次の瞬間、路地裏は地獄と化した。
グシャァァァン!!
出久の体が、わずか数秒で身長3メートルを超える巨大なインドミナス・レックスへと完全に変身した。骨質の白い装甲がプロヒーローの目を引く。
巨体となった出久の力は絶大だった。彼はヘドロヴィランの粘性の体をものともせず、ティラノサウルスを凌駕する筋力で、絡みついたヘドロを豪快に引き千切った。
「グオォォッ!」
その圧倒的な力でヘドロから勝己を引き剥がす。勝己は地面に叩きつけられたものの、ヘドロの拘束から解放された。
ヘドロ「(さっきのガキ、こんなとんでもない“個性”を持ってたとは…!)此奴を乗っ取れば俺は無敵だ!!!」
ヘドロ敵は直ぐ様ヘドロを広げ覆い被さった。
顔を覆われ、剥がそうにもヘドロだから取れる事は無い。
紅く染まったインドミナス・レックスの眼が何かを捕らえた。
「ーーーー!!!!」
刹那、奴が咆哮を放ちながら一つの対象に向かって突っ込み出した!!顔の先には《シンリンカムイ》。
シン「!?(躱そうとすれば市民に被害が及ぶ!)」
突然の事に驚きながらも冷静な判断で「先制必縛ウルシ鎖牢」を発動する。
拘束されまいとインドミナス・レックスは伸びてきた樹木を持ち前の強靭な顎で噛み砕く。
だが、それでも彼は止めなかった。未だ市民に襲いかかってくる奴を止めるために樹木を、伸ばし続けた。
他のヒーローが助太刀に入ろうにも燃えている炎を撒き散らし、奥に下がるなどをして防いでいる。今、動けるのはシンリンカムイだけだった。その間に他のヒーロー等は市民の避難に入った。
ヘドロ「ハハハ、スゲェ!シンリンカムイの技も諸共してねえ。やっぱり此奴は最強だ!!」
後少しでこの体を、乗っ取れる。そうなれば俺は奴に報復でき、そのまま……?
突然、インドミナス・レックスの動きが止まった。
「「「?」」」
奴は辺りに散らばった樹木を鋭い鉤爪を持った腕や凶悪な歯で拾い集め、時には尻尾で吹き飛ばして傍で燃えていた炎の中に入れた。樹木はどんどん入れられ、顎で細かく砕かれた木片と合わさり一層激しく燃えだした!燃える炎をジッと見つめるインドミナス・レックス。
ま、まさかー!
ヘドロ敵が気づいた時には遅かった…。
「バックドラフト」が鎮火に入ろうとする前にインドミナス・レックスは顔を炎の中へと突っ込んだ!
ゴシャアァァ!
ヘドロ「アジイィィィィ!!!」
だが、折角の無敵の隠れミノ。奴が手放す事は無く。更にインドミナス・レックス追い打ちとして炎の海を転がり回った、
ヘドロ「ギィイアァァァ!!!」
炎の中でヘドロ敵の悲鳴が響く。燃え盛る炎の中で暴れる巨大な影は地獄の悪魔が這い出たのかと錯覚させた。奴の荒業にとうとうヘドロ敵はインドミナス・レックスから離れた。
ヘドロ「痛てぇよぉ……痛てぇよぉ…」
全身に大火傷を負ったヘドロ敵はハウハウの体で痛む体を必死に動かした。
ヘドロ「誰か…痛ぇ…」
ドズン…!
