目を覚ました出久の視界に入ってきたのは、白い天井と、消毒液の匂い。そこは病院の一室だった。
意識が朦朧としていたが、耳元で聞こえる激しい嗚咽と、温かい手の感触で、彼はようやく現実を認識した。
引「出久…?出久!ああ…良かった…!」
彼の手を握りしめ、顔を真っ赤にして号泣していたのは、母親の引子だった。その目元は腫れ上がり、どれほど心配していたかが伝わってくる。
出「か、母さん…」
出久が掠れた声で呼ぶと、引子は堰を切ったように、さらに激しく泣き崩れた。
引「心配したのよ!あなたの個性があんな…またあんな恐ろしいことになって…このまま…このまま、もう二度と元に戻れないんじゃないかって…!」
引子にとって、あの巨大な白く禍々しい恐竜の姿は、息子が抱える「怪物」の宿命を改めて突きつける、トラウマ以外の何物でもなかった。
病室には、他に二人の人物がいた。一人は、疲労と安堵が入り混じった表情を浮かべるオールマイト。そしてもう一人は、壁にもたれかかり、腕を組みながら不機嫌そうに窓の外を見つめる爆豪勝己だった。勝己の表情は「心配なんかしてねぇ」と物語っていたが、その場に留まっていること自体が、彼の複雑な心情を表していた。
引子が出久の無事を確認し、少し落ち着きを取り戻したのを見計らい、オールマイトは意を決して口を開いた。彼の瞳には、出久の未来に対する強い責任感が燃えていた。
AM「引子さん。ご心配をおかけしました。そして、私から、お願いがあります。
いや、その前に私の素性を明かすのが先か」
その時だった、オールマイトの身体から煙が立ち込めオールマイトを包み込む。
え、何!?火災報知器がなっちゃう…!
霧が晴れたそこにはガタイの良い偉大な姿ではなく、ガリガリガリの痩せ細った男が会っていた。
瞬間、空気が止まった…。
出「え……ええええええーーー!!?」
出久の驚愕の絶叫で静寂は打ち砕かれた。引子はその光景に白目を剥いて固まり、勝己も驚きを隠せず冷や汗が流れていた。
出「し、しぼんでるうー!!!え!?さっきまで…え!?細ー!!」
AM「これが私の本来の姿だ」
出「わー!!!」
AM「プールで良く腹筋、力み続けてる人がいるだろう?アレさ!」
出「えー!!!」
AM「だが、私の事は今はどうでも良い事だ」
出「えー!!!」
信じられない光景に驚愕し続ける出久を余所にオールマイトはベッドサイドに歩み寄り引子に目を向けると、深く頭を下げた。
AM「私に、緑谷少年を任せてもらえないでしょうか?」
引子は目を見開いた。彼女にとって、オールマイトは息子の命の恩人であり、世界の平和の象徴だ。その彼から、息子を預からせてほしいと請われることは、一筋の光にも見えた。
しかし、あの恐ろしい個性を目の当たりにしたばかりだ。すぐに頷けるはずがない。
引子は不安そうにオールマイトに問いかける。
引「任せる…とは…?貴方が、息子の…先生になってくださる、ということでしょうか…?」
オールマイトは、改めて真剣な面持ちで、出久の個性の真実を説明し始めた。
AM「緑谷少年の個性《インドミナス・レックス》は、確かに人の理性や肉体の限界を超えた破壊衝動を伴う力です。その本能は訓練次第で消えるものではありません。彼は今後も己の内なる『怪物』との戦いを強いられるでしょう」
引子の顔から血の気が引く。出久もまた、自らの運命を再確認させられベッドの上で拳を握りしめた。
AM「しかし!あの状況で彼は『誰かを救けたい』という純粋な気持ちでその本能を一時的にねじ伏せました。
彼の持つヒーローとしての精神はその凶悪な個性よりも遥かに強い。私は彼の個性から逃げさせるのではなく、この個性を『制御し、人を救ける』為の絶対的な支えとなりたいのです!出久少年は…」
今までの人生で最も欲しかった。
AM「立派なヒーローになれます!」
出久はその言葉が何よりも嬉しかった。
そして、オールマイトは引子の目の前で、音を立ててその場に土下座した。平和の象徴が、一介の少年の母親の前で、額を地面に擦りつける。勝己も、その光景にギョッとして顔を歪めた。
AM「引子さん。ご子息の命を危険に晒すことになるかもしれません。ですが…必ず、命に変えても、緑谷少年を最高のヒーローにしてみせます。私に、彼を導く機会を与えてください!」
オールマイトの決意と覚悟は、その土下座に全て込められていた。
引子の目から、再び涙が溢れた。しかし、今度の涙は、恐怖や絶望ではなく、信頼と希望の光を帯びていた。彼女は、オールマイトの肩にそっと手を置いた。
引「…頭を上げてください」
引子は優しく、しかし確固たる声で言った。
引「貴方は、息子の昔からの憧れなんです。その貴方がそこまで言ってくださるなら、私に反対する理由はありません。出久を…よろしくお願いします」
「ただ…」と引子は微笑みながら、涙を拭った。
引「『この命に代えても』なんて、言わないでください。貴方は、《平和の象徴》として、生きて出久を支えてあげてください。彼の個性の重荷に、一緒に立ち向かってあげてください」
その言葉に、オールマイトは静かに頭を上げた。目の前の母親の覚悟が、彼の背負う責任の重さを改めて感じさせた。
AM「…感謝します、引子さん。必ずや、ご期待に応えてみせましょう!」
出久の目にオールマイトの決意、母の愛によって、涙が滲み出た。
すると、部屋の隅で何も言わずにその全てを聞いていた勝己の重い口が開いた。
その間、一言も発さず窓の外を見ていた爆豪勝己が、ゆっくりと振り返った。彼の顔には、怒りでも嫉妬でもない、純粋な闘争心が漲っていた。
勝己は、デクのベッドに近づき、デクとオールマイトに同時に聞こえる声で言い放った。
勝「デク」
その声は、病室の重い空気を切り裂くほど、鋭く、苛烈だった。
勝「まさかテメェがオールマイトの直弟子になるとはな。これで、俺の目標もハッキリしたぜ」
勝己は、デクが持つ力の危険性、制御の難しさ、そして「バケモノ」の個性を背負うという重さを、全て承知で言った。
勝「テメーにどんなハンデがあろうと関係ねえ…。
一番になるのは俺だ!せいぜいこの俺に足元すくわれないように気をつけるんだな、デク!!」
その言葉は、「怪物」と化したデクへの恐怖を完全に否定し、「最強のライバル」として認め、共に頂点を目指すという、勝己なりの激励と約束だった。
デクは、勝己の揺るぎない眼差しを見て、痛む体を押して力強く頷いた。
勝「うん…!かっちゃん…!」
こうして、緑谷出久は、「恐怖の個性」を背負いながらも、「平和の象徴」の師と、「孤高のライバル」の誓いを得て、雄英高校への、そしてヒーローへの新たな一歩を踏み出すことになった。
静かに、そして力強く頷いた。彼のヒーローへの道は、「インドミナス・レックス」という宿命と共に、今、確かに始まったのだった。