※この作品はR-18です。

暁のアベムジカ   作:アメリカンショコラ

9 / 10
決意

 

 

 

「……朝霧さん。本当にこれを食べるんですの……?」

「当然だろ。少ない量で栄養価が高い、コスパの良い食い物だ」

 

 

 マンションから出てそれほど遠くない場所で、オレは祥子の手のひらにバッタの死骸を乗せる。

 オレたちは食料の調達に出ていた。意外なことに祥子は食べることに抵抗は見せても虫を触っていることに抵抗は無いようだ。

 外の世界の女は大抵虫を嫌う、お嬢様なら尚更だと思ったのだが勝手なイメージだったらしい。

 

 

「せめて焼いたりとか……」

「そんな器具がこの世界にあると思うか? あいにく虫眼鏡で焼こうにもこの曇り空だ」

「懐かしい、理科の実験を思い出しますわね……ふぅ、はむっ!」

 

 

 祥子は意を決するように深く息を吐いて口に入れ、咀嚼する。

 祥子はヘタれるが覚悟を決めた時は勇敢だな。日本の虫に寄生虫がいる確率は1%未満、万一当たったとしても死には至らないとはいえ例外は起こるかもしれないというのに。

 

 

「エビ……に似た味かしら……不味くはないですわね」

「小さい虫とか幼虫は大体不味くない。カブトムシとかセミの成虫はゲロマズだけどな」

「別に知りたくもない豆知識ですわね」

 

 

 オレたちは様々な虫を取り、その場で食べて回った。

 最初の内は差し出されるモノを食べるだけだったが、途中からは自ら捕って食べていた。

 

 

 

「食べることに抵抗はなくなりましたが、口の中がパサパサですわ……」

「そうだな、外の公園の水道水でも飲みに行くか」

「そうですわね、それが良いですわ……え?」

 

 

 同意する言葉の途中で祥子は惚けた顔をする。

 

 

「外って……禁止領域の外にですか?」

「そりゃそうだろ。中じゃ水道は通ってないし、連日曇ってはいても雨は降ってない。水溜りなんて一つもないんだからな」

「誰かから奪うってなっても持ってるヤツを探すより外に飲みに行った方が手っ取り早い」

「いやそうじゃなくて、わたくしを外に連れ出していいんですの?」

 

 

 祥子の発言には禁止領域の外に出てオレから逃げることを考えるとは思わないのかという意味が込められていた。

 例え一緒であろうと人混みに紛れ込むように呼び込めば簡単に逃げ出せる

 

 

「問題ない」

「問題無いって……」

 

 

 祥子はどう言うことか聞き返そうとするが、オレがした行動で理解する。

 オレは祥子の指を絡めるように手を握った。

 

 

「こうすれば逃げられない」

「そう……ですわね。こんなにがんじがらめにされては振り解くのは難しそうですわ……」

 

 

 

 最初は手のひらを広げたままピクピクさせるだけだったが、祥子はオレと同じように指を甲に重ねた。

 

 

「……恋人でも無いのに恋人繋ぎをするなんて信じられませんわ。それもこんな場所で」

「どうせ時間の問題だ。前借りしても問題はない」

 

 

 その証拠に祥子はやめてとも、離してとも言っていない。オレはそう言われればすぐにやめていた。

 

 

「全く……一体どこから来るんですのその自信は……」

 

 

 祥子は呆れた様子で、こちらにジト目を向けてくる。禁止領域でカップルのように手を繋いで歩く呑気なヤツなんか一組しかいないだろう。襲ってくれと言っているようなモノだ。

 だがオレはこんな場所だからこそ……

 

 

「ドキドキするな」

「冗談はよして。女性の身体なんて触り慣れてるくせに……」

「そうでもない。好きな女とこういう風に手を繋ぐのは初めてだ。その証拠に……ほら空いてる方でオレの胸に手を当ててみろ」

 

 

