咆哮の残響が空気を震わせ、USJの広場は一瞬にして「捕食者の檻」へと変貌した。
出久の肉体を突き破り、完全にその主導権を奪い去ったインドミナス・レックス。白磁の如き骨の装甲は血の通わぬ冷徹な光を放ち、その全身からはワン・フォー・オールの緑の稲妻が、呪いの鎖のように激しく火花を散らしている。
弔は、目の前で完成された「絶望」の美しさに、狂喜の声を上げた。
弔「そうか……テメーが『東の雄英地獄絵図物語』を起こした張本人か!! 素晴らしい、最高だ! まさに、平和の象徴を嘲笑うための舞台装置じゃねえか!!」
弔は手の仮面の奥で、爛々と輝く瞳を出久へと向け、狂ったように叫ぶ。
弔「来い、黒霧!!」
霧の中から現れた黒霧は、眼前の惨状を即座に把握し、その声音に微かな震えを滲ませた。
黒霧「よろしいのですか? 出口がガラ空きになりますが……」
弔「こっちが最優先だ。奴が暴れるぞ。……『本物の地獄』を特等席で見せてもらおうぜ!」
その言葉が終わるよりも早く、インドミナス・レックスが動き出した。理性を焼却し、ただ「殺戮」と「排除」の本能に従うその怪物は、ワン・フォー・オールを全開で纏い、物理法則を置き去りにした速度で広場へと弾け飛んだ。
「――ガ、ァアアアアア!!」
逃げ遅れたヴィランの一人が、悲鳴を上げる暇さえなかった。
出久の巨大な鉤爪が、その男の頭部を熟れた果実のように握り潰す。脳漿と鮮血が石畳にぶちまけられ、肉の焼けるような臭いが周囲に充満した。
それはもはや「戦闘」ではない。一方的な「屠殺」だ。
地面を蹴るたびに石畳は爆砕し、衝撃波だけで周囲のヴィランの四肢を容易く千切り飛ばす。
出久は、怯えて蹲るヴィランの喉笛を鋭い牙で食い破り、鮮血を浴びながらその肉を咀嚼した。
バキバキと骨が砕ける生々しい音が静まり返った広場に響き、内臓がぶちまけられ、石畳は瞬く間にどす黒い赤に染まっていく。
「助けて……ぎ、あぁあああ!!」
腹部を食いちぎられ、這いずりながら逃げようとする男の背中を、出久は無慈悲に踏み抜いた。脊椎がへし折れる不快な音が響き、男は肉の塊へと成り果てた。
実は、物陰で嘔吐しながらその光景を見ていた。
実(違う……あんなの、緑谷じゃねー……! あれは、ただの……ただの、化け物だ!!)
出久の琥珀色の瞳は、血飛沫を浴びてさらに禍々しく発光する。
周囲にいた数十のヴィランたちは、逃げ惑う家畜のように追い詰められ、その肉を、命を、インドミナスという名の大鎌に刈り取られていく。
引き千切られた腕、転がる眼球、噴水のように噴き出す血。
USJの中央広場は、一瞬にして死体の山が築かれる「修羅の庭」へと変わり果てた。
弔「ハハハッ!! いいぞ、もっと壊せ!! ぐちゃぐちゃにしてやれ!!」
出久は、血の海と化した広場の中心で、次に狙うべき「巨大な肉」――脳無へとその首を向けた。
怪物の咆哮が、死の静寂を再び切り裂いた。
中央広場は、もはやこの世の風景ではなかった。
原型を留めぬ肉塊、撒き散らされた内臓、そして鉄錆の臭いを孕んだ血の霧。出久の成れ果てであるインドミナス・レックスは、千切れたヴィランの喉首を食い千切り、鮮血を全身に浴びて白磁の装甲を赤黒く染め上げていた。
弔は、その凄惨な極致に酔いしれるように、歪な笑みを深く刻む。
弔「さてと、楽しんだ所で……いけ、脳無」
弔の細い指が、静止していた黒い巨躯を指し示した。
次の瞬間、空気が爆ぜた。
脳無は一切の感情を排した無機質な弾丸となり、死体の山を爆砕しながら出久へと肉薄する。対する出久もまた、ワン・フォー・オールの暴力的エネルギーを脚部に集中させ、迎撃のために地を蹴った。
「最凶」と「最恐」の激突。
正面からぶつかり合った二体の衝撃波は、周囲に残っていたヴィランの死体を木っ端微塵に粉砕し、広場の石畳をクレーター状に陥没させた。
弔「ハハハッ! 無駄だ、その攻撃。この脳無は『ショック吸収』と『超再生』を持った対オールマイトのための改造人間。此奴にどう対応する?」
出久の巨大な鉤爪が、脳無の側頭部に深く食い込み、その脳漿を抉り出す。だが、脳無は痛みを感じることなく、逆に出久の腹部にその拳を叩き込んだ。
ドォォォォォン!!!
