湯田寛は勇者ではない 作:げっしりあん
「うああああああッ!」
友奈が飛びかかり、壁の上に立つ寛へと拳を振るう。
振り抜いた右の手甲が長太刀とぶつかり合い、激しい火花が散る。
「なんでッ! なんで殺したのッ!?」
涙の奥に憎悪を宿し、友奈が叫ぶ。
向けられた寛の表情は、無だった。
「何でも何も、敵だからだ。そんなことも分からないようでは、死んだ三人も浮かばれないだろうな」
「ああああああッ!」
友奈が暴れるように左右の拳を乱打するが、寛はその全てを右手に握った長太刀で防ぐ。
「もらったッ!」
不意に寛の背後に六人の千景が現れて、一斉にデスサイズを振り下ろした。
「声を出さなきゃ、やれてたかもな」
だが寛は焦りを見せずに身体を独楽のように回転させ、鎌が身体に触れる前に長太刀の刃が千景たちを一閃。
一瞬にして大橋に立つ千景だけとなった。
しかしすぐに、その場で千景が七人に戻る。
友奈が再び殴りかかるが、寛はそれを防ぎながら千景へと声をかけた。
「古の武将じゃあるまいに、自分が首を取ってみせることに拘れば、足手纏いのままだぞ?」
「……うるさいッ、うるさいうるさいうるさいッ!」
寛の言葉で怒りに支配された千景が七人で飛びかかる。
友奈からの攻撃を捌きつつ、振り下ろされた七本を、寛は流れのままに躱した。
そして身体を回転させ、七人の眼前で薙いだ刃を寸止めする。
「ほら、これでお前は一回死んだぞ?」
届いた言葉に、綿帽子の中で千景の顔が青褪める。
寛は刀身を逆にし、峰で七人を一斉に振り落とした。
「きゃああッ!」
千景の悲鳴。やがて大橋の上に叩きつけられる。
「ぐんちゃん!? このおおおおッ!」
友奈が表情に怒りを宿して寛へと殴りかかった。
だがそれも容易に、長太刀で受け止められる。
「お前の攻撃も単調だ。怒りに身を任せて本来の動きを失うとは、死んだ三人が草葉の陰で泣いていることだろう」
溜息交じりの寛の声。友奈の瞳が再び憎悪に染まる。
「うるさいッ! あなたは絶対に許さないッ!」
「気持ちを高めたとこで動きが変わらなければ何の意味もないがな。そんな攻撃は猿でも出来る」
「うああああああああッ!」
友奈は力の限りに両腕で乱打を繰り返す。
けれどその全ては、ただ力任せに殴るばかり。
寛は表情を変えずにその全てを捌いていく。
全力を込めて拳を突き出せば、長太刀に止められ鍔迫り合いとなる。
至近距離でその目が交差した。
「絶対にッ! 絶対に、許さないッ……!」
怒りの表情で心からの言葉をぶつける友奈。
寛は表情を変えぬままに、口を開く。
「そもそも、何故お前がそんなにも怒りを抱くんだ」
その言葉に友奈の表情が更に怒りへと染まる。
「決まってるッ! 大切な友達だからだよッ!」
寛が返す。
「本心でぶつかり合ってないくせに、本当に大切な友達なのか?」
「…………え?」
寛の言葉に思わず、友奈の力が弱まった。
その表情が、戦闘の場に見合わぬ呆然としたものに変わる。
「衝突を避けて心の内を見せないくせに、言葉では大切な友達とは。お前は上辺だけの関係を望んでるんだろう?」
友奈の目が見開かれた。
「……ち、違うっ……私は……!」
拳を振り抜いたまま出した言葉は、激しい動揺が含まれている。
その目からは完全に憎悪が消え、微かな怯えが宿っていた。
「なら他の勇者や巫女に、お前自身のことを詳しく話したのか? 相手と意見が合わない時、納得するまで互い言い合ったことはあるのか?」
「そ、それはっ……ちが、う……違う、のッ……!」
その拳から完全に力が消え、青褪めた顔で身体を震わせる。
「どうした? 違うのならちゃんと否定してみろ。楽だったんだろ? 誰とも衝突せずに八方美人でいるのが。気持ち良かったんだろ? 上辺だけの付き合いなのに、自分のことを好きになってくれることが」
「ちが、う……違うッ! 私は……わたし、は……」
一歩後ずさり、友奈は怯えるように自分の身体を抱きしめる。
