※この作品はR-18です。

湯田寛は勇者ではない   作:げっしりあん

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第4話

「寛(ゆたか)君……?」

 

 突如現れた少年に、その名前を呼びながら歌野が首を傾げる。

 泣きじゃくっていた水都もまた、静かに振り返った。

 二人の視界には、血濡れの長太刀を右手に持った無表情の少年。

 歌野の"笑顔"が、消えた。

 それが何故かは歌野自身にも分からなかった。

 

「……それ、どうしたの」

 

 歌野が再び出した声は、彼女自身でも驚くほどに低かった。

 やはり"笑顔"は、浮かばない。

 代わりに、視界に映るその顔が、微かに笑った。

 

「どうしてのって……そりゃ、血が付くモノを斬ったんだよ」

 

 歌野が、水都が震えた。

 互いにやはり、理由は分からない。

 だが示し合わせた様に高鳴る鼓動を抑える事は出来なかった。

 歌野の口が微かに動く。

 だが、言葉が出ずに閉じられた。

 明るく陽気で誰に対しても物怖じしない歌野。

 彼女は初めて、声を出す事を躊躇したのだった。

 けれど歌野は"勇者"だった。

 

「……何を……斬ったの……」

 

 たったそれだけの言葉。

 なのに歌野は、まるでバーテックスの大群を相手取ったかの様に身体が重くなる。

 途切れながらも言葉を発せたのは、偶然と言えたかもしれない。

 二人よりも少しばかり年上の少年は、笑みのままに口を開いた。

 

「どうせ死ぬんだ、遅かれ早かれだろ?」

 

 その瞬間、少年の身体が参集殿の壁を突き破って遥か後方に吹き飛ぶ。

 追う様に一筋の緑色が空気を切り裂きながら参集殿を飛び出した。

 声にならない叫び声を上げながら、その大きな目を限界まで収縮させて、手に持つバーテックスに向けるべき鞭を人間へと思い切り振り抜く。

 音を追い越した鞭が未だに吹き飛ぶ少年へと到達。

 

「なッ!?」

 

 声を出したのは、歌野だった。

 常人が目で追うのは不可能な速度で迫った鞭の先を、少年は手で掴んだのだ。

 けれど驚愕は一瞬。思考を戻した歌野が鞭を引く。

 だがやはり少年の手から離れることはない。

 速度が落ちた少年は体勢を整えて両脚で地面に着地。

 歌野もまた対峙する様に、数メートルを話して着地したのだった。

 僅かな沈黙。

 

「……本当に……殺したの?」

 

 発したのは歌野だった。

 少年は無傷のままに返す。

 

「嘘吐いてどうすんだよ? どうせ今日死ぬんだから、今か数時間後の違いだろ」

 

 瞬間に歌野が一陣の風となって飛び出す。

 刹那の時間で少年に到達し、鞭を持たない手で殴りかかる。

 

「おっと、結構なじゃじゃ馬みたいだな」

 

 歌野の拳を止めた少年は、言葉の割に慌てた様子はない。

 至近距離で歌野が口を開く。

 

「何で殺したッ! 殺す必要なんてなかったッ!」

 

 歌野の表情は正に激昂。

 収縮した瞳は少年を射殺さんばかり睨み続ける。

 

「別に殺さなくてもいい理由もなかったろ」

 

 何と無しに返ってきた言葉は、歌野の激情を更に増すだけ。

 

「皆はッ! 例え自分の命が尽きてもこの地に再び人が訪れる希望を持ち続けてたのよッ! 必ず人類はバーテックスに勝つって信じてたのよッ!」

 

「どうせ死ぬんだ。そんなの関係ねえよ」

 

「関係あるッ! 意味もなく殺されるのと意味を持って死ぬのじゃ全然違うッ!」

 

 叫びながら拳を再び離して振りかぶる。

 だがやはり、少年に受け止められた。

 

「一緒だろ。死んだらそこまでだ」

 

「一緒じゃないッ! あんたなんかに分かる――」

 

 歌野の言葉が止まった。

 小さく息を吐いた少年が、歌野の反応を超えて背後に回り首へと手刀を打ち込んだのだった。

 力無く崩れ落ちた歌野を、少年の腕が抱き留める。

 訪れたのは、風が流れる微かな音のみ。

 そこに足音が聴こえた。

 少年が振り返れば、涙を流した水都が、息を切らせながら参集殿から出てきたのだった。

 数メートルの距離で足を止めた水都。

 何も言わず、目を見開いたままに涙を流す姿が少年の視界に入り続けた。

 やがて、少年が息を吐く。

 意識を失った歌野を抱えたまま、静かに口を開く。

 

