The Sky Blessing ~R-18 Edition~ 作:ella_coat
それは、エクアルがラビリアにあんなことやこんなことを教えられた日の夜。
交易島の拠点として三人が暮らす家、そのリビングのテーブルには、交易島の人々から分けてもらった保存食のパンや干し肉、そしてラビリアが日中に採ってきた色とりどりの果物が所狭しと並んでいた。
アキシャは、怪我がまだ完治していないというのに、その旺盛な食欲は一切衰えておらず、行儀悪くパンを美味しそうに頬張っていた。その隣では、ラビリアがゆっくりと温かいスープをすすっている。
しかし、二人の向かい側に座っていたエクアルは、どこか落ち着かない様子で、目の前の食事にあまり手がついていない。スプーンでスープ皿の中身を、意味もなくかき混ぜているだけだ。
昼間の出来事のせいか、エクアルの頬は未だにほんのりと上気し、その琥珀の瞳は普段の冷静な光とは違う、熱を帯びた潤みを宿していた。いつもの冷静沈着な雰囲気とは違って、どこか艶々とした……少女から女性へと変貌する途中のような、危うい色っぽさが漂っている。
(……言わないと。お姉ちゃんには、隠し事をしたくない。ラヴィも、お姉ちゃんなら分かってくれるって言ってたし……!)
エクアルは意を決して、かき混ぜていたスプーンをカチャリと皿に置いた。その小さな音に、アキシャがパンくずを口元につけたまま顔を上げる。
「んぁ? どうしたエクアル、飯、口に合わねぇか?」
「……ううん、そうじゃないの。……お姉ちゃん、大事な話があるの」
エクアルの真剣な声色にアキシャが「なんだよ、改まって」とわずかに眉をひそめる。
隣のラビリアはスープを飲みながらも、そのピンク色の瞳で「ああ、ついに言うんだ」とでも言いたげに、面白そうにエクアルを見守っていた。
ちょうど不味いことで有名な回復用のポーションを、アキシャは意を決して飲もうとしていたところだった。緑色の怪しい液体がなみなみと注がれた瓶を、ぐっと口元へ運ぶ。
エクアルはそのアキシャの琥珀色の瞳を、真っ直ぐに見つめ返した。顔が、耳が、首筋まで真っ赤に染まっていくのを自覚しながらも……覚悟を決めて口を開く。
「あのね……。私、今日の昼間、ラヴィと……その……」
言葉を選びながら、エクアルは震える声で続けた。
「ラヴィに『女の子の快感』を……教えて、もらったの」
「……んぐっ!?」
ゴボッ、と。アキシャが口に含んだばかりの緑色のポーションが、盛大に霧状になってテーブルへと吹き出された。
「ゲホッ! ゴホッ……! お、おい……!」
アキシャはポーションの不味さと、それ以上に衝撃的な告白によって、激しく咳き込みながらテーブルに突っ伏しそうになる。隣のラビリアが慌てて背中をさするが、アキシャは「いや……大丈夫だ」とその手を振り払った。
「す、すまねぇ……もう一回言ってくれないか……?」
アキシャはまだ咳き込みながら、信じられないものを見る目でエクアルの顔をジッと見つめた。自分の耳が、戦いで負った傷のせいでおかしくなったのかと本気で疑っていた。
「だ、だから……!」
アキシャのあまりの反応に、エクアルは羞恥心が限界を突破しそうになり、涙目になりながらも、はっきりと繰り返した。
「私とラヴィが、えっちなことをした、って言ったの……!」
「聞き間違いじゃ、ねぇのかよ……!」
若干ツッコミ気味にそう言うと、アキシャはポーション瓶をテーブルにカタン、と力なく置いた。緑色の液体が、彼女の内心の動揺を映すかのように瓶の中で揺れている。
(一体、何を言われた? エクアルが? ラヴィと? えっちな……?)
単語が頭の中でバラバラに浮かび、全く意味を結ばない。とりあえず思考を整理しようと、アキシャはこめかみを押さえたのだった。その白い指先が、わずかに震えている。
アキシャが本気で混乱し、ショート寸前になっているのを隣で見て、ラビリアがくすりと笑いながら助け舟を出す。
「んー。まあ、私が説明するとねー」
ラビリアはアキシャのそんな混乱ぶりを楽しみつつも、いつものおっとりとした口調で、事の経緯を説明し始めた。アキシャはまだ半信半疑のまま、その言葉に耳を傾ける。
「まず……エクアルがね、この前の夕方……アキシャと私が、その……愛し合ってるところを、偶然にも見ちゃったんだって」
「は、はぁ!?」
ラビリアから放たれた、更なる衝撃的な事実に、今度こそアキシャは素っ頓狂な声を上げた。みるみる内に、その白い頬が真っ赤に染まっていくのが、エクアルの俯いた視界の端にも映った。
「み、見てたのかよ、エクアル!?」
アキシャが、信じられないというように、しかし事実確認を急ぐように、妹の名を呼ぶ。エクアルは顔を上げられないまま、その言葉を肯定するように、小さくこくこくと頷くことしかできなかった。
「それでエクアルは、本でしかそういう知識がなかったから……。自分も、どんなものか知りたい、愛し合ってみたい、って。……私に、お願いしてきたの」
「ラビリアに……お願いを……?」
「そう。だから、私はエクアルのお願いを受け入れたんだよー」
ラビリアは自分がエクアルをどれほど過激にいじめ抜き、快感の淵に沈めたか、その詳細な「授業」内容は都合よく伏せつつ、説明したのだった。あくまでエクアルの純粋な好奇心に応え、優しく手ほどきをしただけ、というていで。
アキシャは、最初は「見られていた」という羞恥と「エクアルがラヴィに頼んだ」という驚愕で、目を白黒させていた。しかし……ラビリアの説明が進むにつれ、食事の手を止め、その表情からいつものガサツな雰囲気や冗談めかした空気が消えていく。
(エクアルが……見てた? しかも、私とラヴィの……アレを……?)