インドミナス・レックスの巨大な足が、無慈悲にヘドロヴィランの上に落とされた。
その結果、ヘドロは四散し、ヴィランは一瞬で戦闘不能となった。
その光景に野次馬が声を失い、プロヒーロー達は眼前で繰り広げられた災害級の力にただ戦慄した。
しかも奴は炎の中にいたというのにその白い身体は火傷痕一つも無かった事もあり、彼等に恐怖が植え付けられる。
「ーーーーーー!!!!」
インドミナス・レックスの恐ろしい咆哮が狭い路地裏の空気を引き裂いた。それは、ただの雄叫びではない。150デシベルに迫る超音波のような咆哮が、狭い路地裏の空気を叩き割り、鼓膜を震わせた。野次馬は両耳を塞ぎ、地面に這いつくばる。
そして、インドミナス・レックスの視線が、ヘドロヴィランを倒し、解放された事による「興奮」と自身を囲む「獲物」としてプロヒーローと野次馬たちに向けられた。
「グルルルル…」
インドミナス・レックスは、白く巨大な顎を開き、その鋭い歯を見せつけながら、殺意のこもった唸り声を上げた。
AM「これは…まずい…!」
「動くな!こいつは…獲物として動くものにしか興味がない!」
プロヒーローの一人が、恐怖に震えながらも警告する。
野次馬たちは、目の前で繰り広げられた救出劇の「英雄」が、瞬く間に「最悪の怪物」へと変貌した事実にトラウマ級の恐怖を味わった。
プロヒーローたちは硬直し、野次馬は絶叫する。すると…。
AM「やめるんだ少年!」
野次馬の中から遅れてオールマイトが現れた。そして、今の状況を目の当たりにして言葉を失った。
知らされてはいたが…まさかここまでとは……。
オールマイトは自身の限界が近づいていることを知りながら、最後の力を振り絞った。
AM「止まれ!緑谷少年!!」
オールマイトは、平和の象徴として、そして、一人の人間として魂の叫びをぶつけた。その声は、巨大な恐竜の威圧感に飲まれながらも、出久の深層意識に届くことを願った、最後の賭けだった。
しかし、インドミナス・レックスは止まらない。白く巨大な頭部をオールマイトに向け、獲物を狙うようにゆっくりと身をかがめた。
その瞬間、地面に叩きつけられていたはずの勝己が、満身創痍の体で飛び起き、ヘドロの粘性でベタついた腕から、渾身の爆破をインドミナス・レックスの顔面、正確には、比較的装甲が薄い眼の周辺に叩き込んだ!
勝「取り込まれてんじゃねぇ!クソナード!!!」
その爆発は、インドミナス・レックスの硬い鱗装甲を破るほどの威力ではない。しかし、その爆音と閃光は、獰猛な恐竜の本能的な「警戒心」を呼び起こした。
そして、何よりもその声は、長年、出久の人生を規定してきた「幼馴染」の明確な呼びかけだった。
その瞬間、インドミナス・レックスの動きが止まった。
オールマイトの呼びかけ。勝己の罵倒と攻撃。二つの強い意志のぶつかり合いが、インドミナス・レックスの「知能」と「本能」の間で激しい葛藤を引き起こす。
「グルル…ア…アアア…!」
インドミナス・レックスの喉から、唸り声と人間の声が混ざったような、断続的な音が漏れ出す。全身を覆っていた白い鱗が、まるで溶けるかのように、部分的に出久の柔らかい皮膚へと戻り始めた。
「ヒュゥゥゥゥゥ…」
巨大な体から空気が抜けるような、甲高い音が響き渡った。
次の瞬間、まるで幻が霧散するように、インドミナス・レックスの巨体は急速に縮小し、白鱗は皮膚の下に吸い込まれていく。骨質の角は引っ込み、巨大な筋肉は萎んだ。
ドサ…。
個性が完全に切れた後には、汗とヘドロで汚れきった、いつもの内気で華奢な少年の姿だけが残された。
緑谷出久は、自身の個性の暴走と、肉体の限界を超えた使用により、力を使い果たし、気を失うように地面に倒れ込んだ。
オールマイトは、変身が解けた出久の元に駆け寄る。
AM(どうやら無事な様だ…)
出久のその小さな体と、無垢な寝顔も相まって何の異常もないことにオールマイトは安堵した。
恐らく、肉体そのものが限界を迎えたのだろう。
インドミナス・レックスは、いくつもの生命体の遺伝子を合成した不安定な存在だ。その力は絶大だが、宿主である出久の華奢な肉体と、幼少期から力を抑え込んできた精神的な負荷は、この恐るべき変身を持続させることを許さなかったのだ。
AM(それだけじゃないのかもな…もしかしたらこの少年の言葉が一番効いたのかもしれない…)
そして、当の本人勝己は倒れた出久を見下ろしていた。
久しぶりにあの姿を見た勝己は、圧倒的な力を見せつけた出久に対する個性の差とそれを抑えつけることができない出久の弱さの両方を同時に目の当たりにした。
その結果、勝己の内心では、改めて「必ずあの怪物を超える」というさらに強固な闘争心が燃え上がっていたのだった。
AM(この少年は…本当に、破壊と救済の狭間に立っている。私達の導きが必要だ…!)