腹部の装甲が砕け散り、出久の口から大量の鮮血が噴き出す。だが、理性を失った出久は退かない。逆に、砕かれた装甲を修復しようとする骨の棘をさらに伸ばし、脳無の右腕を根元から食い千切った。
ブチブチと筋肉の繊維が引き千切られる生々しい音。
しかし、千切られた断面から、おぞましい速度で肉の触手が蠢き出し、一瞬にして新しい腕が再生される。
出久は咆哮を上げ、今度はワン・フォー・オールの力を指先に収束させた。
デラウェア・スマッシュを零距離で脳無の剥き出しの脳へ撃ち込む。脳漿が飛散し、頭蓋の半分が消失する。しかし、脳無は崩れるどころか、再生する脳の隙間から新しい腕を生やし、出久の喉首を強引に掴み上げた。
ギチ、ギチ、と、出久の喉笛が潰れる音が鳴る。
出久は血走った瞳を剥き出しにし、掴まれた腕を逆に自らの牙で噛み砕いた。噛み切った腕を吐き捨て、今度は脳無の胴体に両足の鋭い鉤爪を突き立て、生きながらにしてその腹を裂き開く。
内臓が溢れ出し、真っ黒な血が噴水のように噴き出す。だが、脳無はその傷口から無数の肉の触手。を伸ばし、出久の全身に絡みついてその骨の装甲を内側から強引に引き剥がし始めた。
「――ガ、ァアアアア!!!」
肉を削られ、骨を砕かれる激痛。しかし、それが出久の殺意をさらに加速させる。
出久は自らの意志で装甲を爆発的に増殖させ、脳無の眼窩に硬質な骨の槍を突き刺した。眼球が破裂し、そこから体液が溢れ出す。
二体の怪物は、血の海の中で互いの肉を食らい、引き千切り、潰し合う。
再生と破壊、そしてショック吸収の果てに、広場は赤黒い汚泥と化した肉片で埋め尽くされていく。
実は、その地獄のような光景から目を背けることもできず、失禁しながらただ震えていた。
そこにあるのは「ヒーロー」の戦いではない。
ただどちらが先に「完全に壊れるか」を競い合う、無慈悲な命の削り合い…。
その時だった!
