ドォォォォン!!
爆音と共に、二百人を超える生徒たちが一斉に狭いゲートへと雪崩れ込んだ。押し合いへし合いの大混雑。その最前線で焦凍の眼光が冷徹に光る。
焦「悪く思うなよ」
焦凍が右足を踏みしめた瞬間、ゲートの地面が一瞬にして分厚い氷の壁へと変貌した。急激な凍結。後続の普通科やB組の生徒たちは、反応することすらできずに足をすくわれ、「うわあああ!? 足が凍りついて動かねえ!」「冷たっ、なんだこれ引き剥がせねえぞ!」と絶鼻の叫びを上げて大混乱に陥る。
しかし、あの絶望的なUSJを生き延び、相澤とオールマイトによる地獄の「倍速トレーニング」を耐え抜いてきた1年A組の精鋭たちは違った。彼らは確実に、誰もが常識外れの強さを身につけていた。
勝「ぬりーわ半冷半燃ァ!!」
勝己は爆破の推進力でいち早く上空へと飛び上がり、氷結を完全に無効化する。
踏「ダークシャドウ! 我らの足場となれ!」
踏陰は影の腕を踏み台にして高く跳躍し、目蔵は複製腕を巧みに使って壁を掴み、身を浮かせた。力道や口司、優雅も、特訓で徹底的に鍛え上げた肉体と機転で、難なくそのトラップを躱していく。
そして、出久もまた、一歩も遅れることなくその場を飛び出していた。
彼の身体からは、パチパチと激しい緑色の稲妻が噴出している。その凄まじい跳躍力と地を駆ける速度は、怪物の力によるものではない。紛れもない、彼自身の肉体が放つ輝きだった。
出(……思い出すんだ。あの地獄のような特訓の日々を。僕がこの『人間の姿』のままで、ワン・フォー・オールを戦える力に変えた、あの瞬間のひらめきを!)
ーー回想ーー
数日前。放課後の超高負荷特訓の合間、泥をすすりながら倒れ込んでいた生徒たちの休憩中のことだった。
実「ハァ、ハァ……死ぬ……オイラもう完全に干からびる……。これじゃヒーローになって可愛い女の子たちと出会う前に、ただの干物マメになっちまうよぉ……」
実はゾンビのような足取りで公園の水道へと向かうと、ベタつく顔を洗おうと蛇口を思い切り全開にひねった。
その瞬間、凄まじい水圧で噴き出した水が、蛇口の向きのせいで、運悪く隣でイライラしながらプロテインのシェイカーを振っていた力道の顔面と、ベンチで戦闘服のブーツを磨いていた勝己の足元へ激しく直撃した。
ザッパーーーーーン!!
砂「ぶふぉっ!? ゲホッ、おい峰田ァ!」
勝「あァ!? 何さらしとんじゃクソマメ!! 脳みそごと爆殺すんぞコラァ!!」
実「ひいいい!! 悪気はねぇんだ! 疲れすぎて右手の感覚がバグってて、蛇口を全開にひねりすぎちまったんだよォ!」
力「全く、峰田。水道ってのはな、ちょっとずつひねって、必要な分だけ流すもんだろ。お前は極端なんだよ」
勝「細けぇ調整もできねぇ雑魚がのさばってんじゃねぇ!! ちょろちょろ流すか、ぶっ壊して全開にするかしか脳がねぇのか!!」
勝己が掌からパチパチと火花を散らし、実が泣き叫ぶ。
そのくだらない、コミカルなやり取りを横目で見ていた出久の脳裏に、文字通り一本の激しい雷光が走った。
出「……っ! そ、そうか……分かった! ワン・フォー・オールは水道だったんだ!!」
唐突に立ち上がり、目を輝かせて叫んだ出久に対し、勝己は盛大に顔をしかめた。
勝「……あァ? とうとう頭が噴いたか、クソデク」
力「緑谷……良い病院紹介しようか? 脳外科の、すごく腕のいい先生を知ってるんだが……」
出「違うよ! 違うんだみんな!」
出久は彼らの前で改めて目を閉じ、ワン・フォー・オールの力の流れに集中した。
出(そうだ……! ワン・フォー・オールは今までは、一気に全開にする事しかできなかった。だから指が折れたり、身体が壊れたり、
出久は瞑想の中で、自身の体内に流れるワン・フォー・オールという巨大なエネルギーを、勢いのある水の流れとしてイメージし直した。
彼は、肘や膝、全身のあらゆる関節を、水道の「蛇口」として捉えた。
全開にすれば、これまでのデトロイト・スマッシュのように、凄まじい
しかし、少しだけひねるように「蛇口」を制御すれば……必要な分だけの適度な力を全身の隅々にまで持続的に流し続けることができるはずだ。
出「……蛇口を、5%だけ、ひねる……!」
出久がこの「蛇口理論」を試みた瞬間、彼の体内に眠る膨大なストック能力が、脈動しながら全身の血管を巡った。関節の蛇口が、極めて精密に、ほんの少しだけ開かれる。
バチッ! バチチッ!!