 祥子はオレの胸に手を置いて、耳を傾ける。  

 

 

 

「本当ですわ……胸の鼓動が強く脈打っています……」

 

 

 

 そう言うスリルに興奮しているのも確かだが、祥子の手を握っていることにもしっかりアドレナリンが出ている。

 

 

 

「祥子はどうだ? オレと手を繋いでドキドキするか?」

「……知りませんわ」

 

 

 

 ぷいっと祥子は、逆方向に顔を逸らした。耳たぶまで真っ赤にしてわかりやすいヤツ。

 そういうところは純粋培養で育ったお嬢様らしい。

 

 

ーーーーーー

 

 

「めちゃくちゃ奇異の視線で見られていますわ……」

「そりゃそうだ。昼間っから制服着た男と下着ワイシャツの女が歩いてるんだからな」

 

 

 

 オレたちは禁止領域から抜け、ビル街に出ていた。あと数キロ進んだ先に目的地の公園がある。

 昼食を取ろうと外に出ていたサラリーマンやOLに変質者を見るような目で見られる。

 スーツ姿のカッチリと決めている人並みにオレたちは浮いていた。流石にこのままの姿じゃ目立つな、オレは祥子の手を引いて近くの服屋に入った。

 

 

 

「朝霧さん……?」

「適当に上と下を一着ずつ買って着替えるぞ、予算は一万円以内な」

「お金……持っていたんですの?」

「ああ佐竹に退学する時の手切れ金から一枚だけ抜いて、貰った」

 

 

 

 オレはズボンのポケットに手を突っ込んでくしゃくしゃになった一万円を取り出して広げる。服の一着や二着余裕で買えるはずだ。

 

 

「あの……草薙さん?」

「まだなにかあるのか? ああ、遠慮することはない。多少値が張ってるヤツを選んでもいいぞ? そのくらいの甲斐性はある」

「そうではなくて」

「だったら何だよ」

「ここ、ブランド服屋ですわ」

「………なに?」

「一万円では靴下も買えないですわよ」

「…………」

 

 

 

 オレは黙って適当な服に付いてる値札を見てみる。

 

 

 ………桁が二桁は違った。

 

 

「ばんなそかな!!?」

「くすくす」

 

 

 周囲の客から嘲笑われていた。ボロボロの格好の人間が分不相応な品に手を出してるなと言わんばかりの、バカにする笑いと視線。

 オレはそれに耐えきれず、すぐに店から出た。安心安全のシロクロで白Tシャツと黒長スカートを買って着替えさせたのち、公園へ向かった。

 

 

 

「ぷっ……ぷくく……ふふふふっ」

「祥子……笑いすぎだぞ」

「だって、朝霧さんが……全く足りてないのに、じ、自信満々で、一万円札を、ふふ……取り出していうから……っ!」

 

 

 公園の水を飲んで、近くのベンチで休んでいると、祥子が先程のことを思い出して笑っていた。

 一緒にいる時点で祥子だって多少は恥をかいたというのに、楽しそうだった。お嬢様の笑いの沸点は随分低いらしい。

 多分これが本来の祥子なのだろう。張り詰めた弦のような状態は境遇や環境がそうさせるもので、天真爛漫な笑顔はそれに解放された祥子元来の姿。記憶の中のこいつとも一致する。

 

 

「わんっ! わんっ!」

「待ってっ、レオン! 急にどうしたのッ!?」

「ん?」

 

 

 大型犬が猛ダッシュでオレたちの元に駆け寄ってくる。遠くでは飼い主らしき女の声が聞こえてきた。

 

 

「あら、どうしましたの? わんちゃん? 飼い主さんは?」

「ワンッ!」

 

 

 祥子はベンチに座りながら、上体を下げて犬の顔に手を持っていき耳周りを撫でる。

 ふわふわもふもふで触り心地が良さそうだった。毛並みから育ちの良さを感じとれる。

 ゴールデンレトリバーだな。本で見たことはあるが実物を見るのは初めてだ。

 オレも触ろうと手を伸ばす。

 

