※この作品はR-18です。

まやかしの終わり 三部 夜の女王   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


新婚旅行中なのに 4

「招待は難しいと思いますよ」

 

 紙をめくりながら優一郎が言う。

 

「うむう。どうするべきか……。すまない。一度向こうに戻って検討してきても構わないかね?」

「ねえ、パパのパパ。もしかして理子のこと嫌い?」

 

 難しい顔をして腕組みをした総一郎を上目遣いに見つめ、理子は目を潤ませた。

 

「どうして嫌う必要があるのかね?」

 

 不思議そうな顔をして総一郎が言う。よし、と胸の中でガッツポーズを作ってから理子は言葉を継いだ。

 

「理子、パパのパパとお風呂に入りたいなっ!」

 

 にっこりと笑って理子は総一郎の腕にしがみついた。それまで淡々と紙をめくっていた優一郎がぴたりと手を止める。

 

「駄目だっ!」

「えー、どうしてえ? 理子、パパのパパとお背中流し合いっことかしてみたいなあ……」

 

 唇に指を当て、拗ねた顔をして理子は小声で言った。それまで冷静に紙をめくっていた優一郎が、紙の束をぴしゃんと閉じて総一郎の方に滑らせる。

 

「吉良博士。他の手段は無いのですか?」

「うむう……やはり桜くんを安定化装置の礎木とするしかないか……」

 

 しがみつく理子を特に退けるでもなく、総一郎が難しい顔をして言う。理子はべったりと総一郎の腕にしがみつき、ちゃぶ台の紙の束を見下ろした。やっぱり何度見てもこの数字の意味が判らない。

 

「うむ。露天風呂でよければ私は構わないぞ。早速行こうではないか」

 

 すっと立ち上がって総一郎が理子の手を引き、鏡の扉に向かう。理子は何となくそんな総一郎に手を引かれるままに歩いた。

 

「駄目だっ! 理子は渡さない!!」

 

 唐突に叫んだ優一郎が理子を強引に腕に抱き、その場から転移する。理子は悲鳴を上げて身を縮め、優一郎にしがみついた。視界が弾けた後、目の前に見知らぬ光景が広がる。

 

「あら。またお客様?」

「っきゃああああああああああああああああ!」

 

 微笑みを浮かべて言った女に向かって、理子は渾身の悲鳴を上げた。理子を抱きしめた優一郎がはっとしたように顔を上げる。

 

「あなたは?」

「いやあ! ばい菌! 近付かないで!」

 

 優一郎の問いかけの声をかき消す凄まじい声で、理子は喚いた。その直後、理子は激しい頭痛に見舞われ、へなへなと優一郎の腕の中で脱力した。まあ、と微笑んだ女が静かに立ち上がる。

 

「申し遅れました。わたしは吉良瀬立城と申します」

 

 立城と似た顔をした女がそう言って優雅に礼をしてみせる。

 

「はじめまして、僕は吉良優一郎と申します。彼女は僕の婚約者で池田理子」

「うう、痛い……」

 

 頭痛を抑えるために額を手で覆い、理子は小声で呟いた。あら、ごめんなさい。立城と名乗った女がそう言って軽く指を鳴らす。すると理子の頭痛はあっという間に消え去った。

 

「ごめんなさいね。この屋敷には色んな仕掛けがあって」

 

 困ったように笑って立城が周囲を見回す。理子と優一郎が転移して現れたのは広い部屋だった。さっき居たところとは違い、落ち着いた感じのする洋間だ。

 

「理子。良く視て。違うでしょう?」

「あ、う、うん」

 

 言われるままに立城を見た理子は恐る恐るに頷いた。確かにこの女はあのばい菌に似てはいる。が、気配がどことなく違う。理子は納得して頷き、優一郎の腕からそっと抜け出した。

 

「えっと、ごめんなさい」

 

 ばい菌呼ばわりしたことを素直に謝り、理子は立城に頭を下げた。すると立城が優しい笑みを浮かべていいえ、と首を振る。

 

「ところでわたしに何かご用ですか?」

 

 首を傾げた立城がそう訊ねる。確かに急に現れたのだから用があると思うだろう。そう考えながら理子は優一郎の脇腹をそっとつついた。

 

