「パパのパパ、パパに会うのは久しぶりでしょ? たまには仲良く親子の会話を楽しまなきゃっ」
そう言って理子は強引に扉のこちら側に総一郎を引っ張り込んだ。それじゃ! と扉の向こうに現れた奈月に手を振り、鏡の扉を足で蹴って閉める。その直後、鏡の扉は音もなく消え去った。
「理子、何があったの?」
「詳しいことはパパのパパに聞くがいいわ! 理子、知らない!」
総一郎と背中合わせになる格好で座り、理子はつんとそっぽを向いた。床にあぐらをかいて座った総一郎が頭をかく。
「いや、優一郎、私は断じてやましいところはないぞ! まさか食事を終えているのに服を着ていないなどとは予測できなかったのだ!」
「だってパパのパパ、理子のおっぱい見てた!」
腕組みをして理子は声を荒らげた。
「うむ。なかなか豊満なバストだったな。奈月くんとカップサイズはほぼ同じだろう」
「でもウエスト見て笑った!」
理子は怒りに目を吊り上げて喚いた。するとぎくりと総一郎が身を竦める。
「誤解だ。奈月くんの服をそのまま着させるわけには行かない、どうすべきかと思案していたのだ」
「どうせ理子は、奈月さんみたいにウエスト細くないもん!」
悔しさに歯軋りしながら理子は畳をこぶしで叩いた。それまで静観していた優一郎が総一郎と理子を見比べ、ため息を吐く。
「断じて私は笑ってなどいないぞ。うら若き乙女のあられも無い姿を不慮の事故とは言え見てしまったことは謝罪する。だが、謂れのない指摘を見逃すことはしない」
「理子。笑ったというのは嘘だね?」
「うっ」
理子は二人に代わる代わるに言われ、思わず声を詰まらせた。さっきこっそりと奈月を観察していて、ウエストサイズが自分と随分違うことに怒りを覚えていた理子は、半ば反射的に総一郎が笑ったと断じたのだ。
「ごめんなさい」
しょんぼりと肩を落とし、理子は素直に謝った。
「うむ。理子くん。君は充分以上に魅力的な肢体を持っていると思うぞ。科学の発展のため、数十万人の女性の裸体を見たことがある私がいうから確かだ」
「パパのパパ、女にもてないでしょ?」
うろんな目をして振り返り、理子は総一郎の背中に語りかけた。
「うむ。私の人生は科学に捧げているからな。そのような私を慕う女性など居るわけがないと思われる」
かわいそ。昔のママ。心の底で呟いて理子はため息を吐いた。
「パパのパパ、それって勝手な自分の思いこみじゃない? 居る訳がないって誰が決めるの? 理子が言ったもてないっていうのは、あんまり人気がないだろうなって意味」
眉を寄せて理子は身体の向きを変え、総一郎の背中をびしりと指差した。
「魅力的な肢体とかじゃなくて、セクシーって言えばいいの! 数十万とか、そういうこと口走らない! パパより落ちるけど顔はいいんだから、ちゃんと努力したらきっとパパのパパももてるようになるわ!」
力をこめてこぶしを握り、理子はうんうんと自分の言ったことに頷いた。
「う、うむ。とりあえず、服が出来たようだ。奈月くん、やはり説明は奈月くんにお願いする」
不意にその場にまた鏡の扉が現れ、観音開きに扉が開く。慌ただしく扉の中に戻っていった総一郎と入れ替わりに、奈月が部屋に入ってくる。
「理子さん、おまたせしました。手直しするのにちょっと時間がかかってしまって」
そう言いながら奈月が差し出したのは、レースの下着とシンプルなブラウス、それに動きやすそうなキュロットスカートだった。理子はありがとう、と笑顔で言って奈月から服を受け取った。手早く下着をつけて服を着たところで、理子はもう一度奈月にありがとうと言ってぺこりと頭を下げた。
「奈月さん!? いったい、何がどうなって?」
困惑した顔をして優一郎が震える手で奈月を指差す。はいはい、と二人を退けてから理子は座布団を三枚用意した。ちゃぶ台をがん、と三枚の座布団の中央に据える。
「話はここでしましょ。ね? パパ。奈月さん」
真っ先に座布団に座り、理子はにっこりと二人に笑みかけた。二人が顔を見合わせてからおずおずと座布団に腰を落ち着ける。そこで奈月は話をし始めた。時空の状態を調整する、という建前であの扉が完成したこと。現在も時空は不安定な状態が続いており、それを収束させるため、こちらの時空に迷い込んだ三人を連れ戻しに来た。奈月の話を聞いて理子はふうんと呟いた。
パパのパパもそういう風に判りやすく説明すればいいのにもう! 理子はそう考えながらいらいらとちゃぶ台を指で叩いた。
「お二人は見つかったので、あとはあの方ですね。あの方はどちらに?」
