葛葉という少女が鎌を振るった瞬間にその場の景色が目の前から消えた。理子は小さな悲鳴を上げて傍にいた優一郎にしがみついた。一瞬後に視界が開ける。理子は何度か瞬きをして目が慣れるのを待った。
気持ちの悪い匂いがする。理子は顔をしかめて周囲を見回した。そこでうっ、と息を詰めて口許を押さえる。
「おや、不埒な輩が舞い込みましたなあ」
ほほ、と誰かが笑う。理子ははっとして慌てて振り返った。見知らぬ女と男が裸で絡み合っている。
「なっ、なっ、なっ」
理子は真っ赤になって二人を指差した。
不意に優一郎が動く。優一郎は素早く手の中に緋色の槍を現すと、その槍で女に被さっていた男を貫いた。声を上げる間もなく、男の腹に槍が刺さり、壁に串刺しにされる。
「多輝のあだ討ちだ。手加減無用で」
「はっ、はい!」
それまで感じていた生臭さを振り払い、理子は鋭い息をついて手の中に銀色の刀を現した。気合いの声を発して壁に串刺しになった男に向かって奔る。
「おやまあ……」
男に組み敷かれていた女が小声で呟く。その時にはもう、理子は男の目の前に走り込んでいた。柄を握りしめて身体を捻り、抜刀する。
「もー……」
それまでぴくりとも動かなかった男がぼやいて手をあげる。胴を真っ二つにしようとしていた理子の刀を男は二本の指で受け止めた。
「ボクだって痛いんだけど」
男がそう言いながら頭を上げ、顔をしかめて片手で緋色の槍を抜く。肉が燃える嫌な匂いがし、男の腹から血が噴き出す。
「多輝さんはちゃんと帰したけど? さらったことは謝るよ。ごめんなさい」
嫌そうな顔をして男が言い、片手につかんでいた槍を優一郎に向かって放る。その後、男は理子を見やって乱暴に刀を振り払った。
「空の主として、希みを私せんと謀りし者を討ち滅ぼさん」
優一郎の槍が炎に包まれる。炎から現れた槍は薙刀に変化した。優一郎が薙刀を上方に向かって払い上げる。息を飲んだ男の身体はあっけなく両断されてしまった。男に飛びかかろうとしていた理子はたたらを踏み、慌てて優一郎を見た。
優一郎はやけに静かな顔をしていた。薙刀に縦に真っ二つにされた男の身体が床に落ちる。そこで理子はほっと息を吐いて何となく周囲を見回した。部屋の中は薄暗い。床と壁の境目がなく、卵形をしている。
不意にまばらな拍手が聞こえてくる。
「おお、お見事。さすがは主殿」
さっきまで男に組み伏せられていたはずの女が妖艶な笑みを浮かべて拍手している。理子は戸惑いの目で優一郎を見た。
「選択肢をふたつ出しましょう。地の下より永久に追放されるか、僕に忠誠を誓うか、どちらを選びますか?」
にっこりと笑って優一郎が女に問う。すると女はそうですなあ、と呟いて首を傾げた。
「仕方ありませぬなあ。麗は王なしでは生きられませぬ故」
ころころと笑って女がその場に立ち上がる。すると女の身体にはどこからともなく現れた薄い絹衣がまとわりついた。
「ご縁がありますれば、空の主殿ともぜひに交わりとうございましたが」
女がそう言ってちらりと理子を見やる。理子は膨れ面をしてそっぽを向いた。
「それでは、王の下へ戻られたほうがいいでしょう。沙耶さんが戻ってらっしゃいますから、急いだほうがいいですよ」
「おや。お早いですなあ」
困ったような顔をして女が艶めかしいため息を吐く。
「王はこれでまたしばらくお呼びになりませぬなあ……」
遠い目をして言ってから、女は理子をまじまじと見た。視線を感じた理子は知らん顔をして女に背を向けた。
「美丈夫にお似合いのお美しい花嫁ですなあ。お大事になさいませ」
そう言って女はほほほ、と笑みを残してその場からかき消えた。
「さてと。完全に消してしまったら、茜さんに怒られるから」
優一郎がそう言いながら男が分断されたところに歩み寄る。理子は恐る恐る優一郎に近付いた。砂に変じて崩れようとしていた男の死骸からゆらりと虹色の光が立ち上る。優一郎が立てた指先に虹色の光が集まり、やがてそれはこぶし程度の大きさの珠と化した。
「それ、さっきのひと?」
緊張を解いたからか、また生臭さが鼻につく。理子は口と鼻を手で覆って優一郎に訊ねた。
「いや。正確にはもう違う。これは浄化者としての核だから」
そう言ってから優一郎は指先でくるくると回っていた珠を理子に差し出した。おっかなびっくりで理子はその珠を受け取った。珠はほんのりと暖かい。
優一郎は今度は翠宝珠を取り出して、緑色の棍棒のようなものを作り出した。それを握って優一郎が頷く。
「野球ってしってるかい? その球を僕に向かって投げてくれるかい?」
「あ、うん。判った」
理子は頷いてから少し優一郎から離れた。
「いくよー、パパ」
合図をしてから理子は優一郎に向かって虹色の珠を放り投げた。優一郎が気合いと共に棒を振り、珠をはじき飛ばす。すると珠は部屋の壁を越えてどこかに飛んで行ってしまった。
「ほーむらーん……って、パパ。どこに飛ばしたの?」
やけに小気味いい音を立てて飛んでいった珠を見送ってから理子は慌てて優一郎に目を戻した。元通りに翠宝珠を器に戻した優一郎が微笑む。
「理子の先生のところまで届いたと思うけど」
「え? 先生の所?」
何のために佑のところに送ったのか判らず、理子は腕組みをして首を傾げた。
「まだ、君は知らないはずだ。佑はまだ、産まれてなかったはずの存在だから」
パラドックスだね、と優一郎が続ける。理子は首を傾げてほえ? と呟いた。そして少し考えて納得する。優一郎が使ったのは翠宝珠だ。そのために弾かれた珠は時を超えたのだろう。
「パパってすごーい!」
「まだ、これからが本番だ」
厳しい顔で言ってから優一郎は深く息を吸った。理子は邪魔をしないよう、息を詰めて優一郎を見守った。
「我、空の主は先の地上の王の侵犯に対して補償を求めん。地上の王の揮下の者の張りし根を没収し、さらに今後、根を張ることを禁ず」
不意に地響きが鳴り、床が激しく揺れ始める。理子は慌てた声を上げてその場にぺたんと座り込んだ。
あ。エロってるシーンはあったのですけども。
直接表現みたいのはなかったので、なしと書きました。
このエピソードで七章は終わりです。