※この作品はR-18です。

湯田寛は勇者ではない   作:げっしりあん

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第18話

「うあああああああッ!」

 

 友奈はひたすらに進化体を殴り続ける。

 徐々に拉げ、罅が目立ち始める進化体の姿。

 だがその耐久性と硬さは健在で、殴るにつれて友奈の拳を覆う巨大な手甲もまた、その衝撃で傷が目立ち始めた。

 そして同時に友奈の身体自体も、人には持て余してしまうほどの力によって内部からの傷が外へと噴き出し続ける。

 進化体は再び身体を激しく捩り、友奈を吹き飛ばした。

 

「ウガッ、ガ、ハッ……!」

 

 受け身すら取ることなく、友奈は背中から根に叩きつけられ、その衝撃で肺から息を押し出されながら跳ねては転がり、やがて滑るように動きが止まる。

 

「友奈さんッ! ……こ、のッ!」

 

 歌野が友奈へと叫び、すぐに意識を先頭に戻す。起き上がろうとする進化体の動きを読んで、必死に鞭の動きを変えることで何とかその場に食い留めようとしていた。

 だが歌野も既に気力を超えて死力を尽くしているような状態。その目と鼻からは血が流れ、強化状態を無理矢理に増した身体は深く損傷している。腕に力を入れればまた筋肉の線維が切れる音と共に、皮膚が破れ血が噴き出す。

 満身創痍にも関わらず、歌野は必死に戦闘を続ける。

 友奈じゃないと倒せない。それが分かっていたから。

 故に自分の役割は、友奈が攻撃だけに専念できる環境を作り上げること。

 だからこそ歌野は友奈が再び起き上がるまで、また攻撃を開始するまで進化体の足に絡めた鞭を器用に操り、立ち上がらないように地面へと縫い付けていたのだった。

 もうすぐ、もうすぐやれる。

 友奈さんの攻撃で、敵も損傷が酷い。

 だからあと僅かでも友奈の攻撃が入れば、進化体の動きが止まるに違いない。

 脚部は最も硬く、友奈の攻撃でも然程ダメージは入らなかった。

 故に胴体を壊して倒す。歌野はそう考えて、感情のままに胴体を殴る友奈の動きを止めることはなかった。

 

「ぅぁ、ああッ、う、ぐぅううッ……!」

 

 友奈は震える身体を必死に動かし、ゆっくりとではあるが起き上がり始める。

 罅が目立つようになってきた手甲を立てて、徐々に上体を浮かせる。その表情は必死そのもの。そして目には激しい憎悪を宿したままに進化体を睨み続ける。

 徐々に、徐々に起き上がる身体。

 

「うあ、ぐぅううッ、ぁああっ、うおおおおおおッ!」

 

 やがて猛々しい叫びと共に、友奈が二本の脚で立ち上がった。

 その姿を見て歌野は微かに安堵。

 だが、それがいけなかった。

 "覚"による読み。その思考に身体が一瞬だけ、追いつかなかったのだ。

 進化体が、鞭の絡まる脚部を勢いよく後ろへと引いた。

 伸びる鞭。それは張力を保ち、切れることなく歌野へとその力を伝える。

 歌野の身体が一瞬にして前方へと引き寄せられた。

 けれど歌野は勇者。すぐに思考を切り替える。

 このまま引き寄せられたら危ない。

 そう思考したが、その手が鞭から離れることはなかった。

 逆に強く握り、勢いのままに引き寄せられる。

 

 友奈が起き上がったことに安堵した歌野は、その一瞬だけ、焦りの思考を生んでしまった。

 それは早く敵を倒すという、勝利への焦り。

 故に身体はその一瞬の思考を、実行してしまった。

 勢いよく引き寄せられた歌野は、そのあまりの加速度から、既に手を離すという思考は消え失せた。

 寧ろこの状況でどうにか鞭を進化体から外せないかと模索。それは冷静であり、優秀な思考。

 だが完全に鞭が張った状態で僅かな余裕も存在しない状況ならば、それは鞭ではなく棒と何ら変わらない。

 進化体は足を引いて大きく円を描く様に動かした。

 それに伴い、歌野の身体が一気に上空へと浮き上がる。

 何とか制御して、友奈に攻撃させようと模索し続ける歌野。

 けれどそれは、既に遅い判断だった。

 進化体の脚が、上から下へと全力で振り下ろされる。

 それに従うしかない鞭は、その動きを全て、ありのままに歌野へと伝えた。

 反転し、背が地面へと向いた歌野。

 その瞬間、全てを悟った。加速度が更に増して、時間にしては数舜。

 歌野の目が、微かに動く。

 進化体へと睨んでいたはずの友奈と、目が合った。

 友奈の目から、憎悪が消える。

 