瞳は焦点が合っておらず、視線は地面だけを捉えていた。
その時、寛の背後に陰が現れる。
「高嶋さんに何をしたのッ!?」
言葉と同時に七本の鎌が振り下ろされ、寛は長太刀を頭上に掲げることでそれを防いだ。
顔を僅かに向けて、寛が背後へと声をかける。
「だから何度、奇襲の際は声を出すなと言えば分かる」
その言葉と共に右腕を振り払い、千景たちを弾き飛ばす。
だが千景は壁の上に着地し、即座に七方向へと散開。
僅かにタイミングをずらして各方向から寛へと斬りかかった。
それを順番に捌く寛だったが、千景たちは攻撃を続け、寛が防戦一方となる。
「中々、考えたようだな。だがこのままでは埒が明かんぞ?」
寛の言葉に、千景は必死の形相を変えない。
「……ええ、そうでしょうね……でもそれは、相手が私だけだった場合よ」
千景が寛越しに言葉を届ける。
「高嶋さん!」
千景の攻めで寛は背中ががら空き。
前方と側面からの攻撃を捌くのに精いっぱい。
千景は敢えて、背面の一部だけを空けていた。
そこには友奈がおり、この状況では友奈の一撃さえ入れば、好転すると思えたから。
千景は友奈を信じている。
彼女ならば間違いなく、この隙を逃さないと。
だから本命の攻撃を友奈に託した。
だが。
「仲間が狙い通り攻撃してくれれば、だがな」
「きゃあっ!」
声と共に寛の長太刀が裏返され、素早く横へと薙ぎ払われる。
そして峰が再び千景の一人に当たり、峰に押されながら二人、三人。
やがて全員を巻き込んで後方へと押し飛ばされたのだった。
尻餅をつきながら慌てて顔を上げた千景。
長太刀を薙いだ態勢の寛。
その奥に見えた光景。
青褪めた顔で俯き身体を震わせる友奈の姿。
「……高嶋、さん?」
思わずと千景が声をかければ、友奈の身体が大袈裟なまでに震えた。
「えっ……えっ、と……なに……ぐん、ちゃん……?」
青褪めた顔で必死に不格好な笑みを浮かべ、視線を絶え間なく彷徨わせた友奈の姿。
その瞳は一度も、千景と合うことはない。
見たことのない友奈の姿に、千景は呆然としてしまう。
眼前の人物が、記憶の中の高嶋友奈と、一致しなかった。
そこに声が届く。
「こいつが何故こうなったか、教えてやろうか?」
「えっ……?」
声の主は、湯田寛。
千景は思わず声を漏らした。
その時。
「だ、ダメッ!」
友奈から悲痛な叫びが響き渡った。
千景の身体が硬直する。
怯えた顔で寛を見る友奈の姿が、千景には信じられなかった。
けれど寛は千景へと向いたままに口を開く。
「こいつはな……お前に本当の自分を」
湯田寛の言葉が、途中で掻き消される。
「やめてッ! 言うなああああああッ!」
その絶叫と共に、激しい怒りを宿した友奈が寛へと殴りかかったのだ。
振り返って友奈の拳を受け流す寛。
「別に言ってもいいだろ? どうせ上辺」
「やめろぉおおッ! 言わせないッ! 絶対に言わせるかああああああッ!」
友奈の瞳には何よりも強い憎悪が込められていた。
それを見た寛の口角が微かに上がる。
「今までで一番強い拳だな。やはり自分のことが一番」
「うるさいうるさいうるさいッ! 喋るな喋るな喋るなああああッ!」
憎悪に満ちた必死の形相で友奈が寛へと絶え間なく拳を振り続ける。
まるで何かに取り憑かれたように、その瞳は寛だけを捉え続けていた。
誰かを守るではなく、何かを奪うとすら思える友奈の様相に、千景は微かに恐怖を抱く。
今までの姿が仮初で、これが本性のように思えてしまった。
そんなことはあり得ないと慌ててその思考を切り捨てる千景。
だが、寛の言葉を思い出した。
友奈について何かを告げようとした寛。
言わせまいと必死に攻撃し始めた友奈。
それはまるで、千景には言えない隠しごとがあるように思えて。
千景の心に痛みが走ったのだった。
友奈の乱打で、寛は防衛に集中している。
だから今、寛の背中はがら空きだった。
けれど千景は、動けなかった。
心に走った痛み。
