「はーい! 学ちゃん! 南の島へバカンス……あれえ?」
他のところと同様に元気に声を掛けながら学の家に現れた順は思わず声を上げた。今から話をしようとしたのに、何故か部屋の中にはこれから旅行に出かけます、という出で立ちの学と文が立っていたのだ。しかも傍には大きなスーツケースが二つある。
「えーと、もしかして判ってた?」
「ほほほほほ! アタシを誰だと思ってるのっ。まあ、教えてくれたのは文ちゃんだけど」
そう言ってから学が文と顔を見合わせて、ねー、と笑う。
「よろしくお願いいたします」
相変わらずあまり表情を動かさずに文が言う。が、その顔にはありありと、さっさとしろ、と書いてあった。苦笑を浮かべて順はそんな二人に向かって転移の力を放った。一瞬で二人の姿が部屋からかき消える。
「あとはー……誰だっけ。多輝ちゃん、透ちゃん、渚ちゃん、学ちゃん……」
「風のはいいのか」
「栄子さんは自発的に行ってくれたみたいだから大丈夫。ええと」
指折りながら順は考えを巡らせた。用意したリゾートホテルにはまだ余裕がある。とりあえず漏れはないかな、と呟いて順は鞘入りの刀を肩に担いだ。
「じゃあ行くぞ。遊んでる間はないからな」
「うへーい……」
少しうんざりしつつ順は先に立って歩き出した和也に従い、学の家を出た。和也の車に乗り込んだところで身体の力を抜く。
「ごめん、ちょっちオレ、寝るわ」
「まあ、今のうちに少しでも回復しておけ」
「うん」
和也がエンジンをかけて車を出す。順は刀を抱えてシートに深く座り、そっと息を吐いた。目を閉じかけたところで順はのんびりと手を伸ばし、和也のシャツを引っ張った。
「なんだ」
「ちょっと西に走ってくれる?」
「てめえは寝てろっつったろ」
呆れたように言いつつも和也がハンドルを切り、道を曲がる。順はシートに深く寄りかかったまま、慎重に気配を探った。見覚えのある気配が少しずつ近くなる。
二人を乗せた車は清陵の街から離れていった。やがて街並みが見えなくなり、長閑な風景が広がる。川が見えたところで順は和也に声をかけ、車を停めさせた。嫌な顔をする和也を車に残し、順は車を降りた。
川縁に青年が佇んでいる。順は刀を握ったまま、のんびりとした足取りで青年に近付いた。気配を感じたらしい青年が振り返る。
青い髪に赤い瞳をした青年が順を静かな眼差しで捉える。順は気軽に笑って青年に片手をあげてみせた。
「やっほ。キミ、葵ちゃんだよね?」
「誰だ、お前は」
青年の目が鋭さを帯びる。順はへらへらと笑いながら首を傾げた。
「オレ? オレは茜ってゆうんだよ」
「茜……?」
訝りの表情で葵が呟く。どうやら立城は葵の記憶をごっそりと消してしまっているようだ。くすりと笑ってから茜は西の空を指差してみせた。
「いい匂い、してきてるね。キミ、食らいに行かないの?」
「魔は」
葵がぼそりと低い声で言う。その顔には少し苦しそうな表情が浮かんでいる。自分の生まれた訳も経緯も判らず、頼るものが何もなかったからかも知れない。葵の表情は少し寂しそうにも見えた。
「魔は何で生まれる?」
「さあ、何ででしょう」
へらへらと笑いながら順は答えを避けた。すると葵が嫌そうな顔をして舌打ちをする。その直後、葵の背には漆黒の翼が生えた。羽ばたきをした葵が挨拶もせずにその場から飛び立つ。順は空に浮いた葵にひらひらと手を振ってみせた。
事前に察知している文と学でした。
最後に順が葵と会話しているのは、別の話に関係あるので……。
あー……あれは出せない気がするなあ……(汗)