※この作品はR-18です。

まやかしの終わり 三部 夜の女王   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


同じモノがたくさん 2

「水輝は反対しなかったそうです。皆が決めたのならそれでいいと、笑っていたそうですから」

「そんなの、変だろう」

「そうでしょうか? 広く拡散された水輝の力は、この世界に安定をもたらしました。穏やかで争いがなく、そして誰も悲しまない世界です。脅威は生まれず、人々は夢と希望に満ちあふれた人生を歩みます。誰も」

「あんたは寂しがってるだろうが!」

 

 立城の語るのを遮って沙耶は怒鳴った。口を噤んだ立城が静かな表情で沙耶を見つめる。沙耶は足にかかっていた毛布をかなぐり捨て、椅子から立ち上がった。

 

「本物なら、何であんたの傍にあいつがいない!? あんた、あいつが好きなんだろ!?」

「……何故、沙耶さんが泣くんですか」

 

 真向かいに立って怒鳴っていた沙耶を見つめ、立城が穏やかな笑みを浮かべる。知るか、と声を荒らげて沙耶はパジャマの袖で涙を拭った。

 

「わたしの役目はここを護ることです」

 

 沙耶から視線を外した立城が手すりに寄りかかって囁くように言う。沙耶は溢れてくる涙をしきりに袖で拭った。何故こみ上げてくるのか判らないが、どうしても涙が出るのを我満出来なかった。

 

「何で、止めなかったんだよ」

 

 涙を拭いながら沙耶は小声で訊ねた。世界が違うと言っても、こちらの立城もきっと力があるに違いない。その気があればこんな状況になるのを防げただろう。そう思って訊ねた沙耶を立城がちらりと見て微笑みを浮かべる。

 

「止められませんでした。わたしはその時、いなかったんですから」

「んなこと言って、あんたなら居ない間のことだって簡単に操作できるだろうがよ」

 

 立城がそうしたように、罠や仕掛けを張り巡らせてしまえば良かったのではないか。沙耶は呆れた顔をしてそう続けた。すると立城が困ったように笑う。

 

「まさか。わたしにはそんな力はありませんよ。現実は意外性に富んでいるものなのですから」

 

 そう言ってから立城は少し俯いて口許に苦い笑みを浮かべた。

 

「……返事が出来なかったことが少し心残りかも知れません」

「返事?」

「数年ほど前、暴走を始めたわたしは水輝の刀で貫かれました。その時に水輝が用いたのが翠宝珠だったため、わたしの魂は過去に跳ばされました」

 

 おれの世界と同じだ。沙耶は身体に無意識に込めていた力を抜いてまじまじと立城を見た。

 

「その前に、言われたんです。傍に居たいって。愛してるって」

 

 ごく小さな声で立城が呟く。沙耶は驚きに目を見張り、息を飲んだ。立城は俯いてしまっていて、表情が見えない。

 

「わたしは返事を保留しました。驚いたのが一番の理由ですが、水輝がそんなことを言ってくれるなんて信じられなかった」

 

 だが立城が返事をする機会はなかった。かつて愛した妹が蘇り、暴走を始めた立城を水輝は攻撃した。そして立城は過去に跳ばされ……。

 

 この世界に戻った時にはもう、水輝はこうなっていた。そう告げてから立城は顔を上げた。

 

「聞いてくれてありがとうございます。少し、気が楽になりました」

「いや、その……別にいいけど」

 

 にっこりと笑う立城を見ていられず、沙耶はふい、と顔を背けた。すると立城がくすりと笑いを零す。その笑みはさっきまで見せていた寂しそうな笑みとは少し違っていた。

 

「あなたの世界が羨ましいです。そんな風に想いを切り分けて、水輝は必死で逆らおうとしているんですね」

「は?」

 

 ほら、座って。そう言われて元通りに車椅子に戻った沙耶の足に、立城が拾い上げた毛布をそっと掛ける。

 

「世界に。……この世界ではこうなってしまった以上、水輝はもう成長することはありません。何も考えず、何も感じず、眠るように魂を意識の底に沈め、ひたすらにコピーを作るだけ」

 

 でも、と言葉を置いてから立城が静かに沙耶の頭を撫でる。

 

「あなたの世界の水輝は少しずつ成長しているようです。そしてあなたも」

「意味が判らん」

 

 難しい顔をして沙耶は立城を上目遣いに見た。が、撫でられていることはそれほど不快でない。沙耶は少し俯いて立城に頭を撫でられながら、ぼそりと言った。

 

「あんた、もしかして待ってるのか」

「さあ。どうでしょう」

 

 沙耶の顔を覗き込んだ立城がくすりと笑って首を傾げる。沙耶は何となく手を伸ばして立城の腕をつかまえた。不思議そうな顔をした立城を抱き寄せる。沙耶の腕に抱きしめられた立城は驚いたような顔をして息を飲んだ。車椅子に座る沙耶に抱かれた立城は身を屈めている。

 

「あーあ。男だったら速攻押し倒すのに」

「それは困りました。わたしは筋金入りの女性好きなんです」

 

 くすくすと笑って立城が答える。そうかよ、と笑って沙耶は手を離した。身を起こした立城が困ったように笑う。

 

「嘘吐け。あんたはあいつが女だったから女になってるだけだろうが。男だったら男になるくせに」

 

 けっ、と喉の奥で言ってから沙耶はわざと素っ気なく言った。そんなことはありませんよ、と立城がわざとらしく驚いた顔をしてみせる。腕組みをしてそっぽを向き、沙耶は首を振った。

 

「いーや。立城は人の嫌がることをするのが好きなんだ。あんたに告ったあいつも、きっと決死の覚悟だったに違いない」

 

 そうだ、そうに決まってる。うんうんと頷く沙耶を見つめて立城が苦笑する。

 

「それじゃあわたしが悪者みたいじゃないですか」

「みたいじゃねえ。そうだっつってんだ。けっ」

 

 意地悪して気を惹こうなんて子供かよ。そっぽを向いて言った沙耶に立城があれえ? と言って肩を竦める。

 

「人のこと言えますか? 嫌だ触るなあっちに行けって言いながら、本当は離れて欲しくなかったくせに」

「ぐっ」

「そう言っておけば、抱いてくれると知っていたんでしょう? 本当は抱かれたかったくせに素直じゃないんだから」

「うっ」

 

 矢継ぎ早に言われて沙耶は何度も声を詰まらせた。こいつめ、と睨みつけてみるが、立城は平然と微笑みを浮かべている。

 

「自分が水輝でないと気付いても、そのことを言わずにおけば傍に居られると思ったんでしょう? だからあえて自分からは言わなかった。でも、水輝と呼ばれるたびに切ない思いをしたんでしょう?」

「うううう」

 

 言い返すことが出来ず、沙耶は上目遣いに立城を睨みながら唸った。やれやれ、と肩を竦めた立城がわざとらしく大きなため息を吐く。

 

「大きな身体をして、やることは子供なんだから」

「おっ、お前に言われたくねえ!」

「意地っ張り」

 

 ぼそりと立城が言った瞬間、頭をハンマーか何かで殴られたような衝撃を受け、沙耶はがっくりとうなだれた。どうせおれは、といじける沙耶の頭を立城がぽんぽんと叩く。いい子いい子と茶化され、沙耶はぶるぶると肩を震わせた。腹が立つのに何故か言い返せない。




詰められてどもる沙耶が愉快。
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