「……ぁ」

 

 それは果たして、どちらの声だったのか。

 刹那、轟音と共に巨大な粉塵が舞い上がる。

 やがて静かに晴れればそこには。

 根に大きなクレーターを作り、その中心で微塵も動かなくなった、歌野の姿。

 数秒経てども、全く動くことはなかった。

 

「……ぁ……う、た……の……ちゃ……」

 

 呆然と佇む友奈の口から、微かに声が漏れる。

 だがその声にも、微塵の反応も示さなかった。

 "切り札"による強化状態が解除されたボロボロの勇者装束で、歌野は横たわっていた。

 友奈の目が、限界まで見開かれる。瞳は収縮し、瞳孔までもが開かれる。

 

「……ぁ……ぁあ……ぁああ」

 

 開かれた口から漏れ出るは、何の意味もなさない声。

 友奈の視界の端で、巨体が蠢いた。

 歌野の拘束がなくなり、進化体がゆっくりと起き上がる。

 そして猛スピードで走り出す。直線上に友奈を置き、迫って来るのが見えた。

 戦意喪失したと判断した友奈を、進化体はその圧倒的な重量と速度で、轢き殺そうと迫る。

 友奈は未だに、視線の中央を歌野に向けていた。

 諏訪からやってきた勇者。自分と同じ、四国以外の仲間。初めて出会った時から明るく気さくで、話していても楽しかったし、仲間として戦っていても心強かった。

 誰が、何が、何故、どうして、こうなった。

 球子も、杏も、そして歌野も。

 皆、皆、何で。

 誰が。

 何故。

 どうして。

 進化体はものの数秒で遥か遠くから眼前へと押し寄せる。

 友奈の視線が静かに動く。

 そして、捉えた。

 

「…………が」

 

 誰が、殺した。

 何で、殺した。

 

「……お前、たち、が」

 

 何故、死んだ。

 どうして、死んだ。

 

「……お前たち(バーテックス)が」

 

 いるからだ。

 

 眼前に迫った進化体。

 その一瞬で友奈の目は憎悪を超えた拒絶に染まり、見る者を震え上がらせるほどの激情を顔に宿した。

 罅の目立つ右の手甲を後ろに下げる。

 

「……お前たちに、これ以上ッ」

 

 その言葉と共に、拳が前へと突き出される。

 やがて、進化体(バーテックス)と友奈の距離がゼロになった。

 

「奪われてたまるかああああああああッ!」

 

 心からの叫びと共に、友奈の拳が進化体の胴体をへこませ、その強固な身体を押し込み貫通させた。

 その衝撃は凄まじく、拳から発生した衝撃波で進化体は内部から弾け飛び、硬い装甲が爆散する。

 拳を振り抜いた体勢で固まる友奈の右腕。

 突き出したその手甲が限界を迎えて、粉々に砕け散った。

 曝け出された友奈の右腕は肩辺りまで赤黒く染まり、腕全体が辛うじて四肢の体を保っているのみ。

 全身は既に、酒吞童子の力に耐えられず血濡れとなっていた。

 

「はぁ……は、ぁッ……」

 

 拳を突き出したままに、友奈は見開いた目を戻さずにただ荒い呼吸を繰り返す。

 その視界の先には、未だに戦い続けている二人の仲間が見えた。

 

「……ま、だ……お……わっ……」

 

 力無い呟きと共に足を僅かに動かした瞬間。

 

「……あ……れ……」

 

 呆然とした声と共に、友奈の身体が前のめりに倒れた。

 腕も足も全てが動かず、根の上に倒れ込む。

 映る視界には丸亀城が見え、友奈の意識が徐々に遠のいていく。

 掠れる視界、動かない身体。ただ、勝手に瞼が下がるのを待つことしか出来ない。

 故に最後の光景をただ、虚ろな意識の中で見ていることしか出来ない。

 最後に見た光景は丸亀城の城壁に立つ小さな、長太刀を持った人影だったように思えた。

 

