湯田寛は勇者ではない 作:げっしりあん
勇者三名が全員目を覚ましたのは、バーテックスの大規模な襲撃から三日が経ってのこと。
若葉、友奈の順で目を覚まし、最後が千景だった。
そこから三日間、勇者たちは病院に隔離され、各種検査が行われる。
身体的な異常はないか、精神的な異常は見当たらないか。
検査入院となった最終日、勇者たちに告げられた。
土居球子、伊予島杏、白鳥歌野の三名が戦死したと。
当然の如く乱れる精神。
そのカウンセリングとして最後の一日が充てられ、翌日に勇者たちは退院となったのである。
勇者たちは戦闘が終わってから大社にスマホを回収されており、退院したと同時に返却された。
故にそこで漸く、外界とのコミュニケーションが可能になった。
退院した千景は自室へと戻り部屋に籠る。
夜になる頃には、スマホはベッドに置かれ、千景は机の前に座りパソコンの画面を食い入るように見つめていた。
ニュースの記事や、不特定多数の人間が匿名で投稿出来る掲示板。
インターネット上にある情報を、千景はずっと見ていた。
そこには、今回のバーテックス襲撃に関する勇者たちの情報が掲載されていたのだ。
今回から、諏訪の勇者に続いて新しい勇者が参戦した。
勇者たちは懸命に戦い、襲撃してきたバーテックスを討ち倒した。
戦闘の中で三名の勇者が尊い犠牲となった。
生き残った勇者たちも入院を余儀なくされ、現在は快方に向かっている。
千景は画面に映る内容に目を通して、スクロールや次のページへと指を動かす。
勇者たちの情報や活躍は、以前から大社によって発表されていた。
故に千景にとしても、勇者に関する話題がネット上に存在していても何ら不思議ではない。
けれど千景は画面を食い入るように見つめる。
――勇者たちの辛勝。その原因は新たな勇者か?
――これまで順調な活躍を見せていた勇者が陥った危機は新しい勇者が加入したと同時に発生。
――湯田寛。彼が加わったことで勇者たちに何があったのか。
そんなタイトルや内容が、殆どだった。
曰く、湯田寛が入ったことで今までの連携が上手く行かなくなった。
曰く、湯田寛が弱いことが原因で、他の勇者が犠牲になった。
曰く、己の力を過信した湯田寛が無理な特攻をしたせいで、仲間たちが巻き込まれ被害にあった。
曰く、湯田寛は特に怪我も反省もなく、今も普通に生活しているらしい。
そんな憶測とも勝手な印章とも取れる意見が、殆どだった。
記事や掲示板を見つめていた千景の表情に、笑みが浮かぶ。
そうだ、あの男が急に入ったから、あんな厳しい戦いになったんだ。
無力の癖に、何もしない癖に、ただそこにいるから皆に迷惑をかけたんだ。
今回の襲撃について世間の反応は、辛勝といったもの。
けれど誰しもが千景を、そして仲間たちを責めず、新しく参加した湯田寛を責め立てていた。
「そうよ……全部、全部あいつが悪いのよ……」
故に千景は笑う。
「あいつのせいで……三人がッ……!」
故に千景は憎む。
球子が、杏が、歌野が死んだと伝えられた。
それはどこか、戦闘の中で感じ取っていたことでもあった。
けれど戦闘が終わり日常の中で、改めて告げられた現実。
千景がバーテックスを憎むには、あまりにも遠い存在だった。
だから千景は、湯田寛を恨む。
今までは六人で、危ない場面もあったが、それでも全員が生き残ってきた。
なのに今回は三人も、死んでしまった。
大切な仲間が。仲間と一緒に戦うという暖かさと心強さを知った途端に、三人も失ってしまった。
自分の命を懸けてでも仲間を死なせたくないと思ったばかりなのに、殺されてしまった。
だからバーテックスは憎い。それが千景の当然。
けれど仲間が死んだ状況がいつも通りだったなら、千景の憎しみは全てバーテックスに注がれただろう。
しかし今回は、六人じゃなかった。
湯田寛。この男が樹海化した戦場にいたのだ。
いつもとは違う、もう一人を加えた戦闘。
もう一人が加わった初めての戦闘で、大切な仲間たちが命を落とした。
