「うう……」
意識が覚醒するとわたくしは畳の上で寝転がされていた。
およそ意識を失った女性にする扱いではないが、毛布もなければ敷布団もない。座布団を枕がわり置いてくれていただけマシかもしれない。
「よお、目覚ましたか」
「朝霧さん……わたくしあの後どうして……」
ち○こで貫かれてからの記憶がない。わたくしはバッと上半身を起こしマ○コを見た。
気絶した後も朝霧さんは構わず続け、精液を中に吐き出されている可能性を思い浮かべたからだ。
「安心しろ、気絶した後すぐ抜いて何もしてない。意識のないお前の膣内に勝手に……なんてつまらんからな。どうやったらお前自ら膣内射精懇願するのか考えるのが今のオレの楽しみの一つだな」
「最低最悪のクズですわ………」
ここの人間の中でもここまでのクズはなかなかいないんじゃないだろうか。
いくら容姿が整っていて、強かろうと性格が全てを台無しにしている。
「ほら」
「っと……これはお水?」
視線を下に下ろしたまま朝霧さんは何かをこちらに投げ渡し、わたくしは慌ててキャッチする。
受け取ったのはペットボトルに入った水だった。
「流石に2日間水分摂取せず、しかもあんなに身体中から水分吹き出したら喉乾くだろ。賞味期限が切れてるとはいえここじゃペットボトルの水なんて中々お目にかかれない上等品だからな。感謝しろよ」
「朝霧さんのせいなのに……」
「なんか言ったか?」
「いえなんでもありませんわ……感謝したします。ありがたく頂戴いたしますわ」
身体中の水分が無くなったのは朝霧さんがあんなに激しくしたからだというのに、やはり朝霧さんは身勝手ですわ。
とはいえ喉の方はカラカラだったので、ペットボトルのキャップを捻り、口をつけて飲む。
飲んだ水は多少の臭さが漂っていたが、2日振りの水だったので気にはならなかった。
「………」
「………」
会話は無い。何も無い質素な部屋で娯楽もあるはずなく、沈黙は続く。
元々親しい間柄でもない最悪の関係なのだからなくて当たり前なのだが、居心地が悪くて気まずい。
「よく、真っ暗闇の中で本なんて読めますわね……見えているんですの?」
「見えてなきゃ本は開かんだろ。それに見えなきゃお話にならん。真夜中に襲撃受けておしまいだ」
「そうなんですのね……ちなみに何を読んでいますの?」
「大久保フーデの『鳥篭ムササギ殺刃事件』」
「大久保フーデ……確かミステリー作家の名前ですわよね。ミステリーお好きなんですの?」
似合わない。読書自体全く似合わない殿方ですがミステリーとは……粗雑で乱暴な知的とは真逆の方なのに。
「好んで読むのはそうだな。けど別にジャンルにこだわりはしない。恋愛物とかSFも読むし、小説以外にも技術書、図鑑、絵本だって読む」
「……その割に周りにそれらしい書物は見当たりませんが」
「基本は立ち読みか図書館で読んでるからな。憐桜学園の寮にはあるが持ってきてないからな」
口調からは嘘を言っているとは思わなかった。禁止領域の人間なのだからお金は無いでしょうし、戸籍が無いのだから本も借りられない……憐桜学園?