そして人が変わったような友奈の姿。
恐怖と戸惑いから、絶好のチャンスを見ていることしか出来ない。
友奈の攻撃がもし自分に向けられたら。
そう思うと、千景の身体が震えるのだった。
「別に大したことじゃないだろ。言ってみればもしかしたら」
「うるさいうるさいうるさいうるさいッ! うる、さいッ!」
友奈は更に瞳を収縮させ、渾身の力で拳を振るう。
長太刀で防いだ寛だったが、勢いを完全に殺すことは出来ず、背後へと身体が飛ぶ。
「絶対にッ、喋らせないッ!」
好機とばかりに態勢を低くした友奈が勢いよく地面を蹴って、一息の間に寛へと接近する。
振りかぶった右手を、眼前の腹部へと振り抜く。
だがその瞬間。
「……えっ」
前に出した友奈の右腕が寛に触れる直前、本人の意思とは別に頭上へと跳ね上げられた。
寛が右腕を下から上に振り上げ、長太刀の峰が手甲に触れて、完全に力負けした友奈の右腕がそのベクトルに動きを変えたのだった。
突然の事態に一瞬呆けた友奈。
その瞳が、眼前の光景を捉える。
振り上げられた長太刀が、流れるように振り下ろされ、刀身が友奈の眼前に迫る光景。
何かを思考する暇なく、友奈はただ見ていることしか出来ない。
一切の動きが取れないままに、額へと吸い込まれる刹那。
「……お手本のような奇襲だな」
寛の声と共に、友奈の眼前から刀身が姿を消した。
同時に聴こえるは、寛の側腹部から聴こえる、金属同士が激しく擦れる音。
「ようやく役者が出揃ったか」
淡々とした寛の声色。
「……ならば早々に、退場願おうか」
寛が長太刀を振った勢いを使い僅かに距離を取った、乃木若葉が凛とした声色で返したのだった。
再び若葉が斬りかかり、受け止めた寛の長太刀を力任せに押せば、その勢いを利用して寛が後ろへと飛び下がる。
寛の代わりに友奈の前には、若葉の姿があった。
若葉は視線だけを友奈に向ける。
「遅くなってしまい、すまなかった」
「若葉、ちゃん……」
友奈が呆然と名前を呼ぶ。
若葉は視線を戻し、友奈へと口を開く。
「遅れてしまった分、ここからは私が奮闘しよう」
その言葉に、寛の視線が僅かに動いた。
やがて一度の瞬き。
「無駄な荷物を持ってくるとは、どうやら勇者は人類の危機を観光程度の気分で捉えているらしいな」
寛の言葉に、友奈と千景が僅かに首を傾げる。
荷物。その意味が分からず周囲を見渡せば。
「……あっ」
やがて気付く。
それは大橋の上。
カメラを下ろしている男性の近くに立つ、上里ひなたの姿。
友奈と千景は驚く。何故来たのかと。
若葉が寛へと返す。
「必ずお前を倒すのだから、問題はない」
その言葉に、寛が僅かに沈黙。やがて口を開いた。
「……ならば戦いを再開する前に一度、話でもしてみるか」
「何……?」
若葉が訝しみながら返すが、寛は表情を変えない。
「あいつをここに連れてこい」
その言葉に若葉の眉が動いた。
「断る」
「それなら最初から荷物を持ってくるな。こちらとしてはお前らにメリットのある提案をしているつもりだ」
「……先にそのメリットとやらを話せ」
若葉の言葉に、寛は自身の長太刀へと顔を向ける。
「俺の力を見せてやる」
その直後、長太刀の刀身が真上へと一気に伸びる。
「なッ!?」
若葉の目が見開かれた。
友奈と千景もまた、同じ表情へと変わる。
「今は試しに見せているだけだが、この四国よりも伸ばすことが可能だ。この意味が分かるな?」
寛の言葉に、若葉の額から汗が流れ落ちた。
四国よりも刀身を伸ばせる。
それはつまり、ここにいながら神樹へと攻撃出来ることに他ならない。
故に気付く。
この男の気分次第ではいつでも、それを実行に移される可能性があるということ。
息を呑んだ若葉へと寛が続ける。
「あいつを交えてここで少しばかり話をするのであれば……戦いが終わるまではあいつに手を出さないでおいてやる」
「……何故だ」訝しんだ若葉が返す。
