数日を屋敷の中で過ごした。ある日、じゃあ、探険に行ってくる! と言って理子が部屋から出た後、慌ただしく戻ってきた。
「パパ! 支度して!」
のんびりと端末で物語を読んでいた優一郎は驚きに目を見張って理子を見た。理子は慌ただしく着替えをし、菓子や飲み物を小さな鞄に突っ込んでいる。
「理子、何があったの?」
「いいから支度する! 早くしないと見失っちゃうでしょ!」
理子が鋭い声で優一郎を急かす。もしかして追っ手だろうか。だが、特に何かが近付いてくるような気配はない。
「もうっ! いいから来る!」
畳の上に座っていた優一郎の腕を捕まえ、理子が部屋から駆け出す。何のことかさっぱり判らないままだったが、優一郎はとりあえず理子の後を付いていった。
「しっ! 隠れて!」
駆けていた理子が唐突に足を止め、優一郎をどつく。よろけた優一郎は慌てて体勢を立て直し、廊下の壁にべったりと張り付いた理子の横に並んだ。理子は廊下の角から少しだけ顔を出し、何かを伺っている。優一郎は疑問を覚えつつ、ひょいと首を伸ばして理子の伺っている方を見た。
玄関に立城が居た。立城は車椅子を押している。後ろを向いているから顔は見えないが、車椅子に腰掛けているのは多分、沙耶だろう。どうやら二人は何か話しているようだ。
「よしっ、今だ!」
小声で言って理子が優一郎の手を取ってまた走り出す。立城は車椅子を押して玄関を出て行く。理子は姿勢を低くして足音を殺し、足早に玄関に近付く。
「どうする? 理子」
「どうするって、付けるに決まってるでしょ!? 理子は今、犯人を追う刑事なのだ!」
小声で言って、理子が優一郎の手を引いてまた進み始める。玄関を抜けたところで理子はふと足を止め、鞄を探り始めた。理子が取り出したのは二枚のタオルだ。その中の一枚を細く畳んで理子が小声で言う。
「パパ、屈んで」
優一郎は頷いてその場に屈んだ。すると理子がタオルを優一郎の頭にはちまきのように巻き付ける。何をするのかと思ったら、理子は手近な木の枝を折り、優一郎の頭に巻いたタオルの間に二本挟んだ。続けて理子は自分の頭にもタオルを巻き、優一郎と同じように木の枝を挟む。
そうしている間にも立城は車椅子を押して先に進む。理子に言われるままに優一郎は足音を殺して二人を付けた。理子はすっかり刑事ごっこに夢中になっているらしい。
この屋敷は広い草原の中に建っている。先を行く二人が門を抜けて草原に出る。理子に手を引かれるままに優一郎は門を超えて草原に出た。
「パパっ、伏せて!」
小声で言って理子が優一郎の腕を引きながら草原に伏せる。少し振り返った立城がまた前を向いて車椅子を押す。そこで理子が大きな息を吐いた。
「ふう。危ない。見つかるところだったぜ」
わざとらしく作った口調で理子が言う。
「ボス。どうしやす?」
そう言いながら優一郎は笑った。すると理子がむう、と腕組みをして唸り、身を起こす。あくまでも中腰で注意深く進みながら理子は言った。
「奴らのアジトを見つけるまでは帰れねぇ。追うぞ、パパ!」
そう言ってから理子がしかめ面をして首を傾げる。
「……パパは何か変かも」
「そういうあだ名の刑事が居てもいいんじゃないかな。親バカでいつも子供自慢してるからパパってあだ名が付いてるとか」
優一郎は真面目に考えてそう言った。すると理子がぱちんと指を鳴らして笑みを浮かべる。
「パパ、ナイスアイディア! それ、採用! というわけで、パパ、追うぜ!」
「合点でさあ」
理子に付きあって遊ぶことがとても楽しく、優一郎は大まじめに頷いた。よし、と言った理子がまた優一郎の手を引いてこそこそと二人の後を付け始める。二人は草原に敷かれた煉瓦の道をゆっくりと進んでいる。理子と優一郎は道を避け、あえて草原の中を進んだ。