USJの巨大な正面扉が、凄まじい風圧と共に内側へ向かって爆砕した。立ち込める土煙を割り、黄金の光を背負って現れたのは、誰もが待ち望んだ「平和の象徴」だった。
AM「もう大丈夫。私が来た!」
だが、その顔にいつもの不敵な笑みはない。怒髪天を突く凄まじい圧力を放っていた。オールマイトの視線は、瞬時に広場の惨状を捉えた。
無惨に転がるヴィランの死体の山。そしてその中心で、血塗れの「白い悪魔」に変貌した出久が、脳無という名の無機質な暴力に蹂躙されている。
オールマイトは地を蹴ろうとした。愛弟子を救うために。しかし。
弔「黒霧」
黒霧が音もなくその前に立ちはだかり、漆黒のゲートを広げて退路と進路を断つ。
弔「邪魔をするなよ。今、良いところなんだよ。……オールマイト」
弔は狂ったように指先を噛み、目の前の「怪獣対決」を熱狂的に見つめていた。
戦況は、圧倒的な「ショック吸収」と「超再生」を持つ脳無が支配しつつあった。脳無は出久の白い首根っこを掴み上げると、その巨大な拳で、出久の頭部を装甲ごと何度も、何度も石畳へ叩きつける。
メキッ、ベシャッ、と、骨の砕ける音と脳漿が揺れる音が混ざり合う。出久の口からは、肺の欠片を含んだ鮮血が、滝のように地面を濡らしていた。
その時だ。
「――ガ、ァアアアアア!!」
絶体絶命の出久の右腕から、肉を裂いて黒い奔流が噴き出した。
それはかつてない太さと密度を持った《黒鞭》。
死の淵で暴走したその漆黒の触手は、蛇のように脳無の全身に絡みつくと、脊椎を強引に締め上げた。ミシミシと肉が凹み、脳無の体液が搾り出される。
出久はそのまま、黒鞭の収縮力を利用して脳無を上空へと引き抜き、遠心力を乗せて石畳のクレーターへと猛烈な勢いで叩きつけた!
ドォォォォォン!!!
衝撃で脳無の身体が半分以上潰れ、黒い血が四方八方に飛散する。だが、出久の逆襲はそれだけでは終わらない。
今度は左腕からも、血管を逆流させるような激痛と共に、もう一本の《黒鞭》が突き出した。
弔「隠し玉か!! ハハッ、スゲー! どんどん化け物になっていくじゃねーか!!」
弔が歓喜に震える中、出久は二本の黒鞭を鞭のように操り、脳無を拘束したまま左右に何度も叩きつけ、千切り、引き裂いた。
脳無の肉が千切れ、再生が追いつかないほどの速度で「分解」されていく。出久は四つん這いになり、咆哮と共に脳無の胸部を爪で掻き毟り、剥き出しになった心臓を強引に引き摺り出した。
「ゴ、ァアアア!!」
グチャリ、という、生暖かい肉と神経を掻き回す音が、USJ内に虚しく、そして残酷に響き渡る。
二体の化け物は、互いの内臓を引き摺り出し合いながら、死体の山の上でさらなる狂乱の舞を続けていた。その光景に、さすがのオールマイトも、戦慄を隠せなかった。
死臭と血煙が立ち込める広場に、爆発音と氷結の音が重なった。
勝己と焦凍が、地獄と化した中央広場に辿り着いたのだ。しかし、彼らが目にしたのは、かつてのクラスメイトの面影など微塵もない、血塗れの「魔王」の姿だった。
勝「デクぅ……」
勝己は奥歯が砕けんばかりに噛み締め、震える拳を握った。
戦況は凄惨を極めていた。
出久の鉤爪が脳無の肉を削ぎ、黒鞭がその四肢を千切っては投げ飛ばすが、脳無の「超再生」はその都度、ドロドロとした肉の触手を蠢かせて欠損部位を繋ぎ合わせていく。終わりのない肉の削り合い。無限の暴力の連鎖。
だが、理性を完全に消失させた出久の本能が、この不毛な持久戦を終わらせるための「一撃」を導き出した。
「――ギ、ガァアアアアア!!」
出久の両腕から噴出した二本の黒鞭が、獲物を捕らえる蛇のように脳無の全身を雁字搦めに拘束した。逃げ場を失った脳無を、出久は強引に、零距離の至近距離まで引き寄せた。
直後、USJ全体の空気が、物理的な重圧を伴って出久の喉元へと吸い込まれていった。
出久は、胸部を極限まで膨らませ、その喉の奥にワン・フォー・オールの全出力を凝縮させる。声帯が裂け、食道が焼き切れるような異音が漏れる。緑色の稲妻が咽喉部で渦巻き、白磁の装甲がその熱量で赤熱し始めた。
インドミナス・レックス「ーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
放たれたのは、もはや音ですらなかった。
これまで全方位を制圧していた咆哮は、超高密度の衝撃と熱量を伴う「破壊光線」へと収束されていた。
ドォォォォォン!!
