べったりと硝子に手をつけて中を覗き込みながら、多輝は目を輝かせた。小さなベッドが並んでいて、その中には一人ずつ小さな赤ん坊が入っている。
「うわー! 可愛いなあ! うわー!」
小さい赤ん坊が顔を小さな手で擦る。きゅっと握った手を見つめて多輝は思わず可愛いと声を上げて頷いた。その隣に立つ由梨佳も微笑みを浮かべて硝子越しに赤ん坊を見つめている。
「多輝は子供が好きだね」
背後から声が聞こえて多輝は振り返った。だって可愛いだろ、と立城に答えてから多輝はまた硝子にべったりと張り付いた。
多輝の目の前には二つの小さなベッドがある。そのベッドの枕元には二人の赤ん坊の名前が書かれていた。吉良瀬伊吹。吉良瀬青藍。そう、この二人の小さな赤ん坊が立城の子供なのだ。
「うわー、なんかすげー。あー、心が和む」
ささくれ立っていた心が落ち着くのを感じ、多輝はうんうんと頷いた。そんな多輝を後ろから見つめていた立城がくすくすと笑う。
「おっ。ちゃんとついてる」
ベッドの間を忙しく動く看護師が、二人のおむつを取り替える。小さな男性器を見止めて多輝はにこにこと笑った。身体が小さくてもついてるものはちゃんとついてる。そう笑って多輝はうんうんと頷いた。
「そりゃあね。なかったら困るでしょう?」
「いやー、男の赤ん坊は初めて見たからなあ。理子の小さい頃のは覚えてるんだけど」
懐かしく思い出しながら多輝は振り返った。そうなの、と笑って立城が首を傾げる。
急に立城から連絡があったのが数時間前だ。多輝は子供が出来たと聞いて由梨佳と二人でバイクに乗ってこの産婦人科を訪れた。立城がそんな二人を真っ先に子供の眠るこの部屋に連れてきてくれたのだ。
「休憩出来るところに行こうか。ジュースくらいならおごるよ」
「おう。って、あれ? そういえば立城、いつの間に結婚してたんだ?」
一緒に歩きながら多輝は不思議に思って訊ねた。子供が居るということは、誰かと結婚したということなのだろう。だがそんな話を一度も聞いたことがない。疑問に首を捻る多輝に立城は微笑みかけた。
「ちょっと事情があってね。内々にしていたから」
「ふうーん。おれ、奥さんに挨拶はしなくていいのか?」
よく考えたら子供を見てはしゃぐばかりで、そっちのことは忘れていた。ばつの悪さを覚えて多輝は頭をかいた。だが何故か立城が静かに首を振る。
「いや、せっかくだけど……」
そう言ってから立城は言葉を継いだ。どうやらあの子供たちの母親は、出産の際に大量に出血し、今は絶対安静を言い渡されているらしい。随分な騒ぎになってしまってね、と立城が小声で言う。
「ご、ごめん。悪いこと聞いたか?」
「気にすることはないよ。ほら、多輝。何を飲む? 良かったら由梨佳さんもどうぞ」
休憩スペースについたところで立城が自動販売機の前に立つ。多輝はオレンジジュースを注文してからベンチに腰掛けた。由梨佳が静かにその隣に座る。
「多輝くん、本当に子供が好きなのね」
「ああ! すげえ好き!」
にっこりと笑う由梨佳に多輝は力強く頷いてみせた。立城がくすくすと笑って多輝にジュースのパックを差し出す。
「多輝がそんなに子供好きとは思わなかったな」
「そうか? あ、ありがと」
ありがたくパックを受け取ってから多輝はにこにこと上機嫌に笑った。さっきの子供たちもとても可愛かった。だが理子の可愛さも負けてはいない。多輝はストローをパックにさしながらそう話した。
「そういえば優一郎くんも誘ったんだけれどね。断られてしまったよ」
向かい合わせに座りながら立城が言う。多輝はジュースを吸いながら顔をしかめた。
「あいつとは絶交中だからいいんだよっ」
「絶交?」
立城がパック入りの茶を飲みながら首を傾げる。
「ああ、絶交!」
「どうしたの、多輝。優一郎くんのことは好きなんじゃないの?」
苦笑を浮かべて立城が言う。多輝はふん、とそっぽを向いて腕組みをした。思い出しても腹が立つ。何でうちの可愛い理子が男にっ。憤りをこめて言った多輝を見つめ、立城がへえ、と小声で相槌をうつ。由梨佳がそんな多輝を困ったように見つめる。多輝はその視線を感じてだってさあ、と小声で言った。
「そうか。多輝は可愛い娘を奪われた心境なんだね」
くすりと笑って立城が指摘する。おう、と答えて多輝は膨れ面をした。理子はモニタで見てもとても美しく成長していた。それを! それを何で男に! 考えを巡らせるうちに多輝の顔に怒りが浮かぶ。
「まあ、仕方がないと思うよ。あれだけ綺麗になればね」
にっこりと笑って立城が言う。当然だ、と同意してから多輝はふと妙なことに気付いた。
「あれ? 立城って理子のこと知ってるのか?」
「ちょっとね」
意味ありげな微笑みを浮かべて立城がストローに口をつける。ふうん、と何となく返事をしてから多輝ははっと我に返った。
「駄目だぞ! 理子に手を出すなよ!?」
びしりと立城を指差して多輝はそう喚いた。すると何故か立城がぷっ、と吹き出して腹を押さえて笑い出す。多輝は訝りに眉を寄せ、何度か瞬きをした。
「何だよ。笑うとこじゃないだろ」
「いや、ごめん。ちょっとおかしくて」
声を殺して笑いながら立城が片手を上げてみせる。
もう一度、子供たちの顔を見てから多輝は由梨佳と一緒に産婦人科を出た。立城が玄関まで出てきて手を振る。そんな立城に手を振り返し、多輝はバイクの置いてある駐輪場に向かった。
多輝がわくわくしながら見ているのは、立城の子供です。
実は立城に呼ばれて産婦人科に行きました。