(完結済)元冒険者の俺、入り婿先の義理の娘に逆レイプされてしまう 作:埴輪庭
◆
最近、妙なことを考えるようになった。
書斎の机に頬杖をつき、半分ほど冷めた茶を眺めながら、俺は何日も前から同じ疑問を頭の中で転がしている。
(あれは本当に、俺の意志なのか)
離れの館。トリシャ。あの甘い香り。
思い返せば、いつも同じだ。トリシャの傍にいると頭の中が霞のように白くなり、普段なら絶対に越えてはならない一線を、まるで最初からそんな線など存在しなかったかのように跨いでしまう。事が終わって離れの館を出た後になってようやく正気に戻り、自分が何をしたのかを理解して愕然とする。
そしてまた翌日、あの館の扉の前に立っている自分がいる。
おかしい。
明らかにおかしいのだ。
(俺はそんなに好色な男だったか?)
冒険者として十年以上を過ごしてきた。女遊びが皆無だったとは言わない。だが、理性を吹き飛ばされて前後不覚になるような経験はしていない。酒場の娘にいい顔をされても、適度なところで切り上げる程度の分別は持っていたはずだ。
それが、どうだ。
義理の娘の膝の上で、まるで幼子のように蕩けてしまう。頭の中がぼんやりと甘い靄に覆われ、身体が自分のものでないかのように動く。唇が触れた瞬間に理性が溶解し、気がつけば褥の上に押し倒されている――いや、押し倒しているのは俺の方だったのか。その判別すらつかない。
あの香りだ。
トリシャが纏う、あの花とも果実ともつかない甘い香り。離れの館に足を踏み入れた瞬間に鼻腔を満たすあの匂いを嗅ぐと、思考が鈍る。指先が痺れ、視界の輪郭が曖昧になる。脳の奥が熱を持ち、下腹に血が集まっていく。
(まさか……薬か?)
その考えが浮かんだのは三日ほど前のことだった。
薬。媚薬。催淫剤。名前はいくつかある。冒険者稼業をしていれば、その手の品物の存在は嫌でも耳に入ってくる。闇市で取引される粗悪な媚薬から、一級の調合師が精製する高級品まで。用途は様々だが、要するに対象の理性を鈍らせて肉欲を増幅させるものだ。
トリシャがそれを使っている可能性。
茶に混ぜている。菓子に仕込んでいる。あるいは、あの甘い香りそのものが何らかの薬効を持つ焚香なのかもしれない。
(だが……)
俺は茶碗を手に取り、一口啜った。苦い。冷めた茶の苦味が舌を刺す。この味覚は正常だ。
(俺に薬が効くとは思えないんだがな)
冒険者として魔物を狩り続けてきた十数年間で、俺の身体にはある種の特異な耐性が備わっている。
魔物の血には毒が含まれている。
これは冒険者なら誰でも知っている常識だ。下級の魔物であっても、返り血を浴び続ければ皮膚が爛れる。中級以上の魔物――例えばワイバーンやバジリスク、あるいは魔狼の群れなどを相手にした場合、討伐後には必ず全身を洗い、解毒剤を服用する。それを怠った冒険者が数日後に高熱を発し、そのまま命を落とした例を俺は何度か見ている。
俺自身も若い頃に無知ゆえの手痛い目に遭った。初めてワイバーンの血を正面から浴びた時は三日三晩寝込み、パーティの仲間に解毒の魔術をかけてもらってようやく持ち直した。それからは用心深くなった。討伐のたびに解毒剤を服用し、定期的に治癒術師のもとへ通い、体内に蓄積した毒素を浄化した。
だが、繰り返すうちに変化が起きた。
毒に強くなったのだ。
五年目あたりから、ワイバーンの返り血を浴びても平然としていられるようになった。七年目には、毒を持つ魔蜘蛛に噛まれても腕が少し痺れる程度で済むようになった。十年目の終わり頃には、ギルドの受付嬢からこう言われた。
(あなたの毒耐性は規格外です。もはや普通の毒物では影響を受けないでしょう)
冒険者にはよくあることらしい。長年にわたって魔物の毒に晒され続けた結果、身体が順応する。解毒剤と治癒魔術の繰り返しが、ある種の免疫を形成する。俺の場合、それが極端に発達したのだろう。
だから、仮にトリシャが何らかの薬を使っているとしても、人間が調合する程度の催淫剤が俺にここまで強い影響を及ぼすとは考えにくい。
考えにくいのだが。
(……なら、あの異常な反応は何なんだ)
手のひらを見つめた。この手がトリシャの身体に触れた時の、あの抗いがたい衝動。指先から脳へ直接流し込まれるような快楽の波。普通ではない。明らかに普通ではない。
薬ではないとしたら、何なのか。
呪い? 魔術? それとも……俺の知らない何かなのか。
(考えすぎか)
茶碗を置いた。
(考えすぎなんだろうな、きっと。俺はただ、義理の娘に欲情しているだけの屑だ。認めたくないものだから、薬だの呪いだのと言い訳を探しているだけだ)
そう結論づけようとする自分がいる。だが同時に、そう結論づけることへの違和感も消えない。理性と直感が拮抗して、どちらにも倒れない。
