怪我しているのに乱暴に犯されたかと思うと、今度は無断で勝手に転移させられた。順は苦い顔をしてがりがりと頭をかいた。しばらく振りに見る水輝たちは相変わらずの様子だ。
『だーからって、何で大陸が丸ごと沈みますか!?』
水鏡を指差して順は喚いた。深々とため息を吐いた水輝がやれやれとでも言いたげに頭を振る。
『いや、おれに言われてもなあ……』
難しい顔をして水輝が言い、ため息を吐く。順はきー! とヒステリックな声を上げて頭をかきむしった。
和也はあれからすぐにこの場を去った。どうやら和也の方でもかなり事情が切迫していたらしく、珍しく別れ際に殴ることもなかった。青い空間で見えないソファに腰掛けているのはこの空間の主である水輝に佑、そして順だ。奈月は少し離れた場所で翠と仲良く菓子作りをしているらしい。空間の隅にある檻に閉じこめられているのは桜だろう。
『まあ、これだけで済んでよかったかもって気もするけど』
そう言って佑が頬に手をあてがう。まあなあ、と呑気に同意する水輝を横目に見やり、順は深々とため息を吐いた。
『こんなの、ただの前振りって判ってるけどね。あーもう、いいかげんさあ、水輝ちゃんも帰っておいでよ。こんなの、オレにはどうにも出来ないよ?』
がっくりとうなだれて順は沈んだ口調で言った。そもそも水輝がこんなところにこもっているから問題がややこしくなるのだ。
『おれのせいかよ』
呆れた口調で水輝が言う。いや、そういう意味ではないけども、と一応は否定して順は身体を起こした。
水鏡には大陸の沈んだ跡が映されている。大量に浮かぶ瓦礫などに混じって人の死骸も数え切れないくらい浮いている。
『まあ、六割くらいは優一郎のせいね。おじさまが三割でのこり一割をみんなで分割』
『オレは責任の所在がどーとか言いたい訳じゃなくて……ああ、クロチャン切れてるだろうなあ』
とほほ、と情けない顔をして順は力なく首を振った。冥界に大量に放り込まれた魂にぶち切れる黒妖牙の姿が容易に想像できる。
『で? 勝算あんの?』
よいしょ、とソファに腰掛け直して順は横目で水輝を見た。一体、何の用で呼びつけたのかと思ったら、水輝は順に準備運動と称した模擬戦を申し込んできたのだ。さっきまで戦っていた空間の端をちらりと見てから、順は水輝に目を戻した。
『わかんねえな。こればっかりはやってみないと』
『正直、そう簡単には抑えられなくなってると思うよ?』
まじまじと水輝を見ながら順は率直なところを口にしてみた。確かに水輝は強いし、戦うとなるとこちらの方が圧される格好にはなる。が、それはあくまでも力を使わないという条件の下に戦えばの話だ。使える手を全て使うとなると話は別だ。
『あれ? 奈月さんは?』
ふとそう言って佑が周囲を見回す。おや、と呟いて順はさっきまで奈月がいたところに目を向けた。何故か翠の姿も消えている。
『翠さんに拉致られたの?』
『あ』
ふと水輝が呟いて水鏡を指差す。そちらを見た順は思わず口をぽかんと開けた。何故か空中をひよひよと奈月が漂っている。その後ろに難しい顔をした翠が続いている。
『なにあれ? もしかして助けに行っちゃった?』
呆れて順が呟いた直後、水鏡に眩しい光が現れた。あーあー、と順は低い声で呻いて額を押さえた。奈月が大きな魔法を撃ったのだ。やれやれ、とため息を吐いた水輝が声を張る。
『翠! 奈月を連れ戻せ! これ以上、場に負担をかけるな!』
そう、水輝が声を張った直後、その場に奈月を抱えた翠が現れた。む、と呟いた翠が後ろから抱えていた奈月をそっと下ろす。奈月は床で目を回している。