「憐桜学園……確かボディガード候補生と資産家のお嬢様が通う学園でしたか。あ……もし通い続けていたらとはそういう事?」
「よく知ってるな」
「昔お祖父様に勧められたことがあったので……友人が違う学校に通うことが決まっていたので断りましたが」
資産家のお嬢様を育成すると共に、将来的にそれを警護する『ボディーガード』の育成も同時に行う異質な学園。その付属中に通うことを勧められたことがあった。
「どうしてそこへ? ボディガードになりたかったなんてあり得ませんよね、将来的に手を出す為……とか? もしかしてだからわたくしを……」
「ひどい言い草だな。そんな願望ねえよ、もしあったとしたら辞めてない。それに祥子がお嬢様なんてあの時は知る余地もねえし、お前が最上級の女だったから手を出しただけだ」
「……ッ、最悪の口説き文句ですわね。レイプした時点であなたへの好感はドン底、今更そんな安い言葉で覆りませんわよ」
「そりゃ残念だ。膣内射精されてもいいってくらいには好感度稼いでやろうと思ったんだがな」
「最低ゴミクズ野郎……」
「……その言葉遣いはお嬢様としてどうなんだ? 今更の話ではあるが」
「朝霧さん相手にそんな最低限の気遣いなど必要ありませんから」
残念と言いつつも全然残念そうな顔じゃなかった。褒める理由も最低で、そんな最低限の敬意すら必要ない。普通に会話してるだけで褒めて欲しいくらいだった。
「順調に砕けてくれて何よりだ。気安い間柄になったから聞くが、どうしてここまで来た?」
「物は言いよう……いえそれにしても都合の良い解釈をしすぎでは? ……話す必要はありませんわ」
「話してみろ」
「なんでそんな……そういうの気にする人じゃないでしょう」
訳がわからない。人間性が掴みにくい方だとは思っていましたが、ここまで見えないのは初めてですわね。
もしや好感度上げるとか言う戯言の一環……なのだろうか。
「人間どうし親密になるには秘密の共有ってのが手っ取り早いらしい」
「いきなりなんですの」
「周りに話せないことを言える相手ってのは貴重で気を許しやすくなるんだと。どう知ったかの経緯は関係ないらしい」
「言わんとしてることは分かりますが……それが今の話と何の関係が……」
「オレは今……祥子に好かれようとしている」
「なっ!? だ、だから今更そんな事しても覆らないと言って……顔が近いですわ……!」
いつの間にかこちらに寄ってきた朝霧の顔が間近に迫る。ちょっと顔を寄せればぶつかる距離まで近づかれ、ドキッとする。
行為中一度もする事の無かったキス。いくら最低野郎でもここまで近づかれては意識せざるを得ません。
拒めない、拒めば何をされるかわからないから。わたくしはせめてもの抵抗で目を強く閉じて耐える。
「ってのが四季彩っていうホストが使う女を金蔓にする最初の手段らしい。そいつの自叙伝にそう書かれていたから実践してーーいってぇっ!? ら、らにしやはる!」
「ふん、知りませんわ」
「ぐぉぉ……いてぇ、不能になったらどうしてくれる」
「泣かされる女性が減ると思えば必要悪ですわ。ぜひ不能になっていることを願います」
「つぅ……なんつう足癖の悪いお嬢様だ」
逆らえばどうなるかなど関係なかった。女の敵の股間目掛けて思いっきり膝蹴りを放つと苦悶の表情を浮かべて四つん這いになり、股間を手で押さえる。ざまあないですわ。
こんな人相手に見栄を張ることも弱音を吐いて傷つくプライドもありませんわね。この人は痰壺とでも思ってわたくしは吐き出す事にした。
母親が死に失意の中あるバンドに出会い感銘を受けてCRYCHICというバンドを作ったこと。父親が詐欺に遭い家から追い出され、わたくしは付いていったこと。なんとかバイトをしながらバンドをやりくりしていたが父親が補導されこれ以上迷惑は掛けまいとバンドを抜けたこと。元バンド仲間たちが作った新しいバンドにCRYCHICの思い出の曲を演奏されたこと。CRYCHICとして過ごした大切な日々が脳裏に駆け巡りもう取り戻せないと思い知らされた。他のメンバーを散々突き放しておいて今更戻りたいなんて言えるはずもない、けれどその日々を想うと辛くなる。だから忘れたかった。何も考えたくなかった、ライブハウスから逃げ出し夢中で走った結果気づいたら禁止領域へ辿り着いてしまった。そう告げる。