「あの方ってなに? 理子たちの他にも誰かいるの?」
奈月の言葉に引っかかるものを覚え、理子はそう訊ねた。
「あの時ベッドに寝ていた女性だよ」
優一郎がそう答えてから改めて奈月に向き直る。
「彼女の居場所は知りません。そちらでも判らないのですか?」
ごく当たり前の顔をして優一郎が訊ねると、何故か奈月は真っ青になった。
「あのっ、時間がありません! 早くこちらの世界から撤収しないと、こちらの世界に迷惑がかかります!」
「えっ、ええ?」
急に慌てだした奈月を見つめ、理子は戸惑いに声を上げた。
「今の彼女はほとんど人間と変わらないし、僕達だけでも帰ればそれで良くない?」
「よく判らないけど、理子たちが戻ればいいの?」
理子は優一郎に続けてそう奈月に訊ねた。だが奈月は青い顔をして頬を手で押さえている。
「すみません。総一郎さんに相談してきます」
そう言って立ち上がった奈月が慌てた様子で扉に向かって走っていく。途中、つまづいてよろけてから奈月は扉の向こうに姿を消した。
「……ねえ、パパ。理子と同じこと考えてる?」
「奈月さん、へんなところで粗忽っていうか慌て者っていうか」
「何であんなに無意味にバランス悪いの? って、そうじゃなくてっ!」
声を荒らげて理子は平手でばんばんとちゃぶ台を叩いた。
「理子、まだここのことあんまり見てないっ! それに、パパと……その……」
言葉を濁して理子は頬を染めた。せっかく、二人でいちゃいちゃしながらのんびり出来ると思ったのに。あえて言葉にせず、その思いを込めて理子は上目遣いに優一郎を見た。
「こうも簡単に帰れるとは思えなかったからね。ただ、龍宝珠界から元の世界へ戻るのは難しいかもしれないけど」
地上の王にあんな宣告されちゃったからね。そう続けた優一郎を見つめ、理子は眉を寄せた。理子があんなこと言っちゃったから、とぽつりと呟く。立城は言っていたのだ。同じ空気を吸いたくなったら教えてくださいね。そのことを思い出して理子は深々とため息を吐き、ちゃぶ台にべったりと突っ伏した。
「あーん。理子、パパと一緒に居られるのは嬉しいけどぉ、あちこちぐるぐる行くのは疲れるよお」
「まあ、新婚旅行なんてそういうものでしょ?」
苦笑を浮かべた優一郎がそう言った時、扉から総一郎が顔を覗かせた。
「うむ。お待たせした」
今度は理子が服を着ているからだろう。堂々と総一郎が部屋に入ってくる。理子は奈月の座っていたところを指差し、そこにどうぞ、と総一郎を促した。
「端的に話すが、こちらからも彼女の行方を捉えきれていない。何者かに匿われていると見たほうがいいだろう」
「え? さっきの女の人の話?」
立城と対した時に優一郎が跳ばした女のことだろう。そう思いながら理子は総一郎に確認の意味で問い掛けた。座布団に座りながら総一郎が頷く。
「四人の王のうちの誰かの元に居るのでしょうね。青か地か……」
考えるような顔をして優一郎が言う。そういえば理緒が言っていた。この世界は四人の龍神に支えられている。天空の王、地上の女王、青の女王、そして最後がこの屋敷の主だという、空の主。だが彼らがあの女を匿って何か利があるのだろうか。
「うむ。だとすれば早急に連れ戻すことは不可能だ。そこで代案なのだが……。彼女に対応する者をこちらに一時的に招待することは無理だろうか?」
「人間に近いんでしょ? そんなにむきになる必要、あるの?」
理子は微笑みを浮かべて総一郎に訊ねた。
「うむ。良い質問だ。こちらの資料を見てくれたまえ」
おもむろに頷いた総一郎が、白衣の内側に手を突っ込み、大量の紙の束を取り出す。その紙にはたくさんの数字が並んでいる。が、理子にはその数字の意味がよく判らなかった。ちゃぶ台に置かれた紙の束を優一郎が一枚ずつめくる。
「このグラフが時空臨界表面の膨張面を示す。こちらが活性化曲線だ。この数値が……」
紙の束を指差しながら総一郎が淡々と語る。それを聞いた理子は頬を引きつらせて額を押さえた。
「理子、えすえふはちょっと……」
「サイエンスフィクションではない! これは現実なのだ! それに説明を求めたのは君だろう?」
「サイエンスフィクションじゃなくて、理子が言ってるのはえすえふ! 割と生ぬるい笑みを浮かべて、あいたたたた、って言いたくなる方!」
総一郎を横目に睨んで理子は言い返した。紙の束を興味深そうに見ている優一郎は一人で勝手に納得して頷いている。そのことも理子の癪に障った。
理子は拗ねているんですけども、総一郎さんは気付いていないようですw