目も眩むような光の奔流が、至近距離で脳無を捉えた。
「ショック吸収」が限界を超え、音速を遥かに超える衝撃が脳無の肉体を内側から粉砕していく。脳漿が蒸発し、眼球が破裂し、強靭な筋肉の繊維が一本残らず焼き切られていく。
破壊光線の指向性は凄まじく、背後にあった石畳を抉り、広場の噴水を瞬時に蒸気へと変え、一直線にUSJの天井へと突き抜けた。
「ガ、アア……ッ!!」
脳無の巨躯は、まるで巨大な大砲に撃ち抜かれたかのような猛烈な勢いで上空へと跳ね飛ばされた。
重力と空力抵抗を無視したその「飛翔」は、USJの強固なドーム天井を紙細工のように突き破り、冬の青空の彼方へと、小さな点になって消えていった。
静寂が戻る。
弔「……ハハ、ハハハハ……!! 冗談だろ……? 俺の脳無を、ただの
そこには、自分たちが用意した「平和の象徴を殺すための兵器」を、さらに上の次元の「純粋な暴力」で蹂躙した、生ける地獄が立っていた。
血の雨が降る広場の中心で、出久はゆっくりと、生き残った者たちへとその琥珀色の眼光を向けた。
出久は真っ赤に熱を帯びた口腔からシューシューと焼けるような異臭を放つ白煙を吐き出している。
咆哮を破壊光線に変えた代償として、喉の粘膜は焼き切れ、白磁の装甲の一部は熱による自壊を始めていた。血の混じった涎がドロリと垂れ、石畳に落ちてはジリリと音を立てて蒸発する。
その異形極まる姿を見つめる弔は、もはや恐怖すらも超越した狂喜の絶頂にいた。
弔「最高だ……最高だ!! ハハッ、ハハハハ!! 脳無を……オールマイトを殺すために丹精込めて作り上げた『駒』を、声一つでゴミクズみたいに吹き飛ばしやがった!!」
弔は自身の顔を覆う「手」を剥がれんばかりに掴み、身体をガタガタと打ち震わせる。
黒霧「死柄木弔。……潮時です、撤退しましょう。プロが駆けつける前に」
黒霧が漆黒の霧を広げ、急かすように進言する。だが、弔はその瞳を爛々と輝かせたまま、出久から視線を外さない。
弔「バカ言ってんじゃねえ! 脳無なんて比じゃねぇぞ! あれは生まれながらの『天才』だ! 天災と言ってもいい! 黒霧、今すぐ彼奴を回収しろ!!」
黒霧「落ち着いてください。先程の戦いを見る限り、彼はまだ『心』が完全に壊れてはいない。今の彼を連れ帰ったところで、我々の拠点を灰にするだけの爆弾を抱え込むことになります。彼を仲間にするには、もっと……徹底的に社会から絶望させる工程が必要だ」
弔は、悔しげに奥歯を噛み締めた。黒霧の冷静な分析は正しい。今の出久には、まだ「誰かを救いたい」という青臭い執念の残滓が、あの凶暴な咆哮の裏側に隠れている。
弔「(……確かに、無理に連れて行けば脳無と同じ『ただの肉塊』に加工せざるを得なくなる……。せっかくの逸材を、思考のない人形にして壊しちまうのは、ゲームバランスが崩れるな……)……分かったよ、クソが……」
弔は忌々しげに吐き捨てると、ゆっくりと広がる黒いワープゲートの中へと足を踏み入れた。
姿を消す直前、弔は首を180度近く捻るようにして、血の海に立つインドミナス・レックスを、愛おしげに見つめた。
