※この作品はR-18です。

僕の制御不能なヒーローアカデミア   作:龍座

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20話 光と闇

USJのドーム内に、ようやくプロヒーローたちのサイレンと、警察の鋭い靴音が響き渡った。しかし、そこに広がっていたのは「救助演習場」などではなく、肉と骨をぶちまけた屠殺場だった。

 

救急隊員たちは、広場に散乱するヴィランの死体を見て、次々とその場で嘔吐した。頭部を粉砕され脳漿が石畳にこびりついた死体、四肢を根元から引き千切られ断面から内臓をはみ出させている肉塊。それら全てが、一人の少年――緑谷出久の手によるものだという現実は、現場にいたプロたちを戦慄させた。

 

意識を失った出久は、拘束具付きのストレッチャーに乗せられ、重武装の警備の下で搬送されていった。

 

数日後。雄英高校の最深部にある会議室では、窓の外の喧騒とは対照的な、冷え切った沈黙が支配していた。モニターには、USJ内部の惨状を記録した生々しい写真が次々と映し出される。抉れた喉笛、握りつぶされた眼球、そして血の海の中で立ち尽くす白い怪物の姿。

 

根津校長は、組んだ手の上に顎を乗せ、静かに口を開いた。

 

根津「『雄英は殺人鬼を飼っているのか』『緑谷出久はヴィラン以上の怪物だ』……とまぁ、世間では好き勝手に言っているようだけどね。……オールマイト、今回の情報は本当なんだね?」

 

AMは、トゥルーフォームのやつれた顔を上げ、絞り出すように答えた。

 

AM「……はい。現場で確認しました。緑谷少年は……暴走状態にありながらも、避難が遅れていたクラスメイトには指一本触れず、明確に『敵』だけを執拗に狙い、排除していました」

 

プレゼント・マイクが、自身の震える手を隠すように腕を組む。

 

PM「受験の時は、目に入るもの全てを壊すだけの災害だった……。だが今回は違う。殺し方はあまりに凄惨で、R18G指定の映画でも見られないような地獄絵図だったが……あいつは、敵だけを選別して『殲滅』した。

成長した……と言っていいのかは分からねぇがな」

 

根「……今回ので甚大な被害が出た。死者数は二桁を超え、生き残ったヴィランも再起不能の重傷を負っている。

だが、今は前向きに考えよう。綺麗事になるが、『緑谷出久が……ヒーローの心で、インドミナス・レックスという個性を扱えるようになってきた』とね」

 

その言葉には、希望よりも重い「覚悟」が滲んでいた。

 

会議の議題は、最も深刻な「処遇」へと移る。

 

モニターには、ヒーロー公安委員会からの通達が赤字で踊っていた。

 

公安は、今回のUSJ事件を機に、緑谷出久を「ヒーロー候補生」から除外し、『特級危険指定個体』として、国の直轄管理施設へ無期限監禁することを強く要求してきたのだ。

 

「奴は人間ではない。人型をした兵器だ。これ以上の教育は、怪物に知恵を与えるだけだ」

 

公安の冷徹な書面を読み上げながら、相澤消太は包帯に包まれた顔で、鋭い殺気を放った。

 

消太「……冗談じゃない。あいつを兵器扱いして檻に閉じ込めれば、それこそ本物の『悪魔』を完成させることになる。あいつはまだ、俺の生徒だ」

 

雄英教師陣は、公安からの「非情な審判」に対し、総出で真っ向から反論を叩きつけた。彼を怪物として排除するのではなく、人として繋ぎ止めること。それが、この地獄を終わらせる唯一の道だと信じて。

 

しかし、世論の嵐は止まない。

 

ニュースでは連日、遺族となったヴィランの家族たちが涙ながらに「緑谷出久の極刑」を叫び、SNSでは彼の変身後の姿が「死神」として崇拝と忌避の対象になっていた。

 

ーーー

 

出久が次に目を覚ました時、彼の周囲にあるのは「学校の保健室」ではなく、四方を特殊合金で囲まれた、窓一つない重警備隔離室だった。

 

冷たい特殊合金の壁が、わずかな灯火を乱反射させている。

出久が意識を取り戻した時、最初に感じたのは、肺の奥にこびりついた鉄錆の臭いと、喉を焼くような灼熱の残響だった。

 

出(……僕は、また……殺したんだ……)

 

自分の手が、ヴィランの肉を裂き、内臓をぶちまけた感触が指先にべっとりと張り付いている。絶望に押し潰され、出久が暗い床に蹲ろうとしたその時、窓のないはずの空間に「光」が揺れた。

 

ラリ「全く。今回の代は本当に苦労させやがって!」

 