その事実に、まず眩暈がしそうになるが――
(でも……そうだよな、あんなの見ちゃ……エクアルも、色々考えちまうか)
アキシャはラビリアの説明を聞き終えると「そっか……」と深く、複雑な息を漏らした。そして何も言わず、向かいに座るエクアルの顔を静かに見つめた。その琥珀色の瞳は、戦闘中にも似た、真剣そのものだった。
その真剣なアキシャの視線に耐えられず、エクアルは俯いてしまう。
「……ごめんなさい、お姉ちゃん。気持ち悪い、よね……」
エクアルの声は羞恥と恐怖で震え、最後はかき消えそうになった。
エクアルは俯いたまま、アキシャの反応を待った。その沈黙が、エクアルには何よりも彼女による拒絶の言葉に聞こえた。
(やっぱり、駄目だったんだ……)
軽蔑された。呆れられた。いつも冷静な自分が、あんなはしたない好奇心を持って、それを実行してしまった。お姉ちゃんは、きっと私を……。
そんな絶望的な気持ちをエクアルが抱き、後悔の涙が溢れそうになった、次の瞬間。
「いや、気持ち悪くなんてねぇよ……!」
アキシャは優しい響きを帯びた声で、彼女の言葉を否定した。
その声は、いつもの脳筋で豪快なものではなく、真剣で……重みのある響きだった。
「それに謝るのは、私の方だしな。ごめんな……エクアル。そんな複雑な気持ちにさせちまって」
「え……?」
エクアルが、おずおずと顔を上げる。
アキシャはそんなエクアルの驚いた表情を真っ直ぐに受け止めると、照れくさそうに自分の隣にいるラビリアを一瞥した。そして照れ隠しなのか、自分の白い髪を掻きながら言った。
「ラビリアとは……その、なんだ、成り行きみたいな……もんだし。……それに私にとって、エクアルとラビリア、どっちが上とかねぇよ」
アキシャは真っ赤になった顔をごまかすように、ニカッといつもの屈託のない笑みを浮かべた。そしてエクアルとラビリアの二人に聞こえるよう、はっきりと宣言した。
「お前は私にとって大切な双子の妹で、ラヴィは昔からの最高の相棒で……二人とも、私にとって何にも代えられない大事な存在だ!」
その言葉は、アキシャの偽らざる本心だった。
エクアルも、ラビリアも、守るべき「家族」であり、優先順位などつけられるものではなかった。
エクアルはアキシャのその言葉を、唖然として聞いていた。
彼女から返ってきたのは謝罪と、この上ないの愛情の言葉……。
(お姉ちゃん……)
アキシャは、やっぱり優しかったのだ。
安堵と感動で言葉を失っているエクアルに、ラビリアが優しく声をかけた。
「ね、言ったでしょー?」
ラビリアはくすりと笑う。まるで初めから、アキシャがこう答えることを見透かしていたかのように。
当然、アキシャはエクアルが羨ましがってラビリアにお願いしたことについて、怒るつもりは毛頭なかった。
「お前がそうやって悩んで、ラヴィに頼ったってんなら、私は何も言わねぇよ。……むしろ、お前らしいなって思ってな」
妹のその真面目さと、一人で抱え込まず、信頼する仲間に助けを求めた素直さを、アキシャは改めて可愛らしく……そして誇らしく思ったのだ。
「お姉ちゃん……。ありがとう……!」
エクアルの瞳から、安堵と、姉への感謝の涙が一筋こぼれる。
それはそうと……妹の問題が片付いたところで、アキシャは別の問題――自分たちの情事を見られていたという、とんでもない事実――に直面する。
じわじわと遅れてやってきた羞恥心が、アキシャの顔を再び赤く染め上げた。あの時、ラビリアに見せた自分の姿。それをまさか妹に見られていたとは。
アキシャはどうしようもなく恥ずかしくなり、顔を赤らめたまま、エクアルから視線をそらすようにそっぽを向きながら言った。
「……それにしても、アレを見られたのは……ちょっと、は、恥ずかしいな……」
アキシャは咳払いを一つして、その猛烈な照れを振り払うように、無理やり真面目な顔に戻った。
「……それに」
エクアルとラビリアの顔を、アキシャは順番に真っ直ぐに見つめた。その琥珀色の瞳には、もう照れや戸惑いの色はなかった。
「私たちは『運命共同体』だろ?」