『あーあーあーあー……』
『アレ、底で割れたね。確実』
佑の困ったような声を余所に、順は水鏡を見つめて呟いた。隣にいた水輝が深々とため息を吐いてうなだれる。魔法の力を場が弾いた衝撃で高波が発生し、救助に駆けつけていたはずの船が次々に波に呑まれて見えなくなる。
『翠、あなた、なんで止めなかったのよ!』
『止める暇がなかった』
佑の叫びに翠が淡々と答え、気絶した奈月を抱えて歩き出す。奈月をベッドに横たえ、翠はその傍に腰掛けた。
『それっくらい姫君の魔法が速かった、と。相変わらず無茶するなあ……』
ため息を吐いて順はシャツのポケットからよれた煙草を引っ張り出した。水輝が額を押さえて力なく首を振る。
『優一郎は何やってるのよ!?』
『わくわくしながらヒューマノイド作ってるに千点』
ぶっきらぼうに言いながら水輝が身体を起こし、水鏡に向かって指を鳴らす。すると水鏡の表面がごく一瞬だけ青く光り、次の瞬間、今度はまったく違う光景が映し出された。
白い壁に白い床、白い天井。幾つも並ぶ端末、実験台。数々の器具に積まれたダンボール。よくある研究室を思わせる部屋の中に優一郎はいた。優一郎の傍には一人の少女が居る。これが多分、理子だろう。
実験台には一人の少女が横たわっている。どうやらその少女はヒューマノイドらしい。ふうん、と呟いて順はしばし水鏡の様を静観した。
『……つくづく思うんだが、おれはそんなに間違っているか?』
順と同じように水鏡を見つめて水輝がぼそりと言う。どうだろうね、と声を返して順は肩を竦めてみせた。
『水輝ちゃんの場合は、ある程度キミが世界のルールになっちゃうからね。間違いとかそういう問題を超えてると思うけど』
珍しく真面目に答えた順を水輝が横目に伺い、ため息を吐く。
『まあ、とにかく優一郎とおじさまが悪いってことで、って何してるのよ! こいつ!』
素っ頓狂な声を上げて佑が水鏡を指差す。優一郎と理子のいる部屋の中空にはどこからともなく裸の青年が現れていた。それを見た順はきらりと目を光らせた。
『優一郎くんもいけるクチ? やだーん、仲間かしら!』
しなを作ってはしゃいだ順の頭を水輝が肘でどつく。あーん、と情けない声を上げて順は見えないソファの上でよろけた。
『よく見ろ、阿呆』
『いや、今のは冗談っしょ。あっちゃー……変なモノ作ってくれちゃってまあ……』
順は苦笑を浮かべて水鏡を見た。作り出された裸の青年は中空で身を丸めている。順は青年の顔には見覚えはなかった。が、水鏡を通して伝わってくる気配には十分以上に見覚えがある。
『おじさまと戦うことしか頭に無いっぽいわね……。極端なんだから……』
『本能じゃないのー? 元々、あの子らって一つじゃん。引き合ってるだけだと思うけどー?』
のんびりとソファに寄りかかって順は何の気なしに告げた。すると水輝が渋い顔をして順を睨む。順ははっ、と乾いた声で笑って軽く両手を広げてみせた。
『今さら隠しても仕方ないじゃん? 本人、気付いてるくさいしさあ』
『そうなんだ』
そう呟いて佑が嗤いを浮かべる。ぐったりと肩を落とした水輝が深々とため息を吐く。順はそんな水輝を無視し、指を一本立ててみせた。
『そもそもね。空の主ってゆうのは、昔はいなかったんだよ。地上の王ってゆわれてはいたけど、元々のカレの属性ってのは、地上地下にかかわらず、地全体だったわけだけども』
そう説明してから順は手を下ろし、ソファに寄りかかった。まあ、言葉通りになったってことなのかなあ、と呟いて順は頭をかいた。
