「お、お母さんは、お父さんと奈月さんに、囲われているので、手を出すと、その……来た!」
急に悲愴な声を上げて理緒が目に見えて身体を震わせる。その直後、床に座り込んだ水輝の傍に人影が現れた。水輝、と慌てた声を掛けてからそれがゆらりと振り返る。
「理緒。誰? これ」
そう言いながらそれが優一郎を指差す。その場に唐突に現れた男は優一郎にそっくりな姿をしていた。その隣にはもう一人、別の男が立っている。奈月によく似た青年が凄みを帯びた目で優一郎を睨む。そんな二人を見上げて水輝があの、大丈夫ですから、と弱々しい声で言う。
「あっ、のっ、はい! ええと、この世界とは別の世界から来られた、吉良優一郎さんです!」
ぴしりとその場に気をつけの姿勢で固まり、理緒が裏返った声で言う。
「ぼくの女に手を出すなんて、良い度胸してるじゃない」
奈月に似た顔をした青年がそう言って嗤う。その隣では優一郎そっくりの男が腕組みをしてふんぞり返っている。
「奈月。待って、こいつちょっとおかしい」
それまで怒りの目で優一郎を睨んでいた男がそう言って目を細める。すると隣にいた奈月似の青年が眉を寄せる。その二人の足許で、水輝が弱々しい声で二人を止めようとしている。
「私に似てるのは良いとして。力の質と量が変。優子のおふざけってわけでもないみたいだし」
そう言って優一郎に似た男がまじまじと優一郎を見つめる。この男が佑、そしてその隣の青年が奈月。どうやらこの世界はあちらと随分と事情が違うらしい。
「佑。たたきのめしてから考えればいいよっ!」
奈月が素早く床を蹴って優一郎に接近し、裏拳を放つ。優一郎はしっかりとそれを見据えてひらりと身をかわした。避けられるとは思っていなかったのだろう。奈月が驚きの表情をしてたたらを踏む。
「ストップ! 奈月やめた方がいい。あなたの敵う相手じゃない。スクラップにされるのがオチだよ」
落ち着いた声で制止し、佑がまじまじと優一郎を見る。スクラップ、ということはこちらの世界でも奈月は機械の身体なのだろう。確かに見ると身体の作りが生身と違うことが判る。
「もう、手は出さないんだね?」
目を細めて優一郎を睨み、佑が訊ねる。奈月は不服そうな顔をしつつも構えを解き、水輝に近付いていった。奈月が涙を浮かべていた水輝を軽々と両腕に抱え上げる。水輝はそんな奈月の腕の中で大人しく黙っている。
優一郎は彼らを見つめて黙って頷いた。すると佑が頷き返す。
「奈月行こう。それから、理緒。次の魔法の訓練は防御術だからね。きっちり予習しておくように」
理緒に嗤いを残し、佑は二人と共にその場から立ち去った。奈月の腕に抱かれた水輝が慌てたように振り返ってごめんなさい、と声を立てずに唇だけを動かして言う。彼らを見送ってから優一郎は深い息を吐いた。
「お父さんに怒られる……お父さんに怒られる……お父さんに怒られる」
蒼白な顔をして理緒がぶつぶつと呟く。だがすぐにはっと我に返ってから理緒は慌てたように優一郎に頭を下げた。
「しっ、失礼しました!」
何が失礼したのか判らないが、理緒が真っ青な顔をしたままで詫びる。
「もしかして、迷惑だったかな?」
「いっ、いえ、だ、大丈夫です。よくあることなので」
額に浮いた汗を拭って理緒が力一杯に首を横に振る。それから理緒は改めてこちらにどうぞ、と廊下を進み始めた。
屋敷の一階に下りて奥に向かって進む。そのうちに理緒も落ち着いたらしい。再びこちらの世界の様子を話し始めた。
「お父さんとお母さんと奈月さんは、普段はここから少し離れたところに居るんです。理緒の様子を見に、時々ああやって来てくれてるんですけど」
今日はたまたま水輝がここに理緒の様子をうかがいに来ていたらしい。それを聞いて優一郎はなるほどと頷いた。廊下の突き当たりにある扉を理緒が開ける。するとそこには地下に続く階段があった。お先にどうぞ、と言われて優一郎が階段を下り始めると、後から入った理緒が扉を元通りに閉める。
「理緒くんは、優子さんを抱いたことがあるの?」
「うっ、あっ、えっと!」
理緒が裏返った声で言って恥ずかしそうに顔を赤くする。慌ただしく周囲を見回してから、理緒は小声で言った。
「えっと、理緒はいま、覚醒直後で……あの、ママが、してくれてるんですけど……」
耳まで赤くなって理緒が頭をかく。
「覚醒直後だから仕方なくってこと?」
「う……」
言葉を詰まらせて理緒が泣きそうな顔をする。もしかしたら理緒は優子にまだ想いを打ち明けていないのだろうか。だが理緒が優子を好いているらしいことは見ていてもはっきりと判る。
「理緒は……ママが大好きです……でも……」
悲しそうな顔をして理緒が言う。そうしている間に二人は階段を下りきった。理緒が金属製の扉をゆっくりと開ける。するとそこには上の屋敷とは全く違う印象の、硬質な空間が現れた。白い壁や白い廊下はまるで病院を思わせる。
「ここが研究室?」
「はい。各層にはそれぞれ、フロア管理役のヒューマノイドが配置されています。ママがいるのはこの一番奥で……」
この地下に埋まる研究室は全部で七階層あるらしい。廊下を歩く優一郎の傍を時折、白衣を着た男性がすれ違う。どの男性もやけに顔立ちや容姿が整っていて、優一郎とすれ違う時には必ず微笑みを浮かべて愛想良く会釈をする。
ここでは大抵は男女が逆転していると思ってもらえれば。
一部は違うんですけども。