す。

 

股(こ)からは、快楽によって生み出された「潮」が、他の体液と共に、壺の底へと溢れ出し続けていた。

 

(ああ、これが)

 

暗闇と沈黙の中、梨花の《壊れない》意識だけが、はっきりと理解した。

 

(これが、『永遠』……)

 

 

 

───

 

 

 

世界から、音が消えた。

 

声という最後の抵抗を奪われた梨花は、生温かい肉の壺(つぼ)の底で、ただ震えていた。

 

視界は、顔に被さった壺状の触手によって、ぬめった暗闇に閉ざされている。

 

呼吸をするたび、あの腐った蜜とムスクの匂いが、鼻と口から直接肺腑(はいふ)へと流れ込んだ。

 

もう、自分の声は聞こえない。

 

聞こえるのは、自分の内側から響く、おぞましい音だけ。

 

ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。

 

腹の中で、二本の侵入者が蠢(うごめ)き、内壁を擦(こす)る水音。

 

じょぼり、じょぼり。

 

股(こ)から、制御を失った体が、快楽によって生み出された体液(しお)を、絶え間なく溢(あふ)れさせる音。

 

「ビクンッ」という、全身を弓なりに反らせるような激しい痙攣(けいれん)は、もはや起こらなかった。

 

二本の触手による持続的な蹂躙《じゅうりん》は、梨花の(器の)体を、もはや「絶頂」という状態のまま『固定』させていた。

 

機械のように。

 

無機質に。

 

ただ、一定のリズムで、「びく、びく、びく、びく……」と、全身が小刻みに震え続けている。

 

薄くなった腹部の皮膚は、内側からのたうち回る異物の形に合わせて、歪(いびつ)に波打ち続けていた。

 

だが、その肉体の無機質な反応とは裏腹に。

 

梨花(の魂)の意識だけは、皮肉なほど『健常』で、ハッキリとしていた。

 

狂えない。

 

気を失うことすら、許されない。

 

(悠斗さん)

 

暗闇の中、必死に思考を繋ごうとする。

 

愛する人の顔を思い出そうとする。

 

あの、二人だけで完成させた、完璧な幸福に満ちた部屋の光景を。

 

彼の手の、温もりを。

 

「私の旦那様」と呼んだ、あの瞬間の、満ち足りた感情を。

 

(悠斗さん、助け……)

 

じょぼり、と。

 

一際多く、股(こ)から生温かいものが溢れ出た。

 

その瞬間。

 

思考を遮(さえぎ)るように、新たな波が押し寄せた。

 

子宮を内側から『押し広げる』、おぞましい感覚。

 

腸を『這い回る』、異物の感触。

 

それらが、脳髄に突き刺さる。

 

「ああ…っ!」

 

(声にならない声が、魂の奥で木霊する)

 

「あ、あ、あ……(ダメ、考えないと、悠斗さんを)……あああっ!」

 

快感が、思考を洗い流していく。

 

(悠斗さん、どこ)

 

「あああああ……っ!(でも、体が、快感を、求めて…いや、違う、これは)……ああああああっ!」

 

(もう、何を、考えて……)

 

「ああ……っ」

 

思考しようとするたびに、絶頂の奔流が、その記憶の輪郭を溶かし、上書きしていく。

 

愛する者の顔が、快楽のノイズの向こうに霞(かす)んでいく。

 

これが「脳を焼かれる」ということ。

 

そして、これが「健常な状態を保ち続ける」という、アムリタの与えた、永遠の地獄だった。

 

アムリタは、その光景を見下ろしていた。

 

声も出さず、ただ機械的に痙攣と噴出を繰り返し、腹部を異様に蠢(うごめ)かせる「梨花だったもの」を。

 

まるで、最高傑作の芸術品を眺めるように。

 

アムリタは、その歪(いびつ)に脈打つ腹部を見て、満足げに頷(うなず)いた。

 

「うん、極上。これなら最高の『精気』を、永遠に生産し続けてくれそうね」

 

アムリタは、梨花の顔を覆う肉壺の触手を、まるで上等な家畜を褒(ほ)めるように、そのぬめった表面を、ポン、ポン、と軽く叩いた。

 

「いい子ね。私の牧場で、一番の優等生よ」

 

もちろん、その声が、暗闇の中で快感に溺れさせられ続ける梨花の意識に届くことはない。

 

アムリタは、心の底から満足した声で、独りごちた。

 

「んーっ! 今日もいい収穫でしたわー♪」

 

彼女はもう、梨花に興味はなかった。

 

完璧な「生産ライン」が一つ、完成した。ただ、それだけだ。

 

アムリタは鼻歌交じりに、その生温かい広間を後にした。

 

アムリタが去った後も。

 

世界は、何も変わらない。

 

肉壺の中心では、無音で痙攣(けいれん)を続ける「梨花だったもの」。

 

「びく、びく、びく……」と。

 

腹は蠢(うごめ)き、体液(しお)は垂れ流され続ける。

 

その隣には、あの「元は男だったもの」が、同じように白目を剥き、同じリズムで痙攣(けいれん)し、同じように白濁した液体を垂れ流している。

 

その隣にも、その奥にも。

 

数十、数百の「肉柱」たち。

 

男だったものも、女だったものも、もはやその区別はなく。

 

全員が、まるで巨大な機械の歯車のように、同じリズムで、痙攣(けいれん)し、腹を蠢(うごめ)かせ、噴出を繰り返している。

 

この『人間牧場』全体が、一つの巨大な「快楽と生産の臓器」として、ドクドクと脈動していた。

 

天堂梨花は、その「臓器」を構成する、無数の細胞の一つに成り下がった。

 

遠くで響く「くちゅ、くちゅ」という粘着質な水音と、誰のものとも知れない、圧し殺された吐息のコーラスだけが、そこを満たしていた。

 

永遠に続く、豊穣の地獄。

 

 

 

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