湯田寛は勇者ではない 作:げっしりあん
交戦開始から三十分以上が経つ。
けれど勇者たちから見れば、然程敵が減ったとは思えなかった。
更に時間が過ぎ、それでも少しばかり減ったかと思う程度。
「あぁっ、鬱陶しい! 倒しても倒しても湧いてきやがって!」
呼吸を乱しながら球子が叫び、"切り札"である
勢いと質量から旋刃盤は幾重ものバーテックスを斬り裂いても止まらずに進み続け、やがて繋がれていたワイヤーがリードのように引かれ、フリスビーの要領で弧を描き球子の手元へと戻ってきたのだった。
"切り札"を使い服装が白衣を纏う姿となった球子が、崩れ落ちたバーテックスの場所に新たなバーテックスが現れたのを見て、表情に苛立ちが増す。
幾ら倒しても一向に減ったとは思えないバーテックス。
だが球子の苛立ちは、それだけが原因ではなかった。
交戦開始から五分ぴったり。
途中から友奈に守られるだけだった男が、いきなり後方へと下がったのである。
それを見て球子は当然ながらに叫ぶ。
おい! まだ戦ってんだから逃げんな!
けれど、その声が届いたはずの男は何の反応も見せず、やがて姿を消したのだった。
故にそのフラストレーションが、球子の中に残り続けている。
そこに、無数とも思えるバーテックス。
球子のストレスも限界へと近付いていた。
「タマっち先輩! 落ち着いて! まずは目の前のことだけ考えて!」
背後から届いた声で、球子の精神が幾分か落ち着きを取り戻す。
「……そうだな! まずはお前らからだッ!」
再び思考と意識を前方に向けた球子が巨大な旋刃盤を勢いよく投げ飛ばす。
けれど先程と同様に、削った分だけバーテックスが再び現れるのだった。
「ああもう! 後何時間戦えばいいんだよっ!」
埒が明かない展開に再び叫びながらも、球子は手を止めなかった。
それを見ながらボウガンで援護する杏だったが、彼女もまたこの状況にやきもきしている。
時間が経てども減らない敵。
球子が正面で大量に蹴散らしてはいるが、まるで充填されるかの様に他からバーテックスが、空いた空間へとすぐに現れるのだ。
既に足場である木の根は遠くから侵食が進み始めているのが見え、球子が言うような何時間もは戦えないと思える状況。
早い内にけりを付けなければ、その分だけ現実世界に悪影響が出てしまう。
杏は球子の援護を行いながらも、冷静に周囲を見渡す。
他の勇者たちもまた"切り札"を使い、持てる力を注ぎ込んでいる状況。
だが物量で攻めてくるバーテックスが邪魔になり、進化体には辿り着けてはいない。
ならば、雑魚を一掃するのが先決かと判断。
けれど同時に、杏の心に不安と恐怖が訪れる。
それは前回の戦闘。
今回よりは少ないとは言え、それでもかなり量の多いバーテックスを相手にした。
その時に杏は他の勇者たちと同様に、"切り札"を使わざるを得なかった。
無事に倒すことは出来たが、一切動くことが出来ないほどに満身創痍となり、目が覚めたら病院だった。
目を覚ましてから訪れた身体中の痛みもあるが、前回よりも敵が多いこの状況で"切り札"を使い、倒しきる前に動けなくなってしまったら。
それを考えると、不安と恐怖から思わず躊躇ってしまったのだ。
「危ない、杏!」
杏の耳に、球子の叫びが聴こえた。
同時に眼前へと球子が現れ、遠方から針を飛ばしてきた攻撃を、旋刃盤を盾にすることで防いだのだった。
「杏、ぼーっとしてたけど大丈夫か?」
顔を向けて訊ねる球子に、杏が我に返った。
「う、うん。ありがとうタマっち先輩」
そう返せば「いいって。杏を守るのがタマの役目だからな!」と球子が笑顔で返す。
球子の笑みを見て、杏は漸くと決心した。
「……タマっち先輩、"切り札"使うね」
「杏……無理しなくても」
球子は気付いていた。杏が"切り札"を使うのを怖がっているのを。
故に杏の決心に、思わず心配した表情を浮かべてしまう。
だが杏は微笑む。
「ううん。私だってタマっち先輩を守りたいから……」
そう言って杏は一歩、球子から離れる。
球子を意図を理解し、周囲に向けて叫んだ。
「杏が"切り札"を使って雑魚を殲滅させるから、それまでは動くなよ!」
球子の叫びは瞬く間に全員へと届く。
眼前の敵を倒した勇者たちは、それ以上の深追いをやめる。
誰もが、杏の"切り札"の威力を理解していた。
「――
微かな杏の呟き。