その言葉は三人がまだ幼い頃、故郷ルナリアで、とある絶望的な出来事をきっかけに立てた、誰にも破れない誓いだった。
何があっても、三人で一緒にいる。どんな困難が訪れようと、三人で助け合い、三人で運命を切り開く。だから……今回のことも、その誓いの一部なのだとアキシャは伝えたかったのだ。
(……! お姉ちゃん、覚えていてくれたんだ)
(……ほんと、アキシャはそういうところ、昔から変わらないよねー)
エクアルとラビリアもまた、その誓いを忘れたことなど一日もなかった。
この三人が一緒だからこそ、世界そのものを覆い尽くすほどの災厄すら打ち破り、こうして今も、未知の世界で戦い続けることができるのだ。
三人の間に、しんみりとした、しかし何物にも代えがたい温かい空気が流れる。
秘密を共有したことによる背徳感や罪悪感は、その「運命共同体」という絶対的な愛と絆の前では、すでに取るに足らないものへと変わりつつあった。
……しかし、その空気をラビリアがいつもの調子でぶち壊した。
彼女は、何事もなかったかのようにスープのスプーンを口に運びながら、唐突に呟いたのだった。
「んー、じゃあ、今度は三人でやろっかー?」
「バ……バカ言ってんじゃねぇ! 三人はその……なんかマズいだろ!」
アキシャは顔を真っ赤にして、即座にラビリアの頭を手刀で軽く小突く。
「いったーい。冗談だよー」
ラビリアが、わざとらしく頭を押さえる。
エクアルはそんなアキシャとラビリアの、いつものやり取りを見て、くすくすと楽しそうに笑った。久しぶりに、心の底から笑えた気がした。
だがそのやり取りを見て、エクアルはふと、昼間の体験で最も気になっていた疑問を、ポロッと口に出してしまった。
「でも……ラヴィ。あんなに激しいのが、普通なの? 私が本で読んだのと、ちょっと違う気がするんだけど……」
「……ん?」
食事を再開させようとパンを掴んだアキシャの動きが、再びピタリと止まる。
「なんだか、こう……すごい勢いでコリコリされて、意識が飛びそうに……んっ」
エクアルはそこまで言って、自分がとんでもないことを暴露していることに気づき、慌てて両手で口を押さえた。
刹那――アキシャの周囲の温度が、ふっと下がる気がした。妹のちょっとした言葉で全てを悟ったのか、彼女は不気味な笑みを貼り付けながら……ギロリと地を這うような低い視線でラビリアを睨んだ。
「……ラビリアー? お前、エクアルに何したんだ?」
その声はアキシャがラビリアを縛り上げた時と似たような怒りがこもっているのと同時に、妹を弄んだことに対する凍りつくような冷たさもはらんでいた。
「えっ、あ、んーと。それは、エクアルがあんまり可愛かったから、つい……。ね、エクアル?」
ラビリアはアキシャの本気の眼差しをぶつけられ、背筋に冷や汗が流れるのを感じる。
慌ててエクアルに助けを求めるように視線を送るが、エクアルは真っ赤な顔で俯いてしまい、ラビリアの助け舟にはなってくれそうもなかった。
「こいつぅ……! 私の可愛い妹に、手取り足取り教え込みやがって……!」
アキシャはすっと静かに立ち上がると、椅子に座ったままのラビリアの隣に仁王立ちする。その影が、ラビリアを完全に覆い尽くした。
「ひっ……。ご、ごめんなさ……」
ラビリアが謝罪を言い終える前に、アキシャはラビリアの柔らかいほっぺを両手でむんずと掴み、むにーっと容赦なく伸ばした。
「ふにゃー! あきしゃ、いひゃいー!(アキシャ、いたいー!)」
「うるせぇ! お前のことだから、相当過激なことしたんだろ! 初めてのエクアルに!」
「ほんにゃこと、ひてにゃいってー!(そんなこと、してないってー!)」
「いいや、絶対した! 少しは反省しやがれ!」
「ごめんなひゃーい!(ごめんなさーい!)」
アキシャにほっぺを伸ばされ、情けない声を上げるラビリアと、それを見て「もう、二人とも……」と呆れながらも心の底から楽しそうに笑うエクアル。
先ほどまでの罪悪感や不安はいつもの、このどうしようもなく騒がしい日常に溶けて消えていた。
三人の絆は新たな、そして少しだけ大人びた秘密を共有することで、また少しだけ形を変え……より強く結ばれたのだった。