弔「おい、緑谷出久。……いや、白い悪魔。今日はここらで引いてやる。だが、覚えておけ。お前がどれだけヒーローのフリをしても、世界はお前を『怪物』としてしか見ない。……俺たちは、いつでもお前を歓迎するぜ」
不気味な嘲笑と共に、死柄木弔と黒霧の姿は空間の歪みへと吸い込まれ、完全に消失した。
残されたのは、血塗れの死体の山と、己が力によってUSJという箱庭を地獄へと変え、孤立無援の立ち姿を晒す出久だけだった。
煙を吐き出すその巨躯が、ゆっくりと、しかし確実に、まだ意識を保っている仲間たちへと向き直った。その眼窩に宿る琥珀色の光は、依然として理性を取り戻してはいなかった。
敵が去った後のUSJは、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。
血の海と化した広場の中央で、白煙を上げ続けるインドミナス・レックス。誰もが、敵という標的を失ったその怪物が、次は自分たち生存者に牙を向くのではないかと身を強張らせた。実は恐怖のあまり声も出せず、焦凍は右腕に氷結を、左腕に炎を宿して最悪の事態に備えていた。
しかし、予想に反して出久は静かだった。
「……ガ……ァ……」
低く、地響きのような唸り声を上げながら、出久はゆっくりとその巨大な頭部を動かし、周辺をぐるりと見渡した。その琥珀色の眼光は、怯える仲間たちを捉えたが、そこには捕食者の飢えではなく、何かを確認するような「意思」が微かに混じっているようにも見えた。
次の瞬間、出久の全身をワン・フォー・オールの爆発的な稲妻が駆け巡った。
ドォォォンッ!!
石畳を粉砕するほどの踏み込みで、出久は広場を離れ、USJの深部へと消えていった。
AM「待て、少年!!」
勝「クソが、逃がさねぇぞデク!!」
オールマイトと勝己が、弾かれたようにその後を追った。オールマイトは、愛弟子の心が完全に闇に飲まれてしまったのではないかという恐怖に突き動かされ、勝己は、自分を置き去りにして「得体の知れない領域」へ踏み込んだ幼馴染への憤怒を爆発させていた。
二人が辿り着いたのは、豪雨と突風が吹き荒れる「暴風・大雨ゾーン」だった。
そこは、地獄の延長線上だった。
「ぎ、あああああ!!」
「何だこいつ、化け物……っ!!」
立ち並ぶ建築物の影で、潜んでいたヴィランたちが次々と宙に舞い、あるいは壁に叩きつけられて肉塊へと変わっていく。出久は嵐の中を稲妻となって駆け抜け、残党を文字通り「蹂躙」していた。
だが、そこでオールマイトは目撃した。
建物の瓦礫に追い詰められ、複数のヴィランに囲まれていた踏陰と口司。彼らを目に留めた瞬間、出久の動きが止まった。
血に濡れた巨躯が、雨に打たれながら踏陰たちをじっと見下ろす。
踏陰は自身の「ダークシャドウ」を構えながら、その圧倒的な死の気配に死を覚悟した。しかし、出久は一瞬だけ彼らの無事を確認するように瞳を細めると、彼らには指一本触れることなく、再び闇の中へと跳躍し、背後に迫っていた別のヴィランの頭部を黒鞭で粉砕した。
受験の時、あの演習場で見せたのは、ただ目の前のものを狩り愉しむだけの「本能」だった。しかし、今の出久は明らかに違っていた。
AM(緑谷少年……君は、その狂気の中で、まだ……選別しているのか!? 敵と、守るべき者を……!)
