※この作品はR-18です。

湯田寛は勇者ではない   作:げっしりあん

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第6話

「ハロー、四国の勇者の方々。諏訪の勇者をしていた白鳥歌野よ! よろしくね?」

 

 季節は十月に入った頃合い。

 香川県。丸亀城内の改装された一室。

 まるで学校の教室の様に机と椅子、そして黒板といった設備が揃えられていた。

 教室内の座席に座っているのは、六名。

 どれもが少女である彼女たちの前で、扉を開けた歌野が開幕早々に明るく名乗りを上げて耳目を集めたのだった。

 服装は私服ではなく、ブレザーとスカート。中には白いブラウスと首元には細いリボンといった、まるで学生服と思しき装い。

 だがそれは正しく、ここは学校の教室であり、歌野の服装はこの学校の制服なのだ。

 丸亀城内に作られた、"勇者専用"の教室。

 教室内で椅子に腰掛け、ポカンとした表情で歌野を見つめる六人の少女もまたほとんどが似た格好。

 歌野に遅れ、慌てて教室に入ってきたのは藤森水都だった。

 

「う、うたのんっ……!」

 

 親友の愛称を呼んだ水都だったが、声を出せたのはそれだけだった。

 室内から向けられる十二の瞳を見て、持ち前の引っ込み思案が前面に出たのである。

 焦った様に俯き、静かになる。

 水都の様子を見ていた歌野が、やや苦笑の様な笑みへと変わる。

 

「全くみーちゃんは……この子は藤森水都! でもみーちゃんは私のものだから、誰にもあげないわよっ?」

 

 そう言って隣で同じ服装をしている水都を抱きしめる歌野。

 

「う、うたのんっ……!」

 

 水都が出せたのは、どこか恥ずかしそうにしながら告げた再びの愛称だけだった。

 歌野は水都の反応に笑みを浮かべながら、その顔を教室内の面々へと向ける。

 

「そういえば、この中に乃木(のぎ)若葉(わかば)さんはいるのかしら?」

 

 その声で、座っていた内の一人が肩を震わせる。

 驚いたというよりも、まるで我に返ったと思える反応。

 

「……本当に……白鳥さん、なのか……?」

 

 歌野へと届けられたのは、そんなか細い声だった。

 金髪を長い横髪を含めて後頭部でリボンによって纏め、そこから細い一束だけを背中に垂らした髪型。

 紫色の瞳は驚きで見開かれ、美しい唇は微かに震えている。

 歌野と同じ制服、ブレザーの内にベージュのセーターを着ている端麗な少女が、呆然とした表情を向けていたのだった。

 その声、その反応で、歌野の目が輝いた。

 

「……ぁ」

 

 水都の微かな声を残し、歌野が離れてその人物の下へと駆け寄っていく。

 机に両手を置き、身を乗り出した。

 

「あなたが乃木さんねっ? ずっとお会いしたかったわ!」

 

 明るく元気な歌野の"笑顔"に、向けられた少女はやがて表情に笑みを浮かべる。

 

「白鳥さん……私も会いたかった。まさか、それが本当に叶うとは……」

 

 静かに告げられたその声色は正に、万感の思いを込められたもの。

 優し気に細められた目には、微かに涙が浮かんでいた。

 少女が目を瞑り、静かに首を振る。

 再び開けた目にはもう涙はなかった。

 凛とした表情で歌野に微笑む。

 

「改めて、乃木(のぎ)若葉(わかば)だ。畏まらず好きに呼んでくれ」

 

 そう伝え若葉は手を差し出す。

 歌野もまた嬉しそうに微笑んだ。

 

「こちらも改めて、白鳥歌野よ。堅苦しいのは無しにして歌野って呼んでね? 若葉さん」

 

「ではそう呼ばせてもらおう、歌野。こちらこそよろしく」

 

 共に手を差し出し、笑顔での握手。

 これまではずっと通信装置越しでノイズ交じりの音声だけの関係性。

 それが漸く、対面出来た。触れる事が出来た。顔を合わせて笑顔で話す事が出来た。

 苦労と不安が思い出され、やがて霧散する。

 そんな二人へと横から声がかかった。

 

「若葉ちゃん、私たちにも挨拶させてくれませんか?」

 

 聴こえてきた言葉に、手を離した二人が顔を向ける。

 そこには若葉の隣で笑みを浮かべた少女。

 腰よりも長い紫がかった黒髪は最下で切り揃えられており、前髪は額を出しながら大きく左右へと分かれており、その上には横髪の下を通しながら赤いリボンがカチューシャの様に首上へと回され、側頭部で結われていた。

