「多輝からの返信、かな?」
「なあに? もしかしてメールとか?」
一気に昂奮が冷めたのか、理子が意外と平静な顔をして言う。優一郎は頭をかきながら仕方なく理子の身体の上から退いた。だが電話はまだ鳴り続けている。どうやらメールではなく、電話のようだ。
深々とため息を吐きながら優一郎は服を探った。携帯電話の液晶画面には見知らぬ番号が記されている。
「はい。吉良優一郎です」
『はーい! 優一郎くん、ひっさしぶりー! 元気してた?』
脳天気に明るい声が聞こえてくる。優一郎ははっと目を見張って電話を両手に握りしめた。
「茜さんっ? 無事で……」
『えっとね、急いでるからとりあえず状況説明すっ飛ばすね』
どうやら順はどこかを走っているようだ。規則正しく息が弾んでいる。
『多輝ちゃん、さらわれちゃったみたい。今からオレがそっちに行くけど、キミは謎執事が行くまで動かないで……って、痛いなぁ! ぐーで殴らないでよ、もう!』
順が電話口で怒鳴る。誰かと一緒にいるらしい。だが優一郎はそんなことを気にする余裕がなかった。
「多輝が?」
『詳しいことは、ええと……由梨佳さん、だっけ? 彼女に聞くといいよ。あー、もうここっていつ来てもややこしいなあ!』
一体、どこを走っているのだろう。順が不服を言いつつも息を弾ませている。
「由梨佳さん? 彼女はどこに?」
『なんかね、そこの結界の外でつっかえてるみたい。入れないっぽいよ』
そんじゃ、と言ってから順が唐突に電話を切る。優一郎は慌てて施設を覆う結界の外を探った。
「結界の外……。居た!」
見慣れた気配をつかまえ、優一郎はその場に由梨佳を引き寄せた。苦しそうな顔をして股間を弄っている由梨佳が部屋の中に現れる。
「あっ、ううんっ! 多輝……くんっ! ごめんなさい、わたし、そんなつもりじゃ、ああんっ!」
「マ、ママ!?」
それまで黙っていた理子が声を上げてベッドを飛び降りる。ママ、しっかりしてと声をかけながら、理子が心配顔で由梨佳の背をさする。由梨佳はストレスが限界に達してしまったのだろう。モーターの音を股間から響かせ、腰を壊れた玩具のようにかくかくと動かしている。
「理子。落ち着いて聞いてくれ。多輝がさらわれたらしい」
「なっ」
それまで由梨佳をさすっていた理子が声を上げて手を止める。
「り、理子ちゃん? だめっ! みないでっ! ああんっ!」
「なんですってえ!?」
懸命に痴態を隠そうとする由梨佳を余所に、理子が怒りの声を上げる。だが理子はまたすぐに心配顔に戻って由梨佳の背をさすりはじめた。
「大丈夫。大丈夫だからね、ママ。すぐに直してあげるから」
懸命に励ましの言葉をかけてから理子はびしりと優一郎を指差した。
「状況捜査を兼ねて! パパ! ママを抱くのよ!」
さっき、名前で呼ぶと言ったことをすっかり忘れているのか、理子が険しい顔をして叫ぶ。
「いやっ! わたしは多輝……くんのっ! ああっ! 多輝くんっ! あああんっ!」
「ママ! 贅沢言わないの! 多輝を助けたいんでしょ!? ここにママが来たってことは、ママは色々知ってるんでしょ!? パパが抱くのが一番効率がいいの!」
早口でまくし立て、理子はひょいと由梨佳を抱え上げてベッドに歩み寄った。身悶えしている由梨佳を理子がそっとベッドに下ろす。
「理子、ちょっと」
小声で言って優一郎は手招きをした。パパもぼさっとしない、と声を張り上げた理子が怪訝そうに寄ってくる。優一郎は素早く理子の唇を奪い、意識を介して情報を伝達した。
由梨佳はかつて優一郎の母だった。父親が総一郎、母親が由梨佳、そして娘が絵美佳、息子が優一郎。その頃の優一郎は何も知らず、本当の家族なのだと信じ切っていた。
だがその関係があるとき崩れた。結局、由梨佳は優一郎の実の母ではなく、養母だったのだ。だがそれら一切のことを由梨佳自身はとある事件により忘れているのだ。下手に刺激をしてしまうと、由梨佳は完全に壊れてしまう可能性がある。
「なるほど……それは困ったわね」
難しい顔をして理子は呟いた。
「あっ! ああんっ! あそこが、熱くて! 多輝くんっ! だめぇっ! 壊れちゃう!」
切羽詰まった声を上げて由梨佳が股間をかきむしる。それを振り返った理子はぽんと手を叩いた。
「そうだ! あの手を使おう!」
「あの手?」
「うん、とっておき」
ぺろりと唇を舐め、理子はぱんっ、と手を叩いた。理子の合図でその場に大きな鏡が一枚現れる。優一郎は訝りに眉を寄せつつも、理子のすることを見守った。
「鏡よ鏡よ鏡さん」
妙な呪文を唱えながら、理子がぱん、とまた手を叩く。すると鏡と向き合う格好でもう一枚の鏡が現れた。理子は軽い足取りで鏡の間に歩いた。
「このよはゆめまぼろし、うつしよはまやかし」
そう言いながら理子が鏡面にぺたりと手をつける。合わせ鏡の中には何人もの理子の姿が映し出されている。
「ちょっと待っててね、パパ。すぐに戻るから」
明るく言って理子が片目を閉じる。優一郎が声をかける間もなく、理子はずんずんと鏡の中に向かって歩き始めた。まるで壁などないように理子が鏡の中を歩いていく。
「理子……!?」
焦りを覚えつつも優一郎は理子を信頼し、その場を見守った。ほどなく、はっけーん、という理子の声がどこからともなく聞こえてくる。やがて合わせ鏡の中から理子が現れる。その手に引かれてその場には一人の少年が現れた。
銀色の髪に銀色の瞳、それに絶世の美少年。理子と同様に中途半端に服の脱げた状態で少年は困ったような顔をした。
「はい、こいつに抱いて貰えばいいわっ」
「えっ」
理子に手を引かれていた少年が驚いたような声を上げる。それから少年は視線を泳がせ、優一郎のところで目を止めて悲鳴を上げた。
「ママ!?」
「ばか! ここではパパなの!」
理子が声を荒らげて少年の頭をげんこつで殴る。
「あんっ! えっ、その子は、いったい? ああんっ!」
「え? こいつは理子よ」
けろりとした顔をして理子が言う。すると少年がおずおずと口を開いた。
理子たんが無理をするw