「そう。多輝は僕だけのものじゃない。僕には多輝が微笑んで暮らしていける環境を整える義務があるけどね」
「あのね、パパ。理子、ちょっと面白い話を聞いたの」
ふと、理子が優一郎の身体から腕を解く。優一郎は驚きに目を見張り、立ち上がる理子をぼんやりと見上げた。理子が足早に部屋の隅に寄り、テレビの電源を入れる。壁に掛かる時計を見上げた理子はよし、と頷いて布団まで戻ってきた。
テレビには明るい番組が映し出されていた。優一郎たちの生きる世界にはもう存在しない、笑いを中心にした番組だ。理子はそんな番組が映し出されたテレビにリモコンを向けた。
画面が何度か切り替わる。そしてテレビ画面には明るい色遣いのアニメーション番組が映し出された。
「面白い話?」
「このアニメーション番組のタイトルね。ゴーストハンターたきりんって言うんだって」
ぺたんと布団に座った理子が呟くように言う。画面の中にはひらひらとした衣装を身に着けた少女が映っている。先に星の付いた杖を少女が揮うと、敵らしい黒い影が絶叫して消える。
「この世界の多輝はあれなの。みんなの夢と希望を背に戦うゴーストハンターなんだって」
そう言ってから理子はリモコンを使ってテレビの電源を落とした。くるりと振り返った理子が元通りに布団に横になり、優一郎を抱きしめる。
「こっちでも女の子なんだ……」
「もしかしたら多輝の性別はどっちでもいいのかも知れない。偶像として成り立つなら、現実でもアニメーションでも良かったのかも知れない。この話を聞いた時に何だか理子、とっても納得しちゃったの」
この世界の多輝はアニメーションの中にしか存在しない。それを見た子供たちはアニメーションのキャラクターの一人である多輝に憧れを抱き、夢を描く。それがこの世界の多輝なのだと理子は言った。
「現実に存在しない? 多輝が?」
「そう。この世界の多輝はテレビの中にしかいないの」
理子が優しく優一郎の髪を撫でながら言う。優一郎は理子の胸に顔を寄せ、考えを巡らせた。この世界はとても穏やかで、魔のような者もいないという話だった。
「こっちの世界の穏やかさに羨ましさを感じていたんだけど、一気にふっとんだよ」
「パパ、羨ましかったの?」
茶化すような口調で理子が言う。冗談のつもりで言った言葉を自分の胸で反芻し、優一郎は苦笑した。
「基本的に、争いは好きじゃ無いからね」
笑い混じりに優一郎が言うと、理子がくすくすと笑って優一郎の頭を強く抱きしめる。胸に抱きすくめられて優一郎は慌ててもがいた。すると理子がごめんね、と言って腕の力を緩める。
「パパ、理子に会った時、どう思った?」
ふと、理子がそんなことを言う。優一郎は目を閉じてその時のことを思い出した。やはり心の陰は晴れることはなく、それも仕方ないことなのだと思っていたある日、理子は現れた。その時のことは今でもはっきりと思い出せる。和也が連れてきた理子に、優一郎は初めて見た時から心を惹かれた。
「とりあえず気がついたらキスしてた。知識を与えるつもりが、逆に理子から貰った知識のほうが多かったね」
「んもぅ。パパったらあんなえっちなキスするんだもん。理子、焦っちゃった」
拗ねたような口調で言いつつも、理子はくすくすと笑っている。理子は優しく優一郎の頭を撫で続けている。
「パパって最初に呼べたとき、理子ね、とっても嬉しかったの。ああ、やっとパパって呼べたって思って」
「最初にパパって呼ばれた時は、ちょっと凹んだかな」
「えーっ。だってパパって呼んだ方が燃えるんだもん」
笑い混じりに言った優一郎に理子が唇を尖らせて答える。だがすぐに理子は微笑みを浮かべ、優一郎の頭をぎゅっと腕に抱いた。
「パパはパパでいいと思う。かっこ悪くても、いいと思う。他の誰にならなくても、大丈夫。理子はパパが大好きだから」
優一郎は理子の胸に抱かれて目を見張った。柔らかな乳房が優一郎の頬に触れ、理子の身体の中から理子の声が聞こえている。
「心の傷も、急いで塞がなくても大丈夫。理子、そんなの全然平気だよ」
「ありがとう。理子」
「理子、嬉しい。パパが自分からパパのこと話してくれたのが、すごく嬉しい」
身体の中から聞こえる理子の声は揺れている。涙声になっていく理子の声を聞きながら、優一郎は目を閉じた。
気恥ずかしいものを感じながら一緒に風呂に入り、身体を流しあって布団の上で裸で抱き合う。これまでにも何度か理子を抱いたはずなのに、優一郎は新鮮な気分でその日、理子を抱いた。気が済むまで抱き合って眠りに就き、二人で一緒に目を覚ます。不思議と立城はそんな二人が目を覚ますまで、ドアをノックすることはなかった。
優一郎は理子に色んな話をして聞かせた。これまでに誰にも打ち明けたことのない話もした。だがそんな優一郎を理子は笑ったりせず、黙って話を聞いてくれた。
時には手を繋いで散歩にも出かけた。屋敷の敷地内なら大丈夫、と先に聞いていたので、花々を眺めながら庭を歩きまわった。理子は相変わらず元気で、おなかが空くと必ず騒ぎ出した。そんな時いつも立城がタイミングよく現れ、食事やお茶に誘ってくれた。
ちょっと短いかも?