出久の全身から、微細な緑色の稲妻が激しく奔り始めた。
それは、ワン・フォー・オールの力を全身に均等かつ、極限まで精密に分散・制御できている証拠。衣服を焦がすことのない、完全にコントロールされた光の衣。
この時こそ、出久が怪物の力に頼らず、人間としてのままでワン・フォー・オールを完全に己のものとした瞬間――『ワン・フォー・オール フルカウル』の誕生だった。
ーー回想終わりーー
出「フルカウル……!!」
現在。障害物競走のスタート直後。
全身に緑の稲妻を纏った出久は焦凍が作り出した氷の壁を純粋な肉体の跳躍だけで遥か高くへと飛び越えた。その圧倒的な身軽さと速度に、周囲の観客や普通科の生徒たちが目を見張る。
出(怪物の力は使わない。僕自身の、人間の足で……! 轟くん、かっちゃん、行くよ!!)
激しい風を切り裂きながら、出久は最前線を走る焦凍と勝己の背中を目がけて、一直線に爆走を開始した。
ゲートを抜け轟が作り出した氷のトラップをフルカウルで軽々と飛び越えた出久。その全身には、バチバチと緑色の稲妻が奔っている。
一見すると、ワン・フォー・オールという強大な力を引き出したことで、その奥底に潜む「インドミナス・レックス」の細胞が共鳴し、再びあの白い怪物が暴走を始めるのではないかと思われるだろう。事実、これまでの出久は力を引き出すたびに怪物の侵食を許してきた。
しかし、現在の出久の体には、白い鱗も、禍々しい骨の装甲も一切現れていなかった。
地獄の倍速特訓の中で出久が掴み取った「フルカウル」という技術。それは単なる力の分散による身体負荷の軽減だけではなく、怪物を封じ込める「檻」としての役割も果たしていたのだ。
全身の蛇口を微かにひねり、5パーセントという一定の出力を保ち続ける。その均一に巡るワン・フォー・オールのエネルギーが、体内に巣食う怪物の細胞を電気ショックのように適度に圧迫し、強引に沈黙させることに成功していたのだ。
少しでも出力を上げすぎれば、あるいは気を抜けば、瞬く間に怪物が顔を出す危険な綱渡り。だが、出久はその絶妙な均衡を、強靭な意志と集中力で完全に維持していた。
出(大丈夫だ、いける! 怪物の力になんて頼らなくても、僕自身の身体で戦えるんだ!)
緑色の軌跡を残しながら、出久は先頭集団へと食らいついていく。
その前方を走っていた峰田が、焦凍の背中を捉えて叫んだ。
実「オイラの必殺技を喰らえ轟! グレープラァァッシュ!!」
峰田が頭のモギモギを引き抜き、轟めがけて投げつけようとしたその瞬間。
ドゴォォォン!!!
