※この作品はR-18です。

湯田寛は勇者ではない   作:げっしりあん

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第20話

 夕暮れとなり、地平と太陽が徐々に水平となる頃。

 赤に染まる農場の光景を、土の上に腰を下ろし膝を抱えながら見つめる。

 育っている野菜は、綺麗に整えられた畑は、誰かが手入れをしていた証。

 藤森水都は一人、誰もいない農場を見つめていた。

 ここに来てから既に数時間が経っている。けれど水都は動くことをしない。

 

「……っ」

 

 僅かに口を開いては、すぐに閉じる。

 何を言う訳でもなく閉じられた口の横を、涙が流れ落ちた。

 涙が止まらず、膝に顔を埋めれば水都の視界が暗くなる。

 冬の寒さが消えたにも関わらず、水都の身体は寒そうに震え続けた。

 水都の心に、春が訪れなかったから。

 

 白鳥歌野は命を賭して御役目を果たした。

 

 戦闘が終わり、勇者たちが病院に運ばれたと聞かされたのが数時間前。

 ひなたと共に病院へと向かい、姿を見て、話を聞いた。

 今までよりも圧倒的に多いバーテックスの襲撃。

 今までよりも格段に強い進化体が四体もいた。

 それらを撃退した勇者たち。

 ベッドの上で死んだように眠る、乃木若葉、高嶋友奈、郡千景。

 土居球子、伊予島杏、そして白鳥歌野の姿は、そこにはなかった。

 今は英霊として祀る儀式の準備を行っており、会うことは叶わないと告げられる。

 大社から告げられた言葉で、水都とひなたはその理由を把握する。

 勇者としての御役目を全うした。

 その意味を理解出来ない水都ではなかった。

 傷の見当たらない姿で意識を失ったままの若葉、友奈、千景。

 大社からその理由として、アップデートされた機能が無事に発揮されたのだと説明される。

 それは、生命力が減ったことによる絶命を神樹の力で保護するというもの。

 故に精魂尽き果てた状態でも、樹海化が解除されたと同時に、戦闘で傷付いた身体を回復されたのだと。

 

 説明を聞き、水都とひなたは訊ねた。

 ならば何故この三人だけが無事だったのか。

 球子、杏、歌野には何故、その機能が発動しなかったのか。

 その疑問に大社が答える。

 樹海化中に生命力が尽きた場合、発動しない。正確には、樹海化中でも発動するように仕向けてはいたが、即死といった状況下では望んだ効果には至らなかった。

 故にこの機能はまだ開発段階のプロトタイプで、検証段階。だからこそ勇者にも巫女にも説明を行わなかったのだと。

 安心が慢心にならないために。希望が絶望にならないために。

 

 ひなたと水都は、それに対する反論が思い浮かばなかった。

 事前に説明を受けていればきっと、大社を責め立てていただろう。それを理解したから。

 巫女たちはそのセーフティ機能を理解せず、勇者たちもまたその機能に頼らず全力で戦ったのだ。

 結果として若葉、友奈、千景はその機能によって助かった。

 球子、杏、歌野は助からなかった。

 ひなたは、水都は、その事実を理解すると共に、現実を漸くと理解する。

 けれど心が納得出来る訳ではない。

 二人の中に、共通の疑問が浮かぶ。

 

 樹海化した戦場には、六人の勇者たちの他にもう一人、参加していたはずだ。

 湯田寛。彼が今回の戦闘には参戦していた。

 勇者たちがこうなってしまったのならば、湯田寛はどうなったのか。

 二人の問いに、大社が返した。

 湯田寛はデータを取るために冒頭の五分間、単独でバーテックスとの戦闘を行った。

 そして五分後、勇者たちが参戦したことにより戦線から離脱。

 勇者たちが戦闘終了するまで後方にて待機していた。

 故に樹海化終了後、彼から一連の出来事の説明を受けて大社は勇者たちを回収。

 湯田寛は病院には寄らず、大社へと戻った、と。

 

