「みんな消してやる」
優一郎のいない世界で生きていても意味はない。そんな世界はない方がいいのだ。理子は凄まじい殺気のこもった目でその場にいる二人を睨みつけた。舌打ちをした水輝が理子に手を伸ばす。だが理子はそれを避けて両手を叩いた。
巨大な鏡がその場に現れる。水輝が鋭く舌打ちをし、凄まじい速さで駆けて両腕に佑を抱きかかえてその場から転移する。理子は口許に嗤いを浮かべたまま、鏡に手をあてがった。
「命がある限り、絶対に理子からは逃げられない」
その場から姿を消したはずの二人が鏡に吸い寄せられてまた姿を現す。
「しかた、ないわねえっ!」
佑がそう言って真剣な顔をして床に降り立つ。理子はじっと佑を見つめた。刀を抜いた佑が駆けてくる。
パパ。理子は手の中に宝珠を寄せながら呟いた。きっと優一郎は自分に愛想を尽かしてしまったのだ。思うままにわがままを言っていたから、きっと嫌われたのだろう。理子は手の中で宝珠を刀に変え、気合いの声を発して踏み込んだ。
「水輝さん、剣、借りるわよ! ラスティ、手伝って!」
「そんな暇、あげない」
理子は素早く踏み込んで抜刀した。息を飲んだ佑が反射的に腰の刀を抜き、理子の繰り出した刀を止める。理子は佑の抜いた青い刀を見据え、立て続けに刀を揮った。
「やるわね。でも、まだまだっ!」
佑がそう言って理子の握る刀の鍔本に刀を揮う。理子は歯を食いしばって刀を鍔で受け止め、素早く佑から飛び離れた。
「どうせみんな死んじゃうんだから」
鏡の表面は波打っている。理子は笑いながらまた踏み込んだ。理子が下段から打ち上げた刀を佑がはじき返す。
「誰でもいいからっ! 剣貸して、剣!」
「だから、そんな暇なんてあげないって言ったでしょ!」
怒りに目を吊り上げて理子は叫んだ。佑の首を狙って揮った理子の刀が佑の握る青い刀に弾かれる。
「みんな死ねばいいの! パパのいない世界なんて、要らないもん!」
「優一郎居たら、たいへんなことになってたわよっ!」
ええいもう! そう言って佑がそれまでとは変わり、本気の顔をして刀を繰り出す。理子は黙って佑の繰り出す青い刀を見据えた。
佑が踏み込んで刀を揮う。理子はその瞬間、手から刀を放した。本気で斬りかかった佑の刀が理子の胸に吸い込まれる。
「ほんっとに、馬鹿なんだから!」
そう言いながら佑が理子の胸に深々と突き立てていたのは刀ではなく、剣だった。理子は痛みに顔を歪めて佑を見た。
「何で、死なせてくれないの?」
先生は意地悪だなあ、と呟いて理子はため息を吐いた。
「優一郎のところに行きたいんでしょ! さっさと念じなさい!」
「パパには嫌われたもん。だからもういいの」
胸を貫いた剣は理子の器に眠る銀宝珠を貫いていた。理子の身体から力が抜け、床に倒れる。
「ちょっと! あなた、わたしの娘でしょ! 諦めてどうするの! 優一郎泣いてるわよ! ちょっと! 理子! 理子!!」
「嘘。パパ、理子が嫌いなんだもん」
薄く目を開けた理子の身体の輪郭が滲む。
「翠! なんとかしなさい! 優一郎! 戻って来て! お願い! このままじゃ理子が! 理子っ!」
視界がぼやけ、声を張り上げる佑の姿が見えなくなる。理子は目を閉じて身体の力を抜いた。部屋に現れていた巨大な鏡が音もなく消える。
減俸確定。誰かがそんなことを呟く。その場から今にも消えようとしていた理子の傍に誰かが現れる。
「理子……」
傍に現れたのは優一郎だった。抱きしめられて口づけされ、理子は薄く目を開けた。優一郎の姿が陽炎のように揺らいでいる。
「あー! もう、判ったよ!」
水輝が大声で喚いて指を鳴らす。続いて水輝は消えかけていた二人に大股で近付き、両腕にそれぞれの身体をぶら下げた。
「後で始末書手伝えよ! わかってんだろうな!?」
苛立たしそうに喚いた水輝がなにかを足で蹴り開ける。理子はその直後、突然にどこかに放り出された。同時に優一郎が理子の横に転がってくる。けっ、と喉の奥で言った水輝が足で蹴り開けた扉を乱暴に閉める。理子は瞬きをして首を傾げた。
「ええと……?」
「水輝さん、こんどからちゃんと確認とってから動きましょ」
佑が疲れた顔をしてため息を吐く。うるせえ、と喚いて水輝が振り返る。
そこは知らない場所だった。真っ白な空間を見回して理子はのろのろと身体を起こした。陽炎のように消えかけていたはずの優一郎の身体は元に戻っている。理子はそれを見て慌てて自分の身体を見下ろした。
「理子、これから、僕たちはある世界の創世に関わることになる。手伝ってくれるね?」
「え。パパは理子が嫌いなんでしょ?」
消えかけていたはずの身体が何故か元通りになっている。そのことに首を傾げながら理子は口の中で呟いた。だから優一郎はあんな風に言ったのではないか。
「違うんだ。理子のために用意した扉が閉じられてしまったから、僕だけで行くことになってしまって……」
「だから何で先にそれを言わない! おれはてっきり、お前らがやばい逃げ方するんだとばかり!」
優一郎が言った後、水輝が頭をかきむしりながら喚いた。
「奈月さんの件もあって、翠さんから口止めを」
そこまで言って優一郎がはっとしたように息を飲む。その直後、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。みずきさーん、と呼びながら誰かが駆けてくる。理子は眉を寄せて遠くから駆けてくる誰かを見た。
「妊婦が走ってる……」
理子がぼそりと言った直後、水輝がぎりぎりと歯軋りをする。
「あの、その、水輝さんっ! おひさしぶりです」
傍に駆けてきた奈月が声を弾ませて言って頭を下げる。水輝がぎりぎりと歯軋りをしながらその場にいた三人を凄まじい目で睨む。
「え、理子は知らないよー」
「ここは、本人に説明いただくしか……」
理子と優一郎が口々に言った後、佑が顎に手を当てて感心したように頷く。
「翠の奴……。やるわねっ!」
奈月の腹は誰がどう見ても妊婦のそれだった。丸く張り出した腹を重そうに抱えて奈月は恥ずかしそうにもじもじしている。
「翠。出てこい」
低い低い声で水輝が呼ぶと、その場に翠が姿を現した。だが、翠は理子が見たことのある子供の姿はしてない。何故か青年の格好にまで成長している。
「む。七ヶ月だ」
「お前は! おれの妹になんてことしやがるんだ! 歯を食いしばれ! そしてそこに跪け! 地面に額を擦っておれに謝れ!」
それまでぎりぎりと歯軋りをしていた水輝が翠の胸ぐらをつかんでまくし立てる。
「あの、水輝さん、ごめんなさいっ」
奈月が慌てたように言ってその場に跪いて詫び始める。それを見た水輝が違う! と怒鳴った。
「奈月じゃなくて、おれは翠に!」
「む」
そう呟いた翠が水輝の手を解き、すとんと白い空間に座り、べったりと身を屈めて白い床に額をごりごりと擦る。それを見ていた水輝が握ったこぶしを震わせる。どうやら翠は言われた通りにしているつもりらしいのだが、それが水輝のかんに障ったらしい。
えすえふが続きますw
言い訳はしません!