寂しさと愉悦と
居なくなってしまった水輝の子供は、立城の住む屋敷に早々に移された。母親の代わりに乳母を雇い、母乳の代わりにミルクを与えることにすれば子供は滞りなく大きくなるだろう。立城は小さなベビーベッドを覗き込み、二人の息子の様子をうかがってから自室に戻った。
疲れた息を吐いた立城の手から和也がスーツのジャケットを受け取る。彼らと一緒に荒らした病院の部屋は修復された。割れた鏡は回収され、今は和也が管理している。が、砕けた鏡にもう力は残っていない。あそこから水輝を引っ張り出そうとしても無理だろう。
あの青い空間にいる彼らに愚痴を言おうとも考えたが、何となくその気にならなくてそれも止めた。立城はため息を吐いて深く椅子に寄りかかった。スーツをクロゼットにしまいこんだ和也が深々と礼をする。
「それでは何かございましたらお呼び下さい」
「あ、ちょっと待って」
少し眉を寄せてから立城は和也を引き留めた。しばし気配を探ってからため息を吐く。どうやら多輝は無事のようだ。地上に戻されたことを確認してから、立城は和也を見た。
「君は赤龍王の回復を。でも留守にするのは三日ほどにしてね」
「畏まりました」
立城の意図をしっかりと読んだのだろう。口許に微かな嗤いを浮かべて和也がその場からかき消える。それを見送ってから立城は頭をかいた。今、万が一にでも順に消えられるとまずい。立城がそう判断するのは先に承知済みだったのだろう。和也のあの嗤いはそういう意味だ。
「白梅、紅梅」
立城の呼び声に答えてその場に二人の女性が現れる。双子のようにそっくりの顔立ちをした女性たちが揃って立城に恭しく頭を垂れる。片方の女性は紅、片方の女性は白をまとっている。
「多輝を頼む。この季節に裸で屋上は寒いからね。着るものを持って行ってあげて」
「承知致しました」
「手を回して由梨佳さんに連絡をして。多輝のことは由梨佳さんに任せるのが一番だから」
「はい」
返事をした二人がその場からかき消える。ふう、と大きなため息を吐いて立城は首を締め付けていたネクタイを緩めた。窓の外はすっかり暗くなってしまっている。
多輝の回復には時間がかかるだろう。身体に傷を負ったわけではないし、内部にも特にダメージは受けては居ない。啜られた力は全て多輝が水輝から引き取ったもので、多輝自身が持っていたものではないから取るに足らないことだ。が、多輝が受けた心のダメージは回復するには少し時間がかかりそうだ。優一郎のところに送り込むのが一番なのかも知れないが、残念ながら空の主は今は席を外している。
てっきり多輝と楽しく遊んでくれているものだと思ったのに。立城は心の底で呟いてくすりと笑った。優一郎がああして立城のところに現れ、直に攻撃を加えてきたのは初めてではないだろうか。その場にいた理子のことを思い浮かべて立城はくすくすと笑った。
「楽しくなってきたね」
優一郎の手際の良さを思い出して立城はそう呟いた。おかげでダメージは受けたが、この程度なら特に問題もないだろう。領域を侵したのはこちらの方だ。返されるのは当たり前だ。
どうやら地下には妙なものも蠢いているようだ。今の彼らにさほどの力はないかも知れないが、やりようによっては上手く出来ないとも限らない。
鏡面に映された世界に取り込まれてしまった水輝の方は、頃合いになれば自然と吐き出されてくるだろう。どのみち、水輝はあの世界に居続けられない。放っておいてもそのうちに戻らざるを得なくなる。
さてと。立城はそう言ってから大きな執務机に肘杖をついた。
「必ず引きずり出してあげよう」
ここにはいない誰かに囁きかけて、立城は深い微笑みを浮かべた。
ここから七章です。
そーいえば章の最後に紹介とかを入れるつもりで忘れてました(汗)
修正します~。