結局のところ、俺は答えを出せないまま、離れの館に足を運ぶ回数を減らし始めた。
◆
三日に一度が五日に一度になり、五日に一度が週に一度になった。
トリシャは何も言わなかった。ただ、俺が訪ねるたびに以前よりも深く微笑み、以前よりも長く俺の手を握り、以前よりも切なげな声で「お父様」と呼んだ。
その呼び方が胸に刺さる。
(いかんいかん。これ以上考えるな)
考えるほどに嵌まる。この泥沼には底がない。
離れに行かない日が増えるにつれ、俺は自然と本邸で過ごす時間が増えた。書斎に閉じこもり、意味もなく書物を捲る。貴族らしい教養書を読もうとするが、三行読んだところで頭に入らなくなる。結局、棚の隅に見つけた冒険譚を手に取って昔を懐かしむ。
そんな日々を一週間ほど続けた、ある午後のことだった。
書斎の扉が控えめに叩かれた。
「入っていいぞ」
セバスチャンか、あるいはリュシアンだろうと思って顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは、エレオノーラだった。
思わず冒険譚の本を机の下に隠した。馬鹿馬鹿しいとは思ったが、身体が勝手に動いた。この女の前で下らない本を読んでいるところを見られたくない。何か嫌味を言われるに決まっている。
「珍しいな。何か用か」
エレオノーラは書斎の入口に立ったまま、部屋を見回していた。散らかってはいないが、整然ともしていない。冒険者時代の癖で、必要なものを手の届く場所に置く習慣が抜けないせいだ。
「……少しお尋ねしたいことがありまして」
その口調は、朝食の席の時とは違っていた。冷徹さは変わらないが、刺すような鋭さがない。どちらかといえば、探るような慎重さがあった。
「ああ、なんだ」
「最近、離れの館へいらっしゃる頻度が減ったように見受けられますけれど」
俺の心臓が半拍跳ねた。
エレオノーラが離れの館のことを口にするのは珍しい。あの場所に幽閉したのはエレオノーラ自身だが、普段はトリシャの話題を徹底的に避ける。あの娘、とすら呼ばず、まるで存在しないかのように振る舞うのが常だ。
「ああ……まあ、少し忙しくてな。書類も溜まっていたし」
下手な嘘だった。エレオノーラが俺の書類仕事を信用していないことは火を見るよりも明らかだ。案の定、冷たい瞳がわずかに細まった。
「トリシャの様子はいかがですの」
「様子? 普通だと思うが。相変わらず本を読んで、庭の薬草の世話をしている」
(嘘はついていない。ただ、省略しているだけだ)
「そう」
エレオノーラの声は平坦だった。何の感情も読み取れない。だがその目だけは、じっと俺を見つめていた。
何かを測っている。
何を測っているのかはわからない。俺の言葉の真偽か。トリシャとの関係への疑念か。それとも――もっと別の何かか。
「あの子は……変わった様子はありませんの」
「変わった様子?」
「ええ。何か、以前と違うところが……たとえば、急に甘えてきたり、妙に積極的になったりだとか」
心臓が今度こそ大きく跳ねた。
(何を知っている)
エレオノーラの問いかけは的を射すぎていた。偶然ではあり得ない。この女は何かを知っている。あるいは知らなくとも、察している。
だが、認めるわけにはいかない。
「別に。変わりないよ。大人しくしている」
声が固くなっていないか自分で確認する余裕はなかった。ただ、平穏な夫の表情を取り繕うことだけに全神経を注いだ。
エレオノーラは数秒の間、黙って俺を見つめていた。
その沈黙の中に、何か途方もなく重いものが詰まっているような気がしたが、俺にはそれを読み解く力がなかった。貴族特有の書簡の作法にも劣らない、彼女たちの沈黙の言語を、俺は十年経っても理解できないでいる。
「……そう。お忙しいところ失礼いたしましたわ」
エレオノーラは踵を返した。
「あ、いや――」
何か言おうとして、言葉が見つからなかった。引き止める理由がない。いや、理由はある。あるのだが、それを口にする勇気も語彙も、俺は持ち合わせていない。
エレオノーラの背中が扉の向こうに消えた。
廊下を遠ざかる足音が、硬い石の床に規則正しく反響し、やがて静寂に溶けていった。
「……なんだったんだ、今のは」
独り言が書斎の天井に消える。
(あいつが俺にトリシャの話を振ってくるなんて、十年で初めてだぞ)
茶碗に手を伸ばしたが、もう冷めきっていた。
(何か、嫌な予感がする)
その予感の正体を突き止める前に、窓の外を見た。
離れの館の屋根が、夕暮れの空を背景にして小さく見えていた。あの屋根の下でトリシャは今、何をしているのだろう。
(……行かない方がいいんだろうな)
だが、行かなければ行かないで、あの切なげな「お父様」の声が耳の奥で反響し続ける。行っても地獄、行かなくても地獄。
俺は机の下から冒険譚の本を取り出し、漫然と文字を目で追い始めた。