突如、峰田の横から巨大な鋼鉄の塊が振って湧き、彼を容赦なく弾き飛ばした。
実「ぶべぇっ!?」
地響きと共に土煙が舞い上がり、走っていた生徒たちが一斉に足を止める。出久もまた、フルカウルの機動力で急ブレーキをかけ、目の前に立ち塞がった「それ」を見上げた。
PM「さぁさぁ、早速第一の障害物のお出ましだ! はじめからクライマックス! 第一関門、『ロボ・インフェルノ』!!」
プレゼント・マイクの絶叫がスタジアムに響き渡る。
土煙の中から姿を現したのは、雄英入試の際に受験生たちを絶望の淵に叩き落とした巨大な仮想敵、0ポイントロボットの群れだった。見上げるほどの巨体が何体も通路を塞ぎ、赤いカメラアイを一斉に生徒たちへと向ける。
「おいおい、嘘だろ……」
「入試の仮想敵じゃねぇか! ヒーロー科の連中はあんな化け物と戦ったのかよ!」
普通科や他科の生徒たちが絶望の声を上げる中、先頭を走っていた焦凍は、立ち止まることなく氷のような冷たい息を吐いた。
焦「……親父が観てるんだろ。こんなもん、どうってことねぇ」
焦凍は右足を大きく踏み出し、地面から巨大な氷柱を発生させた。その氷結は凄まじい速度で0ポイントロボの巨体を包み込み、関節から駆動部までを完全に凍結させていく。
一瞬にして巨大ロボットを氷漬けにした轟は、その股下を悠然とすり抜けていった。
「す、すげえ! あの巨大ロボを秒殺したぞ!」
「よし、あいつの氷の隙間を抜けられる! 後に続け!」
他の生徒たちが凍りついたロボットの間を抜けようと駆け出したその時、焦凍が背中越しに冷酷な言葉を投げかけた。
焦「悪いが、あいつらは倒れるぞ。……バランスを崩した状態で凍らせたからな」
その言葉の通り、凍結により支えを失った0ポイントロボが、地響きを立てながら前方の生徒たちに向かって倒れ込んできた。
「うわああああ!!?」
「潰される!!」
悲鳴が上がる中、出久は冷静に状況を見極めていた。
かつての入試の時は、あの巨大ロボを倒すためにワン・フォー・オールを100パーセントで放ち、手足をボロボロにした上に怪物の姿を露呈させてしまった。
だが、今は違う。
出(倒す必要はない。ここは障害物競走だ。抜ければいいんだ!)
出久はフルカウルの状態を維持したまま、倒れてくる巨大ロボの残骸に向かって全速力で駆け出した。
出(5パーセントの出力を持続……怪物は抑え込んでいる。いける!)
ズドォォォン!! とロボットが地面に叩きつけられ、凄まじい土煙と破片が散乱する。出久はその破片の一つを足場にし、緑の稲妻を放ちながら軽々と宙へ舞い上がった。
倒れたロボットの巨大な腕を駆け上り、さらにもう一段階跳躍して、崩れ落ちる瓦礫の山を見事に飛び越えていく。
PM「おおっと! 1年A組・緑谷出久! 崩れ落ちるロボ・インフェルノを、華麗な身のこなしで突破ぁぁ!!」
観客席から驚きのどよめきが湧き上がる。
怪物の力を使った無惨な破壊ではなく、純粋な身体能力と個性の制御による、ヒーローとしての見事な回避。出久が「ただの殺戮兵器」ではないことを、スタジアムの観客たちに知らしめた瞬間だった。
一方で、上空では爆発音と共に勝己が飛翔していた。
勝「チッ……小賢しい真似しやがって! 俺が一番だ!!」
勝己は掌からの爆発を推進力に変え、0ポイントロボの頭頂部を越えて一気に前線へと躍り出る。それに続くように、常闇や砂藤たちA組の生徒もそれぞれの個性を駆使してロボ・インフェルノを突破していった。
出久は着地と同時に再びフルカウルで加速し、先頭の轟と勝己を追う。怪物の呪縛を飼い慣らし、人間の足で大地を踏みしめる彼の眼差しは、誰よりも力強く前を見据えていた。
ロボ・インフェルノの巨体が巻き起こした土煙を切り裂き、緑色の稲妻がスタジアムのコースを疾走する。
常に5パーセントという極めて微弱な出力を全身に均一に循環させることで、出久は自身の肉体に巣食う「
圧倒的な脚力で大地を蹴り、出久はまたたく間に先頭集団へと躍り出た。
前方を走るのは、氷結の個性で他を突き放す轟焦凍と、爆破の推進力で空を飛ぶように進む爆豪勝己。かつては背中すら遠かった二人の天才に、出久は今、肩を並べようとしていた。
出(5パーセント……維持できてる。怪物の気配はない。これなら……轟くんやかっちゃんにも、ついていける!)