それと同時に、杏を中心として吹雪が発生。
やがて台風のように勇者たちを包み、彼女たちの視界から無数のバーテックスが消える。
「うぅ、寒いー……」
友奈が思わずと腕を摩る中、やがて視界が晴れる。
猛吹雪は数多のバーテックスたちを凍れせ砕かせ、殲滅させていた。
視界を埋めていた物量は、ひと目で分かるほどに減少したのだった。
物量のほぼを占めていた雑魚を蹴散らせば、残るは巨大な進化体のみ。
三体の進化体が、杏の"切り札"を無傷で凌いでいた。
「よくやった杏!」
「流石だよアンちゃん! よーし、私も負けないぞー!」
若葉と友奈はそう言って、それぞれが別の進化体へと飛びかかる。
「高嶋さん、私が援護するわ」
「エクセレントよ、杏さん! じゃあ私は若葉さんの方に向かうわねっ」
後を追う様に、千景と歌野が飛び去って行く。
残った球子が正面を見つめた。
「ならタマと杏は、こいつってことだな」
ゆっくりと距離を縮めてきた巨大な進化体。その背中から伸びた蠍の様な尾が頭上から二人を狙う様に、先端の巨大な針を向けていた。
今までも進化体とは戦ってきたが、今回の敵はそれらに比べても明らかに大きい。
杏は警戒心を高める。
だが同時に、慎重になり過ぎる時間も無いのだと理解していた。
徐々に侵食が深まる樹海。そして杏自身を含めて全員が"切り札"を使ってしまっている状況。
"切り札"が持ってくれている内に倒さなければいけない。
「危ないッ!」
思考を巡らせていた杏に球子の叫びが届き、同時に杏の身体が引っ張られる。
身体が移動する感覚。直後に聴こえた、背後からの激突音。
「ギリギリだったな」
球子の声に我に返った杏は、状況を理解した。
"切り札"によって巨大化した旋刃盤に、一緒に乗せられている。
背後へと振り返れば、蠍のように掲げられている鋭く巨大な針が、先程まで居た場所に突き刺さっていたのだった。
考え込み過ぎてた。そう結論付けた杏だったが、不意に左腕に痛みが走った。
思わず顔を向ければ、勇者装束が破れ、素肌に赤い線が出来ている。
そして左腕が思うように動かないことに気付く。
「その腕……!」
「……あの針、毒があるみたい」
杏の言葉に、球子はその腕を見つめながら眉を下げる。
次いで進化体へと顔を向け「あいつ……!」と怒りを露わにすれば、杏が声をかける。
「大丈夫。右腕だけでも戦える」
真剣な声色。杏の声を聴いた球子が、僅かに沈黙。
本音を言えば球子は、怪我をした杏には安全な場所へと下がっていてほしかった。
けれど声色を聴く限り、下がったとて勝手に戻って来るに違いない。
だったら。
「……分かった」
タマが杏を守る。
その思いだけを胸に秘め、他のことは全て排除する。
「なら同時に行くぞ!」
「うん!」
杏が倒す。だから守る。
球子が守る。だから倒す。
一心同体のように思考し、巨大な旋刃盤はその刃を、進化体に突き立てた。
「ぐんちゃん! 攪乱してくれたら私が攻撃するよ!」
「分かったわ、高嶋さん」
友奈の声に千景が反応する。
二人が対峙するのは一体の進化体。
球子たちが相手取る進化体よりも大きい図体。胴体から左右に広がる大きな腕に思える柱が二対四本あり、動きは緩慢だが柱の太さが十メートル以上と、一度振られれば大きく躱さないといけない。
よって友奈が勢いを殺さずに火力を叩き込むには、千景が撹乱し友奈に対して無防備となる状況を作り出す必要があった。
千景は"切り札"によって七体の内、一体でも残っていれば死なないため、攪乱として六体で進化体の周囲を飛び交えば攻撃が飛んでくる。そこで何体かがやられてもすぐに復活するため、相性が良いと言えた。
しかし相手の腕は四本。そして太さと長さが規格外。故に隙をついて友奈が近付いても、別を狙った攻撃が結果として友奈を狙うことも多く、攻めあぐねる状態が続いている。
「大きすぎて全然近寄れないね……」
一体だけ離れた場所に立つ千景の下に、立て直しのために友奈が訪れた。
千景は頷き、未だに攪乱を行う六体を見つめる。
同じ腕を狙い、二体が接近する。振られる腕に鎌を当てれば、甲高い音と共に弾かれて腕の薙ぎ払いに当たり、その姿を消した。
「耐久性もかなり高いみたい……」
思わずと呟いた千景に、友奈も進化体へと顔を向けた。
「他の部分も、腕と同じくらい固いのかな?」
「確かめてみるわ」
