いらっしゃい、と微笑みかけて立城は首を傾げてみせた。仏頂面をしていた青年がドアのところに立って表情を凍り付かせる。立城は静かに歩いて行って自分から部屋のドアを大きく開いた。
懐かしい顔がそこにある。立城はにっこりと笑って真也を促した。
「どうしたの? 入らないの?」
「どうなってる」
緊張した顔に少し苛立ちを表して真也が呟く。立城は笑みを浮かべたまま、真也の肩を軽く押した。押されるままに数歩進んだ真也の後ろで立城は静かにドアを閉じた。
「なに? 地下を追い出されていたから保護しただけだけど?」
なにか問題があるかな、と言ってから立城は部屋の中央に目をやった。そこには紫色をしたゼリーのようなものがあった。大きなゼリーの表面は不規則に波打っている。そのゼリーの中には恍惚の表情をした水輝が囚われている。
「違うな」
目を細めた真也がぽつりと呟く。大正解、と笑って立城は真也にソファを勧めた。ゼリーを横目に過ぎた真也が大人しく言われるままに腰掛ける。立城はティセットを手の中に引き寄せ、手際よく茶を淹れ始めた。
「君がとてもおなかを空かせていたからね。ごはんを上げていたんだよ」
なにかいけないかな、と首を傾げて立城は言った。かたく強ばった顔をしていた真也が立城を睨みつける。その視線を無視して立城はどうぞ、と真也の前にティカップを置いた。
「紫をどうした」
「紫さん? 彼女のことは僕にも判らないよ。地上にはみ出した君の気配しか判らなかったし」
もしかして余計なことをしてしまったかな、と立城は悲しげな顔をした。すると真也がますます表情を険しくする。
「わざと置き去りにしやがったな?」
「まさか。もしも一緒にいたなら彼女も引き寄せたよ。危険なところにいたからね、君は」
すらすらと語りながら立城はぱちんと指を鳴らした。それまで静まりかえっていた部屋にクラシック音楽が流れ始める。真也はしばらく立城を睨んでいたが、やがて諦めたような息を吐いてティカップを取り上げた。
「俺は共食いの趣味はない。さっさと止めさせろ」
険しい顔をしたままで真也が言う。立城は真也の背後に見える光景を伺ってからにっこりと笑った。
「君は僕の精液を啜っているんだから、共食いとは言わないよね」
「うるせえ! とっとと止めさせろってんだ!」
そう叫んだ直後、真也が胸を押さえて低く呻く。立城はそっと手を伸ばして真也の手からティカップを取り上げ、テーブルに戻した。苦しげに呻きながら真也が凄まじい目で立城を見る。
「今の君の座位は不安定に揺れていてね。下手をすると存在そのものが消えてしまうから、口には気をつけた方がいいよ」
淡々と語りながら立城はのんびりと茶を啜った。しばし苦しげな息を吐いてから真也がゆらりと身を起こす。立城は見澄まして軽く手をあげ、飛んできた真也のこぶしを受け止めた。
「僕に怒っても仕方ないでしょう? 事実なんだから」
「紫を返せ! 今のお前には俺たちのことは関係ねえだろう!」
「うーん。返せと言われても僕のところに居る訳じゃないしね」
弱ったなあ、と呟いて立城は軽く真也のこぶしを押した。すると中腰で静止していた真也の身体がふわりと浮いてソファの上に戻る。歯軋りをして睨む真也を見つめ、立城は困ったなあ、と首を傾げた。
「そもそも僕と同時に君たちが存在していることそのものが問題だと思うんだよね」
しみじみとした口調で呟いて立城はため息を吐いてみせた。すると真也が怒りに目を吊り上げてテーブルを叩いて立ち上がる。立城はそんな真也を見つめて乱暴だなあ、と呆れた顔をした。
「乱暴なのはどっちだ! 頼みもしないのに勝手に人の力を!」
「頼みもしないのに勝手に水輝の力を啜ったよね?」
にっこりと笑って立城は真也を見上げた。すると真也が目を見張って息を飲む。どうやら覚えはあるらしい。
「頼みもしないのに多輝を拉致して、頼みもしないのに水輝の力を啜ったよね?」
「そ、れは」
「僕はいい迷惑なんだけどな。とばっちりを食う方の身にもなってくれないかな」
そう言ってから立城はふと浮かべていた笑みを消した。真也が肩に込めていた力を抜いてすとんとソファに座る。
「君にはちゃんとあの力は戻してあげる。どうせ僕には必要のないものだからね。でも、水輝の力は返してもらうよ」
立城は静かな目で紫色のゼリーを見つめ、指を鳴らした。するとそれまで水輝を取り込んで表面を波打たせていたゼリーが一気に形を変え、真也の身体にあっという間に飛び込んでしまう。驚いたように目を見張った真也の胸にはゼリーが一滴残らず吸い込まれた。
「はい。これでおしまい」
そう言って立城は片手を軽く宙に掲げた。その手の先に集まってきた青い力をゆっくりと凝縮する。
「そうそう。忘れていたよ。君、優一郎くんの配下なんだっけ?」
「何が言いたい」
「多輝、可哀想に。ひとりぼっちで泣いているよ? 僕とした約束を反故にするつもりなのかな、と伝えてくれないかな」
にっこりと笑って立城はぱちんと指を鳴らした。すると真也の姿が一瞬でかき消える。藤色の煌めきを見送ってから立城は静かに立ち上がった。
「ちょっとサービスし過ぎたかな」
そう呟いて立城は床に投げ出された水輝に近付いた。虚ろな眼差しをした水輝は立城が近付いても反応しない。立城は水輝の傍にしゃがみ込んで微笑んだ。
「ほら、君の力を取り返したよ。欲しかったでしょう?」
そう言って立城は指に挟んでいた青い小さな珠を水輝の胸に落とした。珠が胸に溶け込んだ瞬間、水輝が絶叫する。頭を抱え、胸をかきむしって苦しむ水輝の様子に立城はうんうん、と頷いた。
「拒絶反応だね。長い間、力から切り離されていたからかな」
困ったね、と呟いて立城はのたうち回る水輝を片手で楽々と押さえ込んだ。ほどなく水輝の動きが止まる。失神した水輝を両腕に抱えて立城は立ち上がった。部屋を出て寝室に向かう。
ベッドに水輝を横たえたところで立城は大きく欠伸をした。そういえばどれくらい眠っていないのだろう。まあいいか、と苦笑をして立城は寝室を後にした。
この双子、一応は久し振りに会ったはずなのですが……。
まあ、立城の中身が違うので仕方ないですかね。
(立城は紫と別なので)