スタジアムの観客たちは、目を丸くしてその光景を見下ろしていた。「怪物が暴走するのではないか」と怯えていた彼らの目に映っているのは、自らの力を完璧にコントロールし、トップを争う一人の優秀なヒーロー候補生の姿だった。
しかし、息をつく暇もなく、コースの地形が突如として急変する。
PM「さあさあ! 第一関門をあっさりと抜け出した先頭集団! だが息つく暇は与えないぜ! 続く第二関門は……落ちれば即アウトの奈落の底! もし落ちたら下から這い上がって来い! その名も『ザ・フォール』!!」
プレゼント・マイクの絶叫がスタジアムに響き渡る。
出久たちの眼前に広がったのは、底が見えないほど深く掘り下げられた巨大な渓谷だった。点々とそびえ立ついくつもの石柱。その石柱と石柱の間は、一本の細いワイヤーロープで繋がれているだけであり、普通に考えれば綱渡りの要領で這って進むしかない難所だ。
後続の生徒たちが「嘘だろ!?」「こんなのどうやって渡るんだよ!」と足を止めて絶望する中、先頭の三人は全く意に介していなかった。
焦「……」
焦凍は一切の躊躇なく、綱の上に飛び乗った。彼は自身の足元から綱全体へと瞬時に氷を走らせ、摩擦をゼロにしてスケートのように滑り抜けていく。その洗練された動きは、全くスピードを落とさない。
勝「こんなもん、ただの飛び石だろがァ!!」
勝己は綱など見向きもせず、掌から連続して爆発を起こし、空中で軌道を変えながら石柱から石柱へと直接飛び移っていく。彼にとって空を飛ぶことは、もはや歩くことと同義だった。
かつての出久であれば、ここで周囲を見渡し、使えそうな道具を探すか、慎重に綱を這って渡るしかなかっただろう。
しかし、今の彼には「己の肉体」という最大の武器がある。
出(この石柱から石柱までの距離……フルカウルの脚力なら、綱を渡る必要なんてない。届く!)
出久は石柱の端に立つと、ぐっと腰を落とし、足の筋肉——関節の「蛇口」に意識を集中させた。緑色の稲妻がパチパチと激しく瞬き、足元にエネルギーが圧縮される。
ダァンッ!!
鈍い踏み込みの音と共に、出久が立っていた石柱の縁がわずかに砕け散る。
次の瞬間、出久の体は弾丸のように空へ打ち出された。
PM「おおっとォ!? 緑谷出久、なんと綱には一切触れず、柱から柱へ直接大ジャンプ!! まるで跳び跳ねる雷獣だぁぁっ!!」
空中を舞う出久は、風の抵抗を全身で受けながらも、完璧な姿勢で次の石柱へと着地した。休む間もなく、着地の衝撃をそのままバネに変え、再び跳躍する。
ダァン! ダァン! ダァン!!
右へ、左へ。出久は石柱の上をカエルのように、あるいは忍者のように軽々と跳び移っていく。綱を渡るリスクを完全に無視したその直線的な動きは、先を急ぐ轟や勝己のスピードに全く引けを取っていなかった。
勝「クソデクがァ!! チョコマカと!!」
爆発音を響かせながら空を飛ぶ勝己が忌々しげに出久を睨みつける。自分より格下だと思っていた「デク」が、怪物の力を借りるわけでもなく、純粋な身体能力だけで自分と並走している事実が、勝己の闘争心に火をつけていた。
焦(緑谷……)
氷の上を滑りながら、轟もまた横目で出久の姿を捉えていた。
入試の時のような、見境のない暴力ではない。USJの時のような、理性を失った怪物の咆哮でもない。今、轟の隣を走っているのは、力を完全に飼い慣らし、己の意志でトップを獲りに来ている「ライバル」としての緑谷出久だった。
焦(個性をあれだけ引き出しておきながら、あの異形化が起きていない。完全に自分のモノにしているのか……。だが、俺は誰にも譲る気はない!)
