「くう、の事を青空とかの空と誤解してる人がけっこう居るんだけどね」
唐突に優一郎が言う。それを聞いて理子は慌てて優一郎を見た。どうやら優一郎に思考を読まれたらしい。だが理子は特に怒りもなにも覚えなかった。そっか、と頷いて微笑みを浮かべる。
「やっぱり、パパって」
そこまで言って理子は苦笑をした。もしかしたら優一郎のことをパパと無意識に呼んでしまうのは、エロティックな妄想だけが原因ではないのかも知れない。父親、という意味ではなく、理子はパパという言葉に尊敬や敬愛などの意味を無意識にこめていたのだ。
「……パパって凄い」
「その言葉に、僕がどれだけ勇気づけられているか。理子、ありがとう」
微笑みを浮かべて優一郎が言う。理子はにっこりと笑みを返した。
優一郎の言葉通り、十分ほどで機関車はホームに滑り込んだ。停まった機関車から降りた理子の手を優一郎が引いて歩き出す。
「出産での出血が酷い女性が、清陵中央病院に転院してきているんだ。今日。夫ではなく、使用人らしき男を伴ってね」
「そうなの?」
理子は目を丸くして優一郎を見た。頷きながら優一郎がホームを横切る。扉を開けるとそこには金属製の階段があった。細い階段を優一郎が先に立って昇り始める。理子は足許に注意しながら手すりにつかまり、慎重に足を運んだ。
「ここは発電室。B2階だよ」
「真っ暗だね」
理子はそう言って手探りで先に進んだ。優一郎の気配を辿っていれば特に支障もなく階段を昇ることが出来る。
しばらく階段を昇ると急に理子の視界が開けた。優一郎が開いたドアから明るい光が入ってくる。理子は慌てて階段を昇りきり、優一郎の後に続いた。
「ここは地下一階。リネン室や放射線検査室がある。この上は、婦人科の病棟」
説明をしながら優一郎が足早に進む。理子は大量のシーツが積まれた部屋を抜けて廊下に出た。真っ白な病院特有の雰囲気に圧されながら、理子は優一郎の後を付いて歩いた。時折、看護師や医師とすれ違う。だが誰も優一郎と理子に話しかけてこない。
「目指す部屋はここ」
そう言って優一郎が立ち止まって扉を開く。理子は促されるままにその部屋に入った。六畳ほどの広さのその部屋には何もない。かび臭さに顔をしかめ、理子は思わず息を詰めた。
「ここなの?」
「この上は特別個室の一部なんだ。このあたりに、ベッドがある」
そう言って優一郎は部屋の中を歩き、とあるところで立ち止まって天井を指差した。理子はつられて天井を見上げて首を傾げた。
「理子、さっきの理緒くんだっけ? の居た世界への道を開いてくれないか?」
「え、あの、でも」
さっきあの男に鋭く叱責されたことを思い出し、理子はうろたえた。だが優一郎が言うならきっと理由があるのだろう。逡巡の後、理子は判ったと頷いた。
「鏡よ鏡よ鏡さん」
いつものようにてきとうな呪いを唱えて理子はぱん、と手を叩いた。するとその場に一枚の鏡が現れる。続けて手を叩くともう一枚の鏡が先の鏡に向き合う格好で現れる。
「ええと」
理子はちらりと優一郎を伺い見てから鏡の間に進んだ。
「このよはゆめまぼろし、うつしよはまやかし」
そう唱えて理子は鏡面に静かに手をあてがった。すると合わせ鏡の中の景色が軽く揺らぐ。ごく僅かな揺らぎを感じ取ってから、理子は出来たよ、と優一郎に話しかけた。
「佑に比べれば全然素人で、かっこわるいかもしれないけど、幻滅しないでね」
そう言ってから、優一郎が手の中に青い宝珠を寄せ、それを刀に変じる。それを見た理子はえっ、と思わず息を飲んだ。だが優一郎は刀を片手に床を蹴って飛び上がる。気合いの声と共に優一郎は天井の一角を四角く切り取った。
もの凄い衝撃が襲ってくる。てっきり、天井が落ちてくるものと身構えていた理子は、急に降ってきた衝撃に悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
「先ほどは、ありがとうございました」
平然とした様子で優一郎が上を向いて言う。理子は衝撃を堪えながら何とか上を見た。切り抜かれた天井の端に見覚えのある男が立っている。さっき見た和也とかいう執事だ。だが、それを見て理子は眉を寄せた。
「パパ! 違う!」
「我を友と呼びし者よ、我、汝に助けを求めん」
嗤いを浮かべて優一郎が言う。その直後、優一郎の背後に黒いものが現れた。
「やれやれ……」
さっき見た、和也が優一郎の真後ろに現れる。では、あの天井のところにいる男は何なのだろう。理子は目を細めて天井を仰いだ。
優一郎の背後に現れた和也とそっくり同じ格好をした男がにっこりと笑う。
「酷いな、優一郎くん。僕の大事な執事なのに」
天井の端に見える男がそう言って首を傾げる。その直後、その男の輪郭がぼやけ、その場に全く違う男が現れた。現れたのは立城だった。それを見た理子の全身に鳥肌が立つ。
「いやああああああああ!」
反射的に叫んで理子は頭を抱えた。
「理子。ここは、負けられない。友よ、地上の王を一分ほどで構いませんので足止めしてもらえませんか?」
「報酬は」
優一郎の後ろに立つ和也が仏頂面で言いながら、手の中に黒いものを寄せる。漆黒の宝珠が和也の手の一振りで巨大な鎌と化す。
「困ったな。まさか君が出てくるとはね。僕の頼んだお使いはどうしたの?」
にこにこと笑いながら立城が天井の切り抜かれた部分から顔を覗かせる。理子はパニックを起こして頭を抱えて叫んだ。
「ばい菌! 変態! 近付かないでえ!」
同じ空気を吸うのも嫌。同じ空間にいるのも嫌。ましてや顔を合わせるなんて論外だ。
「これでどうですか?」
小さな紙片を指に挟み、優一郎が背後の和也を伺う。舌打ちをした和也が優一郎の指から紙片を奪い、素早く床を蹴る。飛び上がった和也は軽々と天井端に立つ立城に斬りかかった。一瞬で手に刀を現した立城が黒い鎌を刀で受け止める。
代名詞が多くて自分でも混乱したので名前に変更しました。