白い物が目に留まる。水輝ははっとして顔を上げ、視界をよぎったものの正体を見極めようと目を凝らした。だが既にそれは人混みに紛れてしまっていて、判らなくなっている。
水輝は電車が到着するという案内を余所に人をかき分けて改札に向かった。続々とホームに入ってくる人の流れの中に、その白いものはあった。
白装束の人形のような女が頼りない足取りで歩いている。その脇を固めているのは二人の若い男だ。水輝は改札にへばりついて駅構内に向かっていく彼らを凝視した。ホームに電車到着を報せる音楽が鳴り響く。
「待て! 紀早!」
水輝は声を張り上げた。だが白い装束に身を固めた紀早は二人の男に連れられて駅の構内に消えていく。呆然と彼らを見送った水輝の背後で電車が音を立てて発車する。
憂鬱な気分で水輝は店に着いた。遅刻したことをからかう同僚に冗談を返す気にもならなかった。何故、紀早は白装束など着ていたのだろう。もしかしてあの時の水神は死んでしまったのだろうか。だから紀早は封魔の巫女になってしまったのか。
難しい顔で考え込む水輝に触らない方がいいと判断したのだろう。すぐに騒いでいた同僚たちは大人しくなった。
「水輝さーん」
「何だ」
控え室で着替えていた水輝は慌てた声に呼ばれて顔を上げた。
「ご指名入りました」
「判った。すぐに行く」
そう返事して水輝は急いで着替えを終えた。足早に控え室を出て店のフロアに出る。だがフロアを見回してもそれらしい客がいない。怪訝に思って首を傾げた水輝にフロア係が意味ありげに笑う。
「もうお客さん入ってますから」
「は?」
入り口から席まで案内するのも自分の仕事だ。フロア係は何故かそれをすっ飛ばしてくれたらしい。
「おい。どういうことだ」
「だから、あそこですってば」
フロア係が店内の一番奥、空きっぱなしのVIPルームを指差す。水輝は驚きに目を丸くし、次の瞬間駆けだした。
「おい! 紀早はなんで巫女になってる!」
ドアを乱暴に開けて部屋に飛び込んだ水輝はそう怒鳴った。ソファに腰掛けて笑顔で手をあげかけていた立城が呆れた顔をする。
「……久しぶりに会ったのに、最初に言うことがそれ?」
「いいから答えろ!」
苛々と頭をかきながら水輝は立城を睨みつけた。もう、と呟いて立城が目の前のソファを指差す。水輝は怒鳴りたいのをぐっと堪えて仕方なく立城の正面に腰掛けた。習慣的に立城のグラスに氷を入れ、酒を注ぐ。
「普通ね。元気だったかとか、あの時は世話になったとか、そういうせりふが最初に出ると思うんだよね」
「うるせえ」
マドラーで乱暴に中身をかき混ぜたグラスを立城の前に滑らせてから、水輝は腕組みをしてふんぞり返った。
仕方ないね、と呟いて立城が初めて事の顛末を話し始める。
水輝の魔法が放たれた後、彼らには色んなことがあった。水輝の質問した紀早は木村系の研究施設に送られ、本来の役目である巫女の座に就いた。封魔の巫女として今は活躍しているらしい。紀早についていた二人はボディガードのようだ。
優一郎は相変わらず清陵高校の地下に本拠地を構え、研究に勤しんでいる。吉良瀬財閥の情報を管理している立場でもあり、そのために日々を忙しく過ごしているのだそうだ。
透は要と結婚した。そして要は透のバックアップの許、魔との戦いに日々を明け暮れているらしい。当初、透は如月の家に入る予定だったのだが、木村当主が失踪したために急遽、木村財閥当主の座に就いた。だが今では吉良瀬財閥と木村財閥は共闘関係にあるらしい。魔がこれだけ地上にはびこっているのだ。人間同士のいざこざなど取るに足らないことなのだろう。
