黙ったままでマンションの玄関を通り、防犯用のロックを外し、エレベーターに乗り込む。狭いエレベーターの中でもやっぱり水輝は黙りこくっていた。ついてきた立城も同じように黙っている。
部屋の鍵を開けて中に入っても水輝は黙っていた。後からついてきた立城が物珍しそうに部屋の中を見回す。
「……見事に何もないね」
必要のない家具は全て売り払った。あるのは背の低いソファが一つ、テーブルが一つ、ベッドが一つ、服を入れる衣装ケースが一つだけだ。使わないベッドがあるのは女が泊まりに来た時のためだ。
「文句があるなら出て行け。おれは止めないぞ」
服を脱ぎながら水輝は言った。薄いカーテンのかかる窓辺に寄って立城が外を眺める。水輝はそんな立城を無視してシャワーを浴びにバスルームに向かった。
熱めのシャワーを浴びてバスルームを出たところで水輝はぎくりと肩を竦めた。立城がよく冷えたグラスをタイミング良く差し出したのだ。細いグラスの中には茶が満たされている。
「喉、乾いたでしょ?」
水輝は微笑みを浮かべて言う立城の手から乱暴にグラスをひったくった。一気に茶を飲み干して空になったグラスを立城の手に押しつける。
「僕もシャワーを借りていいかな?」
「勝手にしろ」
すげなく告げて水輝はリビングに移動した。ソファに放っていたスーツのポケットから札束を取り出し、備え付けのクロゼットを開く。
そこには幾人もの女から貢がれた札束が詰め込まれていた。水輝は感慨のない目で札束の山を見つめ、手にしていたそれを放り込んだ。別に金が欲しい訳ではない。無理を言っているはずなのに、何とか金を工面して貢ぐ女が後を絶たないだけなのだ。
クロゼットの扉を閉めてから水輝はふと気付いた。そう言えば立城は着替えを持っていない。バスタオルも要るだろう。歯ブラシは予備があるからそれを使えばいいが。そこまでを考えて水輝は苦り切った顔をした。女が泊まりにくると習慣的にそれらのことを考えてしまうのだ。
くそ、とぼやいて水輝は衣装ケースを探って余っていた下着とパジャマを取り出した。いつだったか忘れたが、女が泊まり用にと置いていったのだ。水輝は大股でリビングを横切ってバスルームに向かった。脱衣場にある籠にパジャマと下着とタオル、それに歯ブラシを揃えて置く。
「着替え! 置いたからな!」
磨り硝子の扉の向こうに乱暴に声をかけてから水輝は返事を待たずにバスルームを後にした。いつもならここで女の様子も伺うのだが、わざわざ立城を相手にそんなことをする気も起こらない。
しばしの後、立城が水輝の用意したパジャマを着てバスルームから出てきた。水輝はその頃にはすっかりふて腐れて毛布一枚にくるまって床に横になっていた。
「まさかそこで寝るの?」
「おれの勝手だろ、そんなの」
目を閉じたまま、水輝はぶっきらぼうに言い返した。冷たい床に頬を押しつけて毛布を頭まで被る。どうせすぐに諦めて寝るだろう。そんなことを考えていた水輝の傍にふわりと立城が座る。
「あー! もう、頼むから寝かせてくれよ!」
苛立ちをこめて叫んで水輝はがば、と毛布から顔を出した。そこで絶句して息を飲む。立城は水輝のすぐ傍に座っていた。髪には水滴がついて明かりを反射して煌めいている。誰も他に人がいないからか、立城の髪は美しい京紫色に染まっていた。優しい面立ちに赤く形のいい唇が映える。肩にタオルをかけ、縦縞のパジャマを着た立城に水輝は思わず見とれた。
「あ、見とれたでしょ」
すかさず立城がそう言って微笑む。
「いいからもうおれに構うなよ」
疲れたため息を吐いて水輝は頭をかきむしった。だがそこで立城は勢いよく水輝のかけていた毛布を剥ぎ取った。
「抱いてくれるんでしょう? 札束あげたじゃない」
うんざりしながら水輝は立城を睨みつけた。だがどうあっても立城は譲る気はないらしい。水輝は諦めのため息を吐いて仰向けに転がった。
「やりたきゃ勝手にやれ。おれは知らん」
「うん、そうする」
にっこりと笑って立城が水輝の下着をずらす。水輝は深々とため息を吐いて腕で顔を覆った。
「飢えてんのか?」
「そんなことはないんだけどね」
「相手なら幾らでもいるだろうがよ。何でおれなんだよ。今はもう、力は吸えないし、無駄遣いになるだけだぞ」
多分、立城はこの身体になってからまだ一度も交わっていない。だから恐らく処女なのだろう。そう思いながら水輝は遠回しに言ってみた。すると困ったように立城が笑う。
「そう?」
「ああ。力をくれてやりたいなら他の男を探せ。おれは無理だ」
ぴくりと眉を寄せて水輝は慎重に息を吸って吐いた。細い指がむき出しになったペニスに絡み、優しく撫でている。
「会いたかったよ、ずっと」
「なに寝ぼけたこと言ってんだ。毎日あれとやりまくりだったんだろうが、お前は」
水輝は腕で顔を覆ったまま鼻で笑った。視界が暗いと妙に感覚が鋭くなる。身体のどこに立城の指が触れているのかはっきりと判る。
「……葵は出て行ったよ」
「は!?」
驚きの声を上げて水輝は腕を顔から下ろした。目を丸くした水輝を優しい笑みを浮かべた立城が見つめる。
「お前の標だろうが、あれ! 何で出て行けるんだよ!」
「本当に随分と時間が経ってしまったんだね。……水輝」
静かな声で水輝を呼び、立城が軽くペニスを握る。水輝は怪訝に思って立城と握られた自分のペニスとを見比べた。
「標のシステムは時の移り変わりによって消えたよ。今はもう、システムに囚われる龍神はいない」
「システムが……消えただと?」
まさか、と呟いてから水輝は口許を手で覆った。だがあり得ない話ではない。何しろあの時を境にして夜と昼の意味は全く変わってしまったのだから。
だがそれなら巫女はどうなる。水輝はそう自分自身に問い掛けた。巫女は夜の時代が生んだ、言わば龍神のサポート役だった。巫女には標が付されていて、必ずつがいになる龍神の元に行くシステムになっている。それは力のバランスの崩れた世界が生み出した苦肉の策でもあった。
いや、まだ望みはある。システムはなくても巫女の能力は恐らく残るだろう。例え標のシステムが排除されても、龍神の側が巫女を求めれば存在は維持できる。そこまでを考えてから水輝は何気なく立城を見やった。
なかなか立城もしつこいです!w