多分わたくしの身の上話をくだらねえと朝霧さんは一蹴するだろう。それで良かった。わたくしは慰めて欲しいなんて思った訳じゃないから。
「忘れたいのに忘れられない思い出……か」
「え……?」
だからそんなわたくしの言葉に共感するみたいな、自身に照らし合わせるように呟く朝霧さんが意外で面を食らってしまう。
好き勝手に生きて後悔など微塵も抱いていなさそうなのに、ある意味で羨ましいくらい強いこの人にもそんな過去がある。
……知りたい。何事にも動じない強い心をどうやって手に入れたのか。それを知れば自分も……だなんて今にして思えば浅はかな考えだった。
「朝霧さんにもあるのですか? 忘れたいのに忘れられない過去が」
「ああ、そうだな。お前みたいに綺麗なもんでもないが」
「………知りたいです」
「聞かせるもんでもない」
「わたくしには話させておいて、ご自分はダンマリですか? 良いご身分ですわね」
「それがオレだ」
そう臆面もなく言い切るあたりが見習いたくない部分であり羨ましいところでもあるが話を続ける。
「あなた言いましたわよね。仲良くするのに秘密の共有は有効だと」
「オレじゃなくてホストの書いてたことな」
「……そんなのどっちでも良いですわ。好感度を稼ぐチャンスですわよ。わたくしに膣内射精懇願させたいんでしょう?」
「頭おかしいのか?とんでもないこと言ってる自覚あるか?」
「あなただけには言われたくありませんわ」
直球の言葉に反射でそのまま返すわたくしに何がおかしいのかニヤリと朝霧さんは笑う。
「いいだろう話してやる。その無敵がどこまで続くか楽しみだ」
そう言って朝霧さんは話し出す。壮絶すぎる過去、その一端にわたくしは触れる。
ーーーーーー
眠りに落ちる時、今でも思い出す。
夢という形で、夢だから止められず、最悪な気分で目を覚ます。
生まれ落ちた瞬間から僅かだけの幸せ。
「見てくださいーーさん。今笑いましたよ」
「ああ、いい笑顔だ。二人は俺が必ず守り抜いて見せる」
笑っている。朦朧とする視界から二人の幸せそうな顔が覗く。それが心地よく目を閉じる。
場面は転換する。雑草も生えてこない破壊されたコンクリートや鉄の塊が足場を作っている廃マンションの前にぼくは立っていた。
およそ人が住む場所ではない、地獄のような環境。そこにぼくたちは住んでいる。でもぼくにとってここは地獄でも何でもない。だってこれが僕らの当たり前だからここが地獄なんて認識するはずもないんだから。
それにぼくにとって目の前で歩く人間こそ地獄を体現する悪魔のような存在。
そんな存在が立ち止まる。ぼくもそれに合わせて静止した。
「まずは、分かっているな」
「はい、お父さん」
つい先日から始まったマンションからの飛び降り。昨日は四階まで飛び降りをさせられた。
どれほどの衝撃を受けても耐え切る強い身体を作る鍛錬。
早く行けと言われる。でもぼくは躊躇ってしまう。
何か一つでも不運が起これば骨折は免れないだろう距離。4階ですら怖かったのに一段上がるだけで恐怖は倍増する。
「違うな」
「え?」
「全てお前の実力が左右する」
見透かしたようなお父さんの声。
「抱く不安や緊張、それにより生じるお前の動き。それらがお前の状態を大きく作用するのだ。怪我をする確率を限りなく下げるのも上げるのも偶然によるものではないと知れ」
「運などと思っていては、いつか死ぬぞ。たかが5階にいつまで逡巡してるつもりだ」
「じゃあ、お父さんもどんな高さから降りても死なないの?100階とかでも!?」
「なに?」
気づいた時にはもう遅い。
勝手に口が開き、生意気なこと言っていた。
殴られてもそれは止まらない。
「ねえっ! どうなのっ! お父さんも死ぬのっ!? くーーー!」
「早く飛べ」
首を絞められ酸素がうまく取り込めず、目の前が真っ赤になっていく。
口答えなど許さんと言わんばかりに締める力を強めるが我慢した。というかできてしまう。
飛び降りが始まる以前から、お父さんの虐待など生ぬるい訓練を称したしごきを受けてきたのだ勝手に耐えてしまう。