だからこそ千景の中に浮かぶ"もしも"。
もしも、今まで通り六人だったのなら、誰も死ぬことはなかったんじゃないか。
そう思わずにはいられなかった。
湯田寛のせいだ。
千景はそう考える。
無力なくせに、何も出来ないくせに、自分たちの中に入ってきたからこうなったんだ。
「……あいつが、死ねばよかったのに、ッ」
小さく叫んだ千景の顔は、怒りに満ちていた。
そして意識が再び、パソコンの画面へと戻る。
"他の勇者殺して生き残るとか、湯田寛ってヤツ、やばくね?"。
"マジで責任とって一人で特攻させた方がいいだろ"。
"周り女子だらけだしカッコつけたかっただけじゃね"。
"それで味方殺すんだから、ほんと疫病神だよな"。
湯田寛を責め立てる投稿の数々を見つめる。
けれど、千景の表情に笑みはなかった。
"湯田が死んだ方がよかったよな"。
"記事に写真載ってたけど目まで髪で隠してて、マジで根暗って感じの男だしな"。
"絶対、自分に力があるって勘違いした痛いヤツだよな"。
"実績が味方殺しだけって俺、あいつを勇者って呼びたくねーよ"。
似たような投稿の数々を見つめる千景の表情が更に歪む。
やがて感情のままに舌打ち。
千景の心は、怒りに包まれていた。
それは湯田寛に対してであり――画面の奥でこれらの感想を何気無しに投稿している者たちにも。
"てか勇者の半分が死んで、どうすんだよ!?"。
"今回だってギリギリだったんだろ? 次、勝てんのか?"。
"勝つの願うしかないけど、戦力が半減したしなあ"。
「……ふざけ、ないでッ」
マウスを握る右手に、思わず力が入る。
誰も彼もが湯田寛を責め立てていた。
誰も彼もが人類の未来を憂いていた。
誰も彼もが、自分たちの頑張りを評価していない。
それが千景の中で、激しい怒りを生んでいた。
全員が死んでもおかしくない状況。助かったのは、大社が隠していた生命維持機能が働いたから。
何とか、三人が生き残った。
何とか、三人だけが生き残れた。
それほどまでに、全身全霊の限りを尽くした戦闘だったのだ。
にも関わらず、誰もが湯田寛を責め立てるだけ。
誰もが、勇者の半数が命を落としたことに、未来を憂いているだけ。
誰も千景の、仲間たちの頑張りを評価してくれない。
あんなにも辛い中、命を懸けて頑張ったのに、それを認めることも褒めることも讃えることもしない。
話題に挙げるのは湯田寛のことばかり。
それが千景にとって許せなかった。
「……誰の、ために……何のために、頑張ってると思って……!」
思わずと呟いてしまうほどに、千景は画面を睨みつける。
湯田寛、湯田寛、湯田寛。
名前が出るのはそればかり。
あの男よりも圧倒的に貢献した、活躍した自分の名前はどこにもない。
死力を尽くして最後まで戦い抜いた友奈の、若葉の名前すらない。
命を失ってまで人類を守ろうとした球子の、杏の、歌野の名前すらない。
湯田寛、湯田寛、湯田寛。
称賛とは正反対の評価ばかりが書かれている男。
湯田寛、湯田寛、湯田寛。
けれど唯一名前が挙げられ続ける男を、千景は改めて心から憎んだ。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら友奈は構えを解く。
気付けばすっかりと夜が更け、何時間か振りに時間間隔が戻ってきた。
身体から力を抜けば、どっと疲れが押し寄せてくる。
同時に思考が押し寄せ、振り払うように再び拳を突き出した。
退院してから三日。
友奈は授業がある時以外、就寝までの間は全ての時間を鍛錬に充てていた。
そうしていなければ考えてしまうから。
遠目に見た、バーテックスの巨大な針に貫かれる、球子と杏。
持ち上げられ、振り回され、やがて全力で叩きつけられた、歌野。
「ぅぁぁああああああッ!」
心のままに叫び声を上げながら、右手の拳を木の幹に叩きつける。
「あぁああああああッ!」
続け様に左手のぶつけ、そして再び右の拳を振り抜く。
幹に当たり皮膚が破れ血が出るが、構わずに殴り続ける。