 ひなたは、憎しみを超えて殺意を抱いた。

 若葉たちが苦戦する敵と戦闘して、同じく倒れたならばまだ、納得出来た。

 だが勇者たちとは戦わず、あまつさえ一部始終を安全な場所から眺めているだけで何もしない。

 そんな男へと、激しい殺意を抱いたのだ。

 若葉たちが傷付かず、球子たちが死なず、あの男がその全てを受ければよかったのに。

 涙に濡れる瞳は、悲しみの裏に強烈な殺意が込められていた。

 大社の者が去り、水都が去った後、若葉に充てられた病室で椅子に座る。

 眠り続ける若葉の傍で、ひなたはその姿を見続けた。

 いつまでも流れ続ける涙。

 時間が経てば経つ程に、現実という絶望が押し寄せる。

 球子、杏、歌野が死んだのだと理解してしまう。

 こうして無傷で眠る若葉。そして友奈と千景もまた、命を失う恐れがあったのだと理解させられる。

 ひなたはただ、座っていることしか出来なかった。

 湯田寛が全ての報いを受ければいいのに。

 そう思う心を内に隠して、ひなたは若葉を見続けたのだった。

 

 

 水都は、無事だった三人の姿を見て、大社から事の顛末を聞き、やがて病院を後にした。

 気付けば歌野が営む農場へと足を運んでいたのだ。

 どうやってここまで来たのか、記憶にない。

 けれど気付けば、夕焼けが照らす無人の畑を見つめていた。

 前回見たこの景色には、人影があった。

 水都の視界の中央で元気に土を耕す、白鳥歌野の姿。

 でも、今はない。

 記憶と現在進行形の視界の違いが、水都に現実を突きつける。

 だから見ていられなくて、膝に顔を埋めたのだった。

 歌野がいなくなった"日常"。そんなのは考えられないから。

 考えることができない。

 だから考えたくなくて、見たくなくて、水都は視界と心を閉ざす。

 

「……うたのん」

 

 意味もなく呟いた言葉。それに対する返事はない。

 再び、水都の目から涙が流れる。

 うたのんが、死ぬわけない。

 そう思うが返事のない独り言となった呼びかけに、心が砕けそうになる。

 水都の中に、諏訪の映像が蘇った。

 諏訪の最期となった、バーテックスの総攻撃。

 本来はあの時、歌野は、水都は死ぬはずだった。

 朝から襲撃が続き、満身創痍の歌野。

 そこに訪れた、総攻撃を知らせる神託。

 絶対に助からない。もう終わりだと思った。

 だから水都はずっと、最期まで歌野を見ていようと思った。

 でも歌野も、水都も、死ななかった。

 

 湯田寛がその絶望を、払ってくれたのだ。

 水都はそれを思い出し、更に心へと罅が入る。

 何で、うたのんを助けてくれなかったの?

 心に浮かんだのは、そんな疑問だった。

 水都はあの時に見たのだ。絶望をたった一振りで払いのけた奇跡を。

 無数のバーテックスを一閃で消し去った、湯田寛の力を。

 故に、思う。

 何でうたのんを助けてくれなかったの、と。

 あの力があればきっと、歌野は、他の勇者たちは傷付くことはなかっただろう。

 死ぬことはなかっただろう。

 何でうたのんを助けてくれなかったの。

 大社から聞かされた湯田寛の行動に、水都の中で男を嫌う感情が芽生えた。

 

 それが、水都の心に一滴の雫を垂らす。

 

 ――俺は人々から嫌悪や憎悪、もしくは怪我を引き受ける事でそれを力に変換出来る。寧ろそれ以外では一般人と対して変わらない力しかない。そしてそれらが"勇者"から受けると……飛躍的に力が増すんだ。

 

 不意に、男の声が水都の脳内で再生された。

 それは懐かしくも、新しい声。

 忘れることの出来ない言葉だった。

 何故今そんなことを思い出したのか、水都には分からない。

 けれど心に落ちた一滴の雫は、波紋となって水都の心を落ち着かせていく。

 水都の中で、記憶が進み続けた。

 

 ――地蔵菩薩。

 

 その言葉と共に、真白な装束へと変わった男。

 彼が手元の歌野を見た時、水都は最初の奇跡を目撃した。

 満身創痍だった歌野の身体から、無数の傷が姿を消していく。

 やがて元の美しい肌となった歌野が、男の腕の中で意識を失っていた。

 その記憶が水都の中で、現実と混じり始める。

 湯田寛の力。意識を失った勇者。怪我が回復した勇者。怪我を受け取った湯田寛。

 水都の記憶が続く。

 