「あの、すみません。僕達を匿っていただけませんか?」

 

 そう言った優一郎をまじまじと見つめ、立城が軽く目を見張る。

 

「どなたかに追われていらっしゃるんですか?」

 

 不思議そうに優一郎と理子を見比べ、立城が首を傾げる。

 

「はい。父さんに……」

「ああ……」

 

 優一郎が小声で答えた瞬間、立城が意味ありげな笑みを浮かべて頷く。それから立城は微笑みを浮かべてみせた。

 

「わたしは構わないのですが、一人、先にここに来られた方がいらっしゃって」

 

 そう言ってから、立城は二人にソファを勧めた。理子は優一郎と目を合わせて頷いてから、素直に好意に甘えることにした。並んで腰掛けた二人に立城が手際よくお茶をいれてくる。

 

「彼女は出産間もないですから、あまり刺激しないでいただけるとお約束してくださるなら」

「はい。ありがとうございます」

「一人きりで寂しかったから、賑やかになって嬉しいです」

 

 優しい笑みを浮かべて立城が言う。出されたお茶をありがたく啜ったところで理子は首を傾げた。どうやら普通の茶ではないらしい。不思議な色をした茶は仄かなばらの香りがする。

 

「いい香りですね」

「庭で摘んだばらで入れたお茶なんです。気に入って貰えましたか?」

 

 にっこりと笑って立城が言う。それから立城は二人に茶菓子も出してくれた。たっぷりと茶菓子を食べたところで立城が二人を部屋に案内してくれる。この屋敷はとても広いらしいのだが、殆どの部屋を使っていないらしい。だから自分が使う部屋と、女性の休んでいる部屋以外は好きに使っていい、と立城が言う。

 

「それでは、お夕飯の時間になったら呼びに来ます。わたしは彼女の容態をみてきますから」

 

 二人を広い和室に案内してから、立城が姿を消す。広い部屋に二人きりになったところで、理子は深々と息を吐いた。

 

「き、緊張したあ」

「驚いたよ。理子が大人しくしているところ初めて見た」

「もうっ、パパってば失礼ねっ!」

 

 つん、と拗ねた顔をしてみせてから、理子は身体の力を抜いて畳の上に転がった。普段は使っていない、という割には部屋の掃除は行き届いていて、畳や家具にもほこりはついていない。

 

「なんかねー……どうしてだか判らないけど、緊張しちゃって」

 

 立城はあのばい菌とは違う。それは理子にもよく判った。だからこそ立城のことを冷静に観察することも出来た。立城のまとっていた気配はやけに穏やかで、揺らぎがなかった。それは優一郎にも共通しているのだが、立城のそれは優一郎の静けさとはどこか違っていた。

 

「判らないけど……その、泣きたくなるような……感じかなあ」

 

 ごろん、と畳に大の字に寝そべって理子は小声で呟いた。天井にはめ込まれた蛍光灯は柔らかく部屋を照らしている。

 

「とりあえず、仲良くしようか」

 

 そう言って優一郎が理子の傍に転がり、ぎゅっと抱きついてくる。理子ははしゃいだ声を上げて優一郎を抱き返してから、小声で言った。

 

「ごめんね、パパ。理子、パパがやきもちをやくところを見たかったの」

 

 優一郎のさっきの取り乱し方を思い出した理子の胸は申し訳なさでいっぱいになった。

 

「ううん。謝るのはこちらのほうだ。克服できたと思っていたのに……。理子、愚痴になるけど、僕の話、聞いてくれるかい? ちょっと長くなるかもしれないけど」

「じゃあ、その前に布団を敷こう!」

 

 力強く頷きながら理子は言った。すると優一郎が不思議そうな顔をする。

 

「布団の上でぎゅってしてあげる。畳は痛いからっ」

 

 理子は優一郎の腕の中から抜け、部屋の隅に積んであった布団を引っ張った。畳の真ん中に敷き布団を引きずり、ここでっ、とぽんぽんと布団の表面を叩く。

 

「理子、ありがとう……」

 

 そう言って優一郎が大人しく理子の言うとおり、布団に転がる。理子も一緒に布団に転がり、優一郎を両腕でしっかりと抱きしめた。




二人はあっちの立城のところに飛んでしまいました。
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