「……神託か」

 

 呟く様な声だったが、それを拾った水都の身体が大きく震えた。

 その反応は図星。

 水都には、彼らが外へと出た直後に、終わったと思っていた神託が下ったのだった。

 

「……あなたが……バーテックスを、倒す、って……」

 

 途切れ途切れに言葉を紡いだ水都だったが、それは言っていて自分でも信じられない言葉だった。

 彼女の脳裏に突如浮かんだ映像。

 この諏訪の結界を取り囲む無数のバーテックスたちを、眼前の少年が一太刀で屠り去る姿。

 少年が再び息を吐いた。

 そして浮かべるは、どこかめんどくさそうといった顔。

 

「……もう神託を下す力もないと思ってたが」

 

 少年はそう呟けば、表情を困惑に変えた水都が思わず首を傾げる。

 歌野と敵対した少年は、水都にとってみれば敵。

 にもかかわらず恐怖を感じず、少年自体もまるで敵対する雰囲気ではないのだ。

 故に少年の態度を、水都は不思議に思った。

 僅かな沈黙。少年が浮かべるは思案顔。

 やがて再び水都を見つめ、少年が口を開いた。

 

「……なら、ちょうどいいか」

 

 そう呟いた少年が続ける。

 

「藤森水都って言ったな。お前には話しておく。だからお前はその事実を、この女には絶対教えない様にしろ」

 

 言葉と共に腕に抱える歌野を微かに持ち上げた少年。

 水都ただ、要領の得ない言葉に目を丸くするしかなかった。

 

「他の巫女はある程度知ってる内容だ。だが、他の巫女にも絶対にこの話はするな。もし"勇者"や"巫女"を含めた誰かにこれからの話す内容を伝えた時は……」

 

 僅かに声色を低くした少年。水都の心臓が何故か、一際高鳴った。

 少年の目が動く。

 自身の腕の中で意識を失う、歌野へと。

 

「その代償として、この女を殺す」

 

 水都を支配したのは恐怖だった。

 目を見開き、激痛の走った心臓部を咄嗟に押さえる。

 身体を大きく震わせ、その視線は意識を失う親友へと向けられていた。

 

「……分かったか?」

 

 少年の言葉で我に返った水都は、再び流れ出した涙を拭う事も忘れて、何度も勢い良く少年へと頷きを返した。

 必死に信じてもらおうと、絶対に誰にも話さないと誓う様に頷く。

 それを見つめていた少年が、口を開いた。

 

「これから、お前たちは俺と一緒に四国に来てもらう」

 

「えっ……」

 

 水都は思わず声を上げた。

 恐怖も震えも忘れて、ただ少年を見つめる。

 

「四国に行き、他の勇者や巫女と合流して共にバーテックスと戦え」

 

 続けられた少年の言葉を聞いても、水都はただ呆然とするばかり。

 何もかもが理解出来なかった。

 歌野を殺すと言った少年。

 けれど彼は、これから一緒に四国に行くと言った。他の勇者や巫女と合流してバーテックスと戦えと言った。

 その全てを理解するのに、時間がかかった。

 我に返り驚きを示した水都を見て、少年が口を開く。

 

「お前が受けた神託は、恐らく正しい。俺がこれから、ここを囲む邪魔なバーテックス達を消す」

 

 少年の言葉に水都が肩を震わせた。

 水都の中で再び神託の内容が蘇ったのだ。

 そして浮かび上がる思考。

 この少年がバーテックスを消せるのなら、諏訪は無事だと。

 だから彼がいればまだここで頑張って耐えられるのではないか。

 そんな希望が浮かんだ。

 僅かに表情を軽くした水都を見つめた少年が告げる。

 

「言っただろ、お前ら以外は全員殺した」

 

 淡々とした口調で告げられた真実。水都の息が一瞬止まる。

 

「だが、そうする必要があった」

 

「え……?」

 

 続けられた言葉に、水都が声を漏らす。

 少年は無表情のままに続けた。

 

「ここら一帯のバーテックスを消すには、それだけの"犠牲"を俺が受ける必要があったからだ」

 

「犠牲を、受ける……ですか……?」

 