出「ハァッ……ハァッ……!」
出久は額に汗を滲ませながらも、最後の石柱を力強く蹴り上げた。
ザ・フォールの最終地点。着地と同時に再び土を蹴り、猛烈なスピードで走り出す。
結果として、第二障害「ザ・フォール」を抜けた時点で焦凍、勝己、出久の三人は、完全に並走する形となった。
誰が一歩抜け出すのか。誰がトップでスタジアムへ帰還するのか。
息を呑むような三つ巴のデッドヒートに、観客席のボルテージは最高潮へと達していた。
大歓声に包まれたスタジアムに、プレゼント・マイクの興奮しきった声が響き渡る。
PM「さあさあさあ! 息つく暇なくやってきた最終関門! その正体は……一面に敷き詰められた『地雷原』だァ!! よく見りゃどこにあるか分かる親切設計! 目と足を酷使しろ! ちなみに地雷は競技用で致死性はないが、音とド派手な爆風でチビるくらいには威力があるぜェ!!」
広大な泥の平原。その至る所に、触れれば爆発する強力な地雷が埋められている。
このトラップの性質上、先頭を走っていた者は必然的に「地雷を探しながら進む」ことになり、大幅なペースダウンを余儀なくされる。
これまでトップを独走していた焦凍も例外ではなかった。彼は氷結の個性で地雷ごと凍らせて進もうにも、無差別に氷を放てば後続に安全な道を与えてしまうため、慎重に地雷の隙間を縫うように走らざるを得なかった。
そこへ、上空から猛烈な勢いで迫る影があった。
勝「俺に宣戦布告した
勝己だ。彼は地雷原などお構いなしに、掌からの爆破で空を飛び、一気に焦凍の頭上へと並び立った。
焦「……っ!」
勝己が空中で体を捻り、焦凍めがけて爆炎を放つ。焦凍は瞬時に右腕から氷の壁を発生させてそれを防ぎ、そのまま勝己の腕を凍らせようと反撃に出る。
トップを争う二人の天才による、歩みを止めながらの激しい直接対決。先頭集団のペースが、ここで完全に落ちた。
その光景を、少し遅れて地雷原に到達した出久は冷静に見つめていた。
出(かっちゃんと轟くんがやり合ってる……。フルカウルの5パーセントでこのまま突っ込んでも、二人の巻き添えになるか、最悪の場合、ペースを乱されて怪物の制御(バランス)が崩れるかもしれない)
出久は立ち止まり、背中に背負っていた「ある物」を下ろした。
それは、第一関門の『ロボ・インフェルノ』を抜ける際、倒れた0ポイントロボの残骸から拾い上げておいた、手頃な大きさの湾曲した『装甲板』だった。
出(ただ走るだけじゃ、二人を抜き去ることはできない。一瞬で、二人の遥か頭上を飛び越えるほどの絶対的な推進力が必要だ……!)
出久の頭脳が、超高速で最適解を弾き出す。
彼は装甲板を片手に持つと、フルカウルの機動力を全開にして、自身の周囲の地面を猛烈な勢いで掘り返し始めた。
バチバチと緑色の稲妻を這わせながら、怪物の爪ではなく「人間の手」と「装甲板の端」を使って、地雷を起爆させないよう慎重かつ迅速に掘り起こしていく。
一つ、二つ、三つ……。周囲の地雷を一箇所に一気にかき集め、巨大な地雷の山を作り上げた。
その間にも、前方では焦凍と勝己が激しく鎬を削っている。
勝「テメェの氷、全部叩き割ってやらァ!!」
焦「……させるか!」
二人が互いに最大の攻撃を放とうとした、その瞬間だった。
ドゴォォォォォォン!!!!
地雷原の後方から、スタジアム全体を揺るがすほどの巨大な爆発音が轟き、一面を覆い尽くすほどの凄まじいピンク色の爆煙が天高く舞い上がった。
勝「なっ!?」
焦「なんだ……!?」
二人が驚愕して振り返った先。
爆風と土煙を切り裂き、一枚の鉄板に乗った少年が、まるで空を飛ぶロケットのように彼らの遥か頭上を飛び越えていった。
PM「な、なんだあの大爆発はァァァ!? クラスA、緑谷出久ゥ!! 集めた地雷を自ら起爆させ、爆風に乗って一気に先頭に躍り出たァァァ!!」
観客席から割れんばかりの歓声と悲鳴が上がる。
出久はロボットの装甲板を盾をソリ代わりにし、地雷の爆風の威力を完全に前への推進力へと変換していたのだ。
個性の力で強引に突破するのではなく、己の頭脳と機転、そしてフルカウルの身体操作を完璧に噛み合わせた、一発逆転の奇策。
空を舞う出久の姿に、実況席の消太は微かに口角を上げた。
消(……怪物の力に頼らず、与えられた障害を推進力に変えたか。よく考えたな、緑谷)
空中の出久は、眼下にいる二人の顔を見下ろした。
焦「……しまっ……!!」
勝「デクゥゥゥゥ!! 俺の前を行くんじゃねェェ!!」
呆然としたのも束の間、焦凍は氷で地雷原に強引な道を作り、勝己は連続爆破で凄まじい加速を見せ、猛烈な勢いで出久の後を追いすがる。
出(追ってくる……! 速い!!)
