AM『……ヒーローチーム……ウィ、WIN……!!』
オールマイトの震える声がビル内に響き渡り、第一試合の終了を告げた。その瞬間、極限まで張り詰めていた殺気と熱気が、嘘のように冷え切った静寂へと変わる。
核兵器のオブジェにしがみつき、嗚咽を漏らす実。その背後では、踏陰が壁に寄りかかり、散り散りになった精神を繋ぎ止めるように深く呼吸を繰り返していた。
そして、爆心地とも言える廊下の中央。
勝己は己の掌から立ち上る硝煙の中で立ち尽くしていた。
勝「……負けた……? この俺が……あのクソデクに……?」
勝利への執念だけで立ち上がった彼のプライドは、出久の咆哮によって物理的に、そして実のタッチによって精神的に、完膚なきまでに叩き折られた。その瞳には、今まで一度も見せたことのない困惑と、底知れない絶望が混ざり合っていた。
更衣室へと戻る道すがら、出久は自力で歩くことすらままならなかった。
ボーン・アーマーの右半身は、咆哮と爆破の衝撃でひび割れ、一部が剥がれ落ちている。頭蓋骨のマスクの隙間からは、過呼吸に近い激しい喘ぎ声が漏れ、人差し指は紫色の内出血で膨れ上がっていた。
AM「緑谷少年! 無茶が過ぎるぞ!!」
駆け寄ったオールマイトが、その細い肩を抱きかかえる。
出久は薄れゆく意識の中で、獣のマスク越しにオールマイトを見つめた。
出「……先生……僕……怪物に、ならずに……勝て、ましたか……?」
その問いは、かつての無個性な少年が抱いていた夢の続きではなく、人ならざる力を手に入れてしまった者の、悲痛な祈りだった。オールマイトは言葉を詰まらせ、ただ強く彼の肩を握りしめることしかできなかった。
全員がモニター室に集結した。
彼等は画面に映し出された地獄のような惨状と、出久の放った「咆哮」のデータに目を剥いていた。
「今回のMVPは、……峰田少年だ」
オールマイトの言葉に場がざわつく。実本人が一番驚き、「えっ、オイラ!?」と叫び声を上げた。
AM「……理由は、状況を最も冷静に、かつヒーローらしく判断したからだ。緑谷少年は、確かに驚異的な力で道を切り拓いたが、その代償として自身を壊しすぎた。爆豪少年は、私情に走りすぎた。常闇少年は、敵の予測不能な攻撃に後手に回った。……だが峰田少年! 君は恐怖に震えながらも、相棒が作った『唯一の勝機』を逃さず、目的である核の回収を完遂した。……それは立派なヒーローの仕事だ」
実は、その言葉を聞いた瞬間、再びガン泣きした。鼻水を垂らしながら、「緑谷が……アイツが凄かったんだよぉ……!」と、崩れ落ちた。
一方で、目蔵と焦凍は、モニターに表示された出久の「咆哮」の波形データを凝視していた。
目「……この音圧。普通の人間なら、至近距離で浴びれば脳が弾けている。緑谷は……それをコントロールして、殺さずに『無力化』したのか」
焦「……いや、あれは計算じゃない。生き残るための、本能的な咆哮だ。……あいつの『個性』は、やはり底が見えない」
講評が終わった後も、爆豪勝己は一言も発さなかった。
夕闇が差し込むモニター室で、彼は自分の震える掌を見つめていた。
出久が手に入れた、あの「骨の鎧」と「悪魔の声」。
かつて自分が「デク」と呼んで見下していた存在は、今や自分を遥かに凌駕する「本物の恐怖」へと変貌していた。
「……クソが……」
爆豪の口から漏れたのは、怒りではなく、深い敗北の味だった。幼馴染として、常に「下」に見ていたはずの出久に圧倒的な暴力…あの「悪魔の咆哮」と、ボーン・アーマーの頑強さ…によってねじ伏せられた。その事実は、彼のプライドを木っ端微塵に粉砕したはずだった。
だが、その静寂の中で、勝己の胸の奥底から別の何かが湧き上がってきた。
勝「……あ?」
震えていた指先が、ぴたりと止まる。
視界を覆っていた困惑の霧が晴れ、代わりにかつてないほど純度の高い、苛烈なまでの「熱」が全身の血管を駆け巡り始めた。
勝「……ハ、ハハッ……」
乾いた笑いが漏れる。
出久が手に入れた「怪物」の力。自分を上回る威力、自分を弾き飛ばす衝撃。
普通の人間なら絶望し、戦意を喪失するようなその光景を思い返した瞬間、勝己の脳内ではドーパミンが異常なほどに噴出した。
勝「おもしれぇ……。おもしれぇじゃねぇか、クソデクがぁあああ!!!」
彼は狂ったように吠えた。
その瞳から敗北の色は消え、代わりに飢えた獣のような、爛々と輝く「闘争心」が燃え盛る。
勝己は力任せに床を殴りつけ、その反動を利用して立ち上がった。
今までの憎悪は、どこか出久を「見下す」ためのものだった。だが、今の彼は違う。出久を「対等な、あるいはそれ以上の、殺すべき強敵」として完全に定義したのだ。
勝「テメェが化け物になろうが、死神になろうが、関係ねぇ……! そのデカい骨、その耳障りな声、まとめて俺が『完勝』で叩き潰すための、最高の踏み台にしてやる!!」
彼の掌からはこれまでとは明らかに質の違う、鋭く、高い密度の火花が散る。
それは残っていた「嫉妬」から「克服」へと進化した、爆豪勝己という男の再起動だった。
実技訓練が終わり、フラフラになりながらリカバリーガールの元へ運ばれる出久。そして、帰路についてる勝己。
二人は一瞬だけ視線が重なった。
出久は痛々しいほど青ざめた顔で勝己を見た。彼は、勝己が絶望しているのではないかと、罪悪感に震えていた。
だが、勝己の瞳に宿っていたのは、出久を射殺さんばかりの凄まじい「闘志」だった。
勝「……待ってろ。ここからだデク!!次はそのスカスカの骨を悪魔ごと、粉々に蒸発させてやるからな!!!」
すれ違いざまに投げかけられた、地獄の底から響くような宣戦布告。
その言葉を聞いた瞬間、出久は恐怖と共に、どこか救われたような感覚を抱いた。
出(……かっちゃんは、まだ折れてない。僕が怪物になっても、かっちゃんは僕を、ライバルとして見てくれている……!)
出久は、内出血で腫れ上がった拳を強く握りしめた。
怪物を飼い慣らしヒーローになる。その過酷な道の先に、自分を真っ向から否定し、打ち破ろうとするライバルがいる。その事実が、出久に新たな覚悟を与えた。
出「……うん。負けないよ、かっちゃん」
夕暮れの雄英高校。
生き残った9名の中心で、破壊神と白い死神による、あまりにも凄惨で熱い「連鎖」が、本格的に始まろうとしていた。