快活だが、どこか超然とした声。顔を上げると、そこにはもうこの世にいないはずの5代目継承者(ラリアット)がニヤリと不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 

菜「安心したまえ。これはお前に宿る意志によるものだ。……よく耐えたね、出久」

 

7代目(菜奈)が母のような慈愛に満ちた、しかしどこか悲しげな眼差しで見守っている。さらに、その後ろには初代の死柄木与一、そして歴代の継承者たちが、幻影のように、しかし確かな実在感を伴って姿を現していた。

 

与「驚かせてしまって済まないね。君の精神が極限まで追い詰められたことで、ようやく深層意識での対話が可能になったんだ」

 

出久は戸惑いながらも、自身の右腕を見つめた。あの時、確かに自分の意志とは無関係に飛び出した、あの黒い力。

 

ラリ「あん時、お前が出した『黒鞭』は俺の個性だ。もう知ってるとは思うが、ワン・フォー・オールってのは歴代の力を培い、練り上げてきた結晶だ。同時にお前は、俺たちの『個性』も継承しているのさ」

出久「それじゃ、オールマイトも……あの力を!?」

 

与「いや、俊典は代々蓄積されてきた『圧倒的な身体能力のストック』のみで戦っていた。彼は無個性だったからこそ、器として純粋すぎたんだ」

ラリ「そん時はまだ、ワン・フォー・オールが『特異点』を越えてなかったのさ。だが今は違う」

 

それまで沈黙を守っていた4代目(避影)が鋭い眼光を出久に向けた。

 

避「本来なら他の“個性”が発現するのは、もっと先になる筈だった。……何故、予定が早まったか分かるね?」

出久「……インドミナス・レックス……」

ラリ「正解だ。俺たちと、お前の中に巣食うあの『白い奴』が干渉しちまった。奴はでかい図体に似合わず、狡猾で用心深い。獲物を効率よく追い詰め、確実に殺すための計画を常に試行錯誤している。チャンスが来た瞬間、奴はワン・フォー・オールの奥底に眠る俺たちの個性を、強引に引きずり出しちまったのさ。『道楽』という名の狩りのためにな」

 

出久は戦慄した。自分がヒーローになろうとする意志が、皮肉にも怪物の殺戮を効率化させるための「道具」を差し出してしまったのだ。

 

与「君が脳無と戦う時、怪物に変身したのは、その力に頼ってでも仲間を救おうと『向き合った』からだろう? だがそれは皮肉にも、怪物の檻を内側から開けてしまった。……それによって、不完全だが君は、歴代全ての力を束ねる『完成体』への扉を開いてしまったんだ」

煙「幸いなことに、あいつは一部しか奪えなかったがな。無理やり引きずり出すのを止めるのは、ホントに大変だったよ。俺たちが内側から押さえ込まなきゃ、今頃お前の個性は全部あいつに食われてた」

 

6代目(揺蕩井煙)が、ため息混じりに肩をすくめる。

 

継承者たちの言葉は、出久に希望と同時に、逃れられない呪いを突きつけた。

 

避「最後に一つ。これだけの力を持ち、これだけの血を流した君が……それでもヒーローになれるかどうかは、君次第だ。その個性を『救いの手』にするか、『虐殺の爪』にするか」

 

彼らの姿が、霧のように薄れていく。

 

出久の耳には、去り際の菜奈の「頑張ろうね、出久」という囁きだけが残った。

 

意識が現実へと引き戻される。

 

冷たい特殊合金の部屋。手には、今もまだ消えない血の幻影。

 

出久は一人、闇の中で自分の掌を見つめ、震える声で呟いた。

 

出「……僕は……まだ、進んでいいんですか……?」

 

この隔離された空間でその問いが答えられることはなかった…。

 

すると、重厚な特殊合金の扉が、地響きのような音を立ててスライドした。

 

差し込んできた廊下の光に目を細める出久の前に現れたのは厳しい表情を崩さない警察官たち、そして全身に包帯を巻き、痛々しい姿ながらも鋭い眼光を失っていない消太、やつれた顔に悲痛な決意を滲ませるオールマイト、そして無機質な隔離室には不釣り合いなほど泰然とした根津だった。

 

消太は一歩前に出ると、手にした書類を無造作に振った。

 

消「……さて、お前の処遇についての最終決定を言い渡す。本来なら公安の施設へ終身監禁、あるいは『個性の強制消去』すら議論に上がったが……。結論から言えば、雄英でのトレーニング量を従来の倍に引き上げる。それと、常に警察とプロによる厳重な監視下に置くこと。これがお前に下された『判決』だ」

 

出久は耳を疑った。目の前の壁が崩れ落ちるような衝撃。あまりにも、あまりにも軽すぎる。

 