「死んだことのないお前にも分かるだろう。高いところから飛び降り、しくじれば死ぬことを。お前の100階などという子供の戯言を真に受けるなら私でも死ぬだろう」
「けはーーーっ、?」
「何故、人は飛び降りることで死ぬ? それは運動エネルギーにより地面は叩きつけられた衝撃で身体が破壊されることによって死ぬのだ」
お父さんによる講義をぼくは命懸けで必死に聞く。
「人間には構造上の限界がある。45メートル以上の衝撃を受ければ殆どの人間が死んでしまうと言っていいだろう……だがそれはあくまで推定値だ。飛び降りた場所が水中であれば45メートルでは死なないだろう。途中木の枝があればどうだ。地面がコンクリートではなく芝生ならどうだ。低い屋根がないか、落下中掴み取れる取っ掛かりはないか。
全ての可能性は全ての場所に存在する。少なくともお前が飛び降りるこのマンション、どの階から飛び降りても死ぬことはない」
ぼくの首を絞めあげていた手が離される。圧迫感から解放され、失った酸素を求める。
「ただ飛び降りることに満足するな周囲を観察しろ。どう飛べば助かるかを思考しろ。もういいだろう早く飛べ」
そう命令され、マンションの階段を上がっていく。
お父さんは嘘を付かない。この建物のどこからであろうと死なないだろう。ぼくですら骨折には至ってないのだから。
今日は6階まで降りた。脱臼しても、治すことすら許されず着地が成功するまで永遠と。
こんな事は序の口だ。
夜中、お父さんに水槽の中に頭を突っ込まれ起こされた事があった。溺れるぼくにお父さんは言う。お前がスヤスヤ寝ているのが気に入らなかった。大した理由なんてない。お父さんが気に入らなければどんなに理不尽な目にだって遭う。いついかなる時でも危険を察知し回避できるようになるまであらゆる状況で様々な暴力を振るわれた。回避したら回避したで殴られた。
ある日怪我をして死にかけていた猫をお父さんが拾ってきた。そして育てろと命令される。意味がわからないがお父さんには逆らえない。ぼくはその猫が死なないように必死に看病した。そんなことをすれば愛着が湧かないはずもない。
けれどある日突然お父さんがその猫をナイフで殺せと命令してきた。当然ぼくはそれを拒んだ。これまた当然の如く暴力を振るわれる。お父さんの命令を拒否したからだ。何度も何度も殴られる。ぼくは泣きながら猫にナイフを突き刺した。
キチンと死亡したのを確認した後、お父さんは言う。
「いついかなる時も非情であれ。どれだけ大事でも殺すことを躊躇うな。例え誰であろうとだ」
お父さんでも? とは聞かなかった。
場面は切り替わる。それは過去最大の屈辱の日々。ある日パン一切れで三人組の男に売られた。
男というのは女が好きなものだと思っていた常識が覆される。男たちによる凌辱の日々が始まった。
その詳細をオレが語ろうとしたところでーーー
「もうやめてください!」
怖がっているのか泣いているのか、顔をぐちゃぐちゃにさせながら祥子はオレに怒鳴っていた。
ーーーーーーー
「もうやめてください! それ以上は言わなくて良いから……」
「何だ。これからが本番だってのに」
何であっけらかんと、まるで他人に起きた出来事のように話せるのか。
聞かされる一つ一つのエピソードだけで想像に絶するもので、聞いたこちらがトラウマにってしまいそうなくらいなのに。
朝霧さんの強さというのは不感症と引き換えに得たものなのだろうか。
「だから言っただろ。聞かせるもんじゃないって。気にするなってのは無理だろうが気にするな。それが血肉になって今のオレがある。最強の人間ってのになったんだ」
「ごめんなさい……」
自分から聞いておいて、勝手に傷ついて話を止める。性に合わない気遣いをさせてしまった。
わたくしはいつだってそうだ。覚悟を決めたと思ってもちょっとしたことですぐ揺らいでしまう。性根が何不自由もなく育ってきた世間知らずの箱庭お嬢様だった頃から何も変わっていないのだ。
でも、それでもやはり残っていた。強くなりたいという気持ち。不甲斐ない自分から脱却して何事にも揺らがない精神性が欲しい。
彼のそばにいれば、それが得られる気がする。なんて根拠など何処にもない、けれどそんな確信が何故かあった。