『不要になった道具を破棄して、水輝さんを手に入れること』
そう言って佑が横目に立城を見る。すると水鏡に映った立城は声を上げて笑い始めた。急に笑い出した立城に驚いたのか、佑が目を丸くする。
『水輝。まだ人形で遊んでいるの?』
しばらく笑ってから立城が言う。水輝は腕にしっかりと佑の肩を抱いてにやりと笑ってみせた。
『羨ましいか?』
でもおれのだから触るなよ。そう言ってから水輝は素早く佑の唇を奪った。唐突に水輝が口づけたことに驚いたのか、佑が軽く息を飲む。その膝に座っていた翠が二人に押し挟まれる格好になって呻く。悪い悪い、と翠に謝ってから水輝は見えないソファに腰掛け直した。
『何が不満なの? すべて、おじさまの望む通りに進んでいるのに』
少し頬を染めて佑が水鏡に向かって言う。するとそれまで笑っていた立城が急に笑みを潜め、じっと佑を見つめた。
『子供って、可愛いよね』
急に話を逸らして立城が言う。それから立城は微笑みを浮かべて首を傾げた。
『僕の子供も産まれたんだよ』
『そりゃ、おめでとさん』
にこにこと笑う立城に愛想のない声をかけながら水輝はクッキーに手を伸ばした。口に放り込んだクッキーを茶で喉に流す。
『おめでとう、おじさま』
『ありがとう』
嬉しそうに微笑んで立城が頷く。それから立城はするりと視線を動かし、水輝を見つめた。水輝は知らん顔をして茶を口に含んだ。
『そうそう。君たちの子供、随分と大きくなったそうだね』
『ぶっ』
唐突に話を振られ、水輝は思わず茶を噴いた。慌てたように佑がタオルで水輝の口許を拭く。
『水輝さん、何焦ってるのよ』
『い、いや、ちょっと油断した。あー、びっくりした』
水輝は湯飲みをテーブルに戻して背もたれに寄りかかった。立城は相変わらずの微笑みを浮かべている。
『とにかく。わざわざ割り込んでくるな。お前らの生活にはおれは興味ないんだよ』
渋い顔をして水輝は頭をかいた。すると立城がくすりと笑う。
『どうあっても舞台に上がるつもりはない、と』
『当たり前だ』
『そう』
笑顔で応えてから立城は頷いた。
『それなら僕が君を引っ張り出してあげよう。相応の礼は受けて貰わないとね』
穏やかな口調で言ってから立城が指を鳴らす。訝りに眉を寄せた水輝は次の瞬間、慌てて佑を押し退けた。
生暖かいものが頭上から降ってくる。頭からそれを被った水輝は口に手を当てて目をかたく閉じた。気持ちの悪い生暖かいものの正体は大量の血だ。
『てめえ……』
あっという間に血まみれになった水輝は剣呑な目で立城を見た。立城がにっこりと笑って首を傾げる。
『内祝いだよ。お返しは要らないから』
それだけ言って立城が水鏡から姿を消す。ノイズが現れた直後、水鏡にはまた元通りに優一郎と理子の姿が映し出された。水輝は舌打ちをして顔にかかった血を手で拭い、立ち上がった。周りが血浸しになっている。
『桜さん、塩持ってきて塩!』
慌てて頷いた桜が空間の隅に寄り、容器に入った塩を持って駆けてくる。水輝は血まみれになった頭を強く振り、ため息を吐いた。
『やりやがったな……くそ』
どうやら佑と翠にはかからなくて済んだらしい。そのことにほっとしながら水輝は足許に広がった血を靴でなぞった。
『おととい来やがれ!』
そう叫びながら、佑が容器からつかんだ塩を辺りにぶちまける。水輝はため息を吐いて手に力を寄せた。あんまり使いたくないんだが、と呟いて水輝はその場に散った血を手の中に集め始めた。細かい霧になった血が渦を巻いて水輝の手の間に溜まっていく。水輝にまとわりついていた血も霧と化して集まっていった。
『やれやれ』
水輝は手の中に集まった血を小さな珠の形に固めた。それを軽く宙に放る。すると赤い珠はその場にふわふわと浮いたままになった。
『水輝さん、それは!?』
『さっきの血だ。くそったれ、厄介なものを持ち込みやがって』
不機嫌な顔をして水輝は頭をかいた。恐らく立城が送りつけてきたのは沙耶が流した血だろう。水輝は仕方なく佑に近付き、抱きかかえられていた翠を引っ張った。慌てた声を上げた佑を余所に、翠をひょいと抱え上げて肩車する。
『位置は判っているな?』
『当然だ』
水輝に肩車された翠がきっぱりと言って頷く。
『よし。ここに呼べ。どうせ唸ってるだけなんだろうしな』
『構わんが……いいのか?』
珍しく難しい顔をして翠が辺りを見回す。水輝も周囲を見回して苦笑した。佑と桜は不安そうな顔をし、奈月は穏やかに眠っている。
『どうせ寝所じゃなくなってるしな、もう。一人くらい増えても変わらないだろう』
『判った』
そう答えて翠が指を鳴らす。するとその場に赤い髪をした男が現れた。何もない青い空間に横たわったそれがうーんうーんと唸る。
『うーんうーんうーん……ごめんよう……とおるちゃん……オレがわるかっ……うーんうーんうーん』
苦しそうな顔をして呻いているのは順だ。どうやらろくでもない夢でも見ているらしい。
『えっと、燃えないゴミの日はいつだったかしら』
順を見下ろして佑が頬に手を当てて考えるような顔をする。水輝は苦笑をして宙に浮かんでいた珠を呼び寄せた。珠を握って順の傍にしゃがみ込む。
『悪いな。お前なら耐えられそうだし』
『うーんうーん』
苦しげな顔をして呻いている順に片手を立てて詫び、水輝は赤い珠を順の胸にぽとりと落とした。すると小さな珠が順の胸に溶け込むようにして消える。
ぴたりと順の呻きが止まる。次の瞬間、順は目をかっと開けてその場に身を起こした。
『うわあああああ!?』
『よっ。おはよう』
片手を上げて水輝は順に挨拶した。順がぜいぜいと息をしながら胸に手を当てる。
『……うう、悲しい夢を見た』
『おお、それはそれは。目が覚めて良かったな。ははは』
気軽に言いながら水輝はぽんぽんと順の肩を叩いた。順が寝ぼけた目で周囲を見回してから、最後に傍にしゃがんだ水輝を見る。
『えーと、どっちの水輝ちゃん?』
『とりあえず戻せ。翠』
『ああ』
水輝の肩の上に担がれた翠がこくんと頷いて指を鳴らす。すると順の姿は現れた時と同様、一瞬でかき消えた。
『なるほど! ごみ回収車だったのね!』
納得したように頷いて佑がぽんと手を叩く。こらこらと笑って水輝は立ち上がった。肩に乗せていた翠を持ち上げ、腕に抱き直してから佑に近付く。
『あれでも王だぞ? 一応。口には気をつけろ』
そう忠告しつつ、水輝は翠を佑に手渡した。佑に抱かれた翠がもぞもぞと動き、胸に頬ずりをする。
『ごめんなさい』
そう言った佑がしょんぼりと肩を落とす。水輝は佑を見てにやりと笑った。
『何ならお前も一時間ほど優一郎に説教してもらうか? してもらいたいなら、翠に頼んで優一郎を呼んでもらうが……』
どうする? 意地の悪い笑いを浮かべて水輝は佑の顔を覗き込んだ。
『もう! 水輝さんってば! ……以後気をつけます』
佑がぺこりと頭を下げる。水輝はくすくすと笑って佑の頭を撫でた。
要らんものを押しつけただけ!w
ゴミ回収車ではないのだ!w