「前々から思ってたけど、あんたいいかげんにあのばい菌とのことに人を巻き込むの、止めなさいよねー……。いい大人が何してるのよっ」
嫌そうな顔をして理子はけっ、と喉の奥で言った。
「とりあえず、理子をそちらで預かってもらえますか?」
「嫌よ! 理子はパパといるんだもん!」
全力で首を横に振り、理子は優一郎にしがみついた。
『おれは構わないが、来たら抱くぞ?』
平然とした顔をして水輝が言う。それを聞いた理子の背にぞわっとした気持ちの悪いものが伝う。
「絶対、嫌!」
『この期に及んで何寝言を言ってるのよ!』
声を荒らげた佑が水輝の後頭部を蹴り飛ばす。お前らなあ、と呻いた水輝ががばっと身を起こして喚く。
『おれのせいもちょっとあるだろうが、元々理子は立城に目を付けられてたんだぞ!?』
大体、誰が取り上げたと思ってやがる! そう言ってから水輝が憤然と腕組みをしてふんぞり返る。
『一世一代の呪術使って切り抜けたと思ったのに……』
がっくりとうなだれた佑がぼそぼそとした声で言う。甘い、と佑をびしりと指さし、水輝が声を張る。
『あいつが抜け道を用意していないと思うか!? そもそも粘着質なのはあいつの方だぞ!? これまでおれがどんなに逃げても逃げても逃げても』
そう言いながら水輝がこぶしを握り固める。ぎりぎりと歯軋りをして水輝は続けた。
『追って来やがって! 何で男とやったりするおもしろ人生を歩まにゃならんのだ!』
「とりあえず、理子はどうしても狙われると、そういうわけですね」
優一郎が低い声で言いながら据わった目で水輝を見る。そこで水輝は喚くのを止め、ころりと態度を変えた。
『いや、そうでもないだろ。ターゲットを別に用意してやればいいんだよ』
「なるほど。そうですね」
そう言った優一郎が口許に嗤いを浮かべる。水輝は頷いてからのんびりと何もない空間に寄りかかった。どうやら見えてはいないがあそこには椅子らしきものがあるらしい。ゆったりと座った水輝が足を組む。
『まあ、あいつ相手だと何でもいいって話にはならないだろうけどな。餌は一応、撒いておいたが』
「どうでもいいけど、あんたもてないでしょ?」
鏡の中の水輝を指差して理子はきっぱりと言い切った。すると水輝がやけに複雑な顔をする。
『そんなこと、あるはずないでしょ!』
佑が慌てたように水輝の背後から肩に抱きつく。だが理子はうろんな目で水輝を見つめて続けた。
「だって、勝手に作った玩具を人にあげて、また勝手に壊したりしたんでしょ? それって子供じゃない」
そう指摘すると鏡の中で水輝が眉を寄せて頭をかく。
『だからって、もてないなんてことないわ! 少なくとも、わたしは水輝さん命だし!』
「だって先生はあのばい菌が作った人形でしょ? その人が好きなのは当たり前だから、もてるうちには入らないと思うけど?」
理子は訝りに眉を寄せて淡々と指摘した。すると佑がうっ、と言葉に詰まる。
『理子。わたしに言うのはかまわないわ。同じような台詞を奈月さんに言ったら、許さないわよ』
「どうして? 同じでしょ?」
『さっきから気になってたんだが、お前、そのばい菌ってのを、まさか連呼してないだろうな?』
急に真顔になって水輝が訊ねる。理子は特に何も考えず、言ってるけど? と答えた。すると水輝がもの凄く嫌な顔をして額を手で覆う。
「先方に明確な害意があるため、言霊的なペナルティはありませんけど、何か問題が?」
『明確な害意がいつ発生した? 言っとくが、あれは地獄耳だぞ』
低い声で言ってから水輝はうろんな目で理子を見た。理子は何よ、と腕組みをしてふんぞり返った。
「ちょっと待ってください」
そう言い置いてから優一郎が携帯端末を取り出して操作し始める。水輝が深々とため息を吐いて理子を指差す。
『お前のせいだとは言わない。恐らく非はおれにある。が、後付で理由にされたくなかったら、今すぐにその態度を改めろ』
「だって! 考えると腹が立つんだもん!」
そう言いながら理子は怒りを覚えていた。むかむかと腹の底から強い怒りがこみ上げる。
「理子。おちついて。理子はあの人と、これまでに面識はあったの?」
「知らない! だって会ったことないもん!」
怒りに任せて荒い声で答え、理子はそっぽを向いた。そこではっと我に返って慌てて優一郎に謝る。
「怒りの波動が凄いよね。会ったことも無い相手に、そこまで感情が揺れ動くのはおかしくない?」
「そういえば……そうかも」
だが理子は実際に立城と顔を合わせて言葉を交わしたことは一度もない。理子は難しい顔をして考え込んだ。
「水輝さん。何か心当たりはありませんか?」
『さあなあ……。理子が立城のことを知っているのは、周辺の奴らの記憶を読んだからだな?』
そう問われて理子は頷いた。その人がかつて感じてきた思いなどは読むことは出来ない。が、理子は命が刻んできた記録を読むことが出来る。理子が立城のことを知っているのは、多輝や優一郎、それに由梨佳から情報を得たからだ。そのことを理子はその場の三人に説明した。
「水輝さんをああ呼んだのは、多輝の中に居たからだよね? あの人の呼称は何か由来あるの?」
「何か……触ると汚い気がしたから……」
怒りを懸命に堪えながら理子はしかめ面をして答えた。鏡の中に映る二人が互いに顔を見合わせ、優一郎が理子を見つめて困ったような顔をする。だが他に言い表しようがないのだ。
「生理的嫌悪感を感じたってこと?」
「生理的かどうかは判らないけど……汚れて……汚されてしまうような」
そう言いながら理子はずきずきし始めた頭を押さえた。何故か判らないが頭が痛い。
「だいたいわかった」
頷いてから優一郎がぽんと理子の頭を軽く撫でる。理子はほっと息を吐いて身体の力を抜いた。いつの間にか手にぐっしょりと汗をかいてしまっている。理子はその場にぺたんと座り込んだ。何故か身体が酷くだるい。
「理子、僕のことだけを考えて。それのイメージを追い出すんだ。できるよね」
にっこりと笑った優一郎を見上げて理子はこくん、と頷いた。意識して優一郎のことを考えると次第に気分が楽になる。
『本能、かな? 潔癖性まで似たか』
苦笑を浮かべて水輝が言う。いつの間にか佑が水輝の隣に座っている。理子はのろのろと鏡を見つめて息を吐いた。駄目だ。気分は楽になってきているのだが、立ち上がることが出来そうにない。
「理子、リラックスしてきたね」
「うん」
理子は優一郎を見つめて頷いた。そう、とにかくパパのことを考えなくっちゃ。そう自分に言い聞かせて理子は頭の中から立城のイメージを追い出した。優一郎がその場に膝をついて理子を抱きしめ、頭を撫でる。
「パパ、大好き」
そう言って理子は優一郎の胸に顔を埋めた。頭痛が消え、やがて心地の良い睡魔が訪れる。優一郎に抱きしめられたまま、理子は緩やかに眠りに落ちていった。
佑が渾身で一世一代の呪術をかましたのにかわされましたw
20年以上前に書いたものなので、当時は呪術廻戦はなかったですね。
佑がかましたのは特級クラスだと思いますwww
そもそも佑が特(略
ちなみにこの話は呪術廻戦とは何も関係ありません、念のため。