爆風の勢いは永遠には続かない。スタジアムの入り口が目前に迫る中、出久の身体は重力に引かれ、徐々に失速して前方の地面へと落ちていく。
真後ろには、勝己の爆破の熱と、焦凍の冷気がすぐそこまで迫っていた。このまま着地すれば、勢いに乗る二人に間違いなく追い抜かれる。
出(抜かせない……!!)
出久は空中で体を捻り、盾代わりにしていた装甲板を、自分の着地地点よりもわずかに前方の地面――地雷が密集しているエリアへ向けて構えた。
フルカウル5パーセントの力を両腕に込め、落下速度を上乗せして、装甲板を地面に思い切り叩きつける!
出「どけぇぇぇぇぇ!!!」
ガァァァァァン!!!
装甲板が地雷原に激突し、再び巨大な連鎖爆発が巻き起こった。
その凄まじい爆風が、出久の背中を強烈に押し出し、最後の加速を生み出す。同時に、その爆発は後ろから迫っていた勝己と焦凍の視界を完全に奪い、二人の勢いを物理的に殺す壁となった。
勝「グオッ!?」
焦「くっ……!」
土煙と爆風を突き抜け、緑色の稲妻を纏った少年が、スタジアムの暗いトンネルへと一番に飛び込んでいく。
怪物の細胞は完全に沈黙し、彼の瞳にはヒーローとしての純粋な闘志だけが燃え盛っていた。
PM「スタジアムに一番乗りで帰ってきたのは……!!」
出久が光の差し込むスタジアムへと飛び出し、ゴールラインを駆け抜けた瞬間、会場のボルテージは限界を突破して爆発した。
PM「雄英体育祭、1年ステージ第一種目! あのUSJの惨劇を生き延びた『奇跡』が、今は己の力と知恵で堂々のトップを飾った!! 1位通過は、緑谷出久だァァァァ!!!」
スタジアムを包み込む、割れんばかりの大歓声。
先ほどまで彼を「怪物」と呼び、恐怖と嫌悪の目を向けていた観衆たちは今、その見事な戦術と純粋な強さに魅了され、惜しみない拍手と喝采を送っていた。
出久はゴールラインの先で荒い息を吐きながら、自身の右手を真っ直ぐに見つめた。
変異はない。狂気もない。
自分は今、怪物の力ではなく、自分自身の力でトップを獲ったのだ。
出(勝てた……。僕の、力で……!)
出久の頬に、安堵と達成感の涙が伝う。
出「ハァッ……ハァッ……勝てた……。僕の、力で……!」
歓喜に震える出久の背中。
しかし、そこから不意に、ひどく場違いで間の抜けた、しかしどこか得意げな声が響いた。
「いやー、マジで死ぬかと思ったぜ。お前の爆風サーフィン、乗り心地は最悪だったけどな!」
出「えっ……!?」
出久が驚愕して背後を振り返ると、なんと彼の背中からべったりと張り付いていた小さな人影がズルズルと這い出してきたのだ。
頭に紫色の球体を乗せた小柄な少年。1年A組、峰田実である。
出「み、峰田くん!? い、いつの間に!?」
目を丸くしてパニックになる出久に対し、峰田は頭の「モギモギ」を装甲板からベリッと引き剥がしながら、ニヤリと底意地の悪い、しかし計算高い笑みを浮かべた。
実「利用させてもらったぜ緑谷」ニヤ
スタジアムの巨大モニターが、ゴールラインを通過した瞬間の映像をリプレイで映し出す。
そこには、出久が最終関門の地雷原で巨大な爆発を起こし、空高く舞い上がった瞬間のスローモーションが流れていた。そしてよく見ると、爆風に乗って飛んでいく出久の装甲板の裏側に、自身の粘着球を使って必死にしがみついている峰田の姿がバッチリと映り込んでいたのである。
PM『ワ、ワァァァァッッ!! な、なんだこの大番狂わせはァァァ!? トップでゴールした緑谷の背中に、もぎたてフレッシュな葡萄野郎がへばりついていたァァ! 障害物競走、堂々の第2位は……なんと峰田実だァァァ!!』