 水都が言葉を返せば少年が小さく頷いた。

 そうして水都に告げられる。

 少年、湯田寛の力。

 

「俺は人々から嫌悪や憎悪、もしくは怪我を引き受ける事でそれを力に変換出来る。寧ろそれ以外では一般人と対して変わらない力しかない。そしてそれらが"勇者"から受けると……飛躍的に力が増すんだ」

 

「えっ……」

 

 伝えられた言葉に、水都は衝撃で声を溢すしか出来なかった。

 少年が徐に歌野を抱えていない手を動かし、ここに来てからずっと変わらない長袖の黒シャツを捲り上げた。

 

「ヒ、ィッ……」

 

 水都の口から、息を詰まらせた悲鳴が漏れ出る。無意識に数歩後ずさった。

 少年がシャツをたくし上げれば、晒された腹部。

 そこには歌野の肌についている傷が可愛いと思える程、無数の切り傷や刺し傷が存在し、その新鮮さを示す様にそれら全てから流血していた。

 肌色の方が圧倒的に少ない腹部を見て、水都は恐怖から両腕で己の身体を抱きしめる。

 水都の反応を眺めてから、少年はシャツを掴んでいた手を離す。

 血濡れが完全に服の中へと隠れれば、水都が漸くと息を吐いたのだった。

 少年が顔を歌野へと向ける。

 傷だらけの満身創痍。

 それを見つめた少年の口が微かに開く。

 

「――地蔵菩薩」

 

 その呟きが水都の耳に届いた瞬間、少年の姿が変わった。

 シャツにチノパンといったラフな格好から、まるで僧侶の様な白い袈裟がその身体に纏わりつく。

 やがて腰に黒い帯が数本絞められ、肩辺りで切り取られた薄い道着と白の袴を履いている様な姿へと変わる。

 目元まで下ろされていた黒髪は微かに逆立ち、金色の瞳が歌野を捉えていた。

 変わった姿に水都が驚く。

 だが、次の瞬間には更に驚愕する。

 

「……ッ、グ、ゥッ!」

 

 少年の苦悶に満ちた声。

 それと同時に、彼が抱える歌野の素肌から、全ての傷が消えたのだった。

 

「えっ……うたのんの、傷が」

 

 思わずと声を漏らした水都に届いたのは、少年が吐いた長い息。

 やがて少年は歌野を静かに地面へと寝かせた。

 眠る少女を僅かに見つめた少年は、暫くして小さく呟いた。

 

「……これで、準備、完了だ」

 

 どこか苦しそうな声色。

 歌野の姿を目で追っていた水都が思わず顔を上げれば、少年が上空へと跳び立った。

 その姿を呆然と見つめる水都。

 真っ白の袈裟を道着袴の様に身につける背中には羽衣の様な帯が二本たなびいていた。

 闇夜に輝く一点の光。

 水都はただ呆然と、その光景を見つめていた。

 同時に映る、上空を埋め尽くす無数バーテックスの姿が漸くと目に入る。

 一対無限とも思える絶望的な光景。本来ならば、水都が見る筈だった歌野の最期。

 だが同じ光景にも関わらず、水都の身体が震える事はなかった。

 神託を受けたから、だろうか。

 水都の思考は、何の解も出さない。

 ただ無心で、頭上の光景を見つめていたのだった。

 点ほどに小さくなった少年の声が、何故か耳に届く。

 

「――大太法師(ダイダラボッチ)」

 

 その言葉と共に少年の身体が、その場で独楽の様に一度回る。

 彼が手に持っている長太刀が一瞬にて、水都の視界を超える長さへと変わり、同時に刀身の太さが一つの山を覆う程に伸び、その見た目は武骨なバスターソードと思える姿に変わった。

 次の瞬間、御柱ごと無数のバーテックスが両断され、その直後には剣圧によって木っ端微塵に消し飛んだのだった。

 残るは満点の星空。

 時間にして一秒にも満たない出来事。

 二秒経つ頃には、諏訪をこれまで守っていた結界が姿を消した。

 三秒後、先程と同じ場所に少年が降り立つ。

 四秒後、既にサイズの戻った長太刀を一振りし、少年が息を吐く。

 五秒後、少年が水都を向いて口を開いた。

 

「今見た光景は、忘れろ」

 

 二分後、少年に額を指で突かれた水都が漸く我に返ったのだった。

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