暗がりに映る眼前の大きな柱。
それが徐々に、別の存在へと形を変えていく。
瞳に強い憎悪を宿した友奈はひたすらに拳を振り続けた。
目の前の存在を倒すように。
心の中の何かを振り払うように。
退院してからというもの友奈は朝と夜、毎日この辺りへと訪れていた。
日課の丸亀城の境内のランニングを終えた足のままに丸亀城を抜け出し、少し離れた小高い山へと足を運ぶ。
青ノ山。丸亀城から凡そ三キロメートル程度離れた場所にある、標高二二四メートル程度。山頂を筆頭に幾つもの古墳や窯跡が見られる古墳群。
早朝と夜。どちらもまだ陽が昇らない時間帯に、友奈はこの場所を訪れていた。
整備された道を外れ、人が滅多に足を踏み入れない木々の間を抜ける。
やがて立ち止まり、遠目からの街の灯りも消えた視界で、微かに映る眼前の樹木へと拳を振るうのだ。
それは徐々に強く、そして叫びを増しながら。
全てを忘れるかのように、友奈は幹へと声を荒げて殴り続ける。
止まっていると思い出す。
一人でいると思い出す。
寝ていると夢に見る。
起きた時にまた思い出す。
だからこそ友奈はそれを振り払うように、全力で拳を打ち続けていた。
大切な仲間たちが目の前で殺されていく光景が薄まるまでずっと。
同時に、その光景の原因となったモノへの憎悪を込めて。
三人の死と同時に映り込む、
それを砕くように、壊すように友奈は殴り続ける。
けれど生身の身体では太い木の幹は、勇者と言えども容易に砕けるものではない。
殴り続けるが壊れない幹。
それがまるであの時の光景に思えて。
「絶対にッ! 絶対に奪せてたまるかああああああッ!」
更に友奈の拳を激しく動かし続けた。
もっと自分に力があれば。
もっと自分が早く倒せれば。
球子と杏が対峙した敵を、自分が相手していれば。
浮かぶ幾つもの"もしも"が、殴れば殴るほどに増えていく。
故に友奈の拳と叫びもまた勢いを増すのだった。
「はぁ……ぜっ、たい、にぃ、っ……はぁ……」
やがて握りしめた右手を幹に押しつけ、体重を預けた。
額からは大量の汗が流れ、荒い呼吸を繰り返す。
「はぁ……はぁ……!」
静寂の中、友奈の呼吸だけが宙に揺蕩う。
友奈の脳裏には未だに、戦闘の記憶が流れ続けていた。
だが、場面は冒頭。
友奈たちの前で一人、バーテックスと立ち向かっていた男の姿。
湯田寛。途中から友奈が守った男。
けれど序盤で、役目を終えたと戦線から退いた男。
退院してから三日。
友奈は連日、湯田寛の名前を耳にしていた。
それはテレビ、スマホ、新聞などから。
友奈たちが目覚めてからずっと、四国の話題は一つに染まっていた。
湯田寛。新たな勇者。
仲間殺し。勇者殺し。
勇者としての資格がない。
人類の損失を生んだ男。
言われ方は様々。けれど全てが、彼を非難するものばかり。
勇者たちが死んだのは湯田寛のせい。
弱いにも関わらず無茶な特攻から、犠牲だけを生み出した男。
言い方は様々。けれど全てが、彼を貶すものばかり。
「……そんなこと、ないッ……!」
荒い呼吸のまま、友奈は声を荒げる。
友奈は見ていた。一人でバーテックスと戦っていた彼の姿を。
決して強いわけじゃない。
だがそれでも、決して逃げずに戦い続けていた。
故に世間の声を、友奈は否定する。
「……悪いのは……
故に友奈は庇う。
悪いのは湯田寛じゃない。
悪いのは、球子を、杏を、歌野を殺した
友奈は勇者なのだ。だから人を責めない。
悪いのは人類を滅ぼそうとする、あいつらなのだ。
友奈の憎しみは、人類の敵にだけ向けられる。
もう誰も奪われないように。
もう誰も奪わせないように。
「……はあああああッ!」
僅かに収まった呼吸を確認し、友奈は再び幹を殴り続ける。
ストレスの解消でもあり、不安の解消でもあり。
恐怖の解消でもあり、未来を望むものでもある。
勇者として、友奈はその全てを己の内にだけ秘める。
仲間たちの前では、笑顔でいるために。
友奈は一人、特訓と懺悔を続けるのであった。