 橙寄りの茶色の瞳は大きく、目尻の下がった左目の下には泣き黒子。若葉が美人だとすればこの少女は可愛いと呼ぶに相応しい容姿をしている。

 ブレザーの下には若葉と色違いである茶色のセーター。それを押し上げる双房は、この教室内の面々の中で比べれば大きいと言えた。脚にはオレンジ色の二―ソックスを履いた少女。

 若葉は顔を向けて頷く。

 

「そうだな。皆、歌野は私がずっと勇者通信でやり取りを行っていた諏訪の勇者だ」

 

 振り返りながら若葉が告げれば、彼女の肩に誰かの手が乗せられる。

 若葉の肩越しから歌野に向けて顔が向けられた。

 

「私っ、高嶋(たかしま)友奈(ゆうな)って言います! 歌野ちゃん、若葉ちゃんからすっごく強い勇者だって聞いてますっ!」

 

 赤い髪を後ろで纏め小さなポニーテールにし、左の横髪に白い花が三つ付いたヘアピンをつけている、髪と同じ色の瞳を喜びに染めた笑顔を浮かべた少女。ブレザーの下にセーターは着ておらず、白い二―ソックスを履いていた。

 友奈の声と元気さに歌野は目を丸くしていが、やがて楽しそうに笑う。

 

「友奈さんね。若葉にも言ったけれど畏まらなくていいわよ? もう私たちはフレンドなのだから! 強い勇者っていうのはその通りよっ。もっと褒めてくれてもいいわよ?」

 

「よろしくねっ、歌野ちゃん! じゃあ早速組手でもしようよ!」

 

 楽し気な笑みを更に輝かせた友奈が若葉の肩口から更に身を乗り出すが、歌野は苦笑するのだった。

 

「また今度ね、友奈っ。まだ他の人たちの挨拶が残っているもの」

 

 優しく嗜める口調で歌野が言えば「あっ、そうだった」と友奈は恥ずかし気にはにかんだ。

 友奈が背後へと振り返り、顔を向けた人物へと声をかける。

 

「ぐんちゃんっ! ぐんちゃんも挨拶しようよっ!」

 

 若葉から離れて、友奈は声をかけた人物の手を取った。

 

「あっ……た、高嶋さん」

 

 思わずと声を上げたのは少女。

 友奈に連れられて歌野の前に出される。

 

「歌野ちゃんっ、紹介するね! ぐんちゃんですっ!」

 

「ワオ……えっと、ぐんちゃんって名前で、いいのかしら?」

 

 歌野が思わず驚きの声を上げる。

 友奈曰く、ぐんちゃん。

 つまり名前が"ぐん"なのかと思ったのだ。

 それを問われた少女が小さく息を吐いた。

 

「……郡(こおり)千景(ちかげ)よ……」

 

 顔を逸らし、どこか素っ気ない口調で名乗った少女。

 長い黒髪。前髪の右部分を側頭部に回し、その周辺の髪と合わせて輪を作る様に赤い紐で結った髪型。茶色の目は目尻が然程下がっておらず、友奈とは対照的にどこか冷めた印象を見る者に与える。

 ブレザーの上から赤いカーディガンを羽織り、脚は黒いタイツで覆い隠されていた。

 興味無さげに歌野へと名乗った千景。

 だが歌野が浮かべた表情は笑顔だった。

 

「オーケーよ、千景さん。これからよろしくね?」

 

 その笑顔を横目で暫くと見ていた千景がやがて逸らす。

 ニコニコと二人の様子を眺めていた友奈へと向けられたのだった。

 

「その、高嶋さん……挨拶したから、もう……」

 

 この場から離れようとする千景に友奈が口を開く。

 

「そっか、ごめんね? ぐんちゃん……無理やり連れてきちゃって」

 

 どこか落ち込んだ表情で申し訳なさそうに千景へと告げる。

 それを見た千景がオロオロとして、やがて口を開く。

 

「えっと、その……高嶋さんがいるなら、私もここにいるから」

 

「ほんとっ!? ありがとーぐんちゃん!」

 

 観念した千景に笑顔で抱きつく友奈。抱きしめられた千景もまた、満更でもない表情で顔を逸らしていた。

 そんな二人を見ていた歌野が口を開く。

 

「何だか二人って、私とみーちゃんみたいね」

 

「えっ?」

 

 友奈が反応を示せば、歌野は若葉の席から離れて歩き出す。

 そして扉の前で一人俯いていた水都へと抱きついた。

 