オールマイトの目には、それが涙ぐましいほどの、そして恐ろしいほどの執念に見えた。理性を失い、脳を本能に焼かれながらも、その魂の根底にある「ヒーロー」としての本能だけが、怪物の肉体を無理やり制御し、仲間を救うために動かしている。
勝己は、自分たちを一瞥だにせず、ヴィランを屠ることに没頭する出久の背中を、憎々しげに睨みつけた。
勝「……チッ、一丁前にヒーロー気取りかよ! んな面して、自分だけが『正義』のつもりか、このデクが!!」
勝己の叫びは、激しい雨音にかき消された。
出久は、自分が「怪物」として畏怖され、忌み嫌われていることなど承知の上であるかのように、ただ黙々と、血の雨の中で救助演習を「完遂」しようとしていた。
それは、世界の誰からも認められない、血塗られた孤独な守護者の姿だった。
インドミナス・レックスは、暴風・大雨ゾーンを抜けた後も止まることはなかった。土砂崩れゾーンでは土中に潜むヴィランを黒鞭で引きずり出し、山岳ゾーンでは岩壁に張り付く敵をその巨大な顎で噛み砕いた。
彼が駆け抜けた後には、もはや「戦闘」の跡など残っていない。あるのは、引き裂かれた肉と、不自然な角度に曲がった四肢が散乱する、文字通りの阿鼻叫喚の地獄絵図だけだった。
AM「止まるんだ、緑谷少年!! もういい、十分だ!!」
勝「止まれクソデク!! んなもんヒーローのやることじゃねぇぞ!!」
オールマイトと勝己の声が、血の臭いが充満する演習場に虚しく響く。しかし、白磁の装甲に包まれた怪物は、その耳に届くはずの「人間」の言葉を拒絶するように、さらに速度を上げた。ワン・フォー・オールの稲妻が装甲の隙間から激しく噴出し、移動するたびに石畳を爆砕していく。
このままでは、彼はUSJ内の全ての「敵」を殺し尽くすまで、止まることはない。そしてその果てに待っているのは、心まで完全に怪物に食い荒らされた、破滅的な終焉だ。
ここで、オールマイトが勝負に出た。
(少年……君の心の奥底に、まだあの日の『憧れ』が残っている
オールマイトは残された残り少ない力を振り絞り、ワン・フォー・オールをフルマックスで足に込めた。黄金の閃光となって広場を横切り、凄まじい速度で駆けるインドミナス・レックスの進路上、その真ん前へと一気に躍り出た。
着地の衝撃で大地が揺れる。オールマイトは、血塗れの教え子を真っ向から見据え、両腕を大きく広げた。
AM「もう、大丈夫!!」
その声は、かつて出久が何度も動画で繰り返し見た、あの救いの声だった。
AM「なぜかって?」
オールマイトは、自身の身体に走る激痛を押し殺し、かつてないほどの熱量を込めて、あの伝説のポーズを決めた。
AM「私が来た!!!!」
それは、かつて無個性だった少年に「ヒーローになれる」と告げた師としての、そして少年にとっての「絶対的な正義」としての、命懸けの賭けだった。
ザザザァーーー!!!!!
凄まじい風圧と共に、インドミナス・レックスの鋭い鉤爪が、オールマイトの喉元数センチのところで止まった。
怪物の琥珀色の眼球が、激しく揺れ動く。その瞳に、黄金に輝く「憧れ」の姿が映り込んだ瞬間、装甲の下から漏れ出ていた禍々しい殺気が、急速に霧散していった。
「……ぁ……あ……」
喉の奥から、獣の咆哮ではない、少年の掠れた声が漏れる。
次の瞬間、白磁の装甲が砂のように崩れ落ち、巨大な体躯が急速に縮小を始めた。膨れ上がっていた筋肉は萎み、鋭い棘は皮膚の下へと消えていく。
現れたのは、ボロボロに引き裂かれた戦闘服を纏い、全身を返り血と自身の血で染め上げた、あまりにも小さく、脆い少年の姿だった。
出「……オール……マイ……ト……」
出久は、焦点の定まらない瞳で師の姿を一度だけ見つめると、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
AM「少年!!」
オールマイトはその細い身体を、折れんばかりに強く抱きしめた。
怪物は消えた。しかし、その手の中に残った少年が背負った「業」と、USJに築かれた死体の山は、消えることなくそこに横たわっていた。
勝己は、少し離れた場所で、動かなくなった幼馴染と、彼を抱く師の背中を、ただ言葉を失って見つめ続けていた。