※この作品はR-18です。

(完結済)元冒険者の俺、入り婿先の義理の娘に逆レイプされてしまう   作:埴輪庭

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⑤エレオノーラ

 ◇◇◇

 

 エレオノーラ・ガナッシュは、自分が美しいことを知っていた。

 

 それは幼い頃から当たり前のように理解していた事実であり、鏡を見ずとも周囲の反応が教えてくれることだった。使用人たちは彼女の前では言葉を慎み、教師たちは彼女の小さな失敗を見て見ぬふりをした。学園に上がれば、男子生徒たちが競うように花束を届けてきた。

 

 けれど、それだけではなかった。

 

 少女の頃のエレオノーラは、自分の美しさが他の令嬢たちとは質的に異なることに気づいていなかった。同級生の令嬢だって美しい者は大勢いた。しかし彼女たちの周りでは、男たちはあくまで礼節を保つ。エレオノーラの周りでは違った。男たちは瞳の焦点が定まらなくなり、ぼんやりと口を開け、まるで夢遊病者のように頬を上気させた。

 

 だがあれは愛でも恋でもなかった。

 

 呪いだったのだ。

 

 ◆

 

 自覚したのは十七の年だった。遅すぎた、とエレオノーラは今でも悔いている。

 

 あの時すでに取り返しのつかないことが起きてしまった後だった。

 

 父が政務で半年ほど王都を離れていた時期のことだ。屋敷には若い家庭教師が出入りしていた。礼儀正しく、教養があり、エレオノーラの学業を丁寧に指導してくれる好青年だった。

 

 ただ、おかしなことに、回を重ねるごとに彼の態度が変わっていった。

 

 目が据わるようになった。手が震えるようになった。授業の合間に、意味もなくエレオノーラの手に触れるようになった。

 

 エレオノーラは嫌悪を覚えたが、父が不在の屋敷では誰に相談すればいいのか分からなかった。母はエレオノーラが幼い頃に病で亡くなっていた。信頼できる侍女に打ち明けようとしたが、その前に事態は最悪の方向へ転がった。

 

 ある晩、家庭教師が書斎に忍び込んできたのだ。

 

 その夜の記憶を、エレオノーラは意識の底に沈めている。思い出したくもない。ただ一つだけはっきりと覚えているのは、あの男の瞳に理性の光が消えていたことだ。まるで操り人形のように、何かに衝き動かされて抗えなかったのだという事実を、彼の虚ろな目が物語っていた。

 

 そしてエレオノーラは身籠った。

 

 十七歳の、まだ学園にも通っている少女が。

 

 ◆

 

 父が戻り、事態が露見した時の地獄を、エレオノーラは克明に記憶している。

 

 家庭教師は即座に解雇された。屋敷の地下牢に放り込まれ、二度と日の目を見ることはなかったと聞く。父の怒りは凄まじかったが、それ以上に恐ろしかったのは父の目に浮かんだ、理解の色だった。

 

 まるで何かを確認するように、父はエレオノーラを見つめていた。

 

「お前の眼をよく見せなさい」

 

 そう言って父がエレオノーラの顎を掴み、まっすぐに瞳を覗き込んだ光景を、彼女は今でも忘れることができない。

 

「やはりか。お前にも出たのだな」

 

 父の口から語られた真実は、エレオノーラの世界を根底から覆すものだった。

 

 魅了の魔眼。

 

 ガナッシュ家の血筋に、数世代に一度の頻度で発現する異能。古くは「虜にする瞳」と呼ばれ、対象の理性を鈍らせ、欲望を増幅させる力。かつてはこの力を持つ者が魔女狩りの標的となり、火刑に処されたこともあったという。

 

 だからガナッシュ家はこの力を家の秘事として厳重に隠し通してきた。代々文官の家系として目立たぬように生き、この力の存在を外部に悟らせないために。

 

「誰にも言ってはならぬ。絶対にだ」

 

 父の声は震えていた。

 

 エレオノーラはようやく理解した。自分の周りで男たちが理性を失う理由を。家庭教師が暴走した原因を。そして――自分がなぜ身籠ったのかを。

 

 あれは恋でも愛でもなかった。ただの呪いの副産物だった。

 

 自分の瞳が、一人の男を狂わせ、壊し、結果としてこの腹に命を宿した。その事実は少女の心に深い傷を刻んだ。

 

 もしもっと早くこの力に気づいていたなら。

 