『とりあえず、あなたは仕事に戻ったら?』
『えー。佑ちゃん、イケズ。オレのこと嫌いなのぉ?』
わざとしなを作って順は身体を屈めて佑の顔を斜め下から覗き込んだ。だが佑はそんな順を無視して水輝を見る。
『水輝さん、とりあえずどうする?』
無視された、と呟いて順は不満顔をして身体を戻した。
『どうするったって、おれはここで面白おかしく見てることに』
『ウソばっか。そのつもりならオレ呼びつけたりしないっしょ』
水輝の言うのを遮って順は笑った。だらしない笑いを浮かべる順を水輝が嫌そうに見る。
『方針に変更はないのね? わたしはそれに賛成するわ』
『水輝ちゃん、また地上に降りたら今度こそヤバいかもだもんねー』
あははは、と笑いながら順は唐突に立ち上がった。咥えていた煙草に火を点け、のんびりとソファから離れる。
不意に水鏡の中の景色が揺れる。理子が悲鳴を上げて優一郎にしがみつく。その様をちらりと見てから順は苦笑した。きっとまたどこかの地が海に沈んだに違いない。大陸一つで済めば安いと思ったが、事はそれほど簡単におさまってくれそうにはない。
『行くのか?』
かたい声で水輝が言う。うん、と笑って順は片手を上げた。
『ま、正直なトコ言えば、いいかげんに出てきて欲しいトコだけども。まあ、仕方ないっしょ』
そんじゃ、と手をあげて順はその場から転移した。一瞬で青い空間が遠くなり、代わりに見慣れた車の中の様子が見える。
「よっと」
「遅い」
小さな軽自動車を運転しながら和也が助手席に現れた順を睨む。ごめんごめんと笑って順は助手席に座り直した。
「ほんじゃまあ、行ってみましょう! がむばれ、だーりん!」
「てめえはそのくだらねえこと言う口をまず閉じろ」
仏頂面で言って和也がハンドルを切る。周囲に車のいない半壊した高速道路を走っていた軽自動車がけたたましい音を立ててそれを避ける。順は歓声を上げて手を叩きながら車の窓を開けた。窓から乗り出した順の視界にはいっぱいに虹色の光が見える。小さいものから大きなものまで、数え切れないほどの虹色の光が一斉に車に向かって襲いかかる。順は咥え煙草で身を捻り、走る軽自動車の上に軽々と立った。
「青藍ちゃーん! 出番ですよー!」
天に向かって張り上げた順の声に呼応し、どこからともなく藍色の光が飛んでくる。順は素早くその光を片手に受け止め、素早く鞘から抜きはなった。怒号を上げて放たれた藍の光に虹色の光が撃たれて吹き飛ぶ。あはは、といつものだらしない笑みを浮かべ、順は立て続けに藍の光を撃ち出した。
「ほらほら、だーりん! あと少しで清陵ですよ! がむばれ!」
明るく笑って言い、順は静かに刀を鞘に戻した。走る車の上で呼吸を整え、鋭い息を吐いて抜刀する。抜刀の際に衝撃が生まれ、立て続けに虹色の光が弾けて消える。
「跳ぶぞ!」
「あいあいさー」
和也の声に呑気に返事をし、順は窓から助手席に戻った。刀を抱えてにこにこと笑う順を和也が呆れた顔で見る。
「それはどうした。そもそも何でこっち側にそれがある」
「やだなあ、和也ったら野暮なことは言わないことにしようよお」
へらへらと笑う順の頭にこぶしを見舞い、和也がアクセルを踏む。虹色の光るものの輪の一部分は蹴散らされて消えている。和也と順を乗せた軽自動車は一直線にその場所に向かった。
2つに分割しようとしましたが、ぎりぎり4,000字ちょいだったのでこのままにしました。
青藍というのは前に透がじじい……もといw 要のじいさまの泰蔵にもらった刀です。
が、色々と形を変えてあっちこっちを流れてました。