※この作品はR-18です。

湯田寛は勇者ではない   作:げっしりあん

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第13話

 三月も下旬。

 丸亀城から少し離れた場所で、一人の少女が走っていた。

 その表情はどこか虚ろながらに必死。

 

「……農業……農業……農業が、私を、呼んでいるッ……!」

 

 ブツブツと独り言ちながらに走ること更に数分。

 彼女は足を止めた。

 眼前に広がる光景を見つめ、口を開く。

 

「……農業よ……私は、帰ってきたッ!」

 

 ある程度の広さを有する農場に、白鳥歌野の叫びが響き渡る。

 前回の戦闘から三週間以上が経ち、病院で目覚めた歌野に待っていたのはリハビリ生活だった。

 二週間という驚異的な早さで身体が全回復した歌野含め勇者一行。

 医者からは勇者の力のお陰だと言われ、素肌に傷一つ無い彼女たちは動こうと思えばすぐに動けた。

 けれど大社及び医者から、"切り札"を使った後遺症が出るかもしれないということで、休息という名の経過観察に時間を追われたのだった。

 病院から出られず、身体の検査や心療カウンセリングといった項目が日々続けられ、自由時間はかなり多く他の勇者たちや巫女との交流も自由だったため、外に出られないというフラストレーションはあれども、ストレス指数はかなり低い病院生活を送っていた。

 けれど歌野は日に日にメンタルが窶れていく。

 農業王たる歌野は、土いじりが行えないことで時を追うごとに呆然自失となっていったのである。

 だが大社側はその状況を把握していたが、病院内での経過観察を続行した。

 よって脱走を企てること数知れず。けれど全てが、部屋を出る直前で取り押さえられたのである。

 従って歌野にとっては約一週間ぶりの外。

 真っ先に彼女が向かったのが農場であった。

 歌野が四国来た際、大社に頼み込んでいたもの。

 農業をさせて欲しい。

 大社は歌野の提案をすぐに承諾し、用意された農地を紹介した。

 大きさは諏訪の農場よりも狭い区画。

 だがそれでも、歌野の表情は満面の笑みだった。

 昨年からずっと耕して徐々に植え始めた作物が目に映る。

 

「う、うたのん、待ってよお……!」

 

 戦闘前と変わらぬ農場の姿に感動している歌野の背後から、そんな力無い声が聴こえてきた。

 笑顔のままに歌野が振り返る。

 

「ごめんねみーちゃん。農業がすぐそこにあると思ったら身体が勝手に動いたのよ」

 

 そう告げる歌野の元に漸くと追いついた水都が、膝に手を置いて荒い呼吸を整える。

 水都から視線を離し、再び畑へと顔を向けた歌野。

 以前の記憶とあまり変わらない光景。

 それが妙に不思議に感じて、歌野はジャージ姿で腕を組み思わず首を傾げた。

 

「……あっ」

 

 不意に声を漏らして、歌野が何かに気付く。

 

「誰か……手入れしてくれてたのかしら?」

 

 その顔は、徐々に呼吸が落ち着いてきた少女へと向けられる。

 

「もしかしてみーちゃんがやってくれたの?」

 

 歌野の言葉に「……う、うん。そうだよ」と水都はやや間を開けて、どこかぎこちない声色で答えたのだった。

 その言葉を聞いて、歌野は静かに畑へと入る。

 しゃがんで、手を伸ばす。触れたのは作物の葉。

 植えていたのは越冬野菜だったが、三月に入ったばかりでもまだ寒く、氷点下近くまで気温が下がる事もある。

 葉を優しく持ち上げては角度を変えて眺めていく。

 どうやら傷みは見当たらず、霜対策が正しく行われているのが分かった。

 周りを見れば、雑草は抜き取られており、決して放置されずに誰かが手入れを継続してくれていたのは明白だった。

 葉から手を離し、歌野が立ち上がる。

 

「サンキューみーちゃん! 丁寧な手入れをしてくれて嬉しいわ!」

 

「きゃっ」

 

 満面の笑みで、呼吸を整えたばかりの水都へ抱きついた。

 膝から手を離し上体を起こした水都は歌野からの衝撃に驚きながらたたらを踏む。

 

「まるで教科書通りの丁寧さよ! やっぱりみーちゃんも農業王の才能があったのねっ!」

 