出久「……え? 嘘……ですよね? 僕は……あんなに人を……殺して……。あんな地獄を作ったのに……!」

 

震える手で自身の顔を覆おうとする出久。だが、その言葉を遮るように、オールマイトが静かに、しかし力強く一歩踏み出した。

 

AM「緑谷少年。……君はあのUSJで、確かに多くの敵をその手で蹂躙した。それは消えない事実であり、君が一生背負い続けるべき罪だ。だがね……」

 

オールマイトの青い瞳が、少年の歪んだ心を真っ直ぐに射抜く。

 

AM「君は、あの狂気の中でもクラスメイトを一人として襲わなかった。それどころか、他のゾーンへ飛ばされた生徒たちが危機に瀕していた時、君は迷わずそこへ駆けつけた。生徒たちが襲われそうになったとき、君は身を挺して前に出て壁となり、言葉すら通じぬインドミナス(怪物)の姿のままで、必死に彼らを庇い、攻撃をその身に受けたと証言があったんだ」

 

出久の脳裏に、嵐の中で出会った踏陰や口司の姿が断片的に蘇る。あの時、意識の混濁の中で必死に手を伸ばしたのは、殺戮のためではなく、彼らの「生」を確認するためだった。

 

AM「……つまり、君は最後の最後まで、仲間を救けようとしていたんだ。その微かな、だが確かな『ヒーローの心』が、君を怪物から人間へと繋ぎ止めた証拠だ。だからこそ、我々は君を諦めないことに決めた」

 

根津もまた、小さく頷きながら言葉を添えた。

 

根津「君を檻に閉じ込めるのは簡単だよ。でもね、それでは『力』に対する本当の解決にはならない。君がその異形を抱えたまま、どうやって人を救うヒーローになるのか……世界中が君を拒絶しても、雄英(ここ)だけは君の更生を最後まで見届ける義務があるんだ」

 

消太は、包帯の間から見える鋭い目で出久を睨みつける。

 

消「勘違いするなよ、緑谷。これは許しじゃない。お前がいつかその力を御しきれず、完全に踏み外したその時は……俺が、あるいはお前の師が、責任を持ってお前を殺す。その覚悟の上での『自由』だ。……いいな?」

 

出久の目から、大粒の涙が床にこぼれ落ちた。

 

血に染まった自分の両手。それでもなお、「ヒーローになれ」と背中を押してくれる大人たちがいる。

 

地獄から生還した少年にとって、それはどんな刑罰よりも重く、そして唯一無二の救いだった。

 

出「……はい。……ありがとうございます……!!」

 

出久は、特殊合金の冷たい床に額を擦り付けるようにして、いつまでも慟哭を続けた。

 

ーーー

 

隔離室の重い扉が閉まり、背後で電子ロックが噛み合う非情な音が響く。

 

出久を一人残し、廊下へと出た根津、消太、そしてオールマイトの三人の間に、鉛のような沈黙が降りた。先ほどまでの「希望」を説く教師としての顔は消え、そこには拭い去ることのできない「暗雲」が立ち込めていた。

 

根「……結局、彼には言えなかったね」

 

根津が小さく、溜息とともに漏らす。その言葉の重みに、消太は包帯に覆われた顔を歪め、壁に背を預けて視線を床に落とした。

 

消「……言えるわけがない。あいつは今、自分が犯した殺戮の罪だけで精神の限界にいる。これ以上、外の『異常』を耳に入れれば、今度こそ心ごと怪物に食われるぞ」

AM「……ええ。折角、光が見えてきたというのに……。私が、私がもっと早く駆けつけていれば……!」

 

オールマイトは震える拳を、自身の膝に叩きつけた。

彼らが共有している絶望的な事実。

 

それは、USJの襲撃以降、ヒーロー科から除籍処分となった生徒たちの多くが、文字通り「消えた」という怪事だった。

 

学校を去り、家族の元へ戻ったことが確認できているのは、梅雨、響香、透、猿夫の4名。彼らはヒーローという道そのものに恐怖し、平穏な日常へと身を隠した。だが、残りの生徒たちの消息が、警察の必死の捜査を以てしても、一向に掴めていないのだ。

 

残っている1ーAの顔ぶれは、出久を含めても片手で数えるほど。学級委員長である天哉だけは、何とか現状を維持しようと気丈に振る舞っているが、その瞳にも隠せない動揺が宿っている。

 

消「……不自然すぎる。除籍された直後の、あの短期間でこれだけの人数が一度に姿を消すなど、個人の意志だけでは説明がつかない」

 

根「警察の監視網を潜り抜け、彼らを一斉に連れ去る術を持っている組織……。考えるまでもないことだね」

 

三人の脳裏に、あの禍々しいワープゲートを操る黒霧と、狂気に満ちた死柄木弔の顔が浮かぶ。

 