 もし父がもっと早く教えてくれていたなら。

 

 あの夜は起きなかったかもしれない。この腹に宿った命は存在しなかったかもしれない。

 

 惜しむらくは遅すぎたのだ。すべてが。

 

 ◆

 

 婚約者へは「病弱なため静養が必要」と説明がなされた。社交界から姿を消したエレオノーラは、領地の別邸でひっそりと子を産んだ。

 

 しかし隠し通すことはできなかった。婚約者の家に密告があったのだ。おそらくは使用人の誰かが口を滑らせたのだろう。婚約は破棄された。

 

 ガナッシュ家の令嬢が、婚約中に別の男の子を孕んだ。

 

 その噂は瞬く間に社交界を駆け巡り、エレオノーラの名前は地に落ちた。

 

 苦渋の末に父が見つけてきたのが、ウォーレンという冒険者だった。貴族社会の醜聞になど無頓着で、「訳あり」を承知で婿に入ってくれる男。粗野で教養もないが、根は善良で、連れ子のトリシャにも分け隔てなく接してくれるだろうと父は踏んだ。

 

 その読みは正しかった。

 

 しかし、ここでエレオノーラの人生に二つ目の残酷な事実が突きつけられた。

 

 ウォーレンには、魅了の魔眼が通じなかったのだ。

 

 ◆

 

 最初は気のせいだと思った。

 

 婚礼の夜、エレオノーラはウォーレンの瞳をまっすぐに見つめた。これまで例外なく男を虜にしてきたこの眼差しで。

 

 何も起きなかった。

 

 ウォーレンの瞳は澄んだままだった。焦点が定まらなくなることも、頬が上気することも、理性が溶け出すこともない。ただ少しだけ照れくさそうに視線を逸らし、

 

「その……よろしく頼む」

 

 と、ぶっきらぼうに言っただけだった。

 

 エレオノーラは衝撃を受けた。

 

 これは初めての経験だった。十七年の人生で、エレオノーラの魅了を受けて無事だった男は一人もいなかった。使用人も、教師も、同級の貴族も、街ですれ違う見知らぬ男すらも、彼女の瞳に捕らえられた。

 

 なのにこの男には通じない。

 

 なぜだ。

 

 冒険者だから、修羅場をくぐり抜けてきたから、精神力が並外れているから。理由はいくらでも推測できた。だが真相はわからない。父に尋ねても首を傾げるばかりだった。世代に一人しか現れない異能について、検証できるだけの事例がそもそも存在しないのだ。

 

 そしてエレオノーラは、生まれて初めて奇妙な感覚に囚われた。

 

 悔しかったのだ。

 

 通じないことが、ではない。通じなくても、この男に振り向いてほしいと思ったのだ。

 

 ◆

 

 それは恋と呼ぶには歪すぎた。

 

 エレオノーラはこれまで男の愛情を()で手に入れた経験しかなかった。好意を寄せられることは日常だったが、それは呪いの産物であり、本物の感情ではなかった。唯一の例外がウォーレンだ。この男が自分を愛するとしたら、それは魔眼の力によるものではない。純粋な感情によるものだ。

 

 だからこそ欲しかった。

 

 だからこそ手に入らないことが許せなかった。

 

 エレオノーラは自分なりに距離を詰めようとした。だが、彼女の知っている男との距離の詰め方は、すべて魔眼を前提としたものだった。眼差しを送ればいい、微笑めばいい、それだけで男は勝手に溶け落ちてくれた。しかしウォーレンは溶けない。

 

 エレオノーラは貴族として育ってきた。優雅に振る舞い、正しく語り、隙のない完璧さで相手を圧倒することが、彼女の対人関係のすべてだった。

 

 ウォーレンはそれを「壁」と感じたらしい。

 

 近づこうとするたびに、彼は困ったような顔をして後退った。堅苦しい言葉遣いが苦手なのか、完璧に整えられた食卓が息苦しいのか。エレオノーラが隙を見せまいとすればするほど、ウォーレンは遠ざかった。

 

 やがてウォーレンは書斎に閉じこもるようになった。エレオノーラとの会話を避け、食事の席では目を合わせず、夜は壁に背を向けて眠る。

 

 なぜ。

 

 自分のどこがいけないのだ。

 

 エレオノーラの中で、何かが音を立てて軋み始めた。

 

 ◆

 

 拗れた感情は、やがて別の形で噴出した。

 

