ゾンビ世界で拠点を作って女の子ゾンビとイチャイチャするお話 作:フレキシブルコーギー
カケルは、少女から視線を外し、目的地であるコンビニへと歩き出した。
敵意がないのなら、今は放っておいても問題ないだろう。それよりも物資だ。水と食料がなければ、明日の朝を迎えることすらできない。
住宅街の道を抜け、大通りへと出る。
かつては車の往来で賑わっていたであろう道路は、今や放置された車の墓場と化していた。フロントガラスの割れた軽自動車、横転したトラック、ドアが開いたままのワゴン。々が逃げ惑った痕跡が、そこかしこに残されている。カケルは慎重に足を進め、視界の隅で周囲を警戒しながら、目当てのコンビニへと向かった。
そして、彼はふと気配を感じて振り返った。
「……ついてきてるのか」
少女ゾンビが、数メートル後ろをとぼとぼと歩いていた。
おぼつかない足取りで、しかし確実に、カケルの後を追っている。まるで迷子の子犬のように。時折ふらつきながらも、彼の姿を見失わないよう、懸命についてくる様子だった。
栗色の髪が風に揺れ、セーラー服のスカートの裾が、脚の動きに合わせてひらひらと舞う。
「まあ、いいか……」
カケルは肩をすくめ、再び前を向いて歩き出した。
彼女が襲ってこないなら、それでいい。むしろ、もし他のゾンビに遭遇した時、彼女が盾になってくれるかもしれない。そんな打算も頭の片隅にはあった。
やがて、目的地のコンビニエンスストアが見えてきた。
──青と緑の看板は色褪せ、自動ドアのガラスは割れて穴が開いている。
店内からは、かすかに腐臭と埃っぽい匂いが漂ってきた。商品棚の一部は倒れ、床には散乱した菓子袋やペットボトルが転がっている。略奪の痕跡だ。
おそらく、パンデミック初期に生存者たちが奪い合ったのだろう。もっとも、生存者など最近はめっきり見なくなったが。
カケルは割れた自動ドアの隙間から、慎重に店内へと足を踏み入れた。
靴底がガラスの破片を踏み、ジャリッと嫌な音を立てる。薄暗い店内には、停電で消えたままの照明。窓から差し込む灰色の光だけが、わずかに視界を確保してくれている。
「食料は……」
目を凝らすと、奥の棚にまだいくつか缶詰やカップ麺が残っているのが見えた。冷蔵庫のドリンクコーナーは当然機能しておらず、ぬるくなったペットボトルの水が数本転がっている。
レジカウンターの奥には、タバコの陳列棚と、何かの雑誌が散乱していた。
そして背後から、あの気配。
「……ぁ……」
振り返ると、セーラー服の少女がすぐそこに立っていた。
彼女もまた、割れた自動ドアの隙間から店内に入り込んでいたのだ。虚ろな瞳でカケルを見つめ、その小さな唇からは、か細い吐息が漏れる。
距離は、わずか二メートルほど。彼女の身体の輪郭が、薄暗い光の中ではっきりと浮かび上がっていた。
店内は静かだった。
少なくとも今この瞬間他のゾンビの気配はない。物資を集めるには絶好の機会だ。
しかし、背後にぴったりとついてくる少女の存在が、妙に気になり始めていた。
♢ ♢ ♢
【現在の状況】
現在地: コンビニ店内
拠点: 郊外の一軒家
お嫁さんゾンビ: 0人
保有物資: バックパック(空)、牛刀×1
同行者: セーラー服の少女ゾンビ(愛情度★☆☆☆☆)
♢ ♢ ♢
カケルはまず、目の前の棚へと駆け寄った。
手当たり次第にバックパックを開き、残っていた缶詰──サバの味噌煮、ツナ缶、コーンスープの缶――を次々と放り込んでいく。
床に転がっていたペットボトルの水も、ラベルを確認する余裕もなく、四本まとめて詰め込んだ。カップ麺の棚にはシーフードヌードルが三つ。それも迷わず回収。
「これで……三日は持つ」