 ――大太法師(ダイダラボッチ)。

 

 水都の上空で行われた、絶望を希望に変えた光景。

 二度目で、この上ない奇跡の瞬間。

 一閃で絶望を消し去った、男の姿。

 それが、現実と重なった。

 

「……ぁ」

 

 不意に漏れた声は、悲しみに沈んだ声色ではなかった。

 呆然と、何かに気付いた声。

 嫌われたり憎まれたり、そして誰かの傷を受け取ることで力を増す湯田寛。

 病室で眠っていた若葉、友奈、千景。

 無傷で意識を失っていた、勇者たち。

 樹海化中に何が起きたか、それを説明したのは湯田寛。

 それを聞いて水都は、何を思ったか。

 

「……きら、い……に、なる」

 

 口に出せば、思考が更に回り始めた。

 湯田寛の力や行ったことを誰かに話せば、歌野を殺すと言っていた湯田寛。

 けれど彼に関しては、他の巫女もある程度は知っているとも言っていた。

 ならば何故、自分とひなたは、病院で同じ説明を受けたのか。

 湯田寛の力を一切隠した説明。

 水都と同じだけの情報を持っていれば、ひなたに隠す必要はないはず。

 ひなただって、怪我を引き受けられる湯田寛について、話に出してもいいはず。

 誰にも言えないから、聞かなかったのだろうか。

 そう考えた水都だったが。

 

「……ちがう」

 

 否定の言葉を口にした。

 もしそうなのだとすれば、あの時。

 湯田寛の行動について説明を受けた時に、ひなたがあんなにも憎しみの籠った表情を浮かべるはずがないから。

 自分と同じく忘れていただけなら、大切な仲間を失ったという衝撃から呆然と悲しむだけだろうから。

 以前に旅館の部屋で見た、湯田寛の話を聞いて辛そうに蹲るひなたなら、そんな顔はしないだろうから。

 故に水都は思う。

 あの時から今までで、ひなたと湯田寛の間に何があったのか。

 どこか男を想うような態度だったひなたが、その男を憎む何かがあったのか。

 けれど水都はその部分を深くは考えない。

 今必要なのは、そこじゃないから。

 

 ベッドの上で意識を失っていた、無傷の勇者たち。

 命を賭して御役目を果たしたとされている球子、杏、歌野の姿は、見ていない。

 英霊として祀る儀式の準備と言われ、一目見ることも出来ていない。

 見ていないのなら、水都はやはり――見たものを信じる。

 自分が見たのは、絶望じゃなかった。

 湯田寛が起こした、奇跡だった。

 彼がもし、六人の勇者の傷を治していたら。

 ならば言外に亡くなったと言われた三人は、どうなのか。

 

「……見られちゃ、まずいの、かも」

 

 そう呟けば、心が熱を帯びて鼓動が速まりだす。

 三人の勇者は死んだことにしておいた方が"都合が良い"。

 そう思う人物が、いるのではないか。

 大社としても、大衆としても、巫女としても、勇者としても。

 皆、勇者がいなくなる方が困るに決まってる。

 勇者をわざわざ減らすなんて、誰も望まない。

 勇者が減るなら、戦力が減る。戦力が減るなら、人類の未来が暗くなるのだから。

 でも、と水都は考える。

 もし勇者を"死んだこと"にした方が良い人物がいるのだとしたら。

 

 その人は、人類全てから嫌われて、憎まれるに違いない。

 

 しかしそうしたところで、その人にとってもメリットはない。

 勇者が少なくなれば、人類がバーテックスに負ける可能性が高まる。

 人類が滅びれば、その人だって死んでしまうのだから。

 ならばどんな人であれば勇者が死ぬことによる、そのデメリットを超えるメリットを生めるのか。

 

 勇者が戦わなくとも、自分でバーテックスを倒せる人。

 

 水都の中で、一つの結論が出た。

 勇者が、大切な人が傷付いたり死んだりしたら、その原因となった事柄を激しく恨んでしまう。

 それが人の手によって引き起こされたと知れば、その人を絶対に許せなくなる。

 殺したいほどに、憎んでしまう。

 水都自身がそう思ってしまうのだから。

 故に、そう仕向けて得をする人物は誰か。

 巫女である自分に、大切な友人(勇者)を殺すを脅した人は誰か。

 歌野を死んだことにして、その恨みを引き受けやすい人は誰か。

 

