「よくもまあ……こんなもんまで召喚しやがって」
不意に聞き慣れた声が聞こえてくる。理子はぎくりと身を竦めて声のした方を見た。いつの間にか扉の前に二人の人物が立っている。
「おい。これがどれだけ負担をかけるか知ってるか?」
こぶしでとんとんと軽く扉を叩きながら水輝が笑う。その隣には腰に刀を差した佑が立っていた。
「相殺されるように、計算済みです。もう時間ですから」
そう言って優一郎が理子の手を握って駆け出す。その瞬間、水輝が佑に声を掛けた。
「佑。やれ」
低い声で言われた佑が素早く駆けたかと思うと、二人の前を塞いで唐突に手を振り上げる。何事かと目を見張った理子の頬を、佑は容赦のない力で平手打ちした。
「理子っ!」
そう叫んで優一郎が理子を抱え、扉に向かって突っ込む。扉に寄りかかった水輝が深々と息を吐く。
「あんまりこの手は使いたくねえんだけどなあ」
呑気に言った直後、水輝が唐突に声を張る。
「特例第二条の適用により、管理者権限を発動」
そう水輝が声を掛けた瞬間、その場の空気が凍り付いた。見たり聞いたりは出来るのに、身体が動かせなくなる。それは優一郎も同様だったらしい。扉に駆け込もうとした格好のまま、ぴたりと静止している。
『発令受理しました。管理番号358、ペナルティが発生します。宜しいですか?』
「ういうい。了解」
どこからともなく降ってきた知らない女の声に水輝がのんびりと答える。やれやれ、と言いながら水輝はシャツのポケットから煙草を引っ張り出し、唇に挟んで火を点けた。どうやら水輝は動けるらしい。
「現時刻をもってコード『誓約』凍結。然るべき状況に移行するまで待機」
すらすらと言いながら水輝が細長く煙を吐く。なにがどうなっているのかさっぱり判らず、理子は質問しようとした。が、どうやっても声が出せない。
「コード『空』の再始動を要求」
『発令受理しました。作戦部に通達。本件はこれより本部預かりとなります』
「うい。コード『白銀』、二分割を求む」
『受理完了しました。完全処理まで一分』
そこでぴたりと水輝が口を噤む。大きなため息を吐いてから水輝はぱちんと指を鳴らした。その直後、その場の空気が揺れて理子の身体は動かせるようになった。
「なっ、なに!? 何で先生が叩くの!? 何があったの!?」
混乱のままに理子は喚いた。大股で理子に近付いた佑が腕を伸ばし、理子を力任せに抱え上げる。
「とりあえず、黙ってなさい!」
膝に乗せられた理子は問答無用で尻を打たれ、悲鳴を上げた。
「やれやれ」
そう言いながら水輝が扉から背を引き剥がす。すると部屋の真ん中に立っていた扉は跡形もなく消えた。呆然とした面持ちで優一郎が床にへたり込む。
「水輝さん。ありがとうございます」
しばし呆然と水輝を見てから、優一郎がそう言う。すると水輝はがりがりと頭をかいて唇から煙草を剥がした。
「この際だからはっきり言っておくが! 立城は多輝も理子も攻撃しない!」
煙草の先で優一郎を指しながら水輝が声を張り上げる。理子は尻を佑にぶん殴られながら涙の浮かんだ目で水輝を睨んだ。
「嘘! だってあの、ば……」
ばい菌、と言おうとした理子は何度か瞬きをした。何故だろう。あれだけ強烈に感じていた嫌悪感が消えてしまっている。戸惑う理子の尻を佑が容赦なくひっぱたく。
「いたあい!」
悲鳴を上げて身を竦め、理子は涙の浮かんだ目を拭った。
「ええ。完全に僕の一人相撲、暴走でした」
少し困ったような顔をして優一郎が言う。大きく息を吐いた水輝が煙草を咥え直して優一郎を見る。
「そろそろか」
ぼそりと水輝が言った直後、優一郎の身体を不思議な色をした光が包んだ。柔らかな銀色の光が失せた後、優一郎の髪と瞳は理子と同じ銀色に染まっていた。
「二人でワンセット。悪くねえだろ?」
にやにやと笑って水輝が首を傾げてみせる。
「はい。水輝さん、本当に何から何まで」
にっこりと微笑んで優一郎が理子を見る。が、理子は尻をひっぱたかれる痛みに喚いていた。
「先生の馬鹿力! 痛い痛い痛い!」
「佑。それくらいにしておいてあげてくれないか。責任は僕にある」
優一郎が声を掛けると佑がぴたりと手を止める。理子はその隙に佑の膝から逃げ出し、優一郎の身体の陰に隠れた。
「理子……」
優一郎が理子の身体を強く抱きしめ、軽く口づけする。
「僕よりも良い男を、見つけて、幸せに」
そう囁いた後、優一郎が突如、その場から姿を消す。理子は呆然とした顔をしてその場に立ち尽くした。
「いや! ぜったい、いや! 理子はパパと一緒にいるの!」
「おいおい……」
呆れたような声を上げた水輝を理子は涙の浮かんだ目で睨みつけた。
「腐れ外道! あんたなんてだいっきらい!」
全身に力をこめて理子は叫んだ。こら、と水輝が慌てたように理子に手を伸ばす。
「パパのいない世界なんて要らない!」
「あっ、ばか!」
「この、わがまま娘っ!」
後頭部に衝撃が走る。だが理子は渾身の力をこめて踏ん張った。泣きながらぎらりと佑を振り返り、理子は口許に嗤いを浮かべた。
えすえふがきました!w