そうしているうちに草原の向こうに何かが見えてくる。理子もそのことに気付いたのだろう。目を細めてそれを見つめ、眉を寄せる。
「奴ら、あんなところにアジトを作っていやがったのかっ」
理子がわざとらしく口調を作って言い、悔しそうな顔をしてみせる。
「ボス。あの建物はちょっと臭いますぜ」
「ああ……。きっとあそこに違いないっ」
そんなことを言って理子がうんうんと頷く。それからまた理子が優一郎の手を引いて歩き出す。優一郎は慎重に身を屈めて先に進んだ。
近付いていくとそれは建物でないことが判った。皿をひっくり返したような形で緑色の葉が一面に生い茂っている。それを見て取ったのだろう。それまでごっこ遊びに夢中になっていた理子が、ふと真顔になって呟く。
「……なに、あれ」
先を歩いていた立城がふと、足を止める。そこで立城が振り返る。理子が慌ててその場に伏せ、優一郎もそれに合わせて草原に身を伏せた。
「揺れますから、しっかりとつかまっていてくださいね」
「お、おう」
二人の会話が風に流れて聞こえてくる。理子もそれを聞き取ったのだろう。揺れる? と怪訝そうな顔をしている。
「僕らの世界には無い植物だね」
そう言って優一郎は頷いた。すると理子が難しい顔をして首を捻る。
「そういうのとは何か違うような……」
理子が小声で言った直後、激しく地面が揺れた。理子が悲鳴を上げて頭を抱える。優一郎は慌てて理子を抱き寄せ、腕の中に庇った。
巨大な樹が地面から生えてくる。優一郎は理子を抱えてそれを見上げ、息を飲んだ。さっき見えていたのはあの樹の上に茂った葉だったのだ。地面を揺らして生えた巨大な樹に立城が車椅子を押して近付いていく。
「なっ、なに!? 何なの!?」
「木の属性を彼女が持っていることは確かだね。すべてが違っているわけではないわけだ」
「な、なるほど……。そっか、そうだよね……って、パパ! 駄目よ! 理子たちは刑事なんだからっ」
理子がそう言って優一郎の手を引いて歩き始める。さっきまでと同じように身を屈めて行く理子の後ろを歩きながら、優一郎は樹を見上げてみた。大きなその樹の幹は太く、立城の屋敷なら丸ごと入ってしまいそうだ。
理子に促されるままに優一郎はその樹に近付いた。先を行く立城が車椅子を押しながら樹の洞に入ってしまう。
「そうか、なるほど、そうだよね」
「パパっ! 感心してないでっ! ほら、行くの!」
一人で納得して頷いていた優一郎を叱りつけ、理子が大股で樹に近付いていく。二人の入った洞の手前で足を止めた理子が樹を見上げてため息を吐いた。
「それにしても大きいなあ……」
「これくらいなら……。あれを使えば」
考えを巡らせながら優一郎は口の中で呟いた。すると理子がもうっ、と声を荒らげて優一郎の腕を引く。
「いいから行くの! 見失っちゃうでしょっ」
そう言ってから理子が拗ねた顔をして洞に入る。薄暗い洞に入ったところで理子はぴたりと足を止めた。その後に続いていた優一郎も足を止める。
「えーと……何で樹の中に金属製の階段があるのかな? しかもエスカレーター?」
理子がそう言いながら首を傾げる。理子の言葉通り、そこには螺旋状のエスカレーターが付けられていた。入り口は薄暗いが、エスカレーターの天井には点々と明かりが点いている。
「先回りする?」
「だめっ! 犯人の後を追うのがかっこいいのっ!」
強く首を振り、理子が優一郎を引っ張ってエスカレーターに乗る。緩やかに動くエスカレーターに運ばれ、二人は少しずつ樹の中を上昇し始めた。
エピタイは自分に判りやすく!w
今のところ優一郎と理子は新婚生活を楽しみ中です。