息を荒げながら、バックパックのチャックを閉める。
ずっしりとした重みが肩にかかった。だが、まだ足りない。もっと物資を集めておかなければ、次にいつここへ来られるか分からない。
カケルは店の、『従業員専用』と書かれた扉へと目を向けた。
バックヤード。そこには、まだ客に出されていない在庫が眠っているかもしれない。迷っている暇はなかった。彼は少女ゾンビの存在をちらりと確認し……彼女は相変わらず、ぼんやりとこちらを見つめている。
それから、扉へと手をかけた。
ギィッ……と、錆びた蝶番が軋む音を立てて扉が開いた。
薄暗い廊下の先に、倉庫らしき部屋の入口が見える。
段ボール箱が積まれているのが、わずかな光の中で確認できた。カケルは用心深く足を踏み入れ、バックヤードの奥へと進んでいく。
埃っぽい空気と、何か生臭い匂いが鼻をついた。
「……この奥に、まだあるかな」
そう呟いた瞬間だった。
「――ガアアアアァァッ!!」
「!?」
暗がりから、濁った絶叫とともに、何かが飛び出してきた。
反射的に身を引こうとしたが、遅かった。ゴツい腕がカケルの胸板を掴み、一気に押し倒す。視界が反転し、背中が冷たいコンクリートの床に叩きつけられた。
「うぐっ……!」
息が詰まる。上を見上げると、そこには血走った目をした男のゾンビがいた。
作業着を着た中年の男。顔は腐敗が進み頬の肉が一部剥がれ落ちている。口からは腐った肉の臭いと唾液が滴り落ち、ぬらりとカケルの顔にかかった。ゾンビの両手が、彼の喉元へと伸びてくる。
「くそっ……!」
カケルは必死で抵抗しようとしたが、馬乗りになられた状態では身動きが取れない。
牛刀は腰にあるが、手が届かない。男ゾンビの指が、首に食い込み始める。息が、できない――
その時だった。
鈍い音とともに、ガラスが砕ける音が響いた。
「ガ……ァ……」
男ゾンビの頭部に、何かが叩き込まれた。その衝撃で男の身体がぐらりと傾く。
首を絞めていた手の力が、一瞬緩んだ。カケルが目を見開くと、そこには──
セーラー服の少女ゾンビが立っていた。
彼女の細い腕には、今まさに振り下ろされたばかりの酒瓶が握られていた。
瓶は半分ほど砕け、鋭利なガラスの破片がキラリと光っている。男ゾンビの後頭部からは、黒ずんだ血がどろりと流れ出していた。
「ぁ……ぅ……!」
少女は、もう一度酒瓶を振り上げた。
その虚ろだった瞳に、今だけは確かな意志の光が宿っている。男ゾンビが再びカケルに襲い掛かろうとした、まさにその瞬間。
三度、四度、彼女は酒瓶を男ゾンビの頭に叩き込んだ。
容赦のない連撃。ガラスが砕け、男の頭蓋が割れる音が、静まり返ったバックヤードに響き渡る。
やがて、男ゾンビの身体が力なくカケルの上に崩れ落ちた。ぐったりとした重み。もう、動かない。
「っ、はぁ……はぁ……!」
カケルは荒い息をつきながら、男ゾンビの身体を力任せに押しのけた。ゴロリと横に転がる死体。彼は這うようにして立ち上がり、喉を押さえながら咳き込んだ。
「助け……られた……?」
顔を上げると少女ゾンビが、砕けた酒瓶を握ったまま、じっとこちらを見つめていた。
その手からは、ぽたり、ぽたりと、男ゾンビの返り血が滴り落ちている。
セーラー服のブラウスにも、赤黒い飛沫が無数に付着していた。だが、彼女の表情は相変わらず虚ろで、ただ瞳だけがカケルを映し続けている。
「……ぁ……」
酒瓶を取り落とし、ガシャンと床に落ちる。
少女は、おぼつかない足取りで、カケルへと一歩近づいた。
カケルの心臓が、激しく脈打っていた。
恐怖。安堵。困惑。そして、何か別の感情が、胸の内で渦巻き始めていた。
彼女は、自分を守ってくれたのだ。
言葉も通じない、理性もないはずのゾンビが。