 テンションの上がった歌野は水都を抱きしめたままぴょんぴょんと跳ね、それにつられる水都は「うわわっ」とその度に慌てた声を出す。

 けれど歌野に抱きしめられる水都の表情に、嬉しさや喜びといった感情は浮かんでいなかった。

 水都には、歌野には言えない秘密を抱えていたのだから。

 一頻り喜びを表した歌野が満足したように水都を解放する。

 

「さてと、そろそろ農業に戻ろうかしら。みーちゃんが守ってくれた野菜たち、もっと立派に育ててみせるわ!」

 

 ジャージの裾を捲り、ポケットに入れていた軍手を装着した歌野が、気合十分といった様相で畑へと歩き出したのだった。

 土の上でしゃがみ込み、作業を始めた歌野の後ろ姿を水都は見つめる。

 静かに畑の傍に腰を下ろし、ただ目の前の光景を眺めた。

 けれど、今までは好きだったその姿がどこか辛くて、膝を抱えて僅かに顔を埋めたのだった。

 

 

「ぐんちゃんは、何か買いたいものある?」

 

 街の中、そんな明るい声が聴こえた。

 声の主は厚手の私服を着ている高嶋友奈。まだ冬の寒さが微かに残る季節。

 歩きながら、横にいる人物へと声をかける。

 

「もし時間があれば、新しいゲームを買おうかなって」

 

 友奈へと顔を向け、共に歩いている郡千景が言葉を返した。

 バーテックスの襲撃が近々は無いことが分かり、二人はこうして街中へと出かけていたのである。

 

「どんなゲーム?」

 

「幽霊を倒すゲームが新しく出るから、それを……」

 

「ええっ、ゆ、幽霊!? こ、怖くないのっ?」

 

「怖くないわ。高嶋さんもよかったらどう?」

 

「ぐんちゃんと一緒にゲームしたいけど……幽霊は怖いかも、うぅ……」

 

 想像に怯えて身を震わせる友奈を見て、千景がくすりと笑う。いつもバーテックスという化け物を相手しているのに、幽霊というだけで怯える友奈が可愛らしかった。

 それを訊ねてみれば、僅かに涙目の友奈が返す。

 

「だってバーテックスは殴れるけど、幽霊って殴れないもん……襲われたらどうしようもないんだよっ!?」

 

 力無く呟いた後、同意を求めるような強い言葉。千景は声を殺して小さく笑った。高嶋さんらしい、と。

 

「……そうね、高嶋さんの言う通りだわ」

 

 やがて同意の言葉を述べれば友奈は表情を輝かせ、共感を得たと喜ぶのであった。

 

「高嶋さんは、何か買いたいものはあるの?」

 

 話を戻すように千景が問い掛ければ、友奈から笑みが消える。

 

「んー……特にないかなぁ」

 

 そう呟いた友奈に、千景が目を丸くした。何故なら、でかけようと誘ってきたのは友奈だったのだから。

 千景の表情に友奈が気付く。

 

「えへへ……ぐんちゃんと一緒に、おでかけしたいなぁって思っただけなんだ」

 

 気恥ずかし気に頭をかきながら目を逸らす友奈に、千景は微笑む。

 実に友奈らしい理由であり、これが友奈だと思ったのだ。

 

「あっ……」

 

 友奈が道の向こうに何かを見つけ、声を上げる。

 千景が同じ方向へと顔を向けたと同時に、続けられた友奈の声が届く。

 

「かん君だ……おーい、かんくーんっ!」

 

 声を張り、遠くの人物の名前を呼んで、上げた左手を大きく振る。

 千景は驚きから、微かに目を見開いたのだった。

 友奈が声をかけた人物。

 友奈たちの進行方向の先で、足が止まる。声に反応し友奈たちへと振り向いた。

 

「あっ……また行っちゃったぁ」

 

 やがて友奈の口から出たのは残念がる言葉。

 声をかけた人物は友奈たちの元に来るわけではなく、僅かに二人を見つめた後に再び歩き出して路地を曲がり、姿を消してしまった。

 上げていた左手を思わずと力無く下ろした友奈。

 

「……高嶋さん、彼とは……知り合いだったの?」

 

 千景がどこか呆然と訊ねれば、友奈が顔を向ける。

 

「んー、知り合いって言ったら知り合いなのかなぁ……一回しか話したことないんだけどね」

 