「ひゃあっ、う、うたのんっ!?」

 

 ビクリと肩を震わせた水都が慌てた様に声を上げる。

 歌野は水都を見つめてから、笑顔で友奈たちへと顔を向けた。

 

「どう? ウチのみーちゃんも可愛いのよっ? 流石私のみーちゃんね!」

 

「はわわっ、う、うたのん、っ……」

 

 じゃれつく二人を見ていた友奈が、その顔を千景に向けた。

 

「私たちもおんなじくらい仲良しだもんねっ? ぐんちゃんっ!」

 

 笑顔で訊ねる友奈に、千景は「ええ、そうね。高嶋さん」とはにかみながら返していた。

 そこに、別の声が聴こえる。

 

「まあ、待ちタマえ!」

 

 教室に響いた声に全員の顔が向けられる。

 そこにいたのは、この教室で一番小柄な少女だった。

 茶髪の短い髪型。前髪は中央部だけを残し、両端を後ろに持ち上げてそれぞれで纏め、二本の跳ねが生まれている。

 瞳は緑で、歌野と似てはいるが歌野は黄色寄りなのに対してこの少女は深緑色。

 目付きはどこか勝ち気な造形をしており、現在浮かべているニヤリという笑みと合わせてどこか男っぽい印象を思い浮かばせる。

 制服はブレザーを羽織っておらず、代わりにオレンジ色のジャケットを羽織っている。

 脚はスカートの下から黒色の膝下までのスパッツを履いていたのだった。

 その少女は勢いのままに、隣に座っていた少女の身体を抱き寄せる。

 

「きゃっ、た、タマっち先輩?」

 

 抱き寄せられた少女が声を上げるが、タマっち先輩と呼ばれた小柄な少女は歌野たちへと顔を向ける。

 

「この土居(どい)球子(たまこ)と伊予島(いよじま)杏(あんず)の仲を見るんだな! タマの杏の方が可愛いんだからな!」

 

 そう宣言するかの様に笑みを浮かべた球子。

 

「タマっち先輩、別に競う必要は……」

 

 隣で球子から頬擦りされている、伊予島杏と呼ばれた少女がどこか困った表情で返すのだった。

 伊予島杏。腰を超える程の淡い金髪が下につれて緩く膨らんでいる。側頭部から後ろにかけてハーフアップで結われており、前髪の両端は白いヘアピンで左右に寄せていた。頭頂部で髪が一つ、上に跳ねている。

 球子とは異なり目尻の下がった姿は優しいや、どこか気弱な印章を持たせる。瞳の色は球子と似てはいるが、杏の場合は深藍色と言うべきか、暗い緑の中に僅かな藍色が混ざっていた。

 色白な肌はキメが細かく、それを覆う制服はブレザーの中に茶色のセーターを着ている。脚は千景と同様にタイツを履いているが、色は正反対の白だった。

 球子がストンとした体型ならば、杏は華奢ながらもメリハリのついた身体といったところ。

 勝ち気で男勝りな球子と、どこか気弱で箱入り娘の様な杏。

 

「この前の戦闘で肩怪我したんだから、無理しないで……」

 

「大丈夫だって! 心配性だなあ杏は。言っただろ? 今日起きたら治ってたんだ! タマの勇者の力でな! だから……こうやって杏にも抱きついて問題なし!」

 

「きゃっ、も、もう、タマっち先輩」

 

 抱きつかれ笑顔の球子に頬擦りされながらも、微かに嬉しそうに微笑んでいる杏の姿。

 この光景を見た全員が全員、仲が良いと断言出来るに違いない。

 歌野もまた水都に頬を合わせながら、その球子と杏を見つめた。

 そして浮かぶは笑顔。

 

「球子さんと杏さんも中々みたいね。みーちゃん! 私たちも負けてられないわよっ?」

 

 言葉と共に強く抱きしめれば「う、うたのんってば……!」と抗議の声を上げながらも決して抵抗しない水都。

 

「みんな仲良しだねっ! 私たちもぎゅーってしようよぐんちゃん!」

 

「そうね高嶋さん。もうしてるけど、しましょう」

 

 周囲に影響されてか、友奈もまた笑顔で千景を抱きしめれば、それを千景が微笑みながら受け入れる。

 若葉は自分の席に座ったまま、教室内の光景を眺めていた。

 その表情は、嬉しそうに微笑んでいる。

 

 ――乃木さん、後はよろしくお願いします。

 