 

 千景は、眼前の光景を見ていることしか出来ない。

 あまりの巨体。一本一本が高層ビルかの如き四本の腕。

 それが振られれば、災害のような衝撃が発生。

 

「そこかッ!」

 

 叫びと共に漆黒の翼をはためかせ、その腕を飛んですり抜ける乃木若葉。

 千景はその光景を、見ていることしか出来ない。

 一歩、踏み出してみる。

 

「っ……」

 

 その途端、千景に襲いかかったのは圧倒的な恐怖だった。

 脳裏に浮かぶは、先程の光景。

 七体を同時に圧死させようと迫る、壁。

 それを思い出すだけで、千景は身体を震わせて動くことが出来なくなった。

 一本の腕を掻い潜った若葉だったが、その直後に上下から二本の腕が迫り、攻めを断念して回避。

 やがて距離を取り、宙に浮いたのだった。

 若葉の視界には、全てが映っていた。

 進化体に引っ張られ、上空から地面へとありえない速度で叩きつけられた歌野。そしてその後、一切動かなくなった姿。

 それを見た友奈が、肉体と精神の限界を超えて力を発揮し、その進化体を木端微塵に弾け飛ばした光景。

 やがて倒れ強化状態が解除されて、二度と目を覚まさないかのように、静かに動かなくなった姿。

 だが若葉は、そこに思考を割くことをしなかった。

 

 理由は二つ。

 最大使命として、この最後に残ったバーテックスを倒さなければいけないということ。

 出来る限り早く倒すことが神樹に、彼女たちに、そして人類に報いることだから。

 もう一つは、今使っているこの力。"切り札中の切り札"である"大天狗"。

 これを使っている間、火力や速度といった身体強化が目覚ましくなる。

 だがそれは命を燃やして無理矢理に捻出している火事場の馬鹿力に等しい力。

 生み出す力や速度は、その間にずっと身体を蝕み続ける。

 更には"思考"に関しても驚異的に能力が向上され、代わりに脳がその代償を払い続ける。

 炎を生み出せば敵を殲滅出来るが、それは自身をも焼き尽くす力。

 故にそれぞれの使い時を限定して、やがて訪れるであろう一瞬を狙っていたのだった。

 

 若葉は大天狗をその身に宿したことにより、驚異的な速度と力を得た。

 けれど相手は動きは緩慢とは言え、問題はその大きさ。

 腕の幅は大きく旋回を余儀なくされるほどに広く、長い。

 そして振り始めは緩慢だが、一度振ってしまえば徐々にその速度は加速していく。

 更に人間の構造とは違い、前方だけでなく後方へも同じように可動するのだから、背後から攻めるという選択肢が消されていた。

 進化体は若葉を脅威に思ったのか、千景の動きには反応を示さない。

 それに千景は、戦うことに恐怖を抱いてしまっており、戦闘出来ないのだから。

 千景を下ろした際に見た脚の震えから、若葉はそう判断していた。

 けれどそれを責めることはない。

 戦いが怖いという思いは、あって然るべき。若葉はそんな人たちを守るべくして勇者になったのだから。

 

 故に若葉は一人、強大な敵へと立ち向かう。

 飛び出して再び腕を掻い潜り、その巨体へと肉薄する。

 一本、二本、三本と腕を躱すのは、持てる力を全て使っているから。

 身体と思考の速度を限界まで上げて、四本目の腕を知覚する。

 死角となる真横から突き出された、今までとは違う攻撃。

 それを躱すために思考と身体を更に加速させた。

 その時。

 

「ガ、はッ……」

 

 若葉の身体に激痛が走り、吐血する。

 大天狗の力に、身体が追いつかなくなったのだ。硬直したのは一瞬。

 だがそれが致命的。

 

「ぐ、ぅあッ!」

 

 超質量が速度を増して若葉の身体に激突した。

 進化体はそのまま横殴りに腕を振り、若葉を超速で弾き飛ばす。

 背中から根へと直撃した若葉が、再び口から血を吐き出した。

 

「乃木さんッ……!」

 

 その光景を見た千景が思わず叫ぶ。

 だが若葉は呻き、必死に根から這い出ようともがく。

 そこにゆっくりと、けれど確かに距離を詰めていく進化体。

 千景はただ、その場で動くことが出来なかった。

 徐々に若葉との距離を詰める進化体を、見ていることしか出来ない。

 心にあるのは、やはり恐怖だった。

 