 僅かな思案顔で首を傾げた友奈だったが、やがて千景へと苦笑を向けるのであった。

 しかし千景は、それでもまた気になることがある。

 

「でも……その、"かん君"って」

 

 千景の問いは、友奈が先程口に出していた、相手への呼称。それを耳にした千景の心には戸惑いと焦り、そして相手への嫉妬心が浮かんだ。

 まるで自分と同じような愛称で呼ばれているみたい。千景にはそう思えてしまった。

 理由は一つ。だって、彼の名前は。

 

「こっちに来て大社から勇者の説明を受けた時に、資料に協力者の名前が載ってたんだけど、そこに名前が書いてあって……"湯田寛"って書いてあったから、てっきり"寛(かん)"君だって思ってたんだよね」

 

 えへへ、と恥ずかし気に頭をかいた友奈。

 

「後から"寛(ゆたか)"君って知ったんだけど……最初に"かん"君って呼んでもかん君は何も言わなかったし、そう呼んでたら馴染んじゃって……」

 

 そう告げた友奈に、千景が微かながらも再び目を見開く。

 

「高嶋さん……彼と、話したの?」

 

 千景はそんな問いを投げかける。千景は今まで一度も湯田寛の声を聴いたことがない。

 何度も、小さい頃から知っているのに、決して千景からも相手からも話しかけたことはなかったが、それでも一切の声を聴いたことがないのだ。

 故に浮かぶは、怒り。友奈に対してではない。

 寛が友奈とは話したことがあるのならば、彼は友奈に対して何らかの感情を抱いているのではないかと警戒したのだった。

 友奈は千景からの質問に、首を傾げる。

 

「んー、でもそんなに会話したわけじゃないよ? 説明を受けた時にいたから挨拶したんだけど、かん君って呼んでも何も反応しないでただ、"勇者としての務めを果たせ"って言われただけだよ」

 

 友奈の眉が悲し気に下がる。

 

「それだけ言って帰っちゃったし、それからはかん君を見かけて声かけても、何でかずっと逃げられてるんだよね……」

 

 寛を見かけては声をかけていた友奈。だが彼は常に、すぐに友奈から逃げる様に離れていったのだった。

 その姿を見る度に友奈は、自分が何かしてしまったのかと落ち込み、その原因を確かめるためにもまた見かけたら声をかけていた。

 友奈の中では、寛は勇者ではなくとも共に人類を救うために力を合わせる仲間。

 だからこそ仲良くなりたい。そう思っていたのだ。

 けれど常に避けられるような動きをされ、それを見る度に友奈の中には不安が生まれていた。

 友奈は決してそんな寛を嫌っている訳じゃない。寧ろ自分が何かしたのか、嫌われるようなことをしてしまったのか。その思いが心の中で密かに、不安を募らせていたのだった。

 聞かなければ、分からない。でも、聞くことができない。

 誰に対しても分け隔てなく、明るく優しく接する友奈。

 そうすることが、誰とも衝突せずに仲良しこよしでいられる秘訣だと、友奈は思っていたから。

 喧嘩することも、意見がぶつかることも、嫌われることもない。

 故に友奈は元来の性格も合わせて、周囲が不和を生まず衝突が起こらないような立ち回りをしてしまう性分になっていた。

 故に寛が示す身に覚えのない拒絶が、それが起こる度に友奈の心を痛めていく。

 

「高嶋さん……」

 

 悲し気な友奈の表情に千景が思わず声をかければ、友奈は笑みへと変えた。

 

「でもいつか、かん君とも友達になれるように、見かけたら毎回声をかけてるんだっ」

 

 友奈の表情は、屈託のない笑み。まるで未来に希望を抱いている顔。

 千景の心配そうな表情が、安心したものへと変わる。

 それを見て友奈は笑顔の裏で、これでいいと思った。

 自分が笑うことで友だちが、誰かが笑顔になってくれるのなら、それが一番いい。

 心の中に巣食う悩みは、自分が抱え続ければ問題ない。

 

「じゃあ、ぐんちゃんの欲しいゲーム買いに行こっか!」

 

 笑顔でそう告げ、友奈は千景の手を取り駆け出す。

 引っ張られる形で足を動かした千景は、友奈を見て微笑む。

 その裏で、友奈を悲しませた湯田寛を、"元々"以上に嫌いになりながら。

 嫌な気持ちを振り払うべく、千景は眼前の笑顔に集中した。

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