そして、最悪の予想が確信に近い形で彼らを蝕む。

 

それは、消息不明となった生徒たちが、「敵連合」に勧誘された、という可能性だ。

 

根「もし……彼らが、ヒーロー社会の脆さと、そして何より『緑谷出久』という理不尽なまでの暴力に絶望して、あの男の手を取ったのだとしたら……」

AM「……最悪のシナリオです。平和の象徴を殺すための駒として、かつての仲間たちが、緑谷少年の前に立ちはだかることになる」

消「あの時、死柄木は緑谷にこう言った。『お前を歓迎する』と。奴の狙いは最初から、緑谷出久を孤独に追い込み、その周囲を『悪』で塗り潰すことだったのかもしれない」

 

USJで繰り広げられた、あの阿鼻叫喚の地獄絵図。引き裂かれた肉体、噴き出す血飛沫、そして友であったはずの者の「咆哮」。それを目撃した者たちの心に、消えない「闇」が植え付けられていたのだとすれば、彼らが救いを求めて悪の手に縋ったとしても、それを誰が責められようか。

 

根「緑谷くんには、まだ伏せておこう。彼は今、自分の力を制御することだけに集中させなければならない」

消「ああ。だが、いずれわかることだ……次に戦う相手が、かつての友人たちになった時……あいつは今度こそ、本当の怪物になるかもしれない」

 

暗い廊下の先、どこからか吹き込む冷たい風が、三人の背中を凍りつかせた。

 

ヒーローを育成するはずの学び舎は、今やかつてない「内戦」の火種を抱え、崩壊の淵に立たされていた。

 

ーーー

 

場汚れの激しい、古ぼけたバーのカウンター。埃の舞う薄暗い室内を照らすのは、唯一、棚に鎮座した旧式モニターの砂嵐だけだった。

ノイズが混じり、耳障りな音を立てるその画面の向こう側から、全てを見透かすような、深い奈落の底を思わせる声が響く。

 

『お疲れ様。……とても嬉しそうだね、弔』

 

弔は、首に纏わせた「父」の手を愛おしげに弄りながら、乾いた唇を吊り上げた。その瞳には、未だUSJで見た凄惨な光景――白磁の怪物が、内臓と鮮血を撒き散らしながら「脳無」を蹂躙した、あの美しき地獄が焼き付いている。

 

弔「当たり前だろ、先生。……とんでもない『大穴』に出会えたんだ。アレはいい。正に、敵(になるために生まれてきたようなもんだ。ヒーローの仮面を被らされ、無理やり『正義』を強いられている姿が、最高に滑稽で、何よりも破壊しがいがある……」

 

弔はカサカサと音を立てて首を掻きむしり、昂揚を抑えきれない様子で続けた。

 

弔「……そんで、そっちはどうなんだよ? 収穫はあったのか?」

『問題ないよ。……種は、既に蒔かれている』

 

モニター越しの声は、冷徹な満足感を湛えていた。

 

その「種」とは、USJの惨劇を目の当たりにし、ヒーローという欺瞞に、そして何より出久という圧倒的かつ理不尽な暴力に絶望した、かつての「雛鳥」たちのことだ。

 

弔(……しかし、まさか雄英高校の方から、勝手に零れ落ちてくるとはな。これも全部、あの『緑谷出久』のおかげか?)

 

暗がりのなか、バーの奥から数人の人影が音もなく現れる。

かつては雄英の制服を纏い、輝かしい未来を夢見ていたはずの少年少女たち。だが、今その瞳に宿っているのは、希望の光などではない。それは、同級生に惨殺された「仲間」たちの血飛沫と、怪物の咆哮によって魂を焼かれた者特有の、深く昏い「虚無」と「怨嗟」だった。

 

彼らはもはや、出久を仲間だとは思っていない。

 

自分たちを地獄へ突き落とし、友を食い破った「消し去るべき災厄」として、その名を呪っている。

 

弔「クハッ……ハハハ……!!」

 

弔はニタリと頬を吊り上げ、喉の奥で嗤った。

 

自分たちが手を下すまでもなく、出久の存在そのものが、新たな敵を生み出し、世界を蝕んでいく。

 

かつて共に笑い、競い合った仲間たちが、次に出会う時は、出久を殺すために研ぎ澄まされた刃となって立ちはだかるのだ。

 

弔「お前がヒーローになろうと足掻けば足掻くほど、周りの人間が不幸になり、敵に変わっていく。……たまんねぇな。これこそが、最高の『死にゲー』だよ、緑谷出久」

 

漆黒の闇に包まれたバーの中に、死神を狂信するかのような、若き敵たちの無機質な呼吸音だけが重く響き渡っていた。

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