 リュシアンが屋敷に仕え始めたのは三年前のことだ。先代の家令が引退し、その後任として雇われた若い執事。亜麻色の髪に碧い瞳、冷たく整った横顔。有能で、口数が少なく、エレオノーラの意図を先回りして汲み取ることができる。

 

 そしてリュシアンは、エレオノーラの魅了に即座に捕らえられた。

 

 当然のことだ。今まで例外はウォーレンただ一人だったのだから。

 

 リュシアンの瞳がかすかに潤む瞬間を、エレオノーラは正確に見て取った。唇が微かに開き、呼吸が浅くなり、焦点がぼやける。見慣れた反応だ。この男も呪いに囚われている。

 

 ただ、リュシアンは知性と自制心でそれを表面に出さなかった。他の男たちのように見苦しく取り乱すことはせず、完璧な執事としての仮面を保ったまま、内側でだけ静かに燃えていた。

 

 その抑制された欲望が、エレオノーラの中の何かを刺した。

 

 あてつけだった。

 

 ウォーレンが振り向かないなら、振り向く男で埋めてやる。

 

 お前の妻の身体を、別の男が貪っている。それでもお前は何も感じないのか。それでも壁に背を向けて眠り続けるのか──そんな、子供じみたあてつけだ。 

 

 リュシアンとの関係は、そうして始まった。

 

 愛ではなかった。リュシアンの瞳に灯る熱は魅了の産物であり、本物の感情ではない。エレオノーラはそれを誰よりも理解していた。だからこそ罪悪感もなかった。呪いで惹かれた男の欲望を利用しているだけだ。

 

 しかしそれは同時に、エレオノーラ自身への罰でもあった。

 

 本物の愛情をくれない男の代わりに、偽りの愛情で身体を満たす。その虚しさを噛みしめるたびに、ウォーレンへの苛立ちはさらに膨れ上がっていく。

 

 ◆

 

 そしてトリシャの問題が起きた。

 

 学園での嫌がらせ。婚約破棄。断罪。あの娘がしでかしたことを聞かされた時、エレオノーラの胸に去来したのは怒りよりも先に、ぞっとするような予感だった。

 

 まさか。

 

 トリシャにもあの力が。

 

 確認しなければならなかった。

 

 エレオノーラは信頼のおける商人を通じて、身元の知れぬ奴隷を一人買い入れた。若い男だった。トリシャが離れに幽閉されてから数日後、その男を「新しい下男」としてトリシャの元へ送り込んだ。

 

 結果は三日で出た。

 

 下男はトリシャに会った初日から様子がおかしくなり、二日目には朦朧とした表情で彼女の周りをうろつき始め、三日目にはトリシャの部屋の前で膝をついて動かなくなった。

 

 魅了の魔眼。

 

 間違いなかった。

 

 エレオノーラは下男を即座に引き上げさせ、記憶を曖昧にする薬を飲ませた上で遠方の領地に送った。トリシャは何が起きたのか理解していないだろう。あの娘は自分の力に気づいていない。

 

 気づいていないからこそ厄介なのだ。

 

 十七の頃の自分と同じだ。無自覚のまま男を狂わせ、その結果として破滅を招く。トリシャの婚約破棄騒動も、おそらくはこの力が遠因だろう。王太子がトリシャに婚約を申し込んだのも、あの下級貴族の娘に心変わりしたのも、すべてはトリシャの魅了が周囲の人間関係を歪めた結果なのかもしれない。

 

 だからこそ、あの娘をウォーレンに近づけさせたくなかった。

 

 とはいえ、()()()()()()()()()のだ。あの人には。

 

 ならばトリシャの力も通じないはずだと、エレオノーラは考えていた。

 

 それにウォーレンの言葉をこれ以上拒絶し続けるのは、エレオノーラ自身にとっても辛いことだった。ウォーレンが「トリシャが不憫だ」「あの子を守りたい」と訴える姿は、粗野で不器用で、それでもどうしようもなく誠実だった。

 

 普段は壁を隔てたように距離を取る男が、トリシャのことになると熱を帯びた声で食い下がってくる。その熱が自分に向けられたものでないと知りながら、エレオノーラはその声を聞くのが嫌いではなかった。

 

 だから譲った。

 

 修道院送りを撤回し、離れへの幽閉で手を打った。ウォーレンが離れの館に通うことも黙認したのだ。

 

 しかし、ここ最近、ウォーレンの様子がおかしい事にエレオノーラは気付いていた。

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