湯田寛は勇者ではない 作:げっしりあん
「……フィニッシュ!」
その声と共に、歌野が振るった鞭が最後のバーテックスを討ち倒す。
翌日。つまり、諏訪の最後の日。
残る二本の御柱がある社のもう一つ。
上社本宮を襲撃してきた大量のバーテックスを、歌野は全滅させた。
戦いが終わり、肩で荒い呼吸を繰り返す歌野が呟く。
「はぁ……はぁ……さすがの私も、つらいわね……」
立っている事すら限界。
力無く傾いた歌野を支えたのは、駆け寄ってきた水都だった。
水都は危険も顧みず、歌野の傍で戦いを見ていたのだった。
全滅させたとは言え、歌野の身体も無事ではない。
全身に新しい大小の傷が目立ち、見えない部分の怪我も多数。
満身創痍。それが今の歌野に相応しい言葉だった。
「うたのん! しっかり!」
抱きかかえながら必死に声をかける水都に「うぅ……ありがと」と力無く笑みを浮かべた歌野。
今日は、朝からずっと襲撃を知らせるサイレンが鳴り響き、止まる事が無い。
それが正しいと言わんばかりに、バーテックスの一群を倒せば、また別のバーテックスたちが襲いかかって来る。
その連続に歌野は一人立ち向かい続け、休む間もなく次の戦いへと挑んでいく。
だが、何時間もずっと戦い続けた現在。
僅かに襲撃が収まった。
結果は歌野の勝利。水都に支えられてるとは言え、立っているのは歌野なのだから。
これ以上、戦うのは限界と言える様相の歌野。
だが水都は、そして歌野は気付いていた。
これからが本番なのだと。
決して運命は抗えないのだと。
その答え合わせかの様に、水都の脳内に神託となる未来図が浮かび上がった。
諏訪を取り囲む、空を覆う程のバーテックスの群れ。
全身が傷だらけで骨や筋肉までもダメージを負っている歌野。
満身創痍で今にも倒れそうな彼女に仕向けられる、完膚なきまでの蹂躙。
「来た……これが、総攻撃だ……」
そう呟いた水都は、声だけでなく身体が激しく震えていた。
抑えようとしても強まる一方。
覚悟はしていても目の当たりにしたことで現れた本能が、死への恐怖を心の底から湧き上がらせたのだった。
「……そろそろ、四国と、通信の時間ね。行かないと……」
震える水都の耳に届いたのは、息も絶え絶えといった歌野の声。
けれど"いつも通り"の言葉だった。
それを耳にすると、水都の震えが収まる。
無理やり、必死に抑え込めば、震えがなくなった。
歌野を支えて共に歩く。
やがて辿り着いたのは、上社本宮の参集殿。
そこには一台の通信機が置かれていた。
歌野がその前に座る。
通信機から声が聴こえ、歌野が"いつも通り"返す。
水都は傍に座り、無言で歌野を見つめていたのだった。
歌野が他の"勇者"について知っていた理由。
それはこの通信機。
その相手が、"勇者"だったから。
歌野は笑みを浮かべながら、通信機へと話をする。
「……いえ、ちょっとしつこいバーテックスを退治してやっただけです……今日は、朝からずっと戦い続けてる感じで……。バーテックス襲来の影響で、通信機が壊れてしまったみたいですね。……しばらく通信はできなくなりそうです」
どこか余所余所しい、敬語交じりの口調。
微かに声のトーンを上げた歌野を見つめる水都。
水都は、こんな歌野の姿がどこか変だと思っていた。歌野はいつも明るく陽気で、誰に対しても畏まらない口調が似合っているから。
それを一度指摘した時は「一応、四国との通信は勇者の公式な仕事だから、丁寧な言葉遣いにしないと。というか、電話とか手紙だと、なんとなく丁寧語にならない?」と何気無く返されたが、水都の思いは変わらなかった。
何故なら、水都が変だと言った本心は、嫉妬だから。
通信機越しで話し合っている顔も見た事のない相手に、水都は嫉妬していた。
どこか楽しそうに話す歌野が、気に食わなかったのだ。自分ではなく他の人に楽しそうにしている彼女の姿が。
自己主張が苦手で性格が暗い、何を考えているのかわからない。そう評価される自分を、親からもそんなことじゃ将来苦労すると冷めた目で言われた自分を、救ってくれたのが歌野だったから。
自分とは正反対な、完璧と思える歌野に目を奪われたのだ。だからこそ、歌野が自分以外の人と楽しそうにしてるとどこか、つまらないと思ってしまう。