千景は二体を進化体の正面に送り出し、一対二本の腕がそこへと振られる。
振られた直後の腕が通り過ぎた場所へと別の二体を送れば、残った一対の腕が振り上げられた。
残る二体をその直後に送れば、戻された一対の腕が迫る。
だが腕によって攻撃を受ける間際、腕の付け根部分の胴体に、振り下ろされた鎌が当たった。
再びの甲高い音。けれど腕に響いた音よりも、軽い音が聴こえたのだった。
思わずと二人は顔を見合わせる。
友奈が笑う。
「入り込めさえすれば、大丈夫そうだね!」
「うん、高嶋さんの攻撃なら通用しそう」
千景もまた、微かに笑った。
「あとは、どうやって入り込むかなんだけど……」
腕を組んで悩む友奈。
そこに千景から声がかかる。
「それなんだけど、高嶋さん……私に考えがあるわ」
「ほえ? 考え?」
目を丸くした友奈に、千景が口を動かす。
だがその瞬間、遠くから聴こえた轟音に二人は思わず顔を向けたのだった。
若葉は眼前の進化体へと接近し、その身体に幾重もの太刀を入れる。
大きさは三体の中で一番小さい。けれど若葉たちからすれば十分に大きいと言える身体。
腕らしき部位は見当たらず、細長い胴体の下に足らしき二本の棒が伸びている。
動きが素早く、その速度を活かした突進が最大の脅威と言えた。
よって一見狙いづらいと思える相手だったが、若葉は難なく攻撃を与えることに成功していた。
その理由は。
「ほら、また捕まえたわよ? 逃げて突進ばかりじゃ、イージー過ぎるわ」
歌野の武器である鞭が、その片足へと絡みつき進化体の体勢を崩した。
胴体が地面へと倒れ、そこに若葉の生太刀が牙を剥く。先程からこの戦法を続けていたのである。
歌野の"切り札"は"
武器への変化は見当たらない。変わったのは、感覚。
"切り札"を使った歌野は、相手の動きをある程度以上に察知することが出来た。
それにより素早い進化体だが、動きを読んだ歌野によりあえなく拘束されてしまう。
しかし時間が経ってもまだ、進化体には目立ったダメージが見当たらなかった。
理由は単純。耐久力が三体の中で最も高かったから。
故に"切り札"である"源義経"を用いても、有効打と言えるダメージを与えられてはいなかった。
そもそも若葉の"源義経"は速度に特化した"切り札"であるため、力の面でも元よりは強化されているが、この進化体に通用するほどの火力には至らなかった。
倒れていた進化体が起き上がり、若葉が距離を取る。
同時に走り始めた進化体の足から、歌野の鞭が外れた。進化体の図体は若葉たちに比べれば大きく質量もあるため、動き出した身体に鞭を絡めたままだと、歌野の方が引き寄せられてしまう。
よって歌野の読みにより、タイミングを見て鞭を絡ませ転ばせる方法を執っていたのだった。
「だが……これでは埒が明かない、か」
猛スピードで突進してきた進化体を跳んで躱しつつ、若葉が呟く。
火力という、最大の問題。
これを解決するには、若葉には二つの方法があった。
一つは、勇者たちの中で最大火力を持つのが友奈。そのため、友奈とスイッチしてこの進化体を倒してもらう。
代わりに若葉が友奈たちの進化体を倒す。あちらなら自分の力でも通用するだろうと、若葉は友奈たちを見ながら思っていた。
そしてもう一つは、自身の更なる強化。
"切り札中の切り札"。大社から禁止されているほどの、強大な力。
それを使えば若葉の火力問題も解決出来るに違いない。
けれどその代償は計り知れない。
だがこうしている間にも、樹海の侵食が進み続け現実でどのような甚大な被害が出るのか分からなくなる。
「……かくなる上は」
若葉が呟く。覚悟を、決めた。
この身がどうなろうと構わない。
願わくば、仲間たちには生き残って欲しい。
進化体を見つめ、心の中で呟く。
――何事にも報いを。
まるで辞世の句のように内心で紡いだ瞬間。
「今よ、若葉さん! またゲットしたわ」
倒れ伏す進化体。同時に聴こえた歌野の声。
それに反応して、"切り札中の切り札"を呼び起こす。
だがそれは。
耳に届いた轟音によって、意識を遮られた。
思わずと若葉が、鞭を引く力を強めながら歌野が、同じ方向へと顔を向ける。
二人が見たのは、巨大な土煙。
徐々にそれが晴れれば、戦場が静かになる。
歌野の鞭を持つ手から完全に力が抜けた。
四人の勇者は、見た。
進化体の尾の先端にある巨大な針が、球子と杏の身体を貫いた光景を。