「単なる興味だ。お前たちと戦うことも、話をすることも。望まないのであれば、その全てを放棄したと判断するがいいか?」
問い掛けるような言葉に、若葉は黙るしかない。
この沈黙はある意味、敗北だった。
寛の言葉に構わず戦えばいい。その選択肢も存在する。
だが戦いの最中に刀身を伸ばされてひなたを狙われたら。神樹を狙われたのなら、どうするのか。
防げるかもしれない。けれど防げないかもしれない。
二つの思考が現れた時点で、若葉は寛に敗北をしていたのだった。
若葉が僅かに視線を動かせば、友奈と千景が視界に入る。
二人ともが黙って、若葉を見つめていた。
それは決定権をリーダーに託したという証。
だからこそ若葉は悩む。
そこに溜息が聴こえた。
「……なるほど。ならばこうしようか」
「えっ……あ、ぅぐッ!」
一瞬で友奈の背後に移動した寛が、友奈の両腕を背中に回して左手で掴み上げる。
「友奈!」
「高嶋さん!」
若葉と千景が声を上げるが、友奈は上体を前に倒して苦悶の声を上げるのみ。
「人質だ。さっさと連れてこい」
「やめろ! 友奈には手を出すな!」
「それはお前次第だ」
若葉と寛の会話。
そこに千景が口を開く。
「私が! 私が連れてくるわ! だから、高嶋さんには……」
「千景!」
寛の脅しに屈した千景に、若葉が驚く。
千景は若葉を睨みつける。
「……あなたは上里さんの方が大事なのかもしれないけど、私は高嶋さんの方が大事なの」
睨みつける千景に、若葉が目を見開く。
「ち、違う! 私はどちらの方が大事かで悩んでいたわけではなく」
「乃木さんがどう考えていても関係ない。私は高嶋さんを助けるだけ」
若葉の言葉を遮り、千景が壁を飛び降りた。
「千景! 待て!」
慌てて呼び止めるが時すでに遅し。
若葉へと寛が声をかける。
「ただ話をしようと言っただけだが、随分と仲が悪くなったようだな」
慌てて寛へと振り返った若葉が睨みつける。
だが寛は表情を変えない。
「何故睨む。お前が決断しきれなかったことが原因だろ」
「くっ……」
寛の言葉に、若葉はどこか罰が悪そうに目を逸らしたのだった。
そこに、大橋へと降りていた千景が姿を現す。
「わ、若葉ちゃん! 私、なんで連れて来られて……」
千景に下ろされたひなたは制服姿のまま、若葉を見つけて慌てて声をかけた。
若葉は思わず千景を見るが、千景はただ顔を逸らすだけだった。つまりは説明なしで連れてきたのだと理解。
おろおろとしていたひなたの視界に、若葉の奥にいる寛と、捕らえられている友奈が目に入る。
「友奈さん!」
叫ぶように名前を呼び、やがてひなたは寛を睨む。
「……人質にするなら、私にしてください」
ひなたの言葉に、若葉と千景、そして友奈が目を見開く。
攻撃をしていない若葉と千景、捕らえられた友奈。
状況を即座に把握したひなたは、自分が連れて来られた意図を把握。
だが寛は友奈の背後で、無表情のままにひなたを見つめる。
「過大評価だな。戦力もない巫女の分際でしかないお前が、この場において勇者よりも価値があるわけがないだろ」
ひなたは俯きながら唇を噛む。
寛の言葉は、戦場においてある種正しいものだから。
強い戦力を捕獲しておいて、それを無力と交換する意味がない。
ひなたもまた、それを認めていたのだ。戦えない自分。勇者の力がない自分。戦場では役立たずな自分。
それを敵からまざまざと突きつけられ、思わず涙が零れそうになる。
だがその前に、寛の声が届いた。
「お前もここに寄越したのは、この面子でちょっとした話をするためだ」
「えっ、話……?」
寛から言われた内容に思わず、ひなたが目を丸くする。
ひなたは若葉へと顔を向けるが、若葉はどこか気まずげに顔を背けた。
寛の声が再び、四人へと届いた。
「お前たちの秘密をここで暴露してやる。それを聞いて今後も仲良くするのか縁を切るのかは、お前たち次第だ――なあ、高嶋友奈」
四人の身体が驚きで震える。
その中で友奈だけは顔を青褪めさせ、瞳が限界まで収縮したのだった。