 

「ワンッ! ガウガウ!!」

「いてぇ!?」

 

 

 

 手を噛まれた。甘噛みなんてもんじゃない本気噛みで手首まで飲み込まれた。

 

 

「あ、朝霧さん!?」

「ははっ、コイツめ」

「ぐるるっ、きゃうっ!!」

「朝霧さん、なんで自分から突っ込んでいってますの!? わんちゃんを虐めないで!!」

「虐められてるのはオレの方なんだが?」

 

 

 

 噛まれた腕を引っ込めず、奥にぐりっと押し込む。腕には激痛がはしっているが構わず突っ込むと苦しそうにもがき出した。口を離そうとしたので噛まれていない方で強引に口を閉ざす。

 動物は人間よりも上下関係を本能で重視する。下を舐める傾向にあって、知らしめなければならない。どちらが上で、どちらが下なのかを。

 

 

 

「あなた、レオンに何をしてるの!! 離れなさいッ!!!」

 

 

 飼い主が怒り心頭でオレに突っかかってきた。

 

 

「だから最初に手を出してきたのはコイツ……」

「す、すみません!! す、すぐに辞めさせるので! 朝霧さん!!」

「ったく、しょうがねぇ。犬、祥子のおかげで命拾いしたな」

 

 

 

 オレは犬の口から手を離して、もう片方が解放される。うおっ、めちゃくちゃ血だらけだ。

 怒っていた飼い主も、オレの惨状を見て青ざめていた。

 

 

 

「朝霧さん、手当てを……」

「必要ない、こんなのほっときゃ治る」

「はっ!? ご、ごめんなさい!! わ、私消毒液と包帯を買ってきます!!」

 

 

 

 呆然としていた意識が戻り、飼い主は血相を変えてこの場を離れる。犬を置いて。

 オレはダラダラ垂れてくる血を舐めて地面に吐き出す。

 

 

「これ、事件だよな。飼い主の不始末で他人の腕を噛むって」

「なんで当人が他人事なんですの……当事者ならもっと痛がってください、痛覚ないんですの?」

「だから痛い。出血量を見ろ、出血量を」

「そう思うなら表情に出してください、表情に」

 

 

 祥子がまるで、人間じゃないものを見るような目で見る。

 しょうがないだろ、痛がるそぶりを見せたら殴られたんだよ親父に。相手が調子ずくからってな。

 

 

「す、すみませんコンビニで包帯と消毒液を買ってきまし……た……きゃぁぁぁ!! レオンが血祭りにぃぃ!!???」

「落ち着いてください白鷺千聖さん。レオンさんが血祭りにあげられたわけじゃなくて、この方が血塗れの手で、遠慮なく触っていただけですから……」

 

 

 

 飼い主が事件性のある叫びをあげて取り乱す。それを祥子は極めて冷静に落ち着かせるように説明した。

 犬は腹を見せて服従のポーズをしてオレになすがままにされていた。さっきの一連の流れで上下関係はハッキリしたな。

 

 

「ごめんなさい!! 私知らなくて勘違いしてました。なんてお詫びをすれば……」

「気にしないでください。この人、こんなの慣れっこなので」

「なんで祥子がオレの代わりに答えるんだ?」

「……変な要求をするつもりですわよね」

「そ、そぎゃんことなかと!?」

「やっぱり……するつもりだったんじゃないですの」

 

 

 オレたちは先程あったことを話した。

 レオンの首輪をあんたの首につけてオレに散歩させろとでも要求しようと思ったが祥子に阻まれる。

 水で血を洗い流し、消毒液を傷口に塗られ、包帯でぐるぐる巻きにされる。これではまるで痛い人間だ。

 レオンに付いていた血も水で洗い流す。

 

 