事態が収束し、後始末に入ろうと他のプロヒーローに促す。だが、しかしー。
プロヒーローたちの緊張は最高潮に達していた。巨大な怪物の姿は消えたが、彼らの認識は「事態の収束」ではなく「新手のヴィランの隠蔽」へと切り替わっていた。
シン「新手のヴィランか!?まさか、能力で姿を消したのか!」
樹木を操るシンリンカムイは即座に周囲の建物の壁に警戒の蔓を張り巡らせ、巨大化の個性を持つMt.レディも巨大化で準備に入った。
デス「油断するな!あの異形は、ヘドロ敵を無力化した!これが『個性』による変身だとしてもその凶悪性はS級ヴィランに匹敵する!」
デステゴロが鋭く指示を飛ばす。
野次馬たちは、インドミナス・レックスの姿が消えたことに安堵しつつも、目の前の現実を理解できず、ざわめいていた。
「な、何が起こったんだ?急にデカい恐竜がいなくなっちまったぞ!」
「あれが、あの少年の個性だって言うのか…?怖すぎる…」
「あんなのがヒーロー志望?冗談じゃない、監視対象にすべきだ!」
「いや、でも、あの少年は、捕まってた子を助けようとしたんだろ…?」
恐怖と憶測が入り混じった野次馬の声が、路地裏に飛び交う。
Mt「オールマイト!何を!あの少年は、先ほどのヴィラン…もしくは、ヴィランの予備軍でしょう!」
オールマイトは、痛む全身を無視して、毅然とした態度で彼らを制した。
AM「静かに!彼を軽々しくヴィランと呼ぶな!彼は誰にも動けない状況で自らの危険を顧みず友を救けようと飛び出した!彼の行動は、まさにヒーローそのものだ!」
彼の目には、確固たる決意が宿っていた。
AM(この個性は、私が導かねばならない。彼の心が、怪物の本能に食い尽くされる前に!私は彼の師となり、この個性を《平和のための盾》へと変えてみせる!)
オールマイトは、出久の体温が異常に高くなっているのを感じながらも、彼を抱きしめる腕に力を込めた。この瞬間、オールマイトの中で、出久は「ワン・フォー・オール」の継承者ではなく、「インドミナス・レックス」という危険な力を背負った、守るべき教え子として完全に位置づけられたのだ。
その傍らで、ヘドロにまみれ、放心状態だった爆豪勝己が、ゆっくりと立ち上がった。彼の表情は、安堵でも感謝でもなく、激しい怒りと複雑な苛立ちに歪んでいた。
彼は、出久をヴィラン扱いするプロヒーローたち、そして、その出久を庇うオールマイトを、順に睨みつけた。
そして、次の瞬間、勝己は静寂を打ち破るかのように、怒りの爆発を路地裏に轟かせた。
勝「テメェら、全員引っ込んでろ!!」
地面に向けて爆破を放ち、プロヒーローたちを威嚇する。
AM「少年!何を…!」
勝「おい、野次馬!さっさと家帰れ!テメェらいたって邪魔なだけなんだよ!!」
誰もが彼の“個性”を恐れる中、勝己だけは、デクを「ヴィラン」としてではなく、「自分と対等、あるいはそれ以上の強大なライバル」として扱っていた。彼の激しい怒りは、結果としてプロヒーローたちが出久に近づくことを躊躇させる、もう一つの防壁となった。
勝己は倒れている出久の元へ歩み寄り、プロヒーローたちを射殺すような鋭い目で牽制した。その激昂は周囲の人間からすれば「助けられたことへの感謝の表現」と捉えられそうだったが、彼の心中は全く異なっていた。
勝(あの、役立たずのヒーロー面した奴らが、デクのあの力を敵だと騒ぎやがって…!ふざけんな!あいつの力は、俺が乗り越えるべき「壁」だ!テメェらの勝手な評価で、デクをぶっ飛ばしテッペンを取るチャンスを奪うんじゃねえ!)
勝己の激昂の裏には、「デクの個性は、俺が目標とし、最終的に超えるべき最強の力であるべきだ」という歪んだプライドと、幼馴染に対する複雑な独占欲、そしてわずかな「守りたい」という感情が混ざり合っていた。
彼は、気絶した出久の傍らに立ち、オールマイトの隣で、プロヒーローたちに対し、挑戦的な態度で言い放った。
勝「ヘドロ野郎をブッ倒したのは、デクだ。この『怪物』は、俺が絶対に叩き潰す。テメェらの手は要らねぇ!」
それは、周囲に「デクは俺の獲物だ」と宣言するような、傲慢で強烈な『宣戦布告』だった。