 この場で動けるのは、自分しかいない。

 でも、どうせ自分の力では通用しない。

 それに、やっぱり怖い。

 あの進化体を見ると、死の直前の光景が嫌でも思い出される。

 だから千景は周りを見る。誰か、立ち上がって、倒してくれないか。

 震える腕を動かしながら何とか這い出よう足掻く若葉。

 クレーターの中で仰向けのままにビクリとも動かない歌野。

 そのもっと奥で、並んで倒れている球子と杏。

 違う場所で、顔から根の上に伏せている、高嶋友奈。

 

「…………ぁ」

 

 千景の喉から、微かな声が漏れ出た。

 理解、してしまったのだ。

 この場で動けるのが、自分だけだと。

 自分だけが、ほぼ無傷なのだと。

 自分以外が、死力を尽くしたのだと。

 その事実に気付いた千景は、愕然とした。

 

 誰よりも活躍すれば、もっと皆に認めてもらえる。

 

 この状況下で、その思考が現れない自分に、愕然とした。

 今の千景は、ただ死に震える無力な少女なのだと、思い知らされたのだった。

 誰よりも活躍するのであれば、この絶体絶命の状況はチャンスのはず。

 なのに千景は足を震わせるだけで、決して動くことが出来なかった。

 この期に及んで、漸くと気付けた。

 

 認められるよりも、死ぬ方が怖いのだと。

 

 だから何も出来ず、震えていることしか出来ない。

 誰かが助けてくれる、それを待つことしか出来ない。

 無力でただ、死を待つ少女でしかなかった。

 目から涙が溢れて静かに落ちる。

 七体(千景)はただ、俯いていた。

 "死"だけが、怖かったのだ。

 弱った心に訪れる思考。

 

 どうせ自分じゃ倒せないから、無理だ。

 無力なんだから、何も出来ない。

 だから戦えなくても仕方ない。

 だから戦わずにいても、しょうがない。

 力がない人は、後ろで震えて待っていることしか出来ない。

 だって無力なんだから、戦える人に任せて、下がってていいんだ。

 

 そう考えた時、千景の脳裏に映像が浮かび上がる。

 今回の戦闘の序盤。

 その光景だった。

 力ある勇者たちの前で、一人バーテックスと戦う男。

 余りにも弱く、雑魚をやっとのことで倒せる程度の力しかない。

 千景が攻撃すれば複数を一度に倒せるのに、何回か攻撃してやっと一体倒せる程度の男。

 途中で、時間になったからと戦場を後にした男。

 

 あの男と、同じじゃないか。

 

 それに気付いた瞬間、千景の心に別の感情が宿る。

 千景はあの男、湯田寛が嫌いだった。

 何かをされた記憶がない。でも、だから、嫌いだった。

 両親のせいで村中から虐められるようになった辺りから、千景はあの男と面識がある。

 でも一度も、触れたことはおろか声すら聴いたことがない。

 周囲の全員から虐められ、苦しみ、辛く、泣いてしまう中。

 あの男は離れた場所からずっと、千景を見ていた。

 何もせず、顔に何も浮かばせず、ただずっと見ていたのだ。

 いなくなったと思ったらまた、いつの間にか姿を現し、何もせずずっと千景が甚振られる姿を見ていた。

 

 だから千景はあの男が、嫌い。

 自分を助けず、"何もせず"にいたあの男が嫌い。

 勇者になって活躍して、村のみんなは掌を返した。

 なのにあの男は、それでも千景に"何もしない"のだ。

 だから千景は、"何もしない"湯田寛が大嫌いなのである。

 今だって、力は弱くとも戦えるはずなのに、"何もしない"。

 

 あの男と、今の自分が同じ。

 そう考えると、鎌を握る千景の手に力が入った。

 あの男と、自分は違う。

 そう考えると、脚の震えが収まった。

 戦闘に参加して、見せびらかすように男の前でバーテックス倒した後、振り返って見えた顔。

 必死の形相で荒い呼吸を繰り返しながら、友奈に守られている姿。

 けれど彼の目には決して、怯えや恐怖はなかった。

 ただひたすらにバーテックスを見据え、自分が出来ることを模索していた。

 

「……ふざけ、ないで」

 

 不意に千景の口から、そんな言葉が漏れたのだった。

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