白琅渉は黒妖牙の許でしばし静養した後、自動回復した天界に帰った。そしてまた天界には城が築かれ、そこには天輝もちゃんといるそうだ。そして荒れ果てていた冥界も少しずつ復興されているようだ。黒妖牙はまだ怒り狂っているらしいが。
順は消えた。それを聞いた水輝は黙って俯いた。順のことだ。どこかで元気にしているだろうと思っていた水輝はそのことを聞いて強い衝撃を受けた。だが地上のどこを探しても順は見当たらないらしい。
渚は相変わらずのようだ。一時は経営が危ぶまれていた吉良瀬コーポレーションも今では安泰のようだ。恐らく多くのヒューマノイドたちと戯れる日々を過ごしているだろう。
桜は吉良瀬の屋敷にこもっている。今はもう、誰もいない屋敷の中で毎日を楽しそうに暮らしているという。それを聞いた水輝は訝りに眉を寄せた。
「もう、心が壊れているのかも知れないね」
「……そうか」
静かな立城の言葉に水輝はそれだけを返した。
奈月と佑は死んだ。予想していたことを聞かされて水輝は膝の上で固めたこぶしに力をこめた。いや、予想ではない。意志を持って自分が殺したのだ。世界の礎にするために。
佑の忘れ形見の娘は今は由梨佳のところにいるらしい。銀色の力を持つ娘の名は理子という。その名前は佑の遺言状にあったのだそうだ。
そして多輝は。
「やっと動けるようになったとこの間、連絡があったよ」
「そうか」
多輝はあの事件の直後、倒れてしまったのだという。それも当然だ。何しろ封印されていた力を解放されただけではなく、その上に水輝の持っていた力を強引に注がれてしまったのだ。当分は起きあがれなかったのだそうだ。
だが力は継いでいる。それを聞いて水輝は少しだけ安堵した。
「やっと話をしてくれる気になったんだね」
そう言って立城が微笑む。水輝は俯いたままでぽつぽつと言葉を継いだ。自分が知っている程度のことはもう立城は判っているだろう。そうは思ったが、水輝は自分の言葉で喋り始めた。
みんなと離れている間、水輝はずっと呪文を練っていた。水神の守っていた滝を訪れたのは、あそこがかつての雷龍神と誓約者の縁の地だったからだった。あそこにはずっと美しい水が護られていた。古くから水神が棲みついていたからだ。
そこで紀早に会った。水輝は水神に頼み込まれるままにしばらくを彼らと共に過ごした。だが呪文を練る間は喋れない。だから彼らとは口もきかなかった。だがそこに魔が現れた。彼らはそれまで隠されていた巫女の匂いを嗅ぎつけたのだ。
多分、魔の力は徐々に強くなっている。水輝はその場に現れた魔を倒したが、そのことが逆に紀早の心に傷を作ってしまった。結局、水輝は水神の約束を果たすことが出来ないまま、縁の山を下りた。
それから水輝は一人で別の山にこもっていた。出来れば誰にも邪魔をされたくなかったし、万が一にも立城や優一郎に気付かれたら困る。だから出来るだけ足跡を消し、誰にも気配を悟られないようにした。
天空の城を落とし、同時に冥界にも衝撃を与え、優一郎の力を利用して魔法を完成させた。鍵であった蒼を使って多輝の封印を解放した。
「そうだったの」
「ああ」
「何故、多輝に力を? そんなことをしなくても、君が護れば十分だったでしょう?」
青龍王の力は絶大だ。地上の王、天空の王、そして空の主を除けば龍神の中では最高クラスだろう。だが、本来それは雷龍神が持つべき力を持っていたからなのだ。
ずっと昔、黒妖牙が天に戦いをしかける前の話だ。
「雷龍神はおれが作った。この話はしたな?」
「うん」
水輝の作った水割りを飲みながら立城が頷く。水輝は煙草を咥えて火を点けた。深々と息を吸う。
「おれは本当は奴に嫉妬していたんだ」
口許に嗤いを浮かべて水輝はぽつりと呟いた。
説明なのでバタバタな感じです。
一応、話は進みます。