マイクの絶叫に、スタジアムの観客たちは一瞬のポカンとした沈黙の後、どっと爆笑と歓声を沸き起こした。
峰田はあの地雷原の入り口で、焦凍や爆豪、そして出久の凄まじいデッドヒートを見て、まともに走っては絶対に勝てないと悟ったのだ。そこで彼は、出久が地雷を集めて起爆の準備をしている隙を突き、地を這うような低姿勢で忍び寄り、出久が飛び立つそのコンマ一秒の瞬間に、自身の個性を活かして装甲板へと張り付いたのである。
実「へへん! ヒーローたるもの、頭脳と個性をフル活用して生き残らなきゃならねぇからな! お前がトップスピードで飛んでくれたおかげで、オイラは一切の体力を消費せずに2位をイタダキってわけよ!」
親指を立ててドヤ顔を決める峰田。
出久は「蛇口」のコントロールと怪物の抑え込みに極限まで集中していたため、まさか自分の背中に峰田がくっついているなど、夢にも思っていなかったのだ。
出「そ、そんな……全然気づかなかった……。峰田くん、凄い執念だね……」
その時、スタジアムの暗いトンネルから、地獄の底から響くようなけたたましい爆発音と、殺意に満ちた怒号が轟いた。
勝「デクゥゥゥゥ!!! そしてクソ玉ァァァァ!!!」
全身から土煙と硝煙を漂わせ、鬼の形相で飛び出してきたのは、爆豪勝己だった。その後ろからは、いつもは冷静なはずの轟焦凍が、目に見えて不機嫌そうなオーラを放ちながら冷気と共に現れる。
彼らは出久の最後の地雷起爆によって足止めを食らい、さらにその隙に峰田にまで順位を出し抜かれたのだ。結果として、勝己が3位、焦凍が4位でのフィニッシュとなってしまった。
勝「テメェら揃いも揃って俺の前をチョロチョロとォ! ぶっ殺してやる!! 今すぐここで爆殺してやる!!」
掌からパンパンと威嚇の爆発を鳴らしながら猛接近してくる勝己の姿に、先ほどまでの余裕のドヤ顔はどこへやら、峰田は悲鳴を上げて出久の背中に隠れた。
実「ひいいいいい! 冗談だろおい!? ゴールしたのに殺されるぅぅ!! 緑谷、お前トップなんだから盾になれ!!」
出「えええ!? ぼ、僕のせいじゃないよかっちゃん! 落ち着いて!」
わーわーと騒ぎ立てるA組の面々。その様子を実況席から見下ろしていた消太は、包帯越しに深くため息をついた。
消「……せこい手だが、他者の推進力を利用して自身の体力を温存し、上位に食い込む。これも立派な生存戦略だ。……とはいえ、あれだけ派手な爆発の中で振り落とされずにしがみつき続けた執念は、評価してやってもいいだろうな」
PM「イレイザーヘッド、なんか今日はやけに生徒に甘くないか!? でも確かにあの葡萄の根性は異常だぜ!!」
次々と後続の生徒たちがスタジアムに到着し、順位が確定していく。
天哉、踏陰、そして普通科の心操人使や、B組の鉄哲たちも、土埃にまみれながらゴールラインを越えていった。彼らの視線は一様に、1位の出久に向けられている。
出(終わった……第一種目。でも、本当の勝負はここからだ)
峰田の奇襲によって場は少し和んだものの、出久の胸の内に宿る緊張感は全く消えていなかった。
見渡せば、勝己の殺意に満ちた睨み、焦凍の静かな宣戦布告の眼差し、そして普通科や他クラスからの油断ならない視線が、一斉に「1位の緑谷出久」へと注がれている。
MN「さぁさぁ、全選手の順位が確定したわよ!!」
ステージの上に立つミッドナイトが鞭を振るい、背後の巨大モニターに最終順位を映し出した。
ミ「上位42名が、次のステージへと進出よ! そして……息つく暇もなく、過酷な第2種目の発表へと移るわ!!」
スタジアムの熱気が再び最高潮へと達する中、出久は自分の人間の手を見つめ、静かに拳を握り直した。