 通信機から聴こえてきたその声が、最後だった。

 何度も通信を試みたが、応答はない。

 それが意味するところは一つ。

 諏訪が落ちた。そう思ってしまう自分が、嫌だった。

 だが勇者としてそれが現実なのだと、若葉は心に蓋をすることで受け止めるしかなかった。

 諏訪との通信が行えなくなってすぐに、四国にもバーテックスの侵攻が開始された。

 問題は幾つもあったが、それでも全員が死なずに帰還出来たことをよろこんだ。

 その後に、思い出して、食べた。

 蕎麦。けれど若葉にはやはりうどんの方が性に合っていると思ったのだ。

 だってあんなにも蕎麦が塩辛いのだから。最初は確かに蕎麦も悪くないと思った。でも、食べ進めるにつれてそう思う気持ちが強まるならば、やはり蕎麦はまだ自分には早いと思ってしまった。

 それから数度、バーテックスの襲来。

 ここでも色々とあったが、全員が生き残る事が出来た。

 歌野のことが頭に過り独断専行したこともあった。復讐と怒りに身を任せたことで。

 けれどギリギリのところで、戦闘中という最中に我に返ることが出来た。

 それは何故か。

 歌野が言っていた。最後の通信で一言だけ。

 それで、自分の目で確認するまで歌野が死んだと思うのをやめた。

 生きている可能性は限りなく低い。でもまだ死んだと決まった訳じゃない。

 こうして今日、実際にその姿を目にした時はこれが現実か疑う程に驚いたが。

 戦場に身を置いているにも関わらず、バーテックスを前にしながら、若葉はそう考えを改めた理由。

 いや、戦場だからそう思えたのかもしれない、と若葉は心の中で呟く。

 

「若葉ちゃん? どうしたんですか、難しい顔してますよ?」

 

 不意に隣から聴こえた声で、若葉は思考の海から抜け出す。

 顔を向ければ、笑みを浮かべながらも不思議そうに首を傾げる少女の姿。

 頭の傾きに合わせて紫がかった黒髪を下に垂らしている少女を見つめ、やがて若葉が目を閉じる。

 

「いや、ただ昔を思い出していただけだ」

 

 呟く様に若葉が告げれば、少女の眉が悲し気に下がる。

 若葉はその姿を見て、何を思っているのかを想像することが出来た。

 

「ひなた。お前は、何か知ってはいるか?」

 

 若葉の問いに、ひなたと呼ばれた少女はどこか力無い表情で目を閉じ、静かに首を横に振る。

 

「いえ……大社(たいしゃ)からは、何も聞いていません」

 

 大社。それはバーテックスに人類が立ち向かう為に、四国に存在する組織。

 神樹を信仰し、勇者、巫女といったそれらを管理、保護、運営し大衆へとバーテックスには負けていないと安心感を与える為のプロパガンダをも行う一大組織。若葉たちもまた大社の傘下で、今ここにいるのである。

 

「そうか……」

 

 ひなたの言葉に、若葉はただ呟いた。

 上里(うえさと)ひなた。若葉と幼馴染であり、高い適正を持った"巫女"でもある。

 故に巫女という立場上、大社から指示や連絡が来るのは、勇者である若葉よりも多い。

 また、神樹からの神託を受ける立場ということもあり、彼女が持っている情報はこの中の誰よりも多いと言えた。

 目を伏せたままに悲し気に小さく息を吐いたひなた。

 それを見た若葉が、意を決した様に表情を改める。

 顔を向けるは、笑顔で水都と話をしている歌野。

 

「歌野」

 

 決して大きくはない声だが、若葉の声は賑やかだった教室内を通り抜ける。

 自然と声が止まり、呼びかけられた歌野は不思議そうに首を傾げた。

 

「どうしたの? 若葉さん」

 

 全員の視線を感じながら、若葉が口を開いた。

 それは、歌野から聞いていた内容について。

 今この場所には居ない者について。

 

「湯田寛は、どこにいるか分かるか?」

 

 教室内の半数が、問い掛けられた本人を含めて表情を険しくさせた。

 激しい苛立ちを顔に宿した歌野が、静かに顔を逸らす。

 

「ごめんなさい若葉さん。その名前は二度と、私の前で言わないでくれると嬉しいわ」

 

 沈黙が教室内に流れる。

 やがて若葉は「すまない、以後気をつけよう」と静かに謝罪し、歌野へと頭を下げたのであった。

 その姿を、ひなたは隣で悲し気に見つめる。

 彼女たちと歌野を、水都はどこか苦しそうな顔で見つめ、やがて俯いたのであった。

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