歌野しか友達がいないと思っている水都は、歌野が自分以外の友達と仲良くしている事が不満だったのだ。
けれど今日は、今は違う。
「そちらも大変だと思いますが……頑張ってください」
通信機が壊れたと嘘を吐き、通信のノイズが酷くなった理由を誤魔化す歌野を、水都は見つめる。
自分以外の誰かと楽しそうに話す歌野も、"歌野"なのだから。
最後まで歌野を見ていると決めたのだから、どこか楽しそうに一人で話す歌野を見つめる。
忘れないように。絶対に見逃さないように。
この土地の力が弱まった事により通信がほぼ切れかけている状況の中で、歌野は続ける。
「諦めなければ、きっと、なんとかなるものです。……私も、無理な御役目かと思いましたが……予定より二年も長く続けられて」
どこか振り返る様な口調。けれど決して失われない笑顔。
数多もの傷を負った顔で優し気に微笑む歌野は、誰が見ても"勇者"だと言えた。
「たくさんの野菜を育てられましたし……
まるで自分の情けない部分を曝け出したかの様に、歌野は軽く笑いを溢した。
歌野が名前を呼んだのは二人。
乃木、とは通信先の相手の名前。四国の勇者の名前だった。
もう一人は、最近諏訪へとやってきた少年。
その時、ノイズだらけだった通信機から声が届く。
『……湯田寛……たか……』
聴こえてきた声は、たった数音。
けれど聴こえてきた声に、歌野がきょとんとした表情で僅かに目を丸くする。
だがそれ以降は再びノイズとなり、何も聴こえてはこなかった。
まるでこれ以上の会話は望まれていないかの様なノイズの連続。
歌野は、水都はその意味を理解した。
通信がもうほぼ繋がらない意味。
時間がない。言葉に出さずとも、二人は同時に思い至った。
だから歌野は笑みを浮かべる。水都は、歌野を見つめる。
「乃木さん、後はよろしくお願いします」
それを最後に、歌野は通信を切った。
訪れるは無言。
けれど微かに聴こえる音に、歌野が顔を向ける。
「泣かないで、みーちゃん」
優しい笑みで歌野が声をかけるが、水都の涙が更に増した。
水都は、歌野を見ていて泣いた訳じゃなかった。
「……今、また、神託があったの。最後の神託だって……」
水都へと下された神託。
歌野が内容を尋ねれば、静かに水都が言葉にする。
「よく三年も諏訪を守り続けたって……うたのんと私が敵を引き付けていたお陰で、四国は敵に対抗する基礎ができたって……」
それが、最後の神託。
つまりその内容が、死者への手向け。
褒めて遣わす様な物言い。
それに感涙した訳ではなかった。
神託とは、神から巫女へと一方的に届けられるお告げ。
以前水都が受けた神託は"四国で反撃準備が整った時、四国と諏訪で挟撃して国土を取り戻す"という内容だった。
故に苦しい中でも、助けが来ると。いつか四国の勇者が来てくれるのだと信じていた。
今回の総攻撃で命が失われるかもしれない。その恐怖に怯える中でも、どこかで信じていた。
もしかしたら、他の勇者が助けに来てくれるんじゃないかって。
「そっか……」
静かに、歌野が声を漏らす。それはどこまでも落ち着いた口調だった。
その声に、水都は感情が振り切れる。
「こんなのって……!」
言葉を最後まで言わなかったのは、水都が"巫女"だからか。歌野の親友だからか。
それより先は、神への冒涜だった。
最初から四国の勇者が来ることなんて、なかった。
最初から諏訪は、四国を万全にするための、囮だった。
神は私たちを、見放した。
水都の声は、表情は、姿は、歌野に言外の意味を理解させるには十分だった。
痛む身体を無視して、水都に身体を向ける。
水都の肩に優しく手で触れ、歌野は笑みを浮かべた。
「よかった……本当に。私たちが頑張ってきた三年間は、無駄じゃなかったのね」
それは"歌野"の本心。
勇者として。そして親友として。
未来を託せたという安堵が歌野の中に湧き上がる。
同時に、親友には自分の姿を最後まで見てもらいたい。最後まで顔を上げて未来を見てほしい。
慰めるでもなく、否定するでもなく。"
みーちゃんがいれば、私は頑張れるから。
内心で呟き、"
俯き、泣きじゃくる水都へと、その時まで寄り添い続ける。
やがて、その手が離れた。
「なあ、もうここで戦う必要は……無いんじゃねえか?」
参集殿へと現れた、血濡れの太刀を持った少年の声によって。