「……確かめ、ないと」

 

 水都の口から、静かに声が漏れる。

 涙に濡れる顔が上げられた。

 徐々に夕闇となる畑は、無人。

 けれどこれがもし"仕組まれた"ものだとしたら。

 そう思ってしまえば、身体がゆっくりと起き上がる。

 信じる。水都は、そう決めたのだ。

 歌野を、そして湯田寛を。

 二人(勇者)の巫女である水都は、信じると決めたのだ。

 静かに一歩踏み出せば、その足が徐々に速まる。

 走って、息を切らせて、疲れ果てて、でも走り続けた。

 

 すっかりと夜になった時間帯。

 水都は汗も拭わずに、大社の中へと入る。

 重くなった足で進めば、視界の奥に見えた。

 大社勤めの巫女が、どこか慌ただしい雰囲気で一つの部屋に入っていくのを。

 その扉の前に着き、静かに手を置く。

 周りに誰もいないことを確認し、水都はゆっくりと扉を開ける。

 中には誰もおらず、代わりに沢山の物が散乱していた。

 包帯や傷薬、その他医療用品と思えるものが、転がっている。

 その光景は水都に、どこか慌ただしさを想起させた。

 静かに扉を閉めて中に入れば、正面奥の壁に扉が見えた。

 忍び足で近付き、そっと扉に耳を当てる。

 微かな音が耳に届いたのだった。何を言っているのかは聴き取れない。

 けれど女性と思える複数の声と、男性と思える声。

 聴こえてくる声はいずれも緊迫感を漂わせ、水都の心に不安と恐怖が湧き上がる。

 

 水都は暫く佇み、やがて意を決した。

 歌野を、湯田寛を信じると決めたのだ。

 水都には不思議と、この先に進むことでその結果が分かる気がした。

 何故かは分からない。神託といったものもない。

 けれど直感のようなものが、水都の中にあったのだった。

 固唾を呑んで、水都の手が動く。

 その瞬間、水都の手元からガチャリという音が聴こえ、水都の意思に関係なく眼前の扉が開かれた。

 

「代わりの水と布持ってくるねっ……え?」

 

 背後へと顔を向けながら扉を開けた巫女が正面へと向き直し、水都と目が合う。

 僅かな沈黙。

 

「ッ、ご、ごめんね! 今忙しいから!」

 

 我に返った巫女がそう言って、水都の身体を押し退けて走り去ったのだった。

 横へと僅かにたたらを踏んだ水都。

 大きな桶を両手に、巫女はそのまま水都が入ってきた扉を開閉して姿を消した。

 驚きに目を丸くしながら巫女の姿を見ていたが、やがて開け放たれたままの扉へと顔を向ける。

 扉へと手を置いて、水都が中を覗き込んだ。

 そこには、異様な光景が広がっていた。

 床に書かれた大きな円と微かな模様。

 その周囲には、正装となった三人の巫女が囲う様に立っている。

 まるで何かの儀式みたい。漠然と水都はそう思った。

 だが円の中心を目にし、水都からその意識が吹き飛ぶ。

 

「ぅぐああッ、あ、ガッ、ぐゥ、あぁああああッ!」

 

 全裸となった状態で伸ばした四肢を固定され、胸に開いた円形の穴を始めとした大小数多の傷を晒しながら、脂汗を全身に滲ませ苦しみながら絶叫する湯田寛の姿。

 そして。

 

「寛君、ん、ぁあっ、痛いだろう、けど、ぅあっ、落ち着い、て、ッ……んんっ、は、ぁあっ、神樹、ぁ、様……からの、ん、ぅ……力を、受け入れ、あぁっ、てっ……!」

 

 乱れた正装から素肌を覗かせながら、寛の股座に正中線を置いて膝立ちの身体を上下させている、どこか嬌声を堪えながらも必死に眼前の男へと声をかけている安芸真鈴の姿があったのだった。

 湯田寛の状態。

 安芸真鈴の痴態。

 水都はただ、その光景を見ていることしか出来なかった。

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