「あはは……仲がいいのね貴方たち」

「そりゃな、恋人一歩手前ってとこだ」

「あら、通りで。ごめんなさい、デートの邪魔しちゃって」

「朝霧さんッ!! 白鷺さんもデートじゃありませんから!」

「思ったのだけど、貴方私のこと知っているの?」

「それは勿論。友人が推してるアイドルユニットのメンバーなので」

「へぇ……あんたアイドルなのか通りで……」

 

 

 

 確かに容姿は整っている。美人系で女優でもやっていそうな雰囲気だ。

 アイドルと付き合うってどうなんだろうな。誰にも見られてはいけないってのはスリルがあって面白そうだ。

 

 

「美人だな」

「そう? そう言ってくれると悪い気はしないわね」

「流石芸能人、言われなれてるか。照れが一切ない」

「客観的な評価を言われただけだもの。貴方の本気の言葉ならまだしもね」

 

 

 

 オレの返しにウインクをする。確かにこれは曲者のようだ。

 

 

「本気で言ってもいいのか? それじゃああんたオレに堕ちるぞ」

「今の言葉に普段なら愛想笑いして、心の中で冷めた目を送っているところだけど、貴方にはそれをさせない不思議な魅力があるわね」

「いいのかそんなこと言って。アイドルってのはイメージが大事なんだろ? 今のは受け取り手によっては悪く思われる台詞だ」

「貴方にはそっちの方がいいと思って。これでも女優なの、他人の求めるものを汲み取って演じるのは得意」

「ぜひ、演技じゃないあんたを惚れさせてみたいもんだぜ」

「そんなこと言うものじゃないわ。さっきから隣の彼女の嫉妬がとんでもないことになっているのは知ってる?」

 

 

 

 ああ知ってる。さっきからオレの背中の肉が思いっきりつねられてるからな。

 何散々口説いてる相手を忘れて、他の女口説いてるんだ、ああっ!? ってところだろう。

 

 

「それが目的だ」

「……貴方性格悪いわね。ちょっと軽蔑したわ」

「祥子も最初はそんな感じだったぜ。つまりあんただって攻略できるってことだ」

「本当に凄い自信。でもその気がないなら意味ないわね」

「ああ、このルートではな」

「ルート……? なんの話?」

「何でもない」

 

 

 

 ちなみにこの前にもルート分岐はあるぞ。

 何を言ってるか分からないが、言わなければいけない気がした。やる気が上がればそういうこともあるだろう。

 

 

「本当に何もお詫びしなくてもいいの?」

「十分レオンを触らせて貰ったからな。それでチャラだ」

「わたくしは何もされてませんので要求することはありませんわ」

「だけど……」

「そこまでいうなら何か考えるが今は思いつかないな」

「なら連絡先を交換しましょう。力になれることがあれば連絡してくれればいいから」

「生憎とスマホは持ってない。壊れたからな」

 

 

 互いに自己紹介をした後、千聖は再び確認する。

 スマホ云々は勿論嘘だが、今の社会スマホを持ってない人間というのは稀有で、禁止領域の人間ってことに勘づかれてしまいかねない。

 

 

「そうなの? じゃあはいこれ、電話番号書いたからスマホを直したら連絡して頂戴。私、そろそろ行くわね」

「ああ」

「また」

 

 

 オレに電話番号の書かれたメモを手渡して、リードを引いて公園を去った。オレは紙をポケットにしまう。

 

 

「白鷺さんの連絡先を手に入れて何をするおつもりですの?」

「そりゃ、デートに誘……そんな睨まんでも」

「またつねられたいんですの?」

 

 

 禁止領域へ帰る途中、段々と迫る危険地帯の近くで人通りが少なくなっていた。

 オレの冗談にお怒りのようだ。

 

 

「冗談だ。何か困った時に役立つかもしれんから取り敢えずな」

「どうだか……白鷺さん、すごく美人ですものねっ。どうやら気も合いそうでしたし、わたくしなんか捨てて乗り換えたらいかが? 今は外、あなたが居なくても家に帰ればいい話ですし!」

「そのつもりはない。美人度なら祥子の方が上だ、捨てるのなんて勿体無い。それに帰っても辛いことが待ってるだけだぞ」

「うるさいッ!!!」

 

 

 

 祥子は怒鳴り声を上げる。オレの言葉は祥子が考えないようにしていたこと。

 禁止領域で生きるのに必死な状態で片隅に追いやっていた父親との確執だ。

 祥子の弱さ、その原点。優しかった父親を忘れられずに戻ってきて欲しいと願い、でもそんなことは一切なく自分に迷惑だけをかけ続けるクソ親父。

 

 

 

「分かってる! 本当はあの人の事なんて捨てて帰らない方がいいって!! その方がよっぽど幸せになれるってッ!! 何度も何度もそう考えた! でも忘れられないの……あのお母さまが生きてた頃の……優しかったお父さまがどうして忘れられない。戻ってきて欲しいって思ってしまうの……縋ってしまうのよ……」

「……」

 

 

 

 オレは祥子の慟哭を黙って聞く。祥子の本音を刻みつける。唐突とは思わない、祥子は色々ともう限界だったのだ。それがオレの言葉をトリガーにして爆発した。

 これは親しき人間にも黙っていた祥子の気持ちだ。

 オレなら躊躇なく捨てられるだろう人間を、祥子は捨てられなかった。それは確かに弱さの一つではある。

 

 

「その思い出と現実のギャップが苦しかった。大切であればあるほど今の状況に耐えられなくなった。それはわたくしが弱いから……何が何でもやってやるという気持ちがどんどん削れていった。どんな苦しみにも耐えてやるって気概が続かなかった」

「そんな時だった……CRYCHICに出会ったのは」

 

 

 祥子は話す。縋りたくなるものが一つ増えた話を。

 自分がかつて組んでいたバンドの話。幸せになってもいいのかなと祥子を前向きにさせてくれた大切な繋がり……だがそれも長くは続かない。

 父親が警察に捕まった。迷惑は掛けられないとバンドを抜けた。

 

 

「わたくしは幸せになってはいけないって言われたみたいだった。別の拠り所を作ろうとしたから、わたくしに罰を与えたのです」

 

 

 考えすぎだ、どうしたらそんな考えになる……なんてのは当人にとってなんの救いにもならない話。

 オレは聞き続けた。そして全てを話し終えたそのときに……

 

 

 

「祥子、オレはお前に同情してやることは出来ない」

「そうですわよね……分かっていますそんなことは……あなたは強いから……人に縋らず生きていける強い人間だから……」

「確かにオレは強い……けどなお前だって十分強い人間だ」

「そんな慰め……」

「そうじゃねぇよ。ただそれは祥子の思う強さとは種類が違うだけだ。お前はオレにはない強さを持っている」

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 聞いたときわたくしは耳を疑った。わたくしが強い……? 朝霧さんには持ってない強さがある? 

 そんなわけが無い。

 

 

 

「そもそも本当に弱い人間なら父親について行っていない」

「だからそれはお父さまに縋るしか出来ないから……」

「違うな。弱い奴は楽な方に流されるんだよ。苦しみの道をわざわざ選ばない」

 

 

 そんなの思えませんわ。だってわたくしは逃げてますもの。結局のところ逃げている。父親から、たとえ不可抗力であっても草薙さんと過ごす時間が安らぎになってしまったのは事実。あの生活より本当はずっと良かったから……縋ってしまっていたから。

 

 

 

「人間、傷の数だけ強くなる。弱い人間ってのは何も傷ついていない人間のことだからだ。辛くても父親と向き合おうとしたお前は高貴な心を持った人間だ。言っとくがそれはオレだって出来てないことなんだからな」

「でも結局わたくしは逃げて……」

「でも逃げるまでは耐えてた、頑張っていた」

「そ、そんなのなんの自慢にも……!!」

 

 

 

 わたくしなんかよりよっぽど酷い仕打ちに耐えていた朝霧さんに言われても喜べない。

 

 

「なるんだよ。例え誰が聞いてもお前は凄いと褒め称える」

 

 

 お前以外はなと付け加えて朝霧さんはわたくしの頭にポンと手を置く。優しい顔だった。わたくしの全てを受け止めんばかりの優しげな表情。

 だ、だめですわ……これではまた縋ってしまいそうになってしまう。視界が歪んでいき、周りがよく見えなくなる。

 これも、朝霧さんの、思惑って……言うなら……ずるいですわ……

 

 

「お前が否定しても無駄だ。1対全人類だ、勝てるとは思うなよ」

「なんです……の、それ……ずるいですわ……そんなの勝てるわけがない、じゃないですか……」

 

 

 わたくしは朝霧さんの胸に顔を置く。堰き止めていたものが溢れ出す。

 

 

「う…… っ、う……うぅ……うあぁ……っ! あ、あさぎりさん、ううっ……っ、わたくし頑張ったのッ!! とってもとってもっ……! 辛くて苦しかったけど……っ、我慢して頑張ったの!!」

「ああ分かってる」

「ほんとはこんな風に弱音を吐きたかった……でもそれはいけないこと……ぐすっ、寄りかかる、行為だから……乗せた人に負担がかかってしまう、から……」

「オレがそんな弱い人間に見えるか? そんな貧弱な奴らと一緒にするな」

 

 

 

 厚い胸板。大きい身体……わたくしの心を包み込むようだ。

 なんでこんなにも強いんだろう、頼もしいのだろう。

 きっとそれは傷ついたからだ。わたくしよりよっぽど多くのことに傷ついてきたからだ。

 沢山傷ついて強くなっていったんだ。

 わたくしは彼の胸でわんわん泣いた。これまで我慢してきたものを全て吐き出すように。

 

 

「朝霧さんのこと……いっぱい聞きたい……わたくしのこともいっぱい話すから……」

「それはどういうことでもか?」

 

 

 わたくしは泣き疲れて背負われていた。広い背中は器の大きさを表すようで、いつまでも離したくないって思う。

 

 

「うん……どんなことでも……今ならどんなに酷いことでも聞ける気がする……」

「気がするねぇ……じゃあ前の続きから話すか」

 

 

 夕焼け空の下、男達にレイプされた話の続きをされる。

 やられたことの詳細を語ることはしないが、それはもう酷い体験談だった。

 男達に報復し、抜け出した後にも続く父親との日々。

 杏子さんとの出会い、過ごす中で芽生える感情……そして杏子さんを殺せと命令した父親との決別、殺人。

 

 

 

「朝霧さんは杏子さんのことが好きだったのですか?」

「さあどうだろうな。オレがあいつに抱いてるものが女としてなのか、家族としてなのか今でも分からん。ただ大切なのは確かだ。そうじゃなきゃオレは親父を殺さなかった」

「……そんな大切な人を放って朝霧さんは外に出たんですのね」

「自分が一番だからな。軽蔑するか?」

「はい、します。けどそんな朝霧さんでいいと思いますわ」

「なんじゃそりゃ」

 

 

 自分を何より尊び、優先する……そんなあなたにわたくしは……惹かれているのですから……一緒になりたいって思っているのですから。

 けどその前に、色々片付けないといけない問題が山積みですわ。お父さまのことは最優先事項として、CRYCHICのメンバーのことも放っては置けません。特にそよには酷いことを言いましたわ、謝らないと。燈や立希、睦にも会って話したい。初華への連絡も入れないとだわ。

 でも今は……この安心する背中に身を委ねたい。わたくしの眠気は限界だった。

 

 

 

 

 

 

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