「もう、知らない」
つん、とそっぽを向いて理子はその場から一人で歩き出した。
「理子!」
唐突に目の前に何かが現れる。理子は驚きに何度か瞬きをしてから、現れたのが優一郎であることに気が付いた。
「パパ? どうしてここに?」
目を丸くして理子はそう話しかけた。
「無事、だね?」
ほっと息を吐いてから優一郎が理子を抱きしめる。その途端、理子の視界が弾けた。次の瞬間、さっきまでいた部屋の様子が見える。どうやら転移したらしい。
「もう! せっかく殴りに行こうと思ったのに!」
理子は優一郎の腕から離れて地団駄を踏みながら喚いた。
「やっぱり、行くつもりだったんだね」
「だって、何で今さら!? 理子たちは関係ないのに!」
頭を抱えて理子は叫んだ。あのばい菌め、と悪態をついた理子を顔をしかめて優一郎が見る。
「外出は辞める。もしかしたら、理子がそういう行動に出ることを読まれていた可能性がある」
「じゃあ、代わりに理子が行く!」
理子は怒りに目を吊り上げ、こぶしを固めて喚いた。何故かは判らない。が、あれのことを考えるといてもたってもいられない、異様な怒りがこみ上げてくるのだ。
「理子! 罠だよ。君は看破したじゃないか、今さら、このタイミングで、僕を呼び出す必然性がどこにある?」
そう優一郎が言った瞬間、またあの電子音が聞こえてきた。優一郎が戸惑った顔をしている隙に、理子は無断で優一郎のシャツのポケットから電話を引っ張り出した。慌てる優一郎に背を向け、理子はさっさと電話に出た。
「はい、もしもし。今、吉良優一郎はすごーく忙しいです」
憮然として理子は電話にそう話しかけた。すると耳許に聞き覚えのないくすりという笑い声が聞こえる。
『やあ、理子。随分と綺麗になったね』
「誰だ、てめーは」
怒りに目を吊り上げて理子は乱暴な言葉遣いで訊ねた。慌てて伸ばした優一郎の手を避け、理子は部屋の中をぐるぐると歩き回った。
『困ったな。そんなに嫌われるようなことをした覚えはないんだけど』
穏やかな男性の声がそう言ってくすくすと笑う。きー! と甲高い声を上げて理子は電話に向かって喚いた。
「今さら気取らないで! このばい菌! パパに何の用があって今さら電話なんてしてくるのよ!」
『え? 僕の子供が産まれたから見せびらかそうと思ってね』
何が楽しいのか、笑いながら男がそんなことを言う。理子はひらりと優一郎の手をかわして怒鳴りつけた。
「おととい来やがれ!」
それだけ言って一方的に電話を切る。ぜいぜいと肩で息をしながら、理子は優一郎に電話を差し出した。
「理子。心配かけてごめん」
電話を受け取った優一郎が消沈した顔をして言う。理子は息を整えてから屈めていた身を起こした。
「ううん。パパのせいじゃないの。何だかあのばい菌のことを考えると……こう……もの凄く腹が立つの」
そう言ってから理子は部屋の中にあった鏡を消した。その前に座り込んで泣きじゃくっていた沙雪を引き起こす。
「理子さま、優一郎さま、申し訳ありません」
沙雪がうなだれて懸命に謝罪する。理子はいいのいいの、と気軽に手を振ってみせた。それからクロゼットに歩み寄り、着ていた服を脱いで中に放り込む。元通りにシャツと短パンを身に着けたところで理子は優一郎のところにとって返した。
「それよりパパ。あのスイッチの操作法はどうかと思うの」
理子は優一郎の腕にしがみついてから唇を尖らせた。
「面倒だった?」
そう答えて優一郎がくすりと笑う。理子は拗ねた顔をしてつん、と横を向いた。
「だって忙しい時にはどうするの? いちいち股間を開いて中のレバーを回してなんて、効率が悪いと思わない?」
そう言ってから理子はねえ? と沙雪に同意を求めた。だが何故か沙雪ははらはらと涙を流しているだけだ。
「緊急対応とか、ある程度自律判断が必要な状況では、プログラムで自動切り替えするようにセッティングするよ」
「それはありがたいけど……パパっていつもああいう操作しているの?」
涙を流す沙雪と優一郎を見比べて理子は首を傾げた。すると優一郎が何故か顔を強ばらせる。
「余裕があるときは、大抵そうだね」
「部品も思ったより小さいし、爪とかも小さいし、壊したりなくしたりしないの?」
理子は感じたままの疑問を口にしつつ、優一郎をソファの方に引っ張った。怒りすぎたからだろうか。何だかやけに身体がだるい。優一郎と並んで座ったところで、理子はことんと優一郎の腕に頭をもたせかけた。
「あのタイプのユニットは、壊れたら交換すれば良いように、コストを極限まで抑えてあるからね」
「あっ、なるほど。だから逆に壊れやすくしてあるの?」
ぽんと手を叩いて理子は微笑みを浮かべた。こうして二人で楽しく話をしているのに、何でだろう。沙雪はまだ一人で泣いている。
「そう言うこと」
「じゃあ、多輝のとかは? 多輝のは作りとか違うんでしょ?」
そういえばこれまでに多輝とは何度も風呂に入っているが、さっきの沙雪の女性器と多輝のそれでは全く違っていたような気がする。足を開いてもらってまじまじと覗いた訳ではないからはっきりとは判らないが、多輝の女性器は沙雪と違って人とそれほど変わりがないように見えた。
「多輝の宿体のモデルになっているユニットは、龍神の女性器と同等の外観、能力を再現するために、コストを度外視したものだからね」
「そっかあ……。多輝の身体って高級品なのね」
納得して理子は何度も頷いた。肌の質感や女性器の見た目なども多輝と沙雪では違っていた。沙雪も人ととんでもなくかけ離れた女性器や肌質をしている訳ではない。ぱっと見た程度では違いが判らないくらいには人によく似ている。だが実際に触ると違うことが判る。沙雪の肌質は生身と比べるとつるつるとしているのだ。
「沙雪は基本的に戦闘用だからね。それに、ヒューマノイドとしては最も安定する自慰依存症型の精神構造をしているから」
「それってしょっちゅうオナニーしてるっていうこと?」
理子は首を傾げて訊ねた。理子はこれまで性器や乳房などを自分で愛撫したことがない。自慰というのも知識としては頭に入っているのだが、実際にしたことも見たこともないのだ。